千百八十四話 許された存在
「――とまぁそんな感じだ。俺達のやってたこととやろうとしてることは」
久方ぶりに再会した家族や仲間達に外国の郷土料理を振る舞ったものの、出てくる感想は『美味い』『凄い』『珍しい』の3つ。
評論家失格&料理人のやる気を削ぐ面白みのない連中に愛想をつかした俺は、試食会の最中にもかかわらず近況報告を開始。一切反対意見が出ないことにさらに失望しながらも、ここで止めたら同じになってしまうと、ここ数ヶ月の一連の流れを話していく。
「バレないようにね。そんな力を使えることが誰かに知られたら、絶対これまで以上に大変なことになるから」
聞かなくても知っている研究者一同が、注文した料理を食べながらプロフェッショナルな議論をするのを横目に報告を終え(一部修羅場ってるが)、最後に素人ならではの意見を求めてグルッと周囲を見渡すと、レオ兄が……いや、レオ兄を皮切りに全員が同じ忠告をしてきた。
完全に他人事だ。
しかも糸口になる発言はない。他愛のない話やわかり切っている気遣いを時間の無駄と言うほど捻くれてはいないが、期待外れ感は否めない。
しかし俺はその感情を表に出すことなく余計なお節介を有難く受け止める。
「わかってるよ。でもバレようがないだろ。異空間からプラズマを引き出すまではただの天才で、引き出せる時間はごく僅かで、例え見られても千里眼クラスの眼力がないと認識することさえ出来ないものだぞ? 違和感ぐらいは抱くだろうけど『なんかスゲェことやってんだなぁ』で終わるだろ。いつもと同じで」
「フッフッフ~。それはどうですかね~」
「……どういう意味だ、ユキ」
特殊五行やプラズマをめぐる一連の出来事で重要な役割を担っていたこの精霊王。実は、近況報告が始まった直後に何食わぬ顔で店内、そして俺達の前に現れていた。
座ったのはオルブライト家と食堂メンバー混同の卓。
最後まで説明しなければこの理不尽さは理解してもらえないし、自分から始めた話を中断するわけにもいかない。そして飲み会に遅れたようなノリで食べたり喋ったりしている彼女に「テメェ、この野郎」と絡める者も研究者の中には居ない。
つまり今の今までノータッチだった。
間違いなく意図的だが、それを指摘することすらどのタイミングでおこなえば良いかわからないままここまで来てしまった。もはやここまで来るとこのまま日常に戻るべきか悩むほどだ。
しかしまさか自分から話を振ってくるとは……良い度胸だ。
「あ、いえ、なんとなくフラグを立ててみただけで特に根拠はありませんよ」
「なるほど……要するにお前は戦争がしたいんだな? そうなんだろ? ん?」
「わ、私はレオさん達のお手伝いで忙しかったんです! 故郷に帰る暇もないほど!」
身の潔白を証明するように立ち上がって叫ぶユキ。
直前の悪事は認めるが大本となっている方は否定する……なんてイヤらしいんだ。
正直、今のフラグ立て発言だけでは争いの火種として弱い。怒りや不満の大半は作業に手を貸さなかったこと。それを正当化する理由を持ってこられたら、こちらとしても「仕方ないなぁ」で終わらせるしかない。下手に粘ったら悪になってしまう。
「何もしてなかったけどね」
「な、なんですとォ!? 癒しと安全をもたらしたじゃないですか! 何も起きなかったのが何よりの成果ですよ!」
レオ兄の告発に一瞬勝利を確信して口角を上げたが、直後のユキの主張で再び混沌が訪れた。
白々しいが嘘か真かわからない。フィーネ辺りが何か発言すれば信憑性も増すのだが、今回はノータッチ。実際ユキが居るだけで助かっている場合も多い。裏で何かしているパターンも多数見受けられる。
まぁ良いことか悪いことかすら不明なものがほとんどだが……。
「疑わしきは罰せよの精神は無能な味方の場合にのみ適応するべきです!」
この一言が決め手となり、彼女の主張は認められ、無罪放免となった。
「ちなみに特殊五行やプラズマについてはどう考える?」
「凄い力ですよね~。いや~、まさか皆さんが私ですら使いこなせないものを、一部とは言え行使出来るようになるなんて夢にも思いませんでしたよ~。
しかも新しい法則を生み出した。遠い遠い未来の話で『今』とは関係ないものだとしてもとても凄いことです。驚き桃の木山椒の木です。
努力は報われるまでが努力。いい勉強になりましたね~。見守ってくれた人達に感謝ですね~。そしてもっともっと頑張らないとですね~」
凄いだろ? これで責められないんだぞ?
ホント、世の中どうかしてるぜ。
世界がプラズマに馴染むまでは仕方ない。それは異形の力だ。
使用量制限について全員から神様と同じようなことを言われた後、用件は済んだとばかりに続々と店内を出て行く者達を見送り、俺は残った研究者連中とその中で如何にスムーズに事を運ぶか議論し始め……られない。
「やるなら他でやるニャ。いつまでもタダ水飲んで駄弁ってるんじゃないニャ。邪魔だニャ」
他に客が居ないのを良いことに、堂々と店内に出てきた店長が、俺達に向かって退店要求をしてきたから。
普段なら従っていた。
しかし今は従うわけにはいかない。
「俺は、ココとチコがウェイトレスの格好してちょこまか動き回る姿を見るまで、ここを去るわけにはいかないんだあああああああああっ!!」
「なら追加注文するか、夜の支度を手伝うか、新作メニューを考えたり調理器具を作り直したり、役に立つことをするニャ」
「くっ……脅迫する気か……!」
俺の魂の叫びもなんのその。リリは躊躇なく死刑宣告を下した。
金はあるが腹には入らない。つまり追加注文は無理。
食堂の知識・技術を持っているのは俺だけ。つまり支度は手伝えない。
それと合わせて時間の掛かる新作メニューや調理器具作りは無理。ただでさえドワーフ達との交渉が追加されたのだ。これ以上仕事を増やしたくない。
「なら出て行くしかないニャ~」
威嚇するように尻尾をブンブン振りながら迫ってくるリリ。背後にはヒカリを始めとしたウェイトレス……もとい敵の姿が多数。
「研究所に戻って真面目に話し合え」
「コーネルさんの言う通りです。その使命感は何の役にも立たないものですよ」
味方も居ない。
仕方がない。元々ここに来ることすら反対気味だったのだ。参考になる意見が手に入らず、腹を満たし、数日分の食料を確保した今、彼等がここに残る理由は何一つない。
コーネルに至っては痴話喧嘩解決&デリバリー対応可というオマケ付き。
もしかしたら俺達の分も持って来てくれるかもしれない。期待して待とう。ニーナでも可。大事なのは愛や味ではなく腹を満たすことだ。
まぁそんなことはさて置き――。
このままではマズイ。
「こ、ここで考えれば良いアイディアが浮かびそうな気がする……幼女達が一生懸命勤労する姿に心打たれて何か得られるような気がする……そしたら手が空いて、スノーバースでやったようなリフォームをやれる余裕が生まれる……かも」
「むむ、むむむむむ?」
やったね、バッチリ好印象!
――じゃない。しかし手応えあり。
この店で採用されている魔道具は、ちょくちょく手直しされていたが、ここ最近の俺達の急成長にはついて来れていない。店長としてもそろそろ大規模リフォームがやりたいと思っていたところなのだろう。
研究チームは言わずもがな。
成果さえ出れば、話し合いさえ出来ればどこだって良いのだ。彼等の主張は『邪魔になるぐらいなら戻ろう』程度。リリが滞在を認めれば問題はなくなる。
一応言っておくと嘘ではない。
こういった想いが新しい道を切り開くことがある。
もちろん切り開かないこともある。
良いことだけを信じるのが占いで、『運命』は頑張ってご褒美を貰えた時にだけ信じればいい言葉と誰かが言っていた。当たるも八卦、当たらぬも八卦。やらずに後悔するよりはやって後悔しようじゃないか。
「さあ! どっちの料理ショー!」
「むむむむむむむ……」
ふふふ、悩め悩め。その時点で負けていることに、時間を稼がれていることに気付いていない愚かなニャンコめ。皆の揺れる尻尾を見ているだけ、俺の心はプラズマを生み出せそうなほど昂っているぞ。閃きはもう目の前だ。
「ちなみに、私がアドバイスして他の開発者さん達に調理用魔道具を作ってもらうというのは……あ、はい、黙っておきます。すいません」
レギュレーション違反は認めない。
それが俺のジャスティス。
「ムフォフォ~♪」
ユキを店内から追い出し、心穏やかに議論すること、3時間。
俺は満面の笑みを浮かべていた。
理由は簡単。
プリティウェイトレスが現れたから。
「むふ~っ」
「いやお前じゃねえよ」
ご満悦な勘違いガールを冷たくあしらう。
たしかにニーナはプリティだが天然物には敵わない。庇護欲という意味では同格だが、一生懸命さや成長速度においては雲泥の差がある。
大人のポンコツは苛立つ人も多いはず。
しかし子供はすべて許される。
何故なら子供だから。
ココとチコの登場だ!




