九十一話 視察3
結局最初の宣言通りカツサンドを買い物カゴに入れたニーナも同行者になり、次なる地を目指す。
『自分に合う服が無い』と言う絶望から目的もなくフラフラしてた訳じゃなくて、単純にお腹も減っていたらしい。
そんなニーナには可哀想だけど俺達がやって来たのは、彼女が惨敗した戦場『服売り場』だ。
「なぁ、ちょっとこの服を試着してみないか?」
そう言ってニーナに手渡したのは俺より年下、4歳児向けの服。
「うっ・・・・イヤ」
大人達に協力してもらって学校にある身体測定データを提供してもらい、ユキやフィーネの記憶から大よその年齢別サイズを作った。
そして割とフリーサイズにも関わらず、ニーナは5歳児向けの服すら若干ダボダボなのだ。
何故そこまで詳しく知ってるか?
そりゃ俺がニーナ・ヒカリ・リリの服を洗濯してたからに決まってるだろ!
もちろん愛情を込めて手洗いだ!
たとえ洗濯機があるとしても可愛い獣人の服は全部手洗いだ!
「おやおや、ルークさん。ウチのマスコットを苛めないでもらえますか?」
俺がニーナ弄りをして楽しんでいると、まぁ居るだろうとは思ってたけど服売り場で買い物をしていたユチが助けにやってきた。
「冗談だって。それより・・・・・・例のモノは買ったんだろうな?」
「ふっ・・・・当然ですよ。もちろんサイズはお察しです」
例のモノとは『リサイクル品』の事。サイズが合わなくなった古着の一部を俺が買い取る約束だ。
「お主も悪よの~」
「いえいえ。私はお客様に喜んでいただくため、日夜必死に努力しているだけのことですよ」
「「クックックックック」」
俺達はとても素敵な笑みを浮かべてガッチリ握手を交わす。
「ねぇ、何を笑ってるの? 面白い話?」
すると笑いあっている俺達が気になったらしいアリシア姉がやってきた。
おっと。アリシア姉にはまだ早いから、この話はここまでだ。
「ユチが食堂の皆に服をプレゼントするから、どれが似合うかな~って相談してたんだよ」
「へぇ~」
もちろん服に興味のないアリシア姉は深く聞いてこない。
ニーナも同じく関心がないから家族とは言え服のサイズなんて知らないだろう。唯一知ってそうなフィーネはニーナと共に服を見ている。完璧だ。
「あれ~? なんかサイズ小さくないですか~?」
「「ッ!?」」
そんな安心しきった俺達へ、まさかのユキからツッコミが入った。
コ、コイツ・・・・従業員の身体情報を記憶しているのか!?
なんて無駄なところに記憶力を割いてるんだ。だったらメイド業の1つでも覚えろよ。
しかしマズイ。このままでは計画に支障をきたす恐れがある。
チラッ。
(ユチ、なんとか出来るか?)
ブンブンッ。
(いや、無理ッス)
クソッ! 手詰まりか。
いや、フィーネにさえ知られなければ、まだ・・・・まだ大丈夫なはずだ。
ユキは所詮バカ。いくらでも騙せるはず。
「食堂では今ピッチリした服が流行ってるんだ。だからユチは皆に小さめのサイズをお願いされてるんだよ」
「そうなんですか~?」
「そそ、そうです・・・・よ」
ユキに睨まれてユチが萎縮している。
たぶんユキは普通に質問してるだけなんだろうけど、俺達にしてみれば犯人を尋問している刑事にしか見えなかった。
動揺するな! バカだから騙せる!
「なら問題ありませんね~。サイズを間違えて交換になったら手間ですからね~」
そう言って納得したユキは自分に合う服を選び始めた。
よし、バカで良かった。
「どうしました? 交換と聞こえましたが」
ニーナと(一応アリシア姉も)一緒に服を見ていたフィーネがこちらにやってきた。
いや、なんでもありませんよ。
「あ、フィーネさん。知ってます~? 食堂では小さい服が流行みたいですよ~。制服もミニスカートにしますか~?」
ミ、ミニスカート・・・・だと? す、すす、素晴らしい! 今すぐにでも導入をしようじゃないかっ!
個人的に柄はストライプより単色で地味目な方が好きだ。あとピッチリ系じゃなくてフンワリと広がるスカートで。
ってそれより何をバラしてんだ!?
「小さい服? いえ、これから寒くなるので重ね着するためにも、ゆったりした服が欲しいと言っていましたが」
アウト~。
ユチの計画がバレ、芋ずる式に俺のリサイクルも禁止された。
俺はうな垂れるしかなかった。
ショックだわ~。獣人マニアとしては絶対に手に入れておきたかった一品なのに~。あそこの布団に飛び込んで寝ようかな~。商品だけどどうでもいいわ~、視察もやる気出ないわ~。あぁ・・・・。
「別に新しく買わなくても、今着てる服を買い取ればいいですよね~?」
「しー。ユキ、絶対に言ってはいけませんよ。おそらく2人とも気付かないので、黙っておきましょう」
フィーネの予想通り、俺とユチがそのことに気付くことは一生無かった。
服売り場では少女3人組が「成長期だから」と言ってワンサイズ大きめをカゴに入れる。
ニーナ以外の2人は近々着れるようになるだろう。ニーナ以外、な。
「さて、一通り見たけど改善点は特に無いな」
なんとか立ち直った俺は視察を続けることにした。
今の段階では完璧と言えるから、後は実際にオープンしてから『臨機応変に』だな。
最後にレジが稼働してるのを見てから帰るとしよう。
「あら、ルークも来てたのね」
「どなたですの?」
俺達がレジのある出入り口に向かうと、そこには母さんがドリルな美女と一緒に居た。
誰だろう? たぶん母さんがオープン前に友達を招待したんだろうけど、ウチでは見たことない知らない人だ。
もう10歳若ければストライクゾーンに入ってたんだけど、流石に母親と同い年は無いな~。
「初めまして、次男のルークです」
コミュニケーションの基本は挨拶。先制は貰った!
「あら、エリーナさんとは全く似てない良い子ですわね?
初めまして、ヨシュア領主の妻『エリザベス=エドワード』ですわ」
なんと! 母さんってこんな偉い人とも知り合いだったのか。
貴族嫌いな印象だったけど、案外貴族社会でも上手くやってるんだな~。まぁ王女と婚約してきた俺が言えることじゃないか。
「気を付けなさい。あのドリルは伸びるわよ」
エリザベスさんの特徴的な髪を眺めていると、ドリルについて母さんから妙な忠告をされた。
の、伸びるドリル? どういうことだ・・・・獣人のニーナ達みたいに魔力で髪を強化して武器に出来るのか?
それにしても伸縮するのか、解けて鞭みたいになるのか。どちらにしろ振り回すことで暴漢を撃退する戦闘術なのだろう。たしかに世界には髪を武器にした人も居るらしいけど、彼女はドリルで戦うのか。
いや・・・・魔術が使えるんだからドリルが回転して掘削できるのかもしれない!
両手と両ドリル、合わせて4本を自由自在に使いこなす4刀流だな。
「エ、エリーナさん! あれは秘密だと言いましたわよ!?
それに領主夫人をマウントポジションから殴打してきたアナタはどうなんですの!?」
焦ったエリザベスさんがすぐさま母さんの発言を止めに掛かった。
母さん・・・・何、貴族の婦人を仕留めようとしてんだ?
「アンタが喧嘩を売って来たから買っただけよ!」
2人とも、ああ言えばこう言う。突然の暴露大会が始まった。
あんたら何やってんだよ。もっと大人になれよ・・・・。
今にも喧嘩を再開しようとする2人をフィーネに止めてもらって、ドリルの件はちょっと気になるけど自己紹介の続きをする。
「オルブライト家のアイドル、ユキちゃんですよ~」
と、普段通りのユキ以外は普通の挨拶をした。
また名前間違えられろバカが。
「随分個性的なメンバーですわね。
まずはロア商会の皆様にお礼を言わせてくださいませ。あなた方のお陰でヨシュアは急成長しています。誠にありがとうございますわ」
そういってエリザベスさんは俺達に頭を下げた。
領地を豊かにしてもらったロア商会へのお礼は絶対にしておきたかった大切な事らしい。
お役に立てて何よりですし、こちらも協力してもらって感謝してますよ。
「猫の手食堂には行ったことがありますけど、素晴らしい料理の数々でしたわ!
人気になってもう食べられないのかと思っていた所で、この商店の話を聞きましたの。なんでも食堂の料理を販売されるとか。ワタクシ、今日はそのために来ましたのよ」
「「・・・・ど、ども」」
おっ、食堂組2人が照れくさそうにモジモジしている。
普段食堂で散々聞いてるはずだけど、プライベートで気が緩んでるところへの不意打ち的な誉め言葉だったのかもな。
「そしてあなたが噂のドラゴンスレイヤー様ですのね。初めましてですわ」
領主が感謝状を贈ろうとしても断ってたからフィーネとエリザベスさんは初対面だ。
挨拶しながらもフィーネを勧誘してるけど、当然フィーネは「NO」の一点張り。
「ルーク達は何を買ったの?」
「ん? 服と食べ物。店を見るのが目的だったし、そんなに買わなかった」
お礼と勧誘、返事と拒絶を繰り返す2人は放っておいて、俺は母さんに今日の成果を報告する。
同じく母さん達の買い物も聞いてみたら嬉しそうに喋り出した。
「ウフフ~。私はエリザベスに食品と美容品を自慢するためよ!」
最近、綺麗になってきた母さんの事を不審に思ったエリザベスさんが問いただすと「ロア商会から試作品を貰った」とつい自慢してしまったらしい。
そして「ならば自分も欲しい」と必死なエリザベスさんと共にやって来たと言う。
「調子に乗って買い占めるなよ。俺達の立場は出資者なんだからな~」
「わ、わかってるわよ!」
念のためレジに居るソーマ達に金額制限を伝えておこう。
フィーネの会長権限で、そうだな・・・・2人合わせて銀貨20枚までだ。
「え!? ちょ、ちょっと少なくない? もう一声!」
「ワタクシ金貨20枚は使うつもりですわよ!? ここは領主代理の権限で無制限にさせていただきますわ!」
美容品に200万も使おうとするんじゃない! 2万で十分だろ、これだから権力者の金持ちは。
チラッ。
(フィーネ、やれ)
俺が目線で有能なメイドへ指示を出す。彼女ならこれで理解してくれるはずだ。
「仕方ありませんね。今後は要注意人物としてロア商会系列店への立ち入りを全面的に禁止しましょう」
「「ごめんなさい、銀貨20枚で十分です」」
それでよろしい。
フィーネの一言で素直に買い物制限を受け入れた2人。急成長間違いなしのロア商会で買い物が出来なくなるのは、あまりにもデメリットが大きかったようだ。
トボトボと店内に入っていく母さん達を見送った俺は、早速ユキが持っている買い物カゴと一緒にレジに並んだ。
並んだと言っても他の客が居る訳じゃなくて、全員がレジ初体験なので取り合えずレジに整列してるだけ。
「買い物は終わった? 良い商品ばかりでしょ?」
ソーマに言われるまでも無い。ほとんど俺が考えた品々だぞ。
とか思いつつも褒められてちょっと嬉しかったりする。
「「おぉ~・・・・おお~・・・・・・おぉぉ~」」
アリシア姉とユチは商品をスキャンしてレジに金額が表示される度に声を上げて珍しがり、ニーナも同じリアクションをしてるけど声には出さないのでパッと見はボーッとしているように見える。
まぁ全員正面、つまりソーマから見れば口を開けっぱなしのアホ面なんだけどな。
「ふむふむ・・・・稼働も問題なさそうだな。
ちなみにユキ! 合計いくらでしょう!」
「おやおや~。学生レベルの足し算が出来ないとでも思ってるんですか~?
え~っと・・・・ずばり、銅貨34枚ですねー!」
「・・・・銅貨45枚ですけど」
全商品をスキャンし終わったソーマが言いづらそうに合計金額を告げた。
これだけ買って4500円か、まぁ安いな。
「フィーネ正解は?」
流石に全商品の金額を覚えてないので俺も正解はわからない。
もしかしたらレジの方が間違ってる可能性もあるので、そんな時は全知全能なフィーネに聞くに限る。
「レジの金額であっていますよ。ユキは途中の掛け算を間違えて計算していましたね」
左から順番に計算して『掛け算・割り算を後にやる』っていう、よくある間違いですらない。
「バーカ、バーカ。何が学生レベルだ。1から勉強しなおせバーカ」
「む~。商品の値段を覚えてないルークさんに言われたくありません~。その点、私は全商品を覚えてます~」
む、痛いところを・・・・今回は痛み分けとしてここで引いておこう。
それぞれに買った商品の金額を支払おうとすると、普段お世話になっている部下や俺達への感謝の印だと言ってフィーネが奢ってくれた。
俺も冷蔵庫で冷えたリンゴジュース買ってたし、ニーナが選んでくれた服もあったので全員でお礼を言う。
「あの~、私も部下ですよね~?」
と、ユキが何故か少し寂しそうに聞いてきた。
ロア商会としての建前上はフィーネの部下で間違いない。
「何か欲しい商品があったのですか?」
「いえ、無いんですけど・・・・なんか仲間外れ感がスゴイんです~。
私もみんなと一緒に盛り上がりたかったです~」
何も買ってないユキは奢られるわけもなく、フィーネにお礼を言う必要もない。
俺達が一斉に「得した~」とか「フィーネ様優しい~」と、喜びでハイタッチをしたりして盛り上がっていたから輪に入りたかったんだろう。
知らんがな。
残念ながら今回、ユキの行動に不満は無かったのでマヨネーズを没収することが出来なかった。
しかし次こそは必ずや奪ってみせる!
俺達の戦いは始まったばかりだ!