千百七十七話 掴み取る未来
オクドレイクの正体に気付いて5日が過ぎた。
イブがおこなっている、魂を形成する力『無』と、顕現する力『時』への理解は順調……だと思う。
ヒカリ達に連れられて一度こちらの様子を見に来たことがあるが、すぐに自分には関係のないことだと気付いたらしく、チラッと見ただけで何も言わずに引き返していった。
それからというもの連日シェリー宅でゴチャゴチャやっている。
便りがないのは良い便りとよく言うが、相談されないのも良い状態と思っていいはず。2つがどういった力か報告は受けている。何も言うことはない。
コーネルも、時折ヒカリの力を借りながら、精霊の生き死に関わる『冥』への理解を深めていた。もちろん順調。
冥が、物質はもとより記憶も司る力とわかったのは、彼の功績だ。
そんな2人と違ってパスカルは分割した魂との融合に難航していた。
予想通り気絶したら解放される仕組みだったので、その間にヒカリやラットが栄養補給をおこなってなんとか生存しているのだが、他と違って手掛かりが一切ないのでどうやって同化すれば良いのかわからないらしく、絶賛天翔け中である。
融合さえ出来れば天の力が手に入るはずなので、どんなに遅れても一発逆転がある、波乱を起こせる人材だ。
…………ええ。それだけですよ。
俺? 雪の力はおろか他の特殊五行についても何の情報も得られてませんけどなにか? 仲間達の報告を聞いて「へぇ~」って言う毎日ですけどなにか?
「おっかしいなぁ~。全属性の適性あると思うんだけどなぁ~」
6日目の朝。
目覚めと共に進展のない現状に疑問を感じた俺は、食堂に集まっていた仲間達にアドバイスを求め、同時に早く習得して雪属性の手掛かりをくれるよう訴えかけた。チラチラってやつだ。
簡易テントで寝泊まりしているパスカル以外は全員居る。毎日屋根が突き破られるので、その修復が俺の唯一の功績だったりする。
「そもそもそれが間違いなんじゃない? だってルーク、上空に行った時、苦しんでたよね? それって天の適性はないってことでしょ?」
「……それはアレかい? 天以外の4つの適性もないって言いたいのかい? 俺じゃ雪の力は手に入らないと言いたいのかい?」
「そこまでは言わないよ。でもルークが初日に言ってたでしょ。『誰よりも適性が高いから、その分必要になる経験値が多いのかもしれない』って。なら将来的に手に入れれば良いんじゃない? 雪の力を使える人は2人も居れば十分でしょ」
そうなのだ。
他の特殊五行に触れたからなのか、体に馴染んできたからなのか、理由は不明だが、雪の力に覚醒済みのラットとシェリーは皆と共鳴するように能力が向上していた。
つまり5つとも予約で一杯。空いている属性はない。どうしたって誰かと被る。イブ達が習得すれば俺は用済みとなる可能性が高い。
「でもそれがわかるのって俺だけだろ? お前等はわからないんだろ? なら俺に適性があるってことじゃね?」
幸か不幸か、俺はヒカリの話を否定する材料を持っていた。
精霊以外の生き死にを司る『雪』の唯一現実的な使い道は、降霊術。
究めれば転生や魂の入れ替えも自由自在になるのだろうが、降霊術の方すら試せていないのに出来るわけがない。
目に見える成果が出ていないのに何故彼等の能力が向上していると断言出来るかと言えば、俺がそう思うから。
「そう言い始めて5日が経つな」
「うるさいうるさい! 自分達が順調だからって良い気になるなよ! 絶対追い抜いてやるからな!」
コーネルの言葉が心に刺さる。
何の根拠もない言い訳で自尊心こそ守ったものの、気にならないと言えば嘘になるわけで……。
(やっぱアレしかないかぁ……)
実は、オクドレイクの正体を見破るより前から、それこそ特殊五行についての仮説を述べた頃からずっと、頭の片隅にとある案があった。
ただ何の確証もなかったし、俺も仲間達と汗水たらしながら習得したかったので、出来れば使いたくない案だった。
しかしそろそろ時間切れだ。
イブも、コーネルも、ラットも、シェリーも、そしてパスカルも、間もなく力を手に入れるだろう。ご都合主義で考えるなら、俺が決心するまで手に入らないので、こんなに進展が遅いのは俺のせいとも言える。
だから終わりにしよう。
「あのさ、もしかしてだけど――」
俺は意を決して心の奥底に仕舞っていた秘策を口に出した。
いつもの雪原。
手を伸ばせば届く距離に立つ5人の仲間も、少し離れて立つヒカリとフィーネも、顔色は優れない。
「……本当に良いんだな?」
全員を代表してコーネルが最終確認するように尋ねてきた。
「おう。遠慮せずやってくれ。手は抜くなよ。失敗するぞ」
「大丈夫。失敗しても私が見つけ出す」
「今の言葉で余計不安になったわ。イブの考えなんてお見通しだ。それはそれでやってみたいと思ってるだろ。サルベージ面白そうとか思ってるだろ」
「こんな機会二度とないから」
「あってたまるか! ったく……とにかく精一杯やれ。俺のことなんて気にするな。大丈夫だ。例え死んでもユキゴンボールがあれば生き返る。生き返れなくても復讐はする。覚悟しておけ。俺は根に持つタイプだ」
俺は好奇心旺盛な婚約者に呆れつつも、それでも彼女達なら何とかしてくれるだろうという信頼感から、計画の続行を決意。不安がる皆に活を入れる。
今からおこなうのは一世一代の大ギャンブル。
賭け金は俺自身。
得られるのは未来or破滅だ。
俺の案は俺自身が器になるというもの。
出力装置、混合器、生贄、呼び方は色々あるがとにかくそういう存在だ。日に日に力を増していくラットとシェリーを見て、俺の役目は柱ではなく器なのだろうと思うようになっていた。
すべてに適性がある物や者はそれぞれを繋ぐ役割になることが多い。
しかし五行は繋がっている。
既に繋がっているものの間を取り持って何になるというのか。異物混入するだけだ。邪魔になる。
――という考えを持ちつつも、その異物こそが必要なのではないかとも考えていた俺は、この肉体に力を行使するようイブ達に頼んだ。
「せめてもう1日待たないか? 僕もパスカルさんも習得とは程遠い状態なんだ」
「しつこい。本番で出来るようになれば良いだけの話だろ。ナウやれ。ハリーアップ」
一歩間違えば存在すら無かったことになる理なので仕方がないが、コーネルは珍しく弱気だ。パスカルも浮遊しながら不安げにこちらを見ている。
人間というのは残弾不明のロシアンルーレットで友人を撃つ時、こんな顔をするのかもしれない。
絶対的存在のフィーネが同じ顔をしていることが、余計に彼等の不安を掻き立てている気がする。
「『時』の力はあまり得意ではないので、イブさんに負けないか不安でなりません。最初に助けた者の好感が上がるだけならまだしも、記憶の混濁によって好きになってしまったら……考えるだけでも恐ろしいです!」
「フィーネの心配そっち!?」
イブの肝が据わり過ぎているだけかと思ったがフィーネも大概だった。
「ふふん。まぁ私はサルベージが出来なくても追い掛けますけどね。私にはそれだけの力と寿命があります」
「そして強者マウント!?」
「今の私らしくない言動がルーク様の最後の思い出になった場合、私は神を許しません。ありとあらゆる手段で貶めますし、唯一神の座を下りていただきます」
「んでもって威圧!?」
うわぁ……とうとう神様を脅し始めたよ、このエルフ……。
(ガタガタガタガタ、か、か、かかってきなさい! わ、わわ、私は逃げも隠れもしませんよ!)
そしてメチャ効いてる。絶対タンスの裏に隠れながらか、掛け布団被りながら言ってる。突き出した指だか包丁だかも震えてる。
てかそれってつまりフィーネが激怒するってことでしょ? 俺の魂がどうにかなるの確定してない?
「「「せ~のぉ!!」」」
一同がタイミングを合わせて俺の胴体に触れる。
まるで合図を待っていたようにパスカルが空から解き放たれ、地に降り立つ。
浮きながらでも出来るように配置していたが、これで全員が俺を囲む形で立つことになった。しかしイブ達はそんなことはお構いなしに全身全霊で力を籠める。
魂が肉体から剥がれる感覚。
俺が覚えているのはそこまでだ。
「オッス、オラ、アルディア! わくわくすっぞ!」
意識を取り戻した時には、俺の口から、俺の声で、俺が逆立ちしても発さない言葉を出している俺の姿を傍観していた。
(神様に体乗っ取られた……)




