千百六十九話 チャレンジその10
ラットの幼馴染。次女。町の警備と雑多な力仕事で生計を立てている。勉学(家事含む)が苦手。サバサバ系。酒豪。世話好き。飽きっぽい。一瞬とは言え雪属性の力を行使するほどの戦闘意欲溢れる女性。というか口より先に手が出る。
シェリーについて俺が知っているのはそのぐらいだ。
最近は、巡回がてら俺達の研究に付き合ってくれているが、正直言ってあまり役には立っていない。洞窟に籠るようになったこの2日は特に。
そんな人物が休暇申請しても誰も文句など言わない。
普通の企業なら予定を組まれる1ヶ月以上前にするべきことだが、厳密な計画がないどころか宿泊客の遊びに付き合うサービスの一環のようなものなので、気遣いなど不要。前日に言われてもまったく問題ない。何なら直前でも可。
『あ、ごめ~ん。○○時から実家に行くって言ってたのすっかり忘れてた。ちょっと行ってくるね』
『おう』
という会話が成立するだけだ。
つまり、身重の姉の様子を見に行くというシェリーを快く送り出し、俺達だけで宿屋の掃除や洗濯、魔道具の修理および開発、近隣住民の悩み事を解決し、空いた時間で研究に励む、いつも通りの生活を送ることになる。
…………うん。なんかもう色々アレだけど、別の作業やりながら考え事してると不思議と上手くいくんだよ。受験勉強の息抜きに掃除するみたいな感じで。
とにかく本日はシェリー抜きで過ごす……はずだった。
「赤ん坊って何なんでしょうね」
朝食を取りながらシェリーの謝罪というか感謝というか惚気話というか愚痴というか、まったく関係ない話を聞いてると、パスカルがポツリと呟いた。
「「「は……?」」」
ある者は食器片手に、ある者は食品片手に、またある者は食事よりも会話を優先して何も手に持たないまま、首を傾げる。
「それはコウノトリとかキャベツ畑とかおしべ・めしべの話か? それとも夫婦にとっての位置付けの話か? はたまた子孫繁栄を望む行動理念の話か?」
「1番と3番ですね」
現在時刻、場所、メンバーの男女比、知り合ってからの時間、ありとあらゆる面で向いていない話題を持ち出した天然娘を責めるように尋ねると、パスカルは平然と話を広げた。
「交わったり、分裂したり、己が力で創り出したり、命を生み出す力を持つ者はなにかしらの形や意志で血縁を生します。
しかし何故そうしなければならないのかはわかっていません。血を受け継いだこと以外すべて謎です。子とはどういった存在なのでしょう? 何故心を持ち、肉体が成長し、魔力を授かるのでしょう?」
「それは神のみぞ知ることだな。生命の神秘なんて『そういうもの』として受け入れる以外どうしようもないだろ」
「だな。いくら優秀な研究者でも無理だと思うぞ。『想い』も『成長』も概念じゃん。人間が踏み入るような領域じゃないじゃん」
「ああ。それは属性や理のさらに上にある存在だ。光と闇よりさらに上。あることに感謝すべきものだ」
ラットとコーネルも賛同する。
「もしかしてパスカルちゃん、男の人でも出産出来るようにしたり、女の子同士でも子を生せるようにしたり、肉体を一切使わずに創ったりしたいの?」
そんな俺達の後から、パスカルの言うこともわかると、ヒカリが中立の立場で別の角度から切り込んだ。
ちなみにフィーネは無反応。イブはヒカリに先を越されたって感じ。
「いえ、そこまでは……ですが今のあたし達なら挑戦する価値はあるかと思いまして」
するとパスカルは首を横に振り、希望に溢れた目で訴えかけてきた。
もしかしなくても昔から気になっていたのだろう。ただ理解が及ぶ範囲になかったので保留していたと。チャンス到来だと。
「じゃあ一緒に来る?」
「ちょっと待て。落ち着け。まだ焦るような時間じゃない」
俺は、状況を理解せずに同行・同席・調査許可を出したシェリーに、慌てて待ったを掛ける。
「このマッドサイエンティストが何を言ってるかわかってるのか? 生物の不可侵領域に手を出そうとしてるんだぞ。世界に爆誕する前の子がどうなってるか調べようとしてるんだぞ。好奇心が倫理観を上回ったら腹を掻っ捌くんだぞ」
「そんなことはしません。触診するだけです」
と、目を輝かせながら医者の真似事をするパスカル。
行く気だ。そしてやる気だ。
「素人がそんなことして何がわかるってんだよ!? 絶対魔力を流して、伝導率や耐久性、反応を見るだろ! 普段素材にやってるのと同じで! 何ならちょっと品種改良してみたいとか思ってんだろ!」
「ま、まま、まかさ……」
「メッチャ声震えてますけど!? 『まさか』も言えてませんけど!?」
嘘が下手過ぎる。強者と同じぐらい下手だ。
「仕方ない。気持ちは抑えられないもの。思想は自由」
「イブ……俺は自分の子を実験材料にするほどチャレンジャーじゃない。困ってなければ現状維持希望だ」
育児方針の違いは、性の不一致と同じく、離婚原因になり得る問題だ。
例え現代医学がそういった犠牲の上にあるものとわかっていても、自分と関係のある者が、しかも窮地に立たされていない者が、実験体になるのは認められない。するのも嫌だ。
「――と、おしゃっているルーク様も、以前トウモロコシの品種改良に成功した際に同じようなことを考えておられましたね」
「「「…………」」」
いや違うんですよ。発達障害や身体障害が無くせるかなって。それも地球の話。こっちに染まってない頃の未練みたいなもんですし。だってアルディアではそんなことないじゃないですか。血縁者同士でも健常者しか生まれないじゃないですか。
先天的な障害を取り除くとか、流石です、神様。そして精霊さん。容姿とか身体能力とか知力とか、努力さえすれば何とかなる世界は素晴らしいと思います。
まぁ2年前にそれでトラブってましたけどね!
悪いのは俺達先駆者なので責められませんけどね!
「友達を紹介するだけよ。問題ないわ」
「まぁシェリーが良いなら良いけど……」
この10日でフレンドランクが上がったらしい。
慰謝料ガッポリを目論んでいないことを祈るばかりだ。
「ここよ」
お世話になっている(?)人の家族に挨拶することに反対する者はおらず、食後に見に行ったトラップにもオクドレイクの姿はなかったので、俺達は午前中の予定を変更してシェリーの実家にやってきた。
案内されてやって来たのはごく普通の木造一軒家。両親と姉と4人暮らしなら十分なだが、義兄と甥っ子が加わると手狭な気がする絶妙な大きさだ。
「ちょっと待ってて。一応説明してくるから」
と、暗に庭の雪かきをしておけと命じたシェリーは、1人で中へ入って行った。
普通に頼まれたらやっていたが、雪が降る中で待たせるなど畜生のすること。絶対に雪かきなんてしない。誰が従うか。
「本当ハ街灯ヲ新シクシタリ屋根ニソーラーパネル設置シテモライタインダゾ。デモ時間無イカラ雪カキデ勘弁シテクレタンダ。有難クオモエ」
「……いくらもらった?」
「この後のココア1杯と引き換え」
やす~い。
いやまぁわかるけど。炎天下で食べるアイス。温泉で飲む酒。寒空の下で作業した後に飲む温かいココア。最強だ。それ等には値段に出来ない価値がある。
喜びの気持ち……プライスレス。
「んで、どうせ終わるまであの扉開かないんだろ。中で温かいココア飲みながら監視してんだろ。丁度良いタイミングで出てくるんだろ。おまたせーって」
「姉サンノ体調ガ急に悪クナッテ時間掛カッチャッタ~」
「それシェリーの台詞じゃね!? 台本間違えてね!? そして無理させてまで会いたくはないよ!?」
「でも会いたいんだろ?」
「……まぁ」
もうおわかりだろうがここへ来たのはほぼ調査のため。
ロクでもない探究心や発言には共感出来ないが、パスカルの言っていることは的を射ている。
世界に誕生する前の生物はどういった位置付けなのだろう。母体を通じて精霊に認識されているのか、されていないのか、イーさんのように特殊五行の力によって成り立っているのか、神が何かしているのか。
直接調べるのはアウトでも、精霊術や読心術、千里眼で視ることは許されるはず。
そのためにもまずは雪かきから始めよう。
「はじめまして。シェリーの姉の≪シュリー≫です」
取り除いては積もる雪と格闘すること10分。
予想通りの三文芝居に迎えられた俺達は、暖炉の温もりが溢れるリビングで、ロッキングチェアに腰かけたシェリー似の女性と対面していた。
温和だがどこかキツイ雰囲気がある。元々は後者だったが、母になるのだから優しくあろうと、性格矯正中なのかもしれない。
「本当は≪カルラ≫。妊婦っていう最強の立場を手に入れてからというもの、人をからかうのを趣味にしてるから、この人の言うことを迂闊に信用しちゃダメよ」
(クソがよォ……なんで俺が出会う連中ってこんなヤツばっかなんだよ)
初対面の妊婦を罵倒することはなんとか防げたが、悪態をつかずにはいられない。一瞬わかりにくい名前を付けたシェリーの両親を責めたことも含めて。もちろん心の中で謝罪済み。
赤子・老人・病人・受験生、そして妊婦。何をやっても許される連中がその立場を利用した場合、どう対処するのが正解なのだろう。
言葉は通じない。実力行使も出来ない。失敗したら自分達も困る。要求を呑むしかないが限度がある。
どうすれば良い?
「あ~。街灯を新して、屋根にソーラーパネルを設置してもらいたいわ~」
「ザケんな。せめて金払え」
さり気なさを演出するように肩を揉む、シュ……カルラさん。
これは悪態じゃない。正当な主張だ。当然調子に乗っているメス豚への制裁に料金マシマシ。
「イタタ……きゅ、急にお腹が……」
如何にもな様子で大きくなったお腹に触れる悪魔。
もちろん俺達に動揺はない。
「ったく……ノリ悪いわね。別に良いわよ。ただし私の体を調べられずに帰ることになるわよ」
「母体と子を脅迫材料に使うんじゃない! 非人道的だぞ!」
「それは私が決めることよ。
さ、どうするの? やるの? やらないの?」
素晴らしい倫理観を持っている悪魔は、悪びれるどころか挑発的な態度で尋ねてくる。
「……やらせていただきます」
俺達の答えは決まっていた。
「キッチン、お風呂、廊下、各部屋のオール魔道化もよろしくね~」
「はい、よろこんでッ!!」
「あ、大声出さないで。胎児に悪影響だから」
こんな母の下に生まれる子はどんな風に育つのだろう。個人的には是非とも反面教師にしていただきたい。楽できるからと憧れたら終わる。




