千二百十七話 神様になろう
「気持ちを楽にしてゆっくり深呼吸~。私の指先に集中してくださ~い」
よくよく考えればプラズマタイトの生成も改良もユキの仕業なので当然の結果なのだが、龍脈案内人として現れた彼女に物理的にも精神的にも認められた俺は、晴れて次の段階に進めることに。
普段神界へ行く時は神様に拉致されているだけらしく、自力で行くためには精神統一やら龍脈の流れを読む必要があり、これはそのための儀式なんだとか。
相手がユキというのがだいぶアレだが、疑いの心を持っていては神界に入れないと言われてしまっては従うしかなく、心を無にして目の前で横8の字を描く指を追い続ける。催眠術を掛けているような気分だ。
「――って、そもそもなんで神界に行かなきゃならないんだ? 地上に帰るだけじゃダメなのか?」
「流れをぶった切るのは犯罪ですよ~。大人しく、神界行きとは一切関係のないこの、私に優しくなる催眠術に掛かってください。洗脳を施されてください。精霊が手を出せない今がチャンスなんです。ここでの出来事はすべて万物とは別の事象。生まれた時から持っていた心として永遠に肉体に刻まれます。フィーネさんでも解けません。メインヒロインは私だー」
「犯罪はどっちだ。本人の意志を無視した人格破壊プログラムに比べたら、俺の空気を読まない指摘なんてゴミみたいなもんだろ。事実陳列罪レベルの罪だろ」
「誹謗中傷で訴えられますね~」
ホント、あれ何なんだろうな。例え事実でもやり過ぎたらダメってよくわからないルールだよな。納得してもらえる努力すらせずに隠蔽したり逃亡した相手に説明責任を求めたら誹謗中傷とか意味わかんねーよ。
じゃあどうやって注意しろってんだよ。「それおかしくないですか」って言ったら悪とか改善しようないじゃん。善悪の判断を他人に任せるような連中は騒ぎにならなきゃ何もしないぞ。誹謗中傷はやれるだけのことやってもまだ騒がれた時に言え。面倒だからって無理矢理箱詰めしてフタを閉めるな。暴力と変わらんぞ。
「ってその手は食うか! 脱線させようったってそうはいかないぞ!」
「なんですと!?」
普段ならこのまま雑談という名の世直しトークに突入していたが、今日の俺は一味違う。
何故なら世界の意志を無視出来るからな!
万物……人の想いすら司る精霊が存在しないここでは俺は自由だ。俺だって本当は本題に集中したいんだ。でもあいつ等が俺の心を操って脱線させるんだ。俺は悪くない。全部あいつ等のせいだ。
「え? それが出来るのはアルディア生まれアルディア育ちの生物だけですよ? 別世界の記憶を持つ転生者の管轄は神様なので精霊は干渉出来ませんよ?」
「くっ……なら神だ! あの人が俺の心を操って変なことさせてるんだ! 時々念話というか神託来るし!」
「まぁその辺は直接確認してもらって……はい、ドーン!」
「おわっ」
下など存在しない光の世界だったはずだが、崖から突き落とすように体を押された瞬間、どこかへ落ちていく感覚に襲われた。
感覚だけではない。実際に落ちている。ユキの姿は一瞬で見えなくなった。世界から追い出されたとでも言うべきだろうか。
(帰ったら覚えていろ……精一杯感謝してやる!)
プラズマタイトどころかその前の特殊五行習得イベントも、ユキがスノーバースで生まれたことから始まっている。彼女が居なければ俺達があの土地を訪れることはなかった。
すべては繋がっていたのだ。
ありがとう、ユキ。
ありがとう、神様。
そしてありがとう、世界。
「どーもクン」
目を開けると、そこは龍脈(の奥?)とは似て非なる、上下左右の概念が存在する真っ白な世界。
その地面に仰向けで転がっていた俺は、神様に見下ろされながら、どこぞのキャラクターの名前のような挨拶をされた。今時、小学生でもしないぞ。知らんけど。
「で?」
「『で?』と言われましても……勝手に上がり込んだのはそっちでしょう。その上説明を求めるとは何様なんですか。追い出されないだけ有難いと思ってくださいよ。あと挨拶ぐらい返してください」
このやり取り、つい最近やったような気もするが、今回は俺が批難される側だった。
たしかに神様の言う通りだ。少し急ぎ過ぎてしまった。反省。
「こんにちワンコ」
「ぷぷっ、なんですかそれ~。今時、小学生でも言いませんよ~。やっぱりルーク君は古い人間ですね~。時代に取り残された老害さんですね~」
笑われた……というかバカにされた……。
「アンタにだけは言われたくない。『どーもクン』より『こんにちワンコ』の方が流行ってるわ。ナウなヤングにバカウケだわ。MK5。マジで共感する5秒前だわ」
「はぁ~? 神が時代遅れとか頭おかしいんじゃないですか~? 神はいつだって正しいんです。私が流行りと言えばそれが流行りモノになるんです」
「そもそも神が俺達の生活に口を出すのが間違いなんだ。この世に絶対的正義なんて存在しちゃダメだ。神は象徴であるからこそ意味があるんだ。大人しく俺達の希望になってろ」
「わかってるじゃないですか。といういうわけで、龍脈へのプラズマ付与で精霊王の召喚に成功し、精霊王に認められた者だけが辿り着けるやり方で神界にやってきたルーク君には、これから神様の代理として人類の希望になってもらいま~す」
「……うっす」
突然の進行に加え、だいぶ駆け足だったが、状況は理解出来た。
要するに俺の仕事はプラズマを付与した時点で終わっていたわけだ。揉み解された龍脈に入り込んで中から刺激する。あとは無事に帰れるかどうか。
龍脈で精霊王に認められて、神界で神となんやかんやして、肉体ごと地上へ戻る。
今はその第二フェイズ。
全知全能の力を得ても平静を保っていられるか。驕らない精神力を持っているかどうか。それを確かめる……んだと思う。ありがちな試練だ。
「具体的には何するんスか?」
「リニアモーターカー製作のお手伝いをしてみましょう~」
しかもイブ達の作業も進められる。除け者じゃなくなる。いや除け者なのは変わらないけど手伝った気分にはなれる。素晴らしい。他のことだったら「力とか要らないんで戻してください」と言っていたが、これはやるしかない。
「そうでしょう、そうでしょう~。フフフ~。ではではポチッとな」
そんな俺の気持ちを読み取った神様は、いつも以上にニコニコしながらボタンを押すような仕草で何も乗っていない手の平を押した。
すると、普段使用しているコタツが1mほどせり上がり、テーブルの上に現世でせっせと作業しているイブ達の姿が映し出された。
「これは?」
「どう見てもライブビューじゃないですか~」
「いや、それはそうなんですけど、なんか水のようなものがゆらゆらしてるじゃないですか。これを留めるとか動かすことで向こうに影響が出るんですか?」
「ああ~、操作方法の説明が欲しいって意味ですか。それなら最初からそう言ってくださいよ~」
「すんません」
絶対に俺が聞きたいことをわかっている。わかった上でとぼけている。しかし今の俺にはへりくだることしか出来ない。困るのは自分だ。
「これは世界の流れです。世の中そのものと言った方がわかりやすいですかね。精霊とか時間とか魂とかそういった世界に存在するすべてを視覚化したものです」
「ってことは、魔道具開発でもするみたいに形や流れを変えることで、神羅万象が変化すると? それは世界のあるべき姿として受け入れられると?」
「イエ~ス。ただレベルがダンチなのでルーク君にそこまでは求めていません。今からやってもらうのはもっと簡単な共同作業です」
ダンチ……懐かしい言葉だ。
あ、『段違い』の略ね。小学生が実力差とかダメージ数とか桁違いのものを見た時に「ダンチじゃん」と言ったりする。たぶん最近は使われてない。
まぁそんな俺の思い出トークはどうでも良いとして、
「共同作業?」
「ルーク君がここへ来ていることはフィーネさんやユキから皆さんに伝わっています。なので力が使えることは隠さなくて良いです。会話は一方的に聞くだけ、こちらの視覚や感覚といった情報は一切共有できない意思疎通不可の状態で頑張って作業してください」
「むずっ!」
ただでさえ精密な作業を2人羽織でやれとか無理ゲー過ぎる……。
「大体そんなことしなくてもイブ達だけで完成させら……れそうにないっスね。この様子だと」
他は多少の歪みはあれど基本的に綺麗に流れているというのに、プラズマタイト周辺はドロドロしていたり変な方向に曲がっていたり、力場がゴチャゴチャしている。
さらにイブ達も変なオーラを生み出している。
「一応聞きますけどプラズマの影響ってわけじゃないんですよね? これが自然ってわけじゃないんですよね?」
「まぁ自然じゃないと言えばプラズマ自体がそうなんですけどね」
「ウソつけ。引力は自然だろうが」
「それを顕現させることはまだ不自然ですよ~。今のプラズマは引力専用ですからね。児童用スク水を成人男性が着ていたらおかしいのと一緒です~」
それはたしかにおかしい。
それはそうと例え話でもそんな変態と同列に扱わないでもらいたい。
「まぁ要するに灰汁を取り除くついでに味付けも整えようってことですね」
出来るじゃねえか。最初からそう言え。




