千百九十三話 お披露目会場
俺が地下帝国のエレベーターを使ったのは、電子ピアノ製作時にアリシア姉と1回のみ。それも5ヶ月以上前のこと。所要時間なんて記憶の片隅にもありはしない。
これが初体験だったらそんなこともなかったのだろうが、エルフの里で度々使っていたし、世間にも普及し始めていたし、飛行船という上位互換の存在にもお世話になっていた。
何より頭の中は電子ピアノのことで一杯だった。位置や乗り心地といった記憶に残りやすいものならともかく、意識しなければ把握不可能な体感的なものなど覚えているわけがない。
その時と比べて長い間乗っていたと言われればそんな気もするし、短いと言われればそんな気もする。
まぁ乗り心地そのままに速度アップした可能性がある以上、お披露目会場がハイテク鍛冶場より深いのか浅いのかなど考えるだけ時間の無駄なわけだが。また来る可能性も限りなくゼロだしな。だからこそ1回限定パスなんて渡したんだろうし。
今はそんな場所のことより目先のイベントだ。
「…………お前等さぁ」
そう意気込んでエレベーターを降りた直後、俺はその場所についてとてつもなく知りたくなった。気になり過ぎてお披露目どころではない。
「? どうしました? この会場が何か?」
オッサンとノミドが扉の前で待っていたので事情を尋ねるように睨むと、おそらく犯人の一味のノミドがあっけらかんとほざきやがった。何故俺が呆れているのか理解していないらしい。
事前に諦めている発言をしていて、現在進行形で諦めろという空気を醸し出しているオッサンはセーフだが、コイツはダメだ。常識というものがわかっていない。
「『どうしました?』じゃねえよ。なんだこのコロシアム。まんま王都の闘技場じゃねえか。いつの間にこんな巨大施設をヨシュアの地下に作りやがった。俺言ったよな、あんま好き勝手すんなって。地盤とか権利とか色々あるからって。
そしてなんだこの観客の数は? 地下帝国のドワーフってこんなに居たのか? それとも駆けつけたのか? 居たとしたら明らかに住民登録してないだろ。他の地域から駆けつけたとしたら移動手段について言及しなきゃならない。場合によっては調査する必要がある。少なくとも俺はドワーフが何百人単位で大移動したって話は聞いてない。
ラスト。お披露目は中央にある舞台でやれってことだろうけど、いくら見やすいからって全方位から何千何万って視線に晒されるのは流石に嫌だわ。てか俺の体に隠れて見えなかったとか、遠すぎて何をしてるのかわからなかったとか、こっちじゃ解決しようのない批難が飛んでくるだろ。この様子からして。見ろ、このガチガチに緊張してるニーナを。これじゃあ逆立つもんも逆立たねえよ」
解決を望むなら1つ1つ順番に片付けていくべきなのだろうが、自分でも思っていた以上に動揺していたらしい。
まぁ言いたいことは大体言えた。
アニメやゲームだったら使い回しと言われるレベルで瓜二つだったり、比喩や皮肉で言っていた『地下帝国』が皮肉になっていなかったり、戦闘など周囲の視線を気にする暇もないほど集中している状況ならともかくこんな冷静と情熱の間でお披露目なんて断固拒否だったり。
ツッコミたいところは山ほどあるが、降りた先が既に会場というかバトルフィールドで、お披露目を今か今かと心待ちにしているドワーフ達の熱い視線が突き刺さっているので最低限に留めさせていただく。
もう一度言う。これが最低限だ。
「いや~、最初はちょっとしたライブ会場程度の大きさだったんですけどね~。みるみる観覧希望者が増えまして。増築に増築を重ねた結果こんな感じになっちゃいました~」
地下とは思えない光景に圧倒された人間を装って時間稼ぎをしつつ説明を求めると、ノミドが今度はちゃんとしたリアクション(照れ笑いと共に頭を掻く)を取りながら言った。
「あ、強度とか権利とかは大丈夫ですよ。鍛冶場よりだいぶ下に作りましたから」
「正確には『ダンジョンをそのまま利用した』じゃな。良さそうな土地を求めて掘っておった時に偶然ぶつかったらしくてな。手隙というフィーネ様とユキ様に協力を仰いで一掃したんじゃ。もちろん入り口は真っ先に塞いだ」
俺が尋ねるより先に、ノミド、そしてオッサンの補足が入る。
頑固一徹のオヤジにすら様付けされる幹部の凄さよ。一応俺も同じ地位なんだけどな。というかリリとかノルンとかルナマリアとか結構幹部居るんだけどな。全員からそう呼ばれているのはあの2人だけだ。格が違う。
「製作経緯はどうでも良いけど……増築って、まさかその都度大きくしていったのか? それでこんな完璧な建造物が出来たのか? え、凄くね? 2日もなかったんだぞ?」
実験場計画は前々から進めていたのかもしれないが、希望者が増えて規模を大きくしたということは、つまり告知後に方向修正したということ。
最大48時間でこれは凄いとしか言いようがない。
「人手がありましたからね。皆さん、追い出されたくない一心で頑張ってくださいましたよ。ぼくの声援も間違いなく一役買ってましたけど」
「いやそこは手伝えよ」
「え~? まとめ役って大切ですよ~? むさ苦しいオジサンより可愛い美少女の方がやる気出るでしょう? 作業を眺めながらルークさんに提供する素材も考えれますし。情報を持っているぼく達が選定。他の皆さんはそのための場所づくり。適材適所ですよ」
まぁ本人達や周囲環境に問題ないなら構わないけどさ。
ただそれはつまりドワーフ達が例の地下道を使って大移動したと明言しているわけで……。
「ちゃんと埋めとけよ」
「前向きに検討します」
やらないやつ~。
でも困るのは自分達だから結局やることになるやつ~。リニア計画知ったら絶対強度面が不安になって自主的に埋め始めるやつ~。
「んじゃあ本題。見やすさはどうするつもりだ? ここまで遠距離になるのは予想外だ。熱意溢れるのも。お披露目はそう何度も出来るようなことじゃないんだぞ」
「問題ありません。数十台というキャメラでバッチリ録画しますから」
「キャメラ? なんだそれ?」
話しの流れや直後に飛び出したワードから大体の予想はつくが一応尋ねる。
「王都の闘技場にもあるでしょう。メインモニターに舞台上を映したりズームしたり記録したものを流す魔道具。それを長時間保存する魔道具をゼファールの方々と我々ドワーフで共同開発したんですよ。その名も『キャメラ』。カメラは画像で、キャメラは映像。わかりやすいでしょう?」
スゲェ……。
「ちょっと聞きたいんだけどユキとか神様とか関わってたりする? いやなんというか凄すぎるからさ。闘技場とかケータイとかヒントはあってもそんな簡単に作れるようなもんでもないし。ましてや量産なんて」
「おや、よくわかりましたね。ルークさん達が海外に行っている間、暇だからとユキさんが度々手伝ってくださったんですよ。命名したのもユキさんです」
それ間違いなく業界人や若者が使う訛りじゃん。スーシーとかおなしゃすの系譜じゃん。キャメラマンって言う気満々じゃん。
「ちなみに王都のものとまったく同じ理由は、偉大な先祖に憧れていたドワーフ達がいつか自分達もこんな後世に残る力作を生み出したいと、毎日のように写真や設計図を眺め続けていたからです。実はあの闘技場、ドワーフ族の作品なんですよ」
「なんだその取ってつけたようなあるあるネタ」
「ダメですか?」
「いやまぁ模倣自体は良いと思うけど。大抵の場合は上手い人を真似て上達していくもんだし。ただ素材の劣化具合や観客席までそのままはのはどうなのかな~って」
基礎をすっ飛ばして成功するヤツなんて1万人に1人も居ないし、成功者の中でも一生基礎を身につけないまま終わるヤツなんて1%も居ない。
いつか学ぶなら最初にやるべきだ。
基礎があってこその応用。そして基礎とは先人達の真似。自分なりの道を進もうとしないのはダメだが、それ自体を貶すことも間違いだと俺は思う。
「グレイト! その通りです。より優れたものを作りたいと思い続けたからこそキャメラが生まれたのです。すべては模倣から始まるんですよ」
「って言えば済むと思ってるヤツも多いけどな」
「口先だけの人に先はありません。その後を見ていれば本物かどうか一目瞭然ですよ。模倣とは果てしなく似せること。妥協は許されません。妥協したものもはや別物。オリジナルです。まっ、ぼくは可愛い上に優秀ですけどね!」
ノミドは茶色いクセっ毛をバサッと持ち上げてドヤ顔。 最後の最後でシリアスの空気を拭い去りやがった。
こういう人間の方が面倒だと彼女はいつ気付いてくれるのだろう。わざとやっているとしたら余計質が悪い。
「てか残るの? 余計嫌なんだけど。そもそも見えるようなもんでもないし。後から詐欺だの約束が違うだの文句言われても知らんぞ。もちろん言うのも」
「記録媒体がまだまだ未熟なので映像はもって1ヶ月ですし、そこは我慢していただくしかありません。映像として残らないのはぼく達の技術力の問題。文句を言うようなドワーフは居ませんよ。自分の力がないと自慢するようなものですからね。バカバカしいにもほどがあります」
「まぁそれなら……」
収録後、全員で映像を確認してそれらしき反応が見られなかった場合、即刻削除してもらうことを条件に納得した俺は、未だにピクリとも動かないニーナの尻尾を引いて再起動し、舞台中央へと歩き出した。




