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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
五十五章 プロジェクトZ~研究者達~Ⅱ

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閑話 一方その頃

「……何か、変」


 レストランと酒場を両立させたような雰囲気を持つ大衆食堂の一画で、ウェイトレスが神妙な顔つきで呟いた。


 その原因は、違和感ではなく、ただ単に彼女が不愛想なだけ。感情表現をするのが苦手なので普段からこうなのだ。しかし知らない者が今の彼女を見れば、事件の前触れか、絶対に忘れてはいけない仕事を思い出したように感じるだろう。


「何か、じゃないニャ。何もかもが変ニャ」


 真っ先に気付いたのは同僚だった。


「サボってないで仕事しろォォッ!!」


 ただし理由はまったく関係なかった。


 いやまぁ関係なくはないし、別のことに気を取られて仕事を疎かにするのは悪以外の何物でもないので彼女のやっていることは正しいのだが、ウェイトレス……もといニーナの発言内容とは無関係である。


「いつまで新人気取ってんだ!? さっさとそのラーメンとスープをお客様のところに持っていけ! 伸びるだろうが! 冷めるだろうが! 卓が空かないだろうが!」


 ユチは、これまでとこれからの不満をすべてぶつけるように、叫び続ける。クセになっている語尾の『ニャ』も忘れるほどに興奮している。顔も真っ赤だ。


 ニーナの役立たずは昨日今日始まったことではない。この職場が出来てからずっと。今後も続く可能性大。その時に迷惑を被るのは自分。


 そりゃあ文句の1つも言いたくはなる。


 それもまた別の方向で客の迷惑になっているのだが、慣れている者達は『また始まったよ……』と呆れと期待の眼差しを注ぎ、そうでない者達は『どっちも悪いけど関わりたくないから』と見てみぬフリをしているのでイーブン。どころか『こんな安くて美味しくて従業員がカワイイ店なら』とリピーター希望多数。他にない魅力と捉える者すら居る。


「焼肉定食おまち~ニャ!」


「ニャ!」


 そんな先輩達を他所に店内をちょこまかと動き回る少女達の姿が。


 ココとチコである。


 休みの日や学校終わりにヒカリの代理で手伝いに来ているのだが、幼女が一生懸命労働している姿や慣れない言葉使いに四苦八苦している姿は、作業能力に関係なく客達を和ませるマスコット的存在としての地位を確立している。


 ヒカリが戻って来ても定期的に手伝うよう、要望および手配を整えている……かどうかは神のみぞ知ること。ただ客達の様子からしてその可能性は高そうだ。



「子供を働かせても迷惑になるだけかと思ってたけど……そんなこともなさそうだにゃ」


 現在登場した人物の過半数、3/4と家族のトリーが、娘達の働く姿にホッと胸を撫で下ろす。自宅や職場が近いこともあり、毎日のように様子を見に来ているのだ。


「迷惑どころか絶対ニーナより役立ってるだろ。何なら最近定期的に爆発するユチよりも総合力は上だ」


 御供として一緒に夕食を取りに来ていたサイ・ソーマ・ノルンの3人は、友人だったり経営者だったり、様々な目線から猫の手食堂について議論を始めた。


 最初の数日はニーナよりダメダメだったが、1週間もしない内に追い越し、今では体験学習とは思えない実力を身につけていた。


 何でも楽しめる将来有望の働き者に対する称賛の声は多い。


「てかあの2人はシフトを分けろよ。仕事にならないだろ」


「そしたら誰がニーナの面倒を見るのさ? 自分の仕事をしながら構うなんてユチしか出来ないよ。今だって暴言吐きながら接客してるし」


「あ、ホントだ……って良いの、アレ!?」


「常連だから大丈夫だよ」


「……マジで? もしかして全員の顔覚えてんの? ユチちゃん凄くない? そしてニーナちゃん邪魔じゃない? シフト分けるより皆が帰って来るまで長期休暇与えるべきじゃない?」


「ノルン。それは根本的な解決になってないよ。ニーナを使えるようにしないと困るのは自分なんだから。首には出来ない。でも放っておいたら寿命や戦闘力の関係で店長になる。良くてそれだ。ロア商会のトップもあり得る」


「うっわ。無理無理。ニーナの下とか絶対無理」


 心底嫌そうに両手を横に振るノルン。他の3人も、というより食堂従業員全員が苦々しい顔をしている。獣人特有の耳の良さを持っていることで会話が聞こえてしまったようだ。


「だろう? 僕も嫌だ。だから僕達のためにも今の内にユチになんとかしてもらうしかない。ユチには悪いけど彼女は一生ニーナの指導係だよ。それには手助けしてくれる人材も無能を笑いにする人も居ない今がベスト」


「訂正して。わたしは有能」


 と、ここで、ユチの説教を聞き流していたのか、右耳と左耳で聞き分けていたのか、彼等の話を聞いていたニーナが通り掛かりついでに主張してきた。


「「「…………」」」


 答えは沈黙。


 卓の静寂に耐えかねたわけではなく、あくまでも手を止めないために、そそくさと去るニーナ。一同はこの数秒の出来事を無かったことにして雑談を続ける。


「フィーネ様の代わりなんて誰にも出来なくない?」


 フィーネは、ロア商会で唯一『様』付けが過半数を占める、偉大な会長。後を継ぐ人間のプレッシャーは計り知れない。


「そもそも引退とかするのかにゃ?」


「ルークが辞めれば一発じゃね? 人間なんだ。飽きたり疲れたり死んだり色々あるだろ。もちろんフィーネ様自身もな」


「ニーナはそうならないと?」


 フィーネの主好きは周知の事実なのでサイの話には誰からも異論が出ないが、そうでない人間……何かしらの理由で辞めない人材が居ることには首を傾げる3人。


 人類ならば生涯現役でも50年あるかどうかだが、神獣のニーナは何百年、もしかしたら何千年と在籍することになるかもしれないのだ。


 考えただけで嫌気が差す……とまではいかないが、別の仕事や別の人生を歩んでみたくなったソーマは、友人に話の続きを促した。


「ならないだろうな。だって成長続けられるんだぞ? 飽きる要素がどこにあるよ? なんだかんだ言ってここが好きみたいだしよ。世代交代したらしたで、先輩風吹かせて、からかわれて、ってことを続けるだろ。無駄に負けず嫌いだしな」


「たしかに『店がこんなに大きくなったのはわたしの手柄』とか言いそうだもんね。老舗として紹介されたらドヤ顔でインタビュー受けんの。でも経営とか出来ないから現場出続けんの」


「休日も今のノリで勝手に取りそうだしにゃ。で、その度に従業員からは文句じゃなくて喜びの声が出るのにゃ」


「失礼極まりない。訂正して。わたしは今も未来も邪魔者じゃない」


「「「…………」」」


 もちろん答えは沈黙。


 発言の内容からしてニーナ自身そのつもりらしいが、残念ながら現状はあまり歓迎されていないようだ。



「ま、でもノルンの言ってることも間違いじゃねえよ。最近のユチはイライラしてる。ストレスの原因の大部分は、遠距離恋愛な上に連絡のつかない恋人のせいだろうけど、ニーナのポンコツっぷりが拍車をかけてるのは事実だしな」


 普段より明らかに沸点の低いユチを冷静に分析したサイが、親友の意見に肯定的になる。


「だよね? 最近の情緒不安定っぷりヤバいよね? ストレスマッハだよね? 帰ってきたら安定すると思ったからアタシは諸悪の根源の長期休暇を提案したんだけど……」


「それについてはもう話しただろ。例え情緒不安定でもやらなきゃなんねえ時があるってよ。大体そんな深く考えることじゃないだろ。当人も周りも客も楽しんでる。ほっときゃ良いんだよ。我慢出来なくなったら自分から言うだろ」


「だね。あと他人事のように語ってるけど、そもそもの原因はノルンだよね? 浮気とか結婚とか旅行先の事故とか、あることないこと話題に出したからだよね?」


「マジで!? お前そんなことやったの!?」


 ユチからトリーへ、トリーからソーマへ、流れていった情報がここに来てサイにも届けられた。


「彼氏自慢されたからつい……」


 ノルン店長は心の狭い人間だった。


 そしてユチはSっ気のある猫だった。


「何やってんだよ……婚期を完全に逃した年増を煽る方もたしかに悪いけど、だからと言ってバカップルの破滅を望むのは違うだろ……」


「誰が年増じゃ! 仕事が楽しくて、仲間とバカやるのが楽しくて、知り合いの子供を我が子のように可愛がってれば満たされることに気付いただけだわ! 動物も可! ペット飼おうか悩み中!」


「満たされてんなら手を出すなよ……」


「手は出してませんー。出したのは口ですぅー」


 ルークを中心に形成された人間関係の輪は今日も平和だった。




「で、何が変なんだニャ?」


 深夜まで休むことなく働いていたニーナとユチは、閉店後、自宅(社員寮)にある大風呂で1日の疲れと汗を流していた。


 熱めの風呂に浸かりながら話す話題は昼間の出来事について。


 仕事はからっきしだが神獣としての力は疑ったことがないユチは、頭の片隅で親友の発言がボケなのかシリアスなのか、ずっと考えていた。


 結局いくら考えても答えは出ず、無理に主張してくる様子もなかったので、真偽不明のまま今に至る。


「世界が軋んだ気がした」


「……悪い感じ?」


 ユチが真っ先に思い浮かべたのはルーク達。


 ルークが動けばトラブルが起きる。トラブルが解決すれば世界が変わる。解決しなければ記憶には残るが記録には残したくない出来事に巻き込まれる。


 それがルーク=オルブライトという人間を知る者の共通の認識だ。


「違う」


 ニーナは、恋人や友人達の身を案じるユチを安堵させる一言を放ち、それ以上の質問を断るように湯舟に沈んだ。


(あの感覚は……前にどこかで……)


 そして体と同じように記憶の海をたゆたう。



「その沈み方なんとかならないかニャァ……なんでお尻浮かせるのニャ? 仰向けに沈めば良いのになんで一回後ろ向いてから沈むのニャ? しかもこっち向けて。色々丸見えなんだニャ。同性でもセクハラになるって知ってるかニャ?」


「クセ」


 ただ批難されたのですぐにたゆたうのをやめた。


「不器用も大概にするニャ。なんで子供でも出来ることが出来なくて変なことだけ出来るニャ。そんなんだから無能って言われるんだニャ。クセだろうと何だろうとダメなところは改める努力をするべきだニャ。人間は成長する生き物だニャ」


「神獣のすることはすべてにおいて正しい。そんな世界でわたしは暮らしたい」


「湯舟の沈み方1つでそこまで壮大な話に!? それが許されるのは神様だけニャ!!」


「神に認められた獣……すなわち神獣……つまり神」


「ニーナは間違いなくその地位を貶めてるけどニャ!! そして神ではないニャ!! そんな怠けた考えを持つ神様とか嫌だニャ!!」


 彼女が帰還したルーク達から、神とはそういった思考を冗談で持つ者であったことを教えられて失望するのは、この数週間後のことである。

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