千二百話 お披露目7
パリーン――。
熱を追い出し、冷気を宿す、自然に逆らわずエネルギー消費の少ないやり方で生み出した氷は、少女達の手の中でアッサリと砕けた。
そのまま残しておくよりこちらの方が彼女達の望みに近いだろうと、視認出来ないほどに細かくなった氷の結晶を空……もとい天井へ舞い上げる。自然現象を再現したそれは、30mほどの高さから白い雪となって会場に降り注いだ。
「「「おおおおっ!!」」」
「これが自然界に存在する普通の雪だ。そっちから、さらさらとした粉末状の乾燥した『粉雪』、水分を含んでいるため重みのある『綿雪』、溶けかけていてべちゃっとした『べた雪』だ。違いはさっき言った通り温度と圧力で生まれるぞ」
と、説明してみたものの、初めて見る雪に歓喜する子供とそれに感化された子供には意味は無さそうだ。正直大人達も怪しい。
まぁこうなることがわかっていたからこそ、三色団子のように会場を三分割して一気に降らせたわけだが……。
これなら回数的な意味でも時間的な意味でもすぐに終わらせられる。
「……え? もうおしまいなの?」
およそ50秒。浴槽をひっくり返したような勢いのある降雪が終わると、予想通りイヨを始めとした少女達がアンコールを求めてきた。
元はハンドボール大の塊。舞い上げる時に若干増やしたことと、3種類あったから錯覚しただけで、積もった雪をかき集めてもミニチュアサイズの雪ダルマを作るのが精々だろう。
そして彼女達は勘違いをしている。
俺はまだ全力を出していない。出す必要がないとも言う。
「だってこれ俺の考えた雪じゃないし。本題じゃないし。自然現象を真似ただけのなんちゃって人工雪だし」
「ということは……」
「ああ。本当の雪祭りはこれからだ」
勘違いしている者も居そうだが、俺の目的は子供達に雪を見せることではなく人工雪を見せること。地上に興味を持ってもらう切っ掛けづくりだ。
この雪モドキも比較のために降らせたに過ぎない。説明で必要だったのもある。
ドロテとワーナーには、どこまでも広がる空から無尽蔵に降り注ぐ雪を見て、自然の素晴らしさを実感してもらいたいというのが正直なところだ。
その気持ちや経験をどう活かすかは本人次第。
俺は、ここでしか味わえない経験をさせるついでに、技術を自慢するだけだ。苦労して手に入れたものだし何かに使いたいじゃん。
(……そうか。だからユキはあんなことを。譲ってくれたんだな)
今更ながらに精霊王の気遣いに感謝しつつ、俺は改めて氷の結晶を作り出していった。
「いえ……しかし……そうなると……」
「どうした、ノミド。そんな難しい顔して。自称だろうとアイドルがしていい顔じゃないぞ。質問があるなら聞くし、相談にも乗るぞ。自分で考えることが大切だとは言ったけど、そんなに悩むほど努力を強要するつもりもない。苦しむ知人に手を差し伸べないほど意地悪じゃないんだ、俺は」
今度は降雪だけでなく地面にもまき散らし、スノーバースで実験に利用していた例の雪原を再現していると、無邪気にはしゃぐ子供や感心する大人に紛れて、知人がこれでもかというほど顔をしかめてブツブツ呟いていた。
それすらも可愛いとほざいたら手が出る。女性がクシャミをする時の顔は嫌いじゃないが、それはあくまでも希少価値から来るもので、可愛いとは思わない。見飽きたら絶対嫌いになる。いつまでそのブサイク顔を晒すつもりだと注意する。恋人や奥さんだったら隠させる。もはや一種の猥褻物陳列罪だ。
気になって尋ねると、
「あ、いえ、ぼくはこういう顔も可愛いのでむしろ見てくださいって感じなんですが……って何故拳を振り上げるんですか? それをどうするつもりですか? ぼくの知らない雪遊びですか?」
「今思いついたんだ。雪合戦と叩いてかぶってジャンケンポンを合わせた陣取り合戦。相手を殴り倒して陣地の雪を全部固めたら勝ち」
「開始の合図も相手の同意もなく始めるのはマナー違反ですよ」
「いや、ほら、よくあるじゃん。雪玉ぶつけたら開戦の合図みたいな。やろうぜって誘うんじゃなくて、いきなりぶつけて流れで入るみたいな」
「ではぼく以外の人間とやってください。今ちょっと忙しいので」
じゃあボケるな。
全力でツッコミたかったが、もしかしなくても本心なので我慢し、彼女の主張の耳を傾ける。
「この人工雪……と言いますか雪の結晶って鉱石と似ていますよね?」
「まぁ自然界が六角形とか四角形とか円とか作りがちだからな。形成しやすいんだろ。パワーバランスとか仕組み的に」
この世界には釈迦に説法の類義語として『セイレーンに水練』『ドワーフに鉱石講座』という言葉がある。
自分より精通している相手にマウントを取ろうなんて愚かとしか言いようがない。
子供でも知っているそれを今まさにおこなった俺に、イヨ達が馬鹿にするような顔を向けるが、彼女達より先にノミドが口を開いた。
「ただそれは似ているだけで同じではないです。土なら土の、氷なら氷の精霊が動きやすいように性質や形を変えているんです。一見同じでも中身は別物なんです。
ぼく達は鍛冶でそれ等を同じにすることで様々なものを生み出しているのですが、やりたいことが多過ぎて目を向けられていなかっただけで、その技術は鉱石以外にも使えるのではないかと思いまして。その逆も然り。自然現象を鉱石加工に利用出来るのではないかと」
「つまり雪の結晶を見て何か閃いたと」
「はい。例えば金鉱石の場合、こことここに緑柱石を使用して、先端に魔力伝導率の高いダイヤモンドを埋め込み――」
手先の器用なドワーフらしく、一度見ただけの氷の結晶を降り積もった雪で完全再現したノミドは、それを地面に置き、良く言えば味のある字で周りの雪に何かを書き込んでいった。
ところどころ模型の下に書かれている。立体だからこそ出来る芸当だ。
「――で、火入れすれば、隙間には成型後の冷却で失われる火と木の力が宿るのではないか、と……」
一通り説明を終えたノミドは絶賛行列の出来ている鍛冶台に目を向ける。
「好きにしろ。プラズマを宿すのに失敗した時点であれはお前等にやるつもりだった。そして俺はドワーフの鍛冶に技術指導出来るなんて思うほど奢っちゃいない」
今、彼女が言ったのは一般的な鉱石の場合。同じことをまったく新しい物質でおこなった場合どうなるか。そんなの誰にもわかるわけがない。
そしてそれは属性付与と変化に特化した鍛冶でなければ出来ない……と思う。
少なくとも俺は、鍛冶+プラズマも、雪の結晶+プラズマも失敗している。雪の結晶をハンマーで作るほどの技量もない。ここは大人しくプロに任せるべきだ。
再三にわたって脳筋と呼んできたが、出来るじゃないか、化学。
まぁ鉱物限定の実体験に基づいたものだろうけど。図や式での説明も出来ないんだろうけど。ほぼ臨機応変の出たとこ勝負なんだろうけど。
「ありがとうございますっ」
そんな俺の呆れと応援の気持ちなど知る由もなく、製作者の許可を得たノミドは意気揚々と鍛冶台へ向かった。
カーン! カーン! ペニョ~ン、ジュゥ! カーン!
時折、奇妙な音を立てつつ、ノミドの超絶技巧(?)鍛冶はおこなわれていった。ドワーフ達が感嘆しているのでそうなんだろう。
――という説明からもわかるように、素人の俺では何をやっているのかサッパリわからない。
時刻は18時を回っている。折角なら出来立てホヤホヤの品にプラズマを付与してみよう、必要とあらば途中でも手を貸そうと、イヨ達と雪にダイブしたり絵を描いたりしながら完成を待っているのだ。理解は最初の5分で諦めた。
「ノミドは触れなかったけど、あの辺の雪ってなんか他と違うだろ? 粉雪よりさらさらしてるだろ? あれはヨウ化銀で無理矢理冷やして水の中に氷の核を生成したことによるもので、人為的に自発凍結温度の-40℃を作り出したから氷晶は角じゃなくて水滴と同じで球形に近いんだ。やり方は――」
「出来ました!!」
無駄だろうとは思いつつ人工雪の製造方法について語っていると、甲高いテノールボイスとドワーフ達のざわめきが広がった。
さらに声の発生源は、モーセのように人混みを割いて、ゆっくりこちらに歩いて来る。
その手には、ビキニアーマーと同じぐらい用途不明な、美しい氷の結晶を模した金属の片手盾。もしこれを戦場で使ったら隙間からブスッといかれることだろう。
「お願いします」
ノミドはそれを手渡してくる。
ではでは、プラズマお披露目の第二幕と行きましょうかね!




