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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
五十六章 プロジェクトZ~研究者達~Ⅲ

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千百九十八話 お披露目5

「さて……それじゃあ早速人工雪を作るわけだけど、折角の機会だから知識をつける楽しさを教えながら作業していくぞ」


 依頼人である少女達はもちろんのこと、鍛冶台に群がるドワーフ達……は仕方ないとして、順番待ちで暇を持て余している者達に向けて授業開始。


 拡声器はオンにしているので、今、舞台上でおこなった会話はすべて会場中に響く。多少バタバタしていても聞こえるはずだ。実際、最外周の者達はこちらを見ている。


 プラズマ&超物質談義に花を咲かせる連中の邪魔にならないようにボリュームを調整して、と……。


「つまりどういうこと?」


「おバカ。誰かの生み出したものでキャッキャするだけじゃ、いつまで経っても他人任せだろ。自分で作れた方が面白いし色々出来るだろ」


「うん。だからなに?」


 そこまで理解していながら根本的な部分を理解出来ないとは……イヨ、お前にはガッカリだよ。いや、ここは期待通りと言うべきか? 自分で考える力を失った残念エルフめ。そういうのはニーナだけで十分だ。


「失礼な。わたしは理解してる。ルークは今から人工雪の理屈を教える。わたし達はそれを作る。絶対に失敗したりオリジナリティ溢れるものが出来るから、色んな雪が見れて楽しい。その知識や技術が何かの役に立つかもしれない」


「おめでとう。イヨ。お前がワースト1だ」


 やはり無知で無垢な幼女では、読心術ならず読解力も兼ね備えた神獣には勝てなかったようだ。追いつかれるのは時間の問題かもしれないが今はニーナが上だ。


「え? なんでパン?」


「トーストじゃなくてワースト。一番悪いって意味だ。重複してるから間違いっちゃ間違いだけど、俺的にはこれで正解。親しい連中には使って良いぞ」


 某ドラゴンの名言だからな。まぁネットスラングのようなものだ。


「ちょ、ちょうふく……?」


 ふぅ……良いだろう。全力で脱線してやるよ。


 いや脱線じゃないな。これは俺が知識人であることを知らしめるために必要な過程だ。教師としての地位を確立してからでないと授業なんて出来ない。舐められるだけだ。これも某ドラゴンで学んだ。3の時。


「まず重複の意味な。複が『2つ以上のもの』で、重が『重なる』だから、ふたつが合わさってる重複は『同じ物や事が重なること』だ。基本的に連絡が重複するみたいに『2つ以上は余計』って感じで使われるな。頭痛が痛いとかも重複だな」


「あれってまちがいなの!?」


 流石だ。いやまぁ俺も6歳の頃はたぶん正解と思ってたけど。というか、頭痛なんて言葉を知らなくて『頭が痛い』を使ってた気がするから、むしろ下だな。間違いで使うのとどっちが賢いかって戦争になりそうな話だけどさ。


「とにかく一番悪いの『ワースト』と『1』は重複だ。ただし古代言語が上手く伝わってない関係で間違いになってなかったりする」


「いみがわからない!?」


 うん。これは仕方ない。間違いだと教えたことが間違いじゃなかったと言われたらそりゃこうなる。


「ワーストが『一番悪い』と思わない場合が多いんだ。だから1までつける必要がある。ベストとかの方がわかりやすいかな。ベストって言われても『え? 何位?』って思うだろ? ベスト4なら普通に通じるのに。

 上なのか下なのかややこしいからちゃんと説明することもあるし、その方が良いと俺は思うけど、やっぱ一言で表せた方が便利だからな。たぶんワースト1みたいに『通じるけど間違ってる言葉』は今後も増え続けるだろうな」


「「「おお~っ!」」」


 イヨほどではないにしても、ここまで詳細に考えたことはなかったのか、少女軍団は勉強になったと感謝と感心の気持ちを前面に押し出した。拍手まで。


「じゃあ次は学びに入るぞ」


 そして始まるシーズン2。



「実は重複には読み方が2つある。『ちょうふく』と『じゅうふく』だ」


「なんで!?」


「理由は通じるけど間違ってる言葉と一緒。便利さを優先した結果なんだ。お前等はまだ漢字を習ってないから知らないかもしれないけど、『重』って漢字は『ちょう』と読むより『じゅう』と読むことの方が多い。だから自然と『重複じゅうふく』と読んでしまう。でも合ってるのは『重複ちょうふく』」


「せんせ~。その根拠は?」


 生徒4人の中でおそらく一番賢いあーちゃんがこの話に興味を持ったらしく、積極的に尋ねてきた。


 他は熱の籠っていない表情を浮かべて黙っている。しかしボイコットするほどではないようで耳は傾けている。さっさと進めろと文句を言うこともない。


 楽したい教師にとっては理想的な生徒だろうが、俺にとってはあーちゃんの方が理想的だ。こういう生徒が多過ぎても困るのでニーナ達のも全然ありだけど。


「『じゅう』は体重・重圧・重厚と『重さ』を表現する場合が多い。対して『ちょう』は重複・貴重・慎重みたいに物理的・精神的な積み重ねを強調する時に使う。大切さと言っても良いな。

 そして後者の方が使われる機会は圧倒的に少ない。少ないってのはつまり珍しいってこと。なんとなくで覚えた連中がどっちを使うかは言うまでもないだろ? そういう使い方を『慣用読み』って言うんだ」


「……もしかして他にもあります?」


 そのためだけに熟語を作ったりはしないだろうと、確信をもって尋ねてくるあーちゃん。やはり彼女は素晴らしい。


「ある。『早急さっきゅう』を『そうきゅう』、『捏造でつぞう』を『ねつぞう』なんかが有名だな。でっち上げるとか捏造が語源なのにな。

 極めつけは『独壇場』。あれって元々『独擅場どくせんじょう』だったのに『せん』が『だん』と誤読されて広まったんだぞ。他の言葉も簡単な漢字で代用されるし、ホント散々だよ、擅さんの人生は」


「でも使いにくいですよね。そこでしか使わない言葉なんて。覚えるだけ無駄と言いますか」


「まぁな。膨脹の脹とか、真摯の摯とか、比喩の喩とか、『それ本当に要る?』って漢字多いよな。しかも結構な頻度で使われてるし」


 部首とか語源とか、わかりやすいように作ったはずなのに、他に使いどころが見つからなくて専属になってる可哀想な連中よ。




「さ、俺の実力を理解してもらったところで、今度こそ人工雪づくりを始めようか。この作業にはそういう理解が大切なんだ。お前等が普段感覚で身につけてることを論理的に知ってもらうぞ。道筋の組み立てを体じゃなくて頭やるんだ」


 と、上手にまとめたところで、俺は特別でも何でもないことを証明するべく、少女達に水場の提供を依頼。


 が、やはりドワーフの苦手分野らしく、イヨが担当することに。


「普通のな。自分の力を自慢したいからって自然界にないもん作るなよ。俺はそれでも雪作れるけど他の連中が困るからな」


「わかってるわよ。ルークへのちょーせんじょーは別でやるわ」


「『挑戦』か『挑戦状を叩きつける』にしろ。挑戦状を別でやるってなんだよ。一緒に書くのか? それとも挑戦状で遊ぶのか? あ~、いい、いい。俺が悪かった。答えなくていいからさっさと水場つくれ。あの辺を濡らせ」


 ゆるやかに角度をつけ始めた頭を元に戻し、ついでに少し離れた適当な舞台上に視線を向けさせる。


「行くわよぉ~。イヨレクイエム!」


「万能かッ!!」


 その技名は上段蹴りのみに適応されるものだとばかり思っていたが(それでも相当広義だが)、足を伝う力なら何でも良いらしく、両手で練り上げた精霊術は勢いよく舞台に叩きつけた彼女の右足を通って指定されたエリアに変化を与えた。


 深さこそないが3mはあろう巨大な水溜まりが生まれる。


「ま、まぁ良いや……んじゃあまずはこの水の温度を変えるぞ」


 言いながら水溜まりに手を掲げる。呼び出された精霊達が水分のみを俺の手に運んでくる。


「そんなことしなくてもキレイよ?」


「……手間が省けて助かるけど地面通した意味は?」


 てっきり泥水かと思ったので精霊術を使ったが、よく見たら透き通った水だった。しかしそれなら水の塊として浮かせば良い気がする。


 ちなみに俺が精霊を頼ったのは器が欲しかったというのもある。精霊術を自慢したい気持ちがあったことは否定しない。


「そっちの方がやりやすいから」


「そ、そうか……」


 これといった理由も無ければ常識も通用しない幼女に対し、そう反応する以外の方法を思いつかなかった。


 この言い方からして出来なくはないようだが、大舞台で試すにはあまりにもリスキーだったのだろう。



「結局は凍らせることになるんだけど、みんなも知っての通り、自然界の法則で『冷』と『暖』は対極でありながら近しい存在。ちょっと手を加えれば簡単に入れ替えられる力だ」


 気を取り直して人工雪の基礎となる氷づくりの説明に入ると、


「冷凍庫の原理」


 ニーナが珍しく、ほんっ~~とぉに珍しく、話の内容と対象物の仕組みを理解した上で発言した。


 冷蔵庫以外にも、冷暖房や魔術など、この反転の力を利用して熱から冷気を生み出すものは多い。逆も然り。


 この現象は、地球で言うところのイギリスとアメリカの関係。世界地図で見れば最も遠い位置に存在しているが、丸い地球を反対ルートで通れば結構近い。両者の中間に位置する日本からイギリスまでが9000kmなのに対し、5500kmなのだ。


「よくわかってるじゃないかニーナ。1ポイント!」 


「むふーっ」


「えっ、これポイント制だったの!?」


 俺とニーナの一連のやり取り見ていたイヨが、驚きと悔しさを混じらせた声をあげる。生徒のやる気を出すためなら何でもやりますよ、僕は。


「そして基本的には冷より暖の方が簡単に手に入る。ただ水分の場合はやり過ぎると蒸発してしまうから注意が必要だ。やり方は任せる。俺は正規ルートでやる」


 言いながら手の中の水を出来る限りゆっくりと冷却していく。


 俺の魔術を真似したい勢への配慮はもちろんのこと、理解出来ずとも変化を楽しむことは立派な学び。視覚情報は興味への第一歩だ。


 一通り説明を聞いてからチャレンジするつもりなのか、今のところ真似する生徒は居ないが、俺の手元をジッと眺めているので一安心。


 興味があれば大丈夫。成功しても失敗しても絶対楽しい。そして楽しさは絶対に次に繋がる。成功すれば楽しいし、失敗してもなにくそとなる。


 これぞ幸福スパイラル。

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