千百九十五話 お披露目2
作法もわからなければ比較対象もなく、プラズマの付与に失敗しても神獣の作った物質が手に入るから問題ないという打算的な考えが見え見えだが、正解なんて誰にもわからないのだから取り合えずやってみることが大事。
そこまで考えたわけではないだろうが、ニーナは静電気によって当社比230%まで膨れ上がった自身の体毛と体で何かを生み出そうと、オッサンの提案に乗って人生初の鍛冶に挑戦することに。
ただ単に『属性付与=鍛冶』という単純な思考が働いた可能性大。
「それでは早速……カモ~ン!」
元々この流れに持っていくつもりだったらしく、提案者でもないのに待ってましたとばかりに笑顔になったノミドが場外の何もない空間に呼び掛ける。
次の瞬間、ズゴゴゴッと舞台のすぐ横の大地が割れ、金床・炉・冷却用水の鍛冶セットがせり上がってきた。
「なるほどね……そういうことか……」
「そういうことです」
出現場所・数・質・鍛冶場が現れる前と後の変化。
一瞬ですべてを察した俺は策士達を睨み、アッサリ返され、それでも貴重なプラズマタイムを無駄には出来ないと歩みを進め、備え付けられていたハンマーを担いだ。
そう、担いだ。
当事者目線だ。
(な~にが『百聞は意見に如かず。生み出したものを見た方が理解が捗る』だ。捗るわけねえだろ。誰が理解出来るんだよ。こんなもん引っ張り出してきやがって。最初から俺メインだったんじゃねえか)
現れたのは2つの鍛冶台。
1つは至って普通の石と鉄の鍛冶台。
もう1つはドワーフ達の秘宝となっている神力で作った鍛冶台。
如何なる素材も粘土のように楽々扱える上にやり直しも可能で、さらにはある程度までなら素材の成分を変えられる鍛冶師にとって夢のような魔道具は、その台で生み出したレプリカですら一流の鍛冶師でなければ使用を許されない代物だ。
ここに集まっているドワーフの大半が、触れるどころかオリジナルを見たことすらないだろう。何ならレプリカのレプリカと思っていそう。
(てか、この反応を見るにそっちだな)
いくら未知の力を行使するためでも、素人にレプリカ(電子ピアノ製造でお世話になったハイテク鍛冶台)は使わせられない。違いを調べるならそのコピーで十分。
そういった意見の持ち主がどのくらい居るのかは不明だが、オッサン達は角が立たないよう、これをちょっと良い鍛冶台として使わせるつもりなのだろう。
知らない反応が出てもすべてプラズマの力と主張すれば通る。扱いの雑さも相まって、これを秘宝と思う者はまず居ない。
実は俺も、プラズマ適性を持つ素材を探すにあたってこれの利用も考えた。
ただ表向きは無関係の俺が使わせてくれと言うのは難しく、鍛冶台の機能も新しい物質を生み出せるわけではなく補助がメイン。そもそも神力はあくまでも世界最高なので、法則として確立されていない未知との相性も悪そう。ならば素材は自分達で作った方が良いと思い、ずっと保留にしていた。
今もそこまで期待はしていない。ドワーフ達に閃いてもらうための手伝いをするような気持ちだ。
「それを一番近くで見えるあそこはちゃんとVIP席だったわけだ」
鍛冶場が現れたのは巨大スクリーンの反対側。VIP席の真ん前。用具の配置も完全に彼等に見せるための布陣。カメラ……もといキャメラも舞台メインで設置されているので、場外のここをバッチリ映せる物は1つだけ。今映しているそれがそうだ。全視点切り替えて唯一だった。あとはせいぜい俺達の背中を映すのみ。
他の席とは情報量に圧倒的な差があった。
「うふふ。もう二度と見られないかもしれない、お2人が“プラズマを鍛冶利用する場面”は必見ですからね」
(詐欺師め。VIP席やその周りにいる……要は特等席にいる連中は、事前に計画を知らされた信頼出来るor腕の良いヤツってことだろ。どうせこの後の調査会でも優先するんだろ。近くからとか言ってさ)
未熟者には人権など存在しないと言わんばかりのオッサンとノミドの実力主義に戦慄しつつ、俺はバタバタと忙しなく大移動を始めた観客席を尻目に作業に入った。
待ったは無しだ。
既にギュウギュウ詰めの席からの移動はどう頑張っても徐行運転。ひと際一杯の特等席に入れるとは思えないし、プラズマを引き出せるのにも時間制限もある。
「あ、もう始めちゃうんですか? まぁ仕方ありませんね。全員が見える位置に移動するまで待っているなんて時間が勿体ないですし。一応3キャメが映せますし」
と、ノミドがわざとらしい発言をした瞬間、一同が大移動を中止した。オッサンが向いていないわけではないが、絶対に彼女の方が長に向いている。
あと略すな。最新技術なんだからしばらくは正式名称で呼べ。じゃないとキャメで定着するぞ。キャメラってなんですかって言われるぞ。
「……? どういうこと? つまりわたしは何を作れば良いの?」
どんな素材も粘土化する台なのでそんなことをする必要はないのだが、形だけでも、と机に並べられていたドワーフ達が現在使用中の鉄道素材を炉に入れると同時に、状況を理解していないニーナが指示を仰いだ。
何故そんな迷いなく動けるのかと言わんばかりのハテナ顔をしている。
「どうせ噛ませ犬だ。好きにやれ」
「あ、いえいえ、ニーナさんに作っていただきたいものがありますよ。こちらなんですけど」
自信満々だった割にいざとなったら動けない典型的な無能ムーブだが、こんなことでやる気を失われても困るので俺なりのアドバイスを送ると、ノミドが慌てて訂正してきた。
さらに特殊五行習得で活躍したアマルガムを始めとした、俺がこれまでに入手した力の源になった各種素材のレシピを渡す。ユキにでも聞いたのだろう。
「とある方から教えていただきました。ルークさん達が既に試していることも合わせて」
これまで出していた名前を何故ここに来て隠す必要があるのか、というこちらの思考の裏を読んで候補を外させるユキの策略なので無視させていただく。
今は犯人探しなどしている暇はない。
(ククク……まんまと引っ掛かりましたね! 私の犯行を認めた上で許させる、完璧な作戦!)
だって自首してきたからな。
そういう思考をすればそう動くと思っていたぜ。
(ば、ばかなー)
まぁ本当にこんなことしてる暇ないから今度こそ無視するけどさ。
「皆さんは当時と同じやり方で作り出した素材にプラズマを付与しただけ。神獣が、静電気を纏って、鍛冶で一からというは初めてでしょう? 試す価値は十分にあるかと。だからこそこうして普通の鍛冶台を御用意したわけですし」
こっちはこっちで策士やってるなぁ。
「火打ちして鍛錬するだけで十分ですので」
一通り説明したノミドは、改めてニーナに視線を向けて補足説明をおこなう。
要するに俺がやっている&やろうとしていることを真似しろと。
だからというわけではないが、俺は素人感丸出しで炉に入れた素材をすぐに取り出し、しゃぶしゃぶをしている気持ちのまま巨大ハンマーを振り下ろす。
カーン!
聞く人が聞けば絶対に失敗することがわかる硬い音が響く。一部観客(おそらく若者)から失笑が漏れる。さらにそれを知ったニーナからも不満の声が漏れる。
「みんな、わたしのことを見くびり過ぎ。これぐらい余裕」
「はぁ……お前、俺達に求められてるのはプラズマを付与した物質の生成だってわかってんのか? 誰がやっても作れるような素材じゃダメだ。俺のだって成功か失敗かわからないんだから真似はすんなよ。自分らしさを出していけ」
さらにさらにそんなニーナの意見を聞いて俺の口から溜息が漏れる。
「そんなことを素人に求められても困る」
「どっちだよ」
あと言うと絶対凹むので口には出さなかったが、彼等は見くびっているのではなく、自分達が使いたいから必要以上に加工しないでくれと言っているのだ。
それが神獣だからなのか、プラズマを宿しているからなのかは不明だが、この後おこなわれる調査会の資料は多いに越したことはない。
俺のように作りたいものがハッキリしていて、すべての工程を理解しているならともかく、単純作業しか出来そうにないニーナは質より量。というか両立だろう。
「あーっ!!」
トントンカンカン、プラズマが使えなくなるまで鍛冶をおこない、レール・車体・タイヤの必需品三種の基となる物質の一応の完成を迎えた後。
ある意味本当のお披露目に入ろうとしていた俺の耳に、聞き覚えのある甲高い声が届いた。
「イヨじゃないか。どうしたんだ、こんなところで?」
声のした方を振り向くと、巨大スクリーンの上に、研究を手伝うと言いつつ友達との約束や自分の都合を優先して初回以降来ていない、幼女エルフの姿があった。
言うまでもなく本日も欠席。イブ達からも合流するという連絡は受けていない。というか場所ぉぉ……何があったらそんなところに立つんですかねぇ。




