千二百十話 エルフとドワーフ
見晴らしが良くもなければ悪くもない、至って普通の平原が広がる町の外に、隠れるように存在する3mの円形魔法陣。
それは少し前にイブ達が利用した昇降機(魔術や自然物を機械として扱って良いのであれば)だが、バス停やタクシー乗り場のような客が利用するための設備は存在せず、地下洞窟の存在を知らない冒険者や通り掛かった行商人が誤って運ばれかねない危険な代物……かと思いきや、扱いが難しくて大多数の人間にとっては変な模様でしかなかった。見つけにくい場所なので気付かない者も多いだろう。
そんなエレベーターで俺達は地下を目指す。
1kmほど歩けば俺が使った原始的エレベーターもあるが、農場から近いのはこっち。わざわざ手間を掛ける必要もない。
搭乗して2分。
俺は、いつまで経っても到着しないことへの違和感と共に、地下へ足を運ぶ理由となった龍脈に近づいていることに期待し始めた。性能の差を考慮しても4倍以上というのは流石に掛かり過ぎだ。つまり俺が知らない深部へ向かっている。
そこからさらに2分。
俺達は気付いた。
「これ……動いてなくね?」
というわけで、エレベーターの起動には特別な操作が必要なことに気付いた俺達は、今度こそ本当にリニア運行予定地の地下洞窟を目指して移動を開始。以前と同じく30秒足らずで到着した。
「道理で中々着かないと思ったよ……」
様子は違えど丸2日徒歩で移動した場所だ。珍しさなど微塵も感じず秒で洞窟に馴染んだ俺は、何故動かさなかったのか、経験者達に責めるような視線を向ける。
「すまない。先程利用した時は自動だったんだ」
「浮遊感や起動音もありませんでしたし、てっきりそういうものだとばかり……」
どうやら大衆心理あるある『誰かがやるだろう』と、『前もそうだったから今回もそうに違いない』という先入観が同時に起きたことで、動かないエレベーターに乗り続けることになったらしい。
それは仕方ない。
「てかこのエレベーターが悪いよ。なんで閉まるのは自動なのに動くのは手動なんだよ。行き先なんて選べないんだから閉まったら移動すれば良いだろ。あともっと動いてる感じ出せよ。事故やトラブルの元だぞ。便利過ぎるってのも善し悪しだぞ。ドワーフ達の地下施設レベルで良いんだって」
正体不明の製作者も同様に責める。
例え善意でやってくれたことだろうと、どんなに偉い相手だろうと、改善すべきところはちゃんと言うべきだ。聞き入れるかどうかはさて置き意見は出すべきだ。進歩とはそういったことの積み重ねなのだから。
「あれも本当はこのぐらい高性能にするつもりだったみたいよ。路線変更システムを導入したことでゴチャゴチャして、誰でも使える今の形にせざるを得なかっただけで」
「なんだ、ルナマリア。やけに詳しいな」
劣化という名の改良をしてやろうかと企んでいると、龍脈探しなど無関係と言わんばかりの様子で洞窟を見渡していたツンデレが、何でもない風に新情報を出してきた。
そちらはノータッチでもこちらはタッチするらしい。
「冷蔵庫工場のドワーフを通じて色々ね。ウチにも何人かドワーフ居るし」
オッサンのことか。
にしてもドワーフって……せめて名前で呼んでやれよ。俺のことを人間って言うようなもんだろ。そんなの嫌だ。
ロア商会の入社順で言えばあっちの方が先輩だが、実年齢は比べものにならないし社内全体が実力主義なので、上限関係など皆無なのだが。それどころか偉そうにしたヤツが悪みたいな空気がある。ユキやルナマリアレベルになるとそれすら許容されるが。
あと、どちらも横柄なタイプなので気が合うのかと思ったが、若干緩和されたとは言え彼女の排他主義は変わっていないようだ。仕事だから仕方なく付き合うだけで、飲み会に誘われたら「あ、その日は予定が……」と毎回断るに違いない。
「ところでエルフとドワーフって仲良いのか?」
「唐突に何よ?」
プラズマタイトをダウジングマシンのようにぶら下げ、あてもなく地下洞窟を歩きながら雑談に突入。2人はともかく種族的にはどうなのか尋ねると、ルナマリアは怪訝な顔で質問し返してきた。
「前々から思ってたんだよ。高貴で細身で魔力至上主義でベジタリアンなエルフと、野蛮でドッシリ体型で脳筋で肉大好きなドワーフって、考え方というか生き方が真逆じゃん? 社会進出して他種族とも交流のある連中ならまだしも、ガチってる連中とはどうなのかなって」
エルフとドワーフと言えばファンタジーにおける光と闇。仲良くしている場面を想像しろと言う方が難しい。
実際彼女もコミュニケーションを取ってくる連中と仲良くしているだけで、地面の下でカンカンキンキンやっている連中には興味がなさそうだ。
イヨも拒絶こそされていなかったが歓迎もされていなかった。
彼女がお披露目会場に現れてからドワーフ達はずっとバタバタしていたので、気付いていなかったり放置されていたが、もし落ち着いた場だったら違う結果になっていたかもしれない。
友達が招いたから参加させてやるけど俺は誘ってないから。
そんな人間関係の闇を感じた。
「それはあの子が、前に遊びに行った時に、精霊を使って悪戯して彼等の鍛冶場を無茶苦茶にしたから。親しいわけでもないけど、方向性は違えどポリシーを持って生きてるから人間なんかよりずっと接しやすいし、必要があれば交流もするわよ」
「クソガキだな!」
職場にある大事な資料をゴチャゴチャにされたり、自宅の花瓶や絵画を破損させられたら、誰だって警戒したくなる。よく誰も触れなかったと思う。
それほどまでに彼等にとって鍛冶は大事ということなのだろうが、災厄を振りまく子供が現れても無視は中々だ。
「関わり合いになりたくなっただけだろう」
「……俺か? 俺に全部押し付けたのか?」
コーネルの何気ない一言が俺の心を傷つけ、責任という重荷を背負わせた。何かあったらすべて俺のせいになっていた可能性が出てきた。今度オッサンかノミドに会ったら聞いてみよう。イエスと言ったらイヨを調教する。
「お陰で、謝罪と修復のために地下を訪ねた時に、地層の調査や土精霊との対話の仲介をやらされたわ。エレベーターもその時見たのよ」
あ、な~んだ。そうだよ。ちゃんとした保護者がここに居るじゃん。イヨの手柄は俺の手柄、彼女の罪はルナマリアの罪。これで万事解決よ。
まぁ何にしても差別やイジメがないようでなによりなにより。
「互いマウントを取らないから争いも起きないしね。人間と違って」
「あ~」
自然と感得の声が出る。
結局、争いなんて資源争いか自分上相手下の考えによって起こるものだ。どちらも必要なものが違って、比べる気がないなら、争う理由などない。
(てか、あーちゃん……何かにつけて『あー』って言うからそういうあだ名になったって言ってたけど、俺の前では結局1回も使わなかったな……)
話の流れと自分の発言で思い出した。次会ったら彼女の本名のフロンと呼んで良いかもしれない。とか思ってたら言われるんだけどな。
「ちなみに交流が必要な時ってどんな時? 最近だといつあった? あ、イヨの時は除いて。個人的な用件で」
「ないわね。そもそもエルフの数が圧倒的に少ないっていうのもあるけど、知識や技術に差があり過ぎて一から説明するよりお互い自分でやった方が早いから、滅多にないわよ。言われた通りに動く・作る・使うがせいぜいね。あとは双方の意見をまとめる人間の力を借りるのがベターかしら」
ナイス中間管理職。
「まぁ、まとめられるほどの能力を持った人間は滅多に居ないから、個々でやることが多いみたいだけど」
ゴミめ。努力しろよ。上からの指示を下に伝えるだけなんて無能のすることだぞ。役割分担や進行度合いのチェック、第三者目線の意見、トラブルになったら間に入る、全部の流れを管理する。本物の中間管理職は忙しいのだ。
って、そんなんだから排他的な種族から嫌われるのか……。
無能に厳しい世の中やで。
謎エレベーターや大地マジックで方向感覚がボロボロになっていなければ、俺が王都からの帰路で利用した道とは反対方向へ進むこと、5分。
グググッ――。
「む……」
「あ……」
「これは……」
糸に吊るされたプラズマタイトが初めて反応を示した。手に持っていたコーネルをはじめ、イブ達が驚きに近い声に出して、後方でくっちゃべっていた俺達に変化を知らせる。
俺は自然には起こりえないその反応を確かめるように歩み寄り、
「オラッ」
プラズマタイトが動いている方向の下あたりにヤクザキックを放った。
「ぐはぁ!? な、何故バレた!?」
そして現れる精霊王。
顔面にくっきりと足跡を付けたユキは、ヨロケながら驚いた顔でこちらを睨む。手を離した瞬間、プラズマタイトは垂直にぶら下がった。微動だにしない。
「お前ならやるだろうと思ってな。違っててもちょっと恥を掻くだけ。なら取り合えず蹴るに決まってんだろ。というか、わざわざ手動でやらなくても風魔術でフワッとさせるだけ良かっただろうに」
「フ……フフフ……フハハハハッ! 流石は私が認めた男! 予期するだけでなく改善策を提示するとは! だが今の一撃で仕留められなかったのは貴様の甘さだ! 地獄の底で後悔するが良い!」
まるで好敵手を見つけた向上心溢れる悪役のような不敵な笑みを浮かべたユキは、それを爆笑に変えていき、決め台詞らしきものを吐いた。
が、今の俺達にとっては願ってもないこと。
「丁度良い。連れてってくれよ。俺達はそこに用があるんだ。もちろん戻れること前提で。出来れば安全希望」
「うわ~、贅沢ぅ~」
「煽るな。地獄便の運行か龍脈探しを手伝うつもりがないなら今すぐ帰れ。お前に構ってる暇はない。まだ無策で歩き回ってる方がマシだ。現地調査も出来るし」
「そうですか……」
「諦めた雰囲気を醸し出しながら同行者に加わるな」
俺が主人公だったら一番目立つ、俺とルナマリアの間にスッと割り込んできたユキを押し出す。新人の分際で生意気だ。
何がしたいんだよ……。




