千百九十四話 お披露目1
初めて乗った者なら地獄の底まで続いているかもと危惧しそうな、長い長いエレベーターを降りると、そこは闘技場。
まず目を引くのは会場中央にある巨大スクリーン。観客席の上半分を排除して設置されたそれは、舞台を除いて会場のどの建造物より巨大で、登壇した俺達の姿をデカデカと映し出す。
そこからグルッと半周。対面にはVIP専用の観戦席。王都のように度々大会が催されたりその度に権力者が訪れるならともかく、こんな地下世界で需要があるのかは甚だ疑問だし、実際利用しているドワーフも金持ちそうには見えないが、完コピとしてはこれが正解なのだろう。とにかく周囲から隔絶された空間だ。
石と土で作られた壁の奥には、座っている椅子がどのようなものかわからないほど大量のドワーフ達が、観客席を埋め尽くしている。顔が連なっていたり、足の横に顔があったり、身長・体重を加味しても凸凹過ぎるので、おそらく半数近く立ち見客。着席していればもっと整列している。
それが舐め回すようにこちらを見ている。さながら全身に無数の目を持つ妖怪『百目』。集合体恐怖症の人間なら卒倒間違いなしだ。
そこまででないにしろ、見ていると緊張してしまうので足下に目を落とすと、50cm角の石ブロック。一辺30枚、囲い部分を含めなければピッタリ、含めれば約15m。形状的な意味でも汚れ的な意味でも綺麗な四角形の舞台だ。
そして俺の周りには3人の関係者。
俺の知る限り世界で唯一プラズマをその身に宿せる実験体にして、万が一の時の護衛の≪ニーナ≫。
地下帝国のお偉いさんにしてムードメーカー、鍛冶の腕もさることながら一同をまとめる力に長けたロリドワーフの≪ノミド≫。
同じくお偉いさんにして優秀な鍛冶師、さらにはロア商会初期メンバーで家族とも交流のある、見た目は『THE ドワーフ』の≪オッサン≫。
成功を約束された完璧な布陣だ。
神様や精霊王様や予言者様の邪魔さえなければ、プラズマお披露目会は上手くいく。
これはフリでもフラグでもない。寄り道なんてするつもりはない。俺は、俺達は、リニアモーターカーが完成するまで一直線に突っ走る。
「え~、どうも、ルークです。早速ですが特報です。世界の理が変わります」
有言実行……もとい不言実行。口に出そうが出さまいが関係ない。とにかくやる。動く。動かす。
舞台中央に設置されたマイクで、集まったドワーフ達に挨拶&説明開始。期待感や集会の空気でソワソワしていた一同は、静まり返って俺の話に耳を傾ける。
「ただのその前に……お前等、通行税払え! 住民税払え! 戸籍登録しろ!! 勝手に地下を開拓するなああああああああああああああッ!!!」
粛々とした雰囲気を吹き飛ばす勢いで吠える。突然のことに面食らったドワーフ達がキョトンとした顔でこちらを見ているが、そんなことは関係ない。
「こいつ等から聞いたぞ! お前等学校や病院を利用してるよな!? 国境越えとか荷物の持ち込みで掛かる費用を地下道使って浮かせてるよな!? 仕事も個人を通して受けてるよな!? そんな法律の抜け穴を使った生活は絶対に許さん!!」
やっていることは仲卸業者だが、それを税金対策や隠れ蓑にするのはアウトだ。出入り口を小さくしてバレなければセーフは違う。競争させて値段を釣り上げるのも違う。仕事を選ぶのも違う。
(プラズマお披露目会とは?)
(邪魔さえなければ上手くいくとは?)
(一直線に突っ走るとは?)
何も聞こえませーん。これ以上干渉して来たら邪魔者として扱いまーす。
結託しているとも思えないので偶然だろうが、それにしたって連携取れすぎだ。
「な~にが『関わるのが面倒だ』だ。自分勝手なだけじゃねえか。そんな奴等にこの知識は与えん。何故なら、この力の理想の使い道が、種族の壁を乗り越えた先にあるからだ。世界が一丸となって完成させろ。ぶっちゃけ人間頼れ。技術貸せ」
畳みかけるように同類の台詞が脳内に響いたが、俺はことごとくスルーして知識の対価としてドワーフ達に社会に目を向けるよう要求。
『使わないから』
これを言う人間の大半は、景観だったり施設だったり何かしらでお世話になっていることを理解していないだけだが、彼等の場合は本当に享受していない。
何せ生活の大半が地下だ。上下と左右の違いはあれど、隣町から買い物に来た人間に市民税を払えと言うようなものだ。横暴にも程がある。
ただ全員ではない。対象者はシッカリキッカリ人間社会と関わるべきだ。
「鍛冶台に誓え! プラズマ関係では自分の利益だけを追求しないと! 成果のためなら同族だろうと他種族だろうと協力すると!
拒むなとは言わない。変われとも言わない。でも余計なプライドは捨てろ。これから進める計画の前では邪魔だ。それが必要なことなら多少の我慢はしろ。あのエレベーターだって他種族の力を借りて初めて実現したもんだろ。そういうのもっとしてけ。その第一歩として存在を示せ。
それが出来ないヤツは今すぐここから立ち去れ。皆が楽しそうに議論してるのを羨ましそうに眺めてろ。又聞きっていう絶対理解出来ない妄想に励んでろ。後世に残る活躍をした友人の自慢話を一生聞いてろ。子供から『なんでパパは参加しなかったの~?』って尋ねられて冷や汗垂らしてろ」
「「「…………」」」
挑戦することが生き甲斐のドワーフ達に選択の余地はなかった。
そもそもこれは選択ではない。権利も規則も生き方すらも、何もかもが自由過ぎる連中が、世間に目を向けたというだけの話だ。それも進出ではなく目を向けただけ。いつ逸らそうが自由。
そんな赤子でも出来ることをするだけで未知の知識がもらえるのだから、誰だって迷うことなく誓うだろう。むしろしないヤツは何なんだ。もしも居たら考え方を聞きたかったが幸か不幸か居なかったので出来なかったよ。
口約束が軽いのは心を持たない人間だけ。
自分の魂とも言える鍛冶台に金と時間と労力を割くことを誓ったドワーフ達は、今後間違いなく人間と交流する……かはともかく、少なくとも住民税は払う。
その金で自分達の暮らしが豊かになれば万々歳だし、今の寂れた町の雰囲気や暮らしが良いというならそれを貴族や権利者に主張すれば良いだけの話。お互いに譲れないなら気が済むまで争えば良い。それはとても有意義なものだから。
そうして俺は清々しい気分でプラズマお披露目会をスタートしたのだった。
「今はまだ受け入れ態勢を整えている段階ですが、そう遠くない未来に固体・液体・気体に次ぐ第四の物質状態『プラズマ』が生まれます。そして俺は一時的に引き出す力を得ました。今からお見せします」
「「「ちょっ、ええええええええええーーーーッ!?」」」
「はいィッ!!」
精霊が関わっている事情ならば理解が必要になるが、プラズマはその法則からも外れた力。直感で理解してもらうしかない。それが出来なければ使えないだけだ。
観客を置き去りにし、引き出したプラズマを自身の両手に宿した俺は、ニーナと、持ち込んだ純水に付与。
左から順に、魔力とは違う不思議な光、モフモフパチパチ、よくわからない力場でうにょんうにょん。
「「「…………………………………………」」」
超常現象と呼ぶにふさわしいものを目にした瞬間、場の空気がコメディからシリアスに切り替わる。一瞬たりとも見逃すものかと凝視したり、字の汚さなど気にせず手元を見ずにメモを取ったり、俺を含めニーナ以外の全員がマジモード。
辺りを沈黙が支配する。
「空気が痛い……」
ただでさえ緊張しいのニーナが手持無沙汰で注目されるという状況で気を抜けるはずもなく、大会前で普段は気にならない髪と肌の接触や服の擦れ、水音、気温などが気になって仕方ない神経質さんのごとく愚痴をこぼす。
そんなニャンコに1つアドバイスを送ろう。
「気を付けろ。プラズマを付与された人間が何か言うと、それはすべて重要資料になるぞ。見てみろ。結構な数のドワーフ達が『痛みがあるのか……? どのような? 後で聞いてみよう』って顔してる。一通り観察し終わったら津波のような勢いで質問を投げ掛けられるぞ。しかもその泣いてる姿を、1ヶ月もの間、何十万何百万という視線に晒されることになるんだ」
「わたしは泣かない。わたしは強い子」
そう言うヤツほど泣くんだよ。本当にそうならテキトーに流す。その後の行動でいくらでも証明出来るからな。相手にするだけ時間の無駄だ。
「てか暇なら何かやってろよ。神獣としての力をアピールするついでに普段との違いを説明するとかさ。俺達の目で捉えられるレベルで」
「あえて超高速で動くのもありでは? たしかプラズマは運動エネルギーを高める効果を持つんですよね? 超次元の加速を実現するかもしれません」
「いや、それはもう試した。何も起こらなかったけど、なっ」
モフモフのニーナと俺の金色に輝く手が一遍に見える絶妙な位置に立ったノミドが、プラズマ現象から目を離さずに提案してくる。
俺は返答しながら物は試しと、プラズマの宿った右手を、右から左へ高速移動。空気やそこに存在する精霊が動くだけでこれといった変化は起きない。
「オーラの歪み方は魔力に近いですね」
「それももう実験済み。付与や能力強化が出来ないだけで同じと思ってくれて良い。どっちも世界が受け入れ態勢に入れてないって感じ。余計なものとして排除されるんだ」
他にすることがないからか、ニーナは俺の真似をして両手を振ったり、ゆらゆら揺れる体毛をなびかせるように舞台上を歩き回ったり。
これがアイドルのコンサートなら手を振ってもらったと勘違いした客が熱狂しただろうが、生憎ここは実験施設で、彼女は実験体。
何をしてもノーリアクションの状況に心が折れそうになっている少女を眺めながら(ファンサービスの精神なんて皆無で、言われた通りに動いているだけの気もするが)、プラズマの情報を共有していく。もちろんマイクはオン。
「鍛冶はどうじゃ? ドワーフ族は新たな力を得た時は必ず鍛冶をおこなって何に使えるか確かめる。プラズマを付与された状態でさらに付与出来るかもしれんぞ。ワシ等としても動きより生み出させるものを見た方が理解が捗る」
俺と共にニーナを眺めながらオッサンが次なる提案をおこなった。
実にドワーフらしい思考と行動だ。
「どうだろうな。相手が相手だ。プラズマなのか神獣としての力なのか判断出来なくないか? 鍛冶なんてしたことないから本人もわからないだろうし」
「やる。今のわたしならプラズマを付与させられる気がする」
ようやく自分の出番かと意気揚々と戻って来るニーナ。やはり暇つぶしに指示に従っていただけだったらしい。
というかなんだそのご都合展開……。
「研究者的には成功してもらいたいけど、もし本当だったら今後鍛冶職人になること確定するぞ。それでも良いのか?」
「……え?」
「俺達もだけどドワーフ達が放っておかないだろ。教えを乞うのは当然として、神として崇め奉られても不思議じゃない。グッバイプライベート」
もしもトークを肯定するように、オッサンとノミド、そして観客達がコクコクと無言で頷く。
「……気のせいだったかも」
バカめ。
でもやるからには全力でやれ。手を抜いたら承知しねぇ。




