千二百十一話 荒らし屋ユキちゃん
俺の予想が正しければ実質計画の最終段階となる『エネルギー源の確保』をするべく、地下へとやって来た俺達は、そこで遭遇した重要参考人から弄ばれた。
あやしいながらも普段通りの言動を取るだけ。
何がしたいのかサッパリわからない。
「やることないならエレベーター改良しといてくれよ。工事中の看板立ててステーションのプラットホームを作っても良いぞ。階段つけたら完成する感じで」
「それは自分でやってくださいよ~。私が来たのは龍脈探しの邪魔をするためなんですから~」
「帰れ!」
大切な用事っぽく言ってもダメなものはダメだ。取り合えず俺を騙すことには失敗している。
(……いや、本当に大切だったりするのか?)
わからない。普段が普段だけに、コイツの言動をどこまで深読みすれば正解に辿り着くのか、まっっったくわからない。
だが何故だろう。
(今の俺達じゃ無理とか、プラズマの正体が引力って説が間違ってたり、合ってるけどここじゃないってことを伝えるために来た可能性も……)
頭の中に正解を導き出そうとするもう1人の俺が現れた。彼は非情に前向きかつ肯定的な選択肢を突きつけて来る。
「ここで会ったが100分め! 覚悟しろー!」
(ないな)
が、そんな彼でも、雪ダルマ型ヌンチャクを振り回しながら戦闘態勢に入ったアホをフォローすることは出来なかった。人の話なんて聞いちゃいない。
自宅で彼女と別れてから100分以上経っているが、どうせベーさんとのやり取りの場に居たとか宿舎での会議を陰ながら見守っていたとかほざくのだ。無視だ無視。
「ホアチャァ!」
「「「――っ」」」
ユキの振るったヌンチャクは、イブの胸の数センチ手前を素通りし、俺の手刀を急旋回で避け、コーネルの手を掠り、パスカルの腹で速度をゼロにした。
彼女が太っているわけではない。俺の攻撃を避けた時点で速度は激減していた。
そして反応出来たのは本当に攻撃されることを予想していた俺だけ。
多少詳しくなったようだが、3人ともまだまだユキのことを理解出来ていない。コイツはこういうヤツだ。基本的に良いヤツだし、役に立つが、時々本当に迷惑を掛ける。何度大事な資料を台無しにされて泣いたかわからない。
バキッ――。
「……は?」
例え鉄線より頑丈なエルフ特製の糸でも支えがなければ落ちるし、刀が横からの衝撃に弱いように物質には弱点が存在する。
要するに、コーネルの手から落ちたプラズマタイトが、高さ的にも硬さ的にもそれほど衝撃がないはずの地面で、破損してしまったと。
端っこが僅かにだが砕けたことに変わりはない。おそらく機能もしなくなる。
「今すぐ直せ。そしてお詫びの印に知ってることを話せる範囲で話せ」
攻撃時と同じくコーネル達は思考停止しているが、既に起きてしまったことをとやかく言っても意味はない。進展を望むなら交渉材料にするべきだ。
「そんなに大事ならしっかり守れぇッ!」
「お前はどこの悪役だ。そしてそれは大事なものを奪う前に使う台詞だ。奪った後じゃない。というか正当化すんな。どう考えても悪いのはお前だ」
「それはお前の肉体と精神を蝕む! お前は騙されているんだ! 私を信じろ! ずっと傍に居た私を!」
「だからどこの悪役だ。いやまぁ今回は善悪半々だけど。自分の計画の邪魔になる力を封じるために悪が言ったり、悪に利用されてる主人公を助けるために幼馴染や父親代わりのオッサンが言ったりするけど」
「ったく……損な性格だぜ。こんなんだからフィーナにも逃げられちまうんだろうな。今度会えたら今度こそ……あいつに……ガクッ」
どっちかわかんないけど災厄を引き取ってくれた!? しかも別れた後の1人語り!? きっと主人公達が知らないところで色々やったんだろうけど、主人公には後々で良いから事実を知って欲しい。もし彼を恨んでたら泣く。
愛が報われない作品は苦手です。
「で、プラズマタイトを壊した理由はなんだ? 本当に害のあるもんなのか?」
「あ~、ベーさんから言われたことを全然理解していないルークさんはともかく、地下に落ちたイブさん達を誘導して宿舎に集め、仕方なく同行者になったフリをしてフィーネさんのおこなっている作業を探ろうとしたルナマリアさんをこのまま帰すのは可哀想なのでちょっとだけ教えてあげますね」
「な、な、な……っ!」
やめてあげて。ツンデレが隠してる本心を全部曝け出した上に同情するのはやめてあげて。彼女はキミみたいになんでもかんでも口に出せるタイプじゃないのよ。心の中で「やった、やった、上手にやれた!」って飛び跳ねて喜ぶタイプなの。
求めるのは直接の感謝ではなく疑念。「あれ、もしかしてこれって……」と思わせたら勝ち。裏方に向いてる性格だ。感謝泥棒が出来ないとも言う。たぶん「は? なに? 礼を言えって?」とか面倒臭そうな顔されたら数十年は引きこもる。
プライド高い大人が謝れないのと同じ理屈だ。非を認めたら負けだと思っているように、是を主張したら負けだと思っている。評価するのはあくまでも他人。気に入らなければ受け入れない。まるで……というかまんま子供だ。
だから、あ~エレベーターが自動だったのはそういうわけか、とか考えちゃいけない。
「プッ、マ、マジで……? お前どんだけフィーネ好きなんだよ。何から何まで理解しないと気が済まないのかよ。別の友達と仲良くしてたら不機嫌になるメンヘラか!」
「~~~~っ!!」
まぁゲラゲラ笑いますけどね。
言いたいことも言えないこんな世の中じゃポイズン。遠慮のないやり取りが出来るのが友達ってもんだろ。
だから俺は脳が揺れるぐらい容赦のないビンタをされても怒らないよ。だってこれは暴力でも体罰でもなく友達同士のじゃれ合いなんだから。
気絶してる間にも彼女の意味深な発言について考えることは出来るしね。
「皆さんがリニアモーターカーを作りたいだけなら止めなかったんですけどね~。ちょっとその領域を超えちゃってるんですよね~」
いくら考えても答えが見つからなかったので起き上がると、それと同時にユキがいつも通りのほほんとした顔で語り始めた。
「それはアレか? このままだと無限のエネルギーを得て、全部の地下鉄をリニア化してしまうって話か? それならちゃんと対策考えてるぞ」
安全性と将来性は計画を進める上で最も気を遣うべきところ。『龍脈を引き出せるスポットとプラズマに作用する物体さえあればやりたい放題!』などということにならないように色々考えている。
「あ~、もうそこから違いますね~。龍脈は力の本流ではなく大地そのもの。スポットなんてありません。やり方次第でどこからでも引き出すことが出来ます。
あと、この洞窟の下にはダンジョンや動植物が利用している穴、深層、さらに下には天空のように常識が通用しない世界がありますけど、それ等に影響を出さずに力を引っ張り出すなんて不可能も良いところ。
やろうとしてることと出来ることに差があり過ぎるんですよ~。ルークさん達の対策やら計画には足りない部分が多過ぎ~。実力足りな過ぎ~」
「ちょっ、それ言って良いの?」
おそらく『俺達の』ではなく『龍脈をはじめとした地下世界の』だろうが、裏での打ち合わせと違うことに苦言を呈すルナマリア。
彼女は彼女で何やら秘密の行動理念があるようだし、今回のために決められたわけではなく昔からある規約だと思うが、違反は違反だ。
「まぁまぁ。臨機応変に行きましょうよ」
「『自分がやりたいように』の間違いでしょ……」
「どっちでも良いよ。それよりお前は俺達にどうして欲しいんだ? 軌道修正か? それともやり過ぎないためのルールづくりか?」
エルフとドワーフの関係のように、互いの領域を弁えたやり方をすれば、どれだけ力を持とうが問題はない……はず。世界のことを考えるのは大前提としてな。
「軌道修正ですね~。ルールなんて破るためにあるもの。守れる人が少ないのは歴史が証明してますし、『違反じゃないから大丈夫』『ルールが無いから問題ない』と思ってる人の多さには驚きを隠せません。そういうのはルールがなくても守れる、倫理観と正義感を持った人達が大多数を占めてからです」
「お前が言うな」
と、茶化してみたものの、心の中は申し訳ない気持ちで一杯だ。
断言する。そんなのは一生無理だ。罰則があっても破るのに怒られることもなくなったら絶対好き勝手する。マジで殺人が日常になるんじゃないか。
一周まわって秩序が生まれる気もするが、滅びる可能性も十分にあるので試さない方が良いだろう。その秩序もいつまで持つかわかったもんじゃないし。100年後には今の世の中になってるとか全然あり得る。
何より申し訳ないのはやりたくもないアドバイスさせてしまったこと。
自分達で気付くべきことを、手出ししないと言った人間からの注意で気付かされたのは、恥ずべきことだ。
「まぁそれについてはアタシも悪かったわよ。フィーネ達に辿り着くために気付いてたのに無視したわけだし」
「じゃそういうことで」
「…………」
睨むなよ。こうでもしないと自分責めちゃうんだから。今日の晩御飯おかわり出来なくなっちゃうぐらい落ち込むんだから。普段からしないけど。自分で食べる分におかわりとかないし、家だと優秀なメイドさんが量合わせてくれるし。
「やり方は任せます。龍脈にプラズマを付与したり、自在に引き出したり、世界の秩序を乱すような行為は見過ごせませんけど、応援はしてますからね~」
それだけ言うとユキは、酔っ払いのオッサンのように「がんばって~」とフラフラとやる気なく手を振ながら、俺達が歩いてきた道を引き返していった。
「……よしっ、これで完璧だな!」
「今のやり取りでお前には何が見えたんだ!?」
「逆にお前には何も見えなかったのかよ、コーネル。ガッカリだぞ。そんな人だとは思いませんでした」
「理想像を押し付けるな。僕は僕だ」
「何をおっしゃる。人ってのは他人からどう思われるかで自己を確立する生き物で――」
「ルーク君」
茶番は終わりだとばかりにイブがこちらを睨む。
ただでさえジト目なのに、さらに冷ややかな目なんてされたら……興奮するよね! うほぉ~ってなるよね! その目がどこまで保てるか試したくなるよね! SとMの心が交差するよね!
「…………」
「あ、はい、すいません。でもこれだけは言わせてください。夫の性癖に付き合うのも妻の務めですよ。夫婦ってお互いの変な部分も認め合ってこそのものですよ」
と、将来のための保険を掛けたところで説明に入ろうか。
もう軌道修正することもないだろう。これが決定号だ。




