千二百二十話 帰還者と書いて『きかんしゃ』と読む
神界にやって来て4日が過ぎた。
仕方のないことだが、プラズマタイトをはじめとしたリニア用魔道具の開発はやればやるほど歪みが生じ、日時によっても変化するそれ等の調整にはそれなりの時間を要した。
これまで俺達は、手を加えれば引力も龍脈も素材も化学反応も……要するにすべての現象が24時間365日同じ力を発揮すると思っていたし、そうなるように自然界に手を出してきた。
しかし違った。
どれだけ調整しようと同じ力など存在しない。同じ物質など存在しない。微精霊単位で一緒でもそこから生まれる“流れ”は違う。
俺達がしたのはその流れを合わせる作業。
正確には歪みを生じさせない力場の形成。
注目すべきは物質や現象ではなく世界。海のテトラポットや川にある橋ではなく、それがあることよって発生する水の流れを正し、ゴミや石を取り除く作業だ。
気候や温度変化がほとんどない地下でこれだ。しかもフィーネとユキにありとあらゆる自然環境を作り出してもらって試し放題の状態で。本筋には相変わらず非協力的だがそこは構わないらしい。
魔獣問題を自力で解決して龍脈も頼らず地上で運行しようとしていたらどうなっていたことか……考えたくもない。正直見通しが甘かった。
「ふぅ……なんとか形になったな」
苦労の末に完成……はしていないが、あとは現世の皆に任せても問題ないレベルにはなったことに安堵し、俺は大きく溜息をつく。
溜息は大事だ。
疲れているアピールと罵る者も居るし、そこまで疲れていないのに構ってもらいたくてする者も多いが、気持ちの切り替えになるし、意図的に肺や脳に空気を送ることの重要性も科学的に証明されている。
なんでも、人間は通常の呼吸より2倍近い空気を吸い込むために、5分おきに小さな溜息をついているらしい。そうしないと肺の中にある『肺胞』という袋が風船のようにしぼんでしまうのだ。脳も同じ。溜息をつかせる神経回路があるほど、人間にとって空気の循環は生きるために必要な行為というわけだ。
「ここでは必要ありませんけどね~」
「……ですよね」
まぁぶっちゃけ今回はアピール目的だ。
神界凄い。全然疲れない。いや、疲れはするんだけど、それと同時にエネルギーが補充されていく。まるで自給自足で循環させているように無限に作業出来る。作業どころか『息をするのも忘れるほどの集中』を24時間保てる。
向こうなんて、作業担当のイブ・コーネル・パスカルに加えて、サポートとしてニーナとイヨとルナマリアが入り、さらにはフィーネとユキが時々超絶サポートしてくれる実質8人体制でやっているにもかかわらず、俺1人と同じ作業量だ。もちろん意思疎通で戸惑った部分を除外して。
「当社比ですけどね~」
「それは仕方ないでしょ。同じ作業じゃないんですから。神様的にはどうです? どっちの方が仕事してると思います?」
「頑張ったかどうかは自分が決めること。他人と比較してる時点で間違っているのでノーコメントです~」
「グフッ!」
ド正論パンチが俺の腹と心に突き刺さる。
「それと気を付けてくださいね。自動補充に慣れると向こうの世界が不便に感じてしまうので。自分で生み出す感覚を保ち続けた方が良いですよ」
「今更!? もう終わりましたけど!?」
有難くも手遅れな助言にどう反応すべきか困ったので、取り合えずツッコんでみる。感謝するのも違う気がするし。
「フフフ~。それはどうでしょうね~。ルーク君も知っているでしょう。『帰るまでが遠足』という名言を」
「――っ!」
この時、もしかしたら俺は初めて神様の発言に戦慄したかもしれない。
そうだ。俺はここから自力で帰らなければならないのだ。
方法は不明。
本当の試練はここから始まる……!
「まぁ役に立たないんですけどね。『世界丸見え』に飛び込んで龍脈の出口を探すだけなので、世界の流れを感じるだけで良いんですけどね」
「散々やってるぅ~。この4日間ずっとやってるぅ~」
「今です! チェックメイト!」
「し、しまったぁぁ!!」
一瞬の隙をついて、神様が現世の様子を見るための装置の上に、お好み焼きの生地をセットした。
それを理解した瞬間、俺の心は絶望に包まれる。
「フフフ~。鉄板の上の生焼けの生地を動かすのはマナー違反。例え世界にどんな影響が出ようと、香ばしい音とニオイが漂うまで眺めているしかないでしょう~」
そう。こうなってしまってはもう手が出せない。
俺は無力な腹ペコ人間。
片付けるのが面倒なだけとも言う。
雪かきだってそうじゃん。地面との境目を見極めるの面倒だから若干雪を残したり、地面ごと削ったりするじゃん。あれをどっちも傷めずに綺麗に分けろって言われたら発狂するじゃん。
大丈夫だよ。世界は業火に包まれても自己修復出来る強い子だよ。むしろ神様に変えてもらえるとか嬉しいよ。みんな願ってたじゃん。神様の干渉。
「では世界争奪戦は私の勝ちということで」
「それは違うでしょ。争奪も何もこれは元々神様が管理していたもの。その中でリニア製作という自己満足100%の目的を達成した俺は勝ちでしょ。
義賊で例えるなら、ある日突然盗品を送り付けられて、無実の罪で捕まる前にそれを持ち主に返したみたいなもんですよ。金庫を開けて戻して去って、送り付けてきた真犯人にも一泡吹かせて、平然とした顔をする一枚上手な俺の勝ち」
「あ~、実は全部私のシナリオなので、一枚上手なのはルーク君ではなく私なんですよ~」
「いやいや、俺はそれすらも想定通りですから。ここでの作業はこのお好み焼きをもって完結することも知ってますから。あえて見逃したみたいなところありますから」
「やれやれ……これだから負けず嫌いはイヤなんですよ。私はルーク君はそう来ることもわかってましたよ。だから罠を仕掛けました。気付いてます? まだ火入れしてないんですよ。どれだけ待っても焼けないのに、完結しないのに、なんでスイッチを付けないんですか。もしかしてルーク君的には『見逃した』って『他人任せ』の類義語だったりします? 散々使ったのに世界丸見えが熱に反応して結界張ることわかってなかったりします?」
クソが。
「ところでフィーネがやった龍脈送りって神様的にOKだったりするんですか? あと通行許可を出すユキとか神界の常連だったりします?」
作業と場慣れ。2つの意味で精神的に余裕が出来た上、何やら質疑応答タイムに入っていそうな雰囲気なので、お好み焼きが完成するまでの間、気になっていたことを教えてもらうことに。
「前者はイエス、後者はノーですね~。自力で答えを見つけ出したフィーネさんは凄いですよ。情報は一切残っていないのによくやります」
「つまり頑張った者が正義だと?」
「そうですよ~。努力を認めない世界は嫌いですから~」
ごもっとも。
努力は認められるべきだし報われるべきだ。ただそれだと甘えるヤツが出てくるので『報われるまで努力した者を認める』が一番公平だろう。つまりフィーネ。
「これを言うとやる気を削いでしまうかもしれませんけど、ダメなものはどれだけ努力しても成果が出ないようにしてますし」
「あ~」
そう答えるしかなかった。
赤ん坊が間違って食べないように遊具を大きくしたり不味くしたりするようなものだろう。言っても理解しない連中を諦めさせるには辿り着けなくするしかない。
気付かないようにしてくれているのがせめてもの気遣いといったところか。
「な~に他人事みたいなこと言ってるんですか。ルーク君達だって同じでしょう。リニアはもって60年。移動手段なんて現状のものに加えて鉄道と飛行船で十分なのに、1000年後にプラズマが顕現するまでは用途不明の古代遺産になってしまうとわかっていながら技術を残しておきたいからと作ったなんて、道標と向上心を刺激する以外の何物でもないじゃないですか~」
「ん~、その辺は微妙ですね。実は前にイブ達とも話し合ったんですけど、単純に手に入れた力の使い道を求めてやったところも大きいですし」
「良いんですよ、行動理由なんてどうだって。そういった要素をすべて含めての『想い』なんですから。僅かでもあればそれはもう立派な理由なんです」
欲とも言いますけどね、と笑う神様。
きっとフィーネ達も同じなんだろう。やりたいからやった。俺達を育てたいから手を出さなかった。立派な欲であり理由だ。
「でも神界には興味がないと」
来れるのに来ないのはそうとしか言いようがない。
未知が大好きな精霊王様にあるまじき考え方だ。
「そもそも前提が間違ってますよ。精霊王がここに足を踏み入れることはありません。知っているんですよ。神界が精神体の領域だと」
「え? でも俺は肉体のまま来てますよ?」
今回の件があるまでは俺もそう思っていた。しかしやり方次第で肉体を持って来れるなら話は変わってくる。
「ルーク君のは本物ですからね。現世で精霊王が使用しているのは自分で作った肉体。『無』の力で生み出した点は同じですがルーク君達とは似て非なる異物なんですよ。
双方の決定的な違いは『引き合う力』。ルーク君達は精神体となっても肉体に戻れますが、精霊王は自分で見つけ出さないと戻れません。そして神界はその道標を断つ場所。死後の世界でもあるので当然ですね。
ここに足を踏み入れることは死と同義と知っているので彼等は来ません。力と肉体の両方を持つフィーネさん達なら狭間までは来れますけど、審査を通らないので神界へは来れません。要するに自らの意志で来れる存在はルーク君だけということです」
「審査は絶対通らないんですか?」
「通りませんね。ルーク君の件でも結構喧嘩してましたよ。自力でプラズマタイトの力を引き出すところまで行けたらOKということで落ち着きましたけど」
マジか……なんか世話になりっぱなしだな。
たしかに彼女の言動からは度々シビアというか壁を感じることがある。なんだかんだでやってくれるので案外アッサリ許可してもらえるかと思いきや、それはそれ、これはこれだったらしい。
「それはルーク君達が上手くやったからですよ~。もし失敗して死ぬとしても平気で見放しますよ。好きな相手だろうと死ぬ時は死にます。その時に後悔しないように精一杯楽しんでいるんです。あるべき形を受け入れているんです。アリシアさんが龍脈で彷徨うことになっても放置してたでしょうね」
俺以外の人間が神界に足を踏み入れるのはあるべき形ではない……って当たり前か。神と対話出来る人間が1人でも居る時点でおかしいわな。
「さ、もう良いでしょう。皆さん待ってますよ」
「今すぐ帰れと!?」
いい具合に鰹節が躍るお好み焼き……ではなくその下の装置を指差す神様。
いくらなんでもここに飛び込むのは嫌だ。もし熱々のこれを顔面に張り付けた状態で帰還したら1週間は引き籠る。ヤケド的な意味でも精神的ダメージでも。
「じゃあ食べます?」
「もちろん」
その後、しっかり腹八分目まで食べて、食後のデザートにプリンも食べて、腹ごなしがてら雑談して、俺は現世へと帰還した。
この神界イベントに何の意味があったのかはわからないが、なんとなく自分達の力だけで製作してる気分になれたので良しとしよう。実際は助けられてばっかだけど。
とにかくリニアモーターカー(ほぼ)完成!




