千百九十九話 お披露目6
「俺が人工雪を作ったのは、自然界に存在しない条件でやった時どうなるかってのを試してみたくなったから。まぁやり方は邪道だったけどな。魔力や精霊術で無理矢理だったし。お陰でどこでも氷や雪を生み出せるようになったけどさ」
雪を見たことがないという少女達の願いを叶え、ノット頭脳派のドワーフ族に知識を蓄える楽しさを教える、一挙両得を狙った人工雪づくりに着工して3分。
俺は、ゆっくりと手の中(ファイアーボールのように浮遊しているものをそう扱って良いのであれば)にある水の塊から熱を奪いながら、好奇心の大切さを伝えていた。
ただの自分語りとも言う。
「えっ、すごいじゃない!」
誰よりも先に、そして盛大に反応したのは、イヨ。
普段の『内容はまったくわからないけど凄そう』な子供らしい行動理念は感じられない。すべてをわかった上で驚く知識人のそれだ。
「ありがとう。ただ俺の作る雪は属性の存在しない力じゃないからな。氷属性の一部だからな」
「な~んだ」
相手は妙なところだけ人類を超越した知識を持つエルフの少女。もしかしたら特殊五行のことを言っているのかもしれないと、念のために真実を伝えると、案の定ガッカリ感を露わにした。
自然界に干渉して人工物を作り出したことへの驚きも若干はあっただろうが、やはり大部分はエルフでも扱える者の少ない(居ない?)力を手に入れたことに対する羨望だったらしい。
ちなみに、何かヒントになるかもしれないと話を聞いてみたが、驚くほど要領を得ない回答しか得られなかった。異国語をゼロから翻訳する方がまだ楽だと思う。
3年ぐらい頑張れば、彼女の常識とこちらの常識をすり合わせられそうだが、それなら自分達で研究を進めて「これどう?」と逐一確認していった方が早い。つまり現状維持。
「「「???」」」
(あ~……これは先にその辺を理解させておいた方が良いな)
そんな俺達の話について来れない……というより試行錯誤を当然のものとし、何が凄くて何が凄くないのかを理解していない者達が首を捻る。
特殊五行は知らなくても支障はないのだが、氷や雪といった基礎まで理解していないのは困るので、簡単なテストをおこなうことに。
「お天気クイーズ! 雨の降る理屈、そして雲を説明する文として必ずといっていいほど登場する『水蒸気が冷やされて水や氷の粒になる』ですが、この雲という存在は、水と氷、どちらでしょう!」
「……? 雲は雲では?」
「ああ。神と精霊の作った雨や雪を生み出す装置だろ?」
論外だった。しかも答えたのは大人。子供達は当然のように首傾げ。
氷が溶けて水となり雨として降るのか、雪が地表近くで溶けて雨になるのか、水が凍ることで重さや体積が増えて落下するのか、どちらかの勢力に追い出されたのか、はたまた謎の超常現象が起きているのか。
そういった卵が先か鶏が先かを議論してもらいたかった俺の計画は、初っ端から破綻した。
「え~、ドワーフの皆さんに衝撃の事実をお伝えします。実は雲は鍛冶台ではなく素材です。土や鉱石と同じく自然界を巡り巡って生まれる物質です。雨と氷と塵で構成されています。今度飛行船に乗って確かめに行ってください」
「「「な、なんだってーっ!!」」」
場外、そして観客席がどよめく。
俺なんかやっちゃいました?
そう思うことはこれまでも多々あったが、今回はその中でも特に感じた。やり過ぎて不安になるレベル。技術革新してたと思ったら核兵器作っちゃったみたいな。
「――というのは冗談です。流石にそこまで無知な人は少ないですよ。可愛いぼくが保証します」
「ドワーフ達、ノリ良すぎだろ……」
過激派の猛攻を防ぎ切ったのか、俺とニーナの作った品々で何か閃いたのか、収まる気配のない群衆から離れ、一仕事終えたような清々しい顔でこちらに歩いて来たノミドの言葉に呆れ果てる。
あれを打ち合わせ無しで出来るのは凄い。
「お前は、水と氷、どっちだと思う?」
ここからは会話に参加するということだろうと思い尋ねると、
「雨なら水、雪なら氷では?」
「ブブー。ハズレー」
両手で大きく×を作って合否の判定を告げる。
「なら氷ッス!」
「ハズレー」
続くドロテにもそのままの形を向ける。
ロリドワーフというだけあってノミドも相当だが、本物はさらに下。俺の手元をジックリ見たいからか触れ合う距離に居るので、ほぼ真下を向いており、天空ほにゃらら拳を放ちたくなる。相手がユキなら確実にやっていた。首元へのクロスチョップで10日は目覚めないらしいがアイツならでぇじょぶだ。
「水……」
「ハズレー」
心と体の距離感を大切にしているぽっちゃり系男子、ワーナーには届かないが、取り合えず巨大×マークを向ける。
「じゃあ残ったせんたくしは1つね。ノミドのはんたい。雨なら氷、雪なら水」
「ハズレ、ハズレ、大ハズレ~」
「わたしにだけ冷たくない!?」
「最後まで発言せず美味しいとこ取りしようとした上、完全に違うんだから当たり前だろ。なんでそうなるんだよ。てか知らないのかよ、エルフ」
「エルフだからって全属性の精霊と仲良いとおもわないで! そーおーの時間がひつようなのよ! 今はまだ友達の友達ですらないのよ!」
世知辛い……世知辛いよ……『精霊の友達』とか言われてる種族なのに、実は生まれた時から一緒に育った幼馴染以外は友達じゃなくて、ただコミュニケーションを取る術を持っているだけだったとか、エルフへの憧れ全否定だよ……。
この感じからして契約するわけでもなさそうだし。
クラスメイトに仲良くなる優先順位つけてるみたいな、連絡先教えてもらったけどコイツは後回しで良いやみたいな、リアルな人間関係を目の当たりにしてやるせない気分になる今日この頃。
「そもそも答えは水と氷のどちらかなんですか?」
と、ここで俺的知能指数ランキングナンバーワンのあーちゃんが、核心を突く質問をおこなった。
「その空間にいる精霊による」
さらに俺が答えるより先に絶好調のニーナが続く。
「その心は?」
「世界の仕組みを考えたらそうなるだけ。現象は精霊が変化した後の状態のことだから」
「正解」
100%の答えに称賛を送る。
入り口まで辿り着いていたあーちゃんは悔しそう……でもないな。平然としている。それどころかイヨ達を導こうとしていた雰囲気がある。後方彼氏面だ。しかもニーナに取られても不機嫌になっていない。大人だ。
「ノミドは惜しかったな。順番が違うんだよ。雨か雪で変わるんじゃなくて、雲の内部が水か氷かでどっちが降るか決まるんだ。もっと言えば精霊達が雲という状態を解いた時だな。膜みたいなもんがあると思ってくれて良い」
「取り合えず雲の形になっておいて後から決めると?」
「そういうこと。で、精霊達の気持ちを変えるのが環境。これはさっきも言ったように基本的には自然界に準拠する。寒ければそれだけ氷が集まりやすくなるし、温かければ水が集まりやすくなる。それでも自分は雨を降らせたい、雪を降らせたいって、意志の強い連中が頑張ったら異常気象が起きる。
それが多発してるのが上空で、そこでは性質すらも変わるから、一言に『雪』って言っても地上より色んな種類のものがあるわけ。それが俺達の言う属性のない力。あまりにも多様化し過ぎて分類出来ない精霊のことをそう呼んでるんだ」
「なるほど。ようやく話が繋がりました。それを完全に分類し、生み出すことはエルフ族にも不可能なのに、ルークさんがそれを実現したとイヨさんは勘違いしてしまったわけですね」
生暖かい視線を向けられたイヨは、「こ、こんなヤツにそんな凄いこと出来るわけないって思ってたけどね」とツンデレ全開でそっぽを向いた。
「しかしそれも凄いことなのでは? 鍛冶で言うなら、ありふれた物質を新しい方法で加工したようなものでしょう? 神具を再現したようなものでしょう?」
そんな少女の行動に、俺と共にホッコリしたノミドは、改めてその技術と発想力の素晴らしさを讃えた。
凄さの基準に神具を用いるとは、やはりモノづくりをおこなう者にとって、何千年も愛用されているのにレプリカが作れられない品というのは、憧れを抱くものらしい。
「そうだよ。でもいくら自慢しても誰も褒めてくれないから拗ね気味だよ。何の役にも立ってないから余計拗ねちゃまだよ」
彼女の言う通り、世界中に存在する成分を自由自在に扱って未知の物質をバンバン生み出すパーフェクト特殊五行とは比較にならないが、それは十分自慢して良いこと。
おそらく誰も得しない、平均的な容姿をした成人間近な男性による、ほっぺ膨らまし&そっぽ向きを炸裂させる。
当然誰にも相手にされない。
「人工雪ってのはそれを再現したものだ」
「あ、普通に続けるんですね……」
「落ち込んでどうにかなるならいくらでも落ち込むけどな」
言いながら手の中に生み出した氷の形状を変化させていく。
「実は自然に生まれる氷の結晶にも結構種類があって、これには温度と湿度が関係してる。わかりやすく言うと気圧。
鍛冶と一緒だ。鍛冶もどの温度でどれだけ圧力を掛けるかで質や形が変わるだろ? 素材も同じ名前でも生産地で全然違うだろ? 逆も然り。違う名前なのに成分がほぼ一緒ってものも実は多い。お前等ならそういう経験あるんじゃないか?」
世の中の不思議について諭しながら、作り出した『平らな六角形』『柱状の六角形』『ウニのようなトゲトゲ』の3種類の結晶を模したオブジェを少女達に手渡す。
「見た目だけじゃなくて形成方法も一緒にしておいた。それぞれの結晶が降る環境と同じ条件で作ったものだ。今からそれを使って色んな種類の雪を作るからな」
あえて答えを教えずに『どうやったらこれが作れると思う?』『この町に降る雪はどれだと思う?』『どんな違いが出ると思う?』と生徒の好奇心を刺激する。
これぞ教育。




