千二百二十二話 リニアお披露目2
俺、ルーク=オルブライトが2ヶ月前にちっぽけなプライドを守るために奮闘したように、セイルーン王家にも守るべきものがあるのはわかる。
普段ならその場しのぎの愛想笑いで片付けることでも執拗に迫られたらイラつくし、それをネタに悪評を流されたり事業縮小を求められたら面倒なので平和的かはともかくどうにか処理したい気持ちもわかる。
しかしそれと俺達が不正することとは別の問題だ。
「事故は覚悟しておいてくださいね。何があっても俺達は責任取りませんし、超絶パワーで無理矢理成功させたりもしませんから。あるべき形を受け入れますから」
12両編成の真ん中、関係者および記者向け車両の中央。
乗客全員が先頭と後方車両にある運転席(自動運転なので緊急時以外使用しないが)を見に行ってガラガラになったその場所で、俺は隣に座っているマリーさんに話し掛けた。
動き始めるまで暇とか、王女をもてなすとか、緊張しないようにといった世俗的な理由ではなく、仕事人としてのプライドの話だ。
「わかってるわよ。『守るのは人と物だけ。過程にプライドは不要。進展していることさえわかれば事業縮小はあり得ない』でしょ」
まるで、耳にタコが出来るほど聞いた台詞のように、うんざりした様子で繰り返すマリーさん。
ただ俺は1回しか言っていない。
それに相手は王女オブ王女。イブやルナマリアのような親しみやすい……ともすればセクハラやパワハラで度々問題になる一般人より無茶が許される連中と違い、気品が服を着て歩いているようなオーラがある。失言1つで首が飛ぶ。いくら厄介事を押し付けられたと言え、その不満を口や顔に出すヤツが居るとも思えない。
おそらく彼女も同じ気持ちだったのだろう。
「半分正解。もし貴方達が不正を働こうとしてたら止めてたのは事実だけど、忠告はほぼ全員にされたわね」
「ったく……すいませんね。研究者や職人って頭のネジが飛んでる連中多くて、王族の凄さを理解してないんですよ。たぶん一番言ったのコーネルですよね。後できつく注意しておきますんで許してやってください」
「唯一言ってない人間を的確に狙い撃たないであげて」
「フヒヒ、サーセン」
もちろんわざとだ。権力者のあれやこれやを理解しているコーネルは『コイツに言ってもしかたない』という見放しも含めて言わないだろうと思っていた。
ウチの連中はこういった場合遠慮しない。王族がナンボのもんじゃいと宣える人間ばかりだ。実際頑張ったのは俺達。偉いのはこっちだ。
「まぁ覚悟は出来てるわ。失敗を受け入れられない無能や、非を認めず謝れもしない愚者にはなりたくないし、現状を包み隠さず見せるつもりよ」
「流石です。動機が『部外者からせっつかれて仕方なく』じゃなかったらもっと良かったです」
「それは言わないで……」
成功率10%、最後の1回しか成功してない状況で、何百何千という人間の前で披露させられる開発者の気持ちを理解してもらえるまで止めるつもりはありません。
あ、あと、最も事故が起きそうな到着地点に、無理言って知り合いの強者を集めた俺の苦労も。とんぼ返りでヨシュア周辺を警戒してもらうことも含めてな。
起動と移動は安定したが速度調整、特に停車時に関しては課題が山積みなのだ。
「でも本当に良いの?」
「ん? 何がっスか?」
「ルーク君じゃなくてノミドさんに聞いてるの。まぁルーク君もだけど。リニアを国営にしちゃって本当に良いの? 技術とか物質とか色々詰まってるんでしょ?」
あ、そっちね。
これまで散々語ったあれやこれやに加え、唯一の成功例である運動エネルギーを抵抗力に換える仕組みも、ロア商会の科学力の粋を集めた傑作。
空間そのものの勢いをゼロにするので、ブレーキより短時間かつ自然、さらには部品消耗なく停車可能なスンバラシイ発明の……言うなれば特許を無償で差し出されるのは如何な業突く張りでも気が引けるらしい。
「温厚な私でもそろそろ怒るわよ?」
「サーイエッサー!」
真に力を持つ王族だけが放てる底知れぬ圧に圧倒され、自然と敬礼が飛び出す。
この負い目でどこまで無茶を通せるかと思ったがこの辺りが限界のようだ。心は割と狭い気がする。話の邪魔をされたくないだけかもしれないけど。
「ウチは全然OKですよ。飛行船もそうですけどイチ企業が運営するには過ぎた代物ですし」
睨まれる前に真面目モード突入。
調べてどうにかなるようなものでもないし、プラズマに関しても俺達以外初歩の初歩すら理解出来ず皆それ以外の部分に手を出し始めている。興味が湧いた時に調べさせてもらえたら十分だ。もちろん点検やら指導のついでに。
ぶっちゃけリニアより過程で生まれた物質やら反応やらの方が喜ばれている。
そういった意識すら誰かの狙いなのかもしれないと思う今日この頃。
「でも、基本的なことは国がやるとか言いながら、何一つしてないのが現状だし……」
「仕方ないですよ。リニアを発表するのはまだ先の予定で、技術者はもちろん広報担当もまともに勉強してなかったんですから。未完成なので当たり前ですけど」
記者も大勢いる試乗会で説明無しというのは流石にアレなので、後方車両は一応国側の人間であるイブが、前方車両は製作段階から携わってくれていたニコが担当している。
ただ本来であればどちらも専任の者がやるべきだし、進行方向の運転席は超電磁システムの起動も担うため一夜漬け(実際は1週間ぐらいだが)でも何とかなるかどうか怪しかったので、念のためにフィーネをつけていて、授業からサポートから何から何までロア商会に頼りっぱなしの状況が心苦しいようだ。
あ、自動なのは運転だけね。一台がほぼ一直線に進むだけだから管制システムとか要らんのよ。距離はそのうち伸びるだろうけど台数は増えないし。
「むしろこっちが遅れて申し訳ないって感じですよ」
「……次の言葉で『急がされたから』とか言ったら殴るわよ」
HAHAHA、まっさか~。紳士の化身たるこのルークさんが、そんなこと言うわけないじゃないですか~。
ところでノミド君はどうなんだい? もう何度も聞いたけど今の気持ちを利かせてごらん。さぁ早く。ハリーアップ。圧がヤバい……じゃなくて刃に変わる前に。
「ぼく達もです。ドワーフって昔からこうですし。自分のために鍛冶をおこない、気に入らなければ破壊し、断り、隠し、気に入れば技術と知識を貸す。今回は後者だっただけの話です。完成した品に興味はありません。すべての経験値はぼく達自身の中にあります。その力の利用を強要しない限り文句は言いません。このリニアは貴方達のものですよ」
「プラズマタイトで浮遊する仮組の車体を見た瞬間、涎を垂らしながら手を加えた挙句、破壊しかけたヤツがよく言うよ……」
このノミドの発言……マリーさん的には嬉しいかもしれないが、その一部始終を見ていた(というか修繕作業に追われた)俺的にはツッコミ所満載だ。
「手遅れになっていないものは全部セーフですよ。むしろ限界を知るためには必要な工程かと。複製可能なものであれば間違いなく破壊していました」
「理性が働いたことを褒めろとでも!?」
「え? はい、そうですけど?」
何を当たり前のことを、と言わんばかりの顔でキョトンとするノミド。
何故こんなヤツがここに居るんだ……。
「オッサンはこういうのは苦手と断り、他のドワーフ達は絶好の機会を逃すものかと鍛冶台を占領しているからですね」
「知ってるよ! 誰一人身に来てないことぐらい!」
「ちなみにぼくも断りたかったです」
「それは初耳!」
え、なに、目立つこと好きじゃなかったの? 適任だと思ったんだけど。無理させたならゴメン。
今更の新情報に顔をしかめる。
「集まった人達が注目しているのは、ぼくの容姿や実力ではなく未知。それは『何一つ理解出来ないけどなんか凄そう』という興味本位ですらない感情です。ぼくは完璧と思った品しか世に出しません。しかし完成度ではなく気に入るか気に入らないかで評価する人間ばかり。自分の作品の評価が聞きたいわけではないのですよ」
「意外とナイーブ!?」
「いえいえ、自分大好きなだけです。世界で一番丹精込めて磨き上げたぼくという作品を褒めろと言いたいだけですよ」
ま、まぁ人間誰しもが人生という名のクソゲーのプレイヤーだけど。
一番時間使って、課金して、喜怒哀楽の感情爆発させながらも育成することをやめられないけど。
それを自慢しなくてどうすんだって感じだけど……!
「あとドワーフ達結構見てますよ? この体験会」
「……一応聞く。どうやってだ?」
「直接」
非情通路は非常時にのみ使用を許されたものです。間近で見られるから、近道だからと言って安易に利用するのはやめましょう。
「それもありますけど通路の隙間を掘って地盤に影響が出ないように補強して専用通路を作ったり。あ、もちろん運行に影響が出ない範囲でやっているので安心してください。フィーネさん達ほどではありませんけど大地の流れを読んで作業したので」
「無駄に高度なことすんなや!」
てか作業したって……お前も当事者の1人かい……。




