千二百二話 お披露目9
研究チームが発見した未知の力が鍛冶に使えそうという、三度の飯より鍛冶が好きなドワーフ達が奮起すること間違いなしの告知によって、地元はもちろん外国からも多くの者が会場に集まった。
しかし彼等はお披露目中にもかかわらず次々に会場からいなくなる。トラブルから逃げているのではない。全員が一刻も早く戻ってこようと必死だ。
「頑張れ~」
俺はそんな人々にゆるゆると手を振る。
声が届いていないからか、届いてはいるが熱意が感じられないのか、他に優先すべきことがあるのか、誰も反応してくれない。
「随分と他人事ですね」
「そりゃそうだろ。他にすることがないんだから」
オッサンが鍛錬した雪の結晶を模した盾に、一瞬とは言えプラズマが宿ったことから始まった、この騒動。
元凶にして計画の要である俺としても何かしたいのは山々だが、プラズマ付与係がやるべきことはエネルギー消費を抑えて1つでも多くの物質に付与することで、出来ることはそのための素材や道具をかき集める者達の応援。
心苦しいが精神・肉体共に万全の状態にしておくためにも今はグッと我慢して、足手まといになってしまうと会場に残った子供達と会話することにしようじゃないか。これも立派な協力だ。
具体的には少女達の中で一番話が合うあーちゃんと大人の時間を楽しむ。
「ただ単に私に社交性と語彙力があって、両種族・全人員の事情に詳しく、ボケをスルーせずに拾ってくれたり欲しいタイミングでボケてくれるというだけでは?」
「それ以上に会話相手に選ぶ理由が必要かね?」
「空気を読む力ですね。友達を取られたと勘違いしているイヨとニーナさんへの配慮をするべきかと。可能な限り早急に」
あーちゃんは、騒動とは無縁の舞台端でジッとしている2人へは一切視線を向けず、かと言ってこちらを見ることもなく、慌ただしく動き回るドワーフ達を眺めながら言った。
まるで異性の友達と遊ぶ時の服装に気を遣う女子。露出の少ない地味で動きやすい服の代わりが、この立ち位置と視線接触時間なのだろう。
ドロテとワーナーも条件は同じはずだが、彼等からはあーちゃんを取られたという嫉妬や退屈そうな空気は微塵も感じられない。親友が自分以外の誰かと仲良くしている姿を受け入れている。それに対する不満もあーちゃんから感じない。
どちらが良いかは人によるだろうがこれはこれで素晴らしい距離感だ。
「冷静に観察してないで何とかしてください。私は他者と親しくなるための要因に『過ごした時間』は入れないタイプですが、それを重要視する人も居ますし、彼等の考えを否定するつもりもありません」
「へいへい……」
まぁ睨むのはやり過ぎだけどな。
相手に圧を与えても解決しない。むしろ自分の評価を落とすだけだ。あまり俺を失望させるな。こんなことを続けていたらいつか本当に相手にしてもらえなくなるぞ。
てかあーちゃん凄いな。どれだけ達観してるんだよ。まだ6歳だろ。俺がそのぐらいの時はゲームソフトの数を自慢したり、友達の兄ちゃんがスゲェんだってつくり話でマウント取ってたぞ。こういうことがあったら睨んでたぞ。
というわけで、
「お前等、良いぞ、もっとやれ。俺は嫉妬してくれる友達が大好きだ」
「では私達の関係はここまでということで。たった今から未来永劫他人です」
「ふっ……来るもの拒まず、去る者は死ぬまで追い掛ける俺から逃げられると思うなよ。言っておくけどこれはストーカーじゃないぞ。だって俺達は友達なんだから。友達に好きを伝えることは罪ではない。伝えないことこそ罪だ。誰も俺達の友愛の邪魔はさせない。邪魔するヤツは実力で排除する。わかったらLet'sフレンズ」
「いくら神から神託を貰った人間だからって限度はありますよ?」
「フヒヒ、サーセン」
もうおわかりだろうが、俺がプラズマを引っ込めたのは神様から神託を貰ったから。50分以上使わない場合は切っておいた方が節電になるらしい。引き出す時に結構なエネルギーを消費するからやらない方が良いみたいだけどな。
プラズマの件もあってドワーフ達は一発で信じてくれた。神力の鍛冶台を使っていたら時々そういうことがあるらしいので、当然と言えば当然な気もする。
「でも楽しい会話のお陰で良いこと思いついた。ありがとう。やっぱ暇……困った時は1人で悩まずに対話するに限るな。気分転換も兼ねてさ」
「三点リーダの前の一文字がなければ説得力ありましたね。私がお2人から恨まれなければなお良しです。皆で協力して閃いていたらパーフェクト」
あーちゃん……理想高き女よ……。
「それでルークさんはどのような案を思いつかれたので?」
「うん。素材だけどさ。俺とイヨが作れば良くね?」
ピタッ――。
騒がしかった会場が静まり返った。やはり拡声器を使っているだけあってこちらの声は届いていたらしい。つまり俺の応援に無反応だったのはわざと。許すまじ。
カーン! カーン! ぺにょーん!
一部我関せずで鍛冶をおこなっている者もいるが、やるべきことが決まっているのだからそれで良い。むしろそうでなくては。手を止めていたら怒っていた。
「……で、出来るんですか?」
「少しなら。プラズマ付与に支障あるかと思って言わなかったけど、神様に関係ないって教えてもらったし、ここなら精霊術の発動に必要な条件は揃ってるからな」
驚きと戸惑いを隠さず尋ねるあーちゃん。俺は出来るだけ飄々と答える。その方が説得力があるからだ。
オッサンが使った素材もわかる。
「流石に職人御用達の鍛冶台は無理だけどな。素材ぐらいなら俺達でも生成出来る。動けなくなるほどはやらないけど、その分の人手を用具運搬に回せるはずだ」
「この雪は使わないの?」
是非、とあーちゃんを始めとしたドワーフ達が俺の力を頼る中、ニーナが妙なことを言い出した。
「使うとは?」
当然、発言の意図を確認する。
話の流れからして素材の生成に、ということだろうが、土と石が溢れるこの環境で出来るかどうかもわからない雪の変化に挑戦してまで素材を作る意味はない。
どうせこのタイミングで発言するなら生成メンバーに自分が入っていないことに対する不満だろうと半ば聞き流していたので、前半部分に語られていたかもしれないが……果たして。
「…………」
「何故そこで言葉に詰まる!?」
「精霊への捧げ物に」
(あ、ああ、そういうことか……)
どうやらニーナは、頭をよぎった強者の名前を出さないように配慮していたらしい。アイスを対価にしてベーさんに鍛冶台を作ってもらえと。
(ホント頭の回転の遅い神獣様はこれだから……いや違うか。精霊ってことにすれば良いのか)
「ナイスだ、ニーナ!」
ニーナからとてつもないヒント&答えをもらった俺は、すべてを解決するスンバラシイ作戦を皆に伝える前に、満面の笑みでサムズアップ。褒め称えた。
「むふーっ」
満面とは程遠い表情だが、彼女にとっては最高のドヤ顔で応える。ぎこちなさはない。俺と比べてちょっと変化が少ないだけだ。中身は同じはず。
どこまで意図していたかは不明だが今はそんなことはどうでもいい。閃きを得たという事実が大事なのだ。
「イヨ。お前、ドドグリを持ってるな?」
「え? も、持ってるけど……」
突然の指名と荷物の断定に戸惑いを隠せないイヨは、スカートの右ポケットから取り出した果実をたどたどしく差し出してきた。
太陽光を必要としないため地下にも生息するドングリだ。ダンジョンでは冒険者の貴重な食糧源となる。
彼女なら、エレベーターを使っていない彼女なら、見た目がドングリなだけで味はちょっと酸っぱい桃を、通学路にある木イチゴのように採取しているだろうと思ったのだが、案の定だ。
「それ、雪に混ぜてくれ。微精霊単位で同化させて美味しくいただけるようにするんだ」
「なんで?」
「今からドワーフ達にアイスを作ってもらうから。いや氷菓子かな。他にも飲食物を持ってるヤツは持ってきてくれ。オッサンとノミド以外は最優先だ。必要なもんが全部揃うかもしれないぞ」
指示を出しながらイヨに融合可能か否かの判断を仰ぐ。無理なら俺がおこなうが、素材生成より単純なこちらの作業の方が、彼女には向いている気がする。
ドワーフ達の様子からして結構な量が集まりそうだ。ワーナーなどぽっちゃり担当らしく懐からチョコを取り出している。おそらくどちらも掛かり切りになる。
「わたしとイヨでやる。任せて。わたしはウェイトレス。アイスはいつも作ってる」
この短時間でニーナの無能さは知れ渡っているらしく、一瞬不安そうな顔になったドワーフ達だが、直後におこなわれた説得力のある発言によって安堵に変わる。
だが食堂事情を知っている俺は違う。
ウェイトレスがおこなうのは既製品を乗せるだけで、食品加工や生成には一切関わっていない。要するに彼女はアイスを作っていない。
「これを見てもまだそんなことを言える?」
「あ……」
バキッ、ドス――。
俺の表情から何かを読み取ったニーナは、余裕の笑みを浮かべてワーナーからチョコを奪い取り、粉々に砕けようがお構いなしで握った拳を雪原に叩き込む。
2秒ほどしてその周辺が茶色く染まる。
「……やるじゃないか」
チョコが溶け出したのではない。降り積もった雪と同化したのだ。つまり要望通り。認めるしかなさそうだ。彼女の実力を。
「もしかしてこれが使いこなせないってやつか?」
「そう。普通のアイスは無理。でもこういう大雑把な一からの加工は出来る……時と出来ない時がある」
やっぱチェンジで。イヨオンリーで。
まぁ冗談だったから許したけど。本気にしてしまう冗談はやめていただきたい。それはフィーネのような有能にのみ許されたボケだ。
(さ、この調子でボルテージ上げていきましょうかね!)
やる気は技術や閃きにも勝る力。
勢いがなければ成功するものも成功しない。
今ならオッサンが作ったもの以上の品が出来る気がする。成功する未来しか見えない。おそらくここにいる全員がそう思っているはず。
流れとはそういうものだから。




