閑話 一方その頃現世では1
頑固な肩こりというのは一度や二度のマッサージで治るものではない。原因を取り除き、血流や神経や器官を正常化しなければ、またすぐに戻ってしまう。
そんな大変手間の掛かる作業を、プラズマを使いたいという己の欲望のためにすることにしたルークが、龍脈に潜ることを決めて5分。
「それじゃ行ってくる。安心してくれ。似たような経験何度もしてるし、俺には神と精霊とエルフの加護があるし、体調も万全だ。イブとの結婚も控えてるのにこんなところで死んでられるか。あいるびーばっく」
そのための準備を進めていたフィーネの未来予知に近い助力によって、知っている者からすればあり得ない速度で支度が整い、ルークは安心の欠片も無い言葉を残して大地に埋まった。
が、しかし、イブ達の興味はその状態にあるので口上はもちろん親指を立てるアピールすら誰からも相手にされず、姿が消えた後も何かを調整するように大地に手をついて固まったままのフィーネに関心が向いたのでやはり触れられることはなかったのだが、まぁそれはさて置き――。
「…………」
「いつまでそうしてるつもりよ。いい加減諦めなさい。アンタ達が行けるような場所じゃないって何度言えばわかるのよ。色々やってるルークだから何とかなってるだけ。大人しく自分達に出来ることをしなさい」
コーネルとパスカルが理解を諦めて作業に入って5分。いつまでもルークの埋まった場所を物欲しそうな目で見つめていたイブに、ルナマリアから指導が入る。
龍脈マッサージという基礎すら理解出来ないのに、その応用である龍脈ダイヴやそのために必要なフィーネの作業などわかるはずもなく、彼女自身も『わからない』と言ったにもかかわらず傍観するのはいただけない。
そんなことをしている暇など無いのだ。
「……ルナマリアさん。積極的」
イブは当初と打って変わってバリバリに指示を出してくるツンデレに心変わりした理由を尋ねた……わけではなく、部外者が口を出すなとお怒りのご様子。
目つきも心なしかキツイ。
「う、うるさいわね! 龍脈探しで途方に暮れて終わりだと思ってたのに、ユキやフィーネが手を貸したせいで進んじゃったから、最後まで手伝わなくちゃいけなくなったのよ! アタシだって忙しいのよ! さっさと終わらせてよね!」
「(ぼそっ)進行と協力はイコールではないような……がっ!?」
プラズマタイトとインフィーの接続作業を終え、大地との互換性を調べ始めていたコーネルの頭上に、風の塊が落ちる。
触らぬツンデレに暴力なし。
「そこ間違ってるわよ。気を抜くんじゃないわよ。仕事舐めてんの?」
「あ、はい、ありがとうございます……?」
ただ、このツンデレは指導と暴力を一緒にしている、効率厨の肉体派だった。
直前の言動によってダメージ量が変化したのは間違いないだろうが、怒りよりも申し訳なさが前に出てきたコーネルは、彼女の有難いお言葉に感謝を伝えるだけ。
むしろ本気とは厳しさの上に成り立つものと考えているので、この調子でガンガンやって欲しいとすら思っていたりするが、間違いなくルークにからかわれるので口に出したことはない。
「…………」
ボケ(?)とツッコミ(?)を繰り広げる2人を他所に、イブは手に入れた数十秒をあますことなく地面観察に向け、ルナマリアの視線がこちらに向いた瞬間、何事も無かったように自分の作業に取り掛かった。
ゴゴゴゴッ――。
「「「――っ!」」」
ルークが居なくなってから20分。
自分の仕事は終わったとばかりに無言で立ち上がったフィーネと、自分の仕事は終わったと言いながら現れたユキが指導側に加わり、順調にリニアづくりを進めていた一同の体に地響きが届いた。
「なんだ、今のは……」
「わ、わかりません……」
「精霊も認識しないところで突然発生した」
ただの地震ではない。
この場に居るのは自然現象に詳しい面々。作業に集中していたとは言え、察することも出来なければ何が起きたのかも誰も理解出来ない現象に、動揺を隠せない。
「始まりましたか……」
「ええ……」
「ユキさん。遊んでないで説明して」
この会話が、フィーネ&ユキやフィーネ&ルナマリアのしたものならイブ達も納得の表情で説明を求めたのだろうが、残念ながらユキの一人芝居。
一同の疑問は神妙な顔つきで洞窟の天井を見つめる精霊王1人に集中する。さらにはその大半を『コイツ何言ってんだ?』の謎に変えて彼女自身に向く。
「ふっ、わからないのか? ついに来たんだよ、ラグナレクが。世界の変革が。そして俺がこの日のために蓄えていた異形の力を使う時が」
「そういうのいいから」
「ぶぅ~。そこは乗ってくれないと困りますよ~。フィーネさんも~。わかってて無視したでしょ~」
中二病全開の台詞と共に手の甲に浮かび上がった紋章を撫でるも、真顔で一蹴され、若干不貞腐れながら矛先を親友に向ける&向けさせるユキ。
「貴方ほどは理解していませんよ」
「でもルナマリアさんよりは~?」
「なんでアタシを巻き込んだのよ!? ここは理解度の優劣をハッキリさせるところじゃないでしょ!? いいからさっさと教えなさいよ!!」
長年の付き合いから、誰よりも早くフィーネの抱いたYESを読み取ったルナマリアが吠える。
その反応と、彼女が自分達側ではなくイブ達と同じ領域にいる事実に満足したのか、ユキは「そうでしょう、そうでしょう」と大きく2回頷き、
「ルークさんがやらかしました」
「「「…………」」」
一同の顔に『なんだいつものことか』という感情が宿る。
「龍脈と一体化してしまい、勝手がわからず暴れている……のでしょうか?」
「僕達を驚かせただけの可能性もあるな。ユキさんの言い方からして勢い余ったのは確かだろうが」
「神様みたい」
そして始まる考察大会。
腐っても研究者だ。切っ掛けすらない事象はともかく考察の余地があれば嬉々として議論を始める。
「あまり気にしないでください。今重要なのは過程や原因ではなく結果。普通では見えない流れが見えるようになったルークさんが、皆さんの取り組んでいる作業の間違いを伝えようとして、世界を壊しかけただけですから」
「それは気にしますよ!? 何やってるんだアイツは!?」
と批難しつつも、詳細を知っているユキが説明を放棄し、多少なりとも知っているフィーネも受け入れている以上、彼等に出来ることは手遅れになる前に作業を完了させることだけ。
一同は、指示と呼ぶにはあまりにも大規模な異常事態からルークの意図を読み取るべく、次の一手に備えて周囲を警戒し始めた。
(ルーク……絶対に遊ぶなよ……)
(面白そう……私も行きたかった……)
(研究対象としてこれほど面白いものはありませんが、事象から関連性を見出すのは無理そうですね。常識が邪魔です。これが終わったら神を調べるついでに、記憶をどこかに保存する方法も探しましょうか。失う方法も合わせて)
(ま、大丈夫でしょ。こういう時って案外ふざけずに必死にやるのよね、アイツ)
(頑張ってください。ルーク様)
(今晩のおかずなんですかね~)
注意する者、羨ましがる者、後方腕組みする者、成り行きに任せる者。
届かぬ想いから届かせる気のない想いまで様々だが、いずれにしても一同の思惑を他所に世界は動いていく。




