千百六十八話 チャレンジその9
「――で、結局アンタ何しに現れたんだよ? まさかこんなどうでも良い話をするためじゃないだろ?」
世界の理とは別次元で存在する絶対的な力、『天』『無』『時』『冥』『雪』の特殊五行の内、俺達は無と時以外の3つを手に入れかけていた。
そんな俺達の前に現れたのは、関連性はバリバリ、しかし間違いなく助言しない側の人間、予言者イズラーイール=ヤハウェ。
天が出生不明の“未知”フィーネ。
無が破壊と再生を司る“聖獣”ホッちゃん。
時が精霊界で唯一の“生物”スイちゃん。
冥が“地の神”ベーさん。
雪が“精霊王”ユキ。
そして、それ等すべて、あるいは無か時を司る“超越者”イーさん。
これは何の根拠もない俺個人の憶測だが、そこまで的外れでもない気がしている。
つまり超重要人物。
そんな存在が、この手詰まり感or覚醒前夜のタイミングで現れたのは、偶然ではないはず。
そう思って尋ねたのだが――。
「かくれんぼで見つけられたからだが?」
「いやまぁたしかに発見したけど……そんな不思議そうな顔しなくて良いじゃん。おかしなこと言ってないじゃん。すべてを見通す予言者が意味のないことしちゃダメでしょ。見つかるのも、その後の反応も、全部わかっててやったんだろ? な? ん? ほら、そうだって言ってみろよ」
「そう……いや止めておこう。世界が滅びる」
「予言者ゴッコを楽しんでじゃねえぞ、オラァ!!」
どれほど小さな変化でも未来に影響を及ぼすバタフライ効果にも限度がある。他愛のない会話の発言1つで滅びる世界などあるわけがない。
状況を理解した上で、いたいけな少年の純情な感情を弄ぶ悪魔は、殴られて然るべきだし殴っても許されるべきだ。
「やめておいた方が良い。私は弱いぞ。ワンパンだぞ。予言者の命を背負えるほどの覚悟をキミは持っていないだろう」
「イキリ顔で何言ってんの、この人!?」
例え喰らっても痛くも痒くもない。避けることすら面倒だ。この忠告は貴様のためを思ってのものだ。
そう言わんばかりの表情と雰囲気と制止を求める右手に、俺の憤怒メーターは天井知らずに上がっていく。
「やれやれ……どうやら私はキミのことを買いかぶっていたようだ。私がどういった存在か考えればすぐにわかることだというのに」
「な、何のことだ……?」
露骨にフラグっぽいことを言いながら肩を竦めるイーさん。
そんなことをされてしまってはこちらとしても聞かざるを得ない。当然今にも暴れ出しそうな熱いハートも一時停止だ。
「知っての通り私は世界から隔絶した存在だ。つまり私は世界で唯一精霊を宿していない生物。これは魔力を持たない弱者などという簡単な話ではない。精霊と触れることすら出来ない存在なのだよ。
そんな私にキミの魔力が接触したらどうなるか。大ヤケドどころの騒ぎではない。存在そのものが崩れるほどの異物混入さ。先程までキミ達のしていた実験、原子崩壊が人体で起きるよ」
「なっ……そ、そんな……ってアホか。これまで散々触れてるわ。フィーネにだって触れようとしたじゃねーか」
「甘いね。それ等はすべてこちらからおこなったこと。そちらの意志でおこなったことは一度たりともないよ。なにせ私は想いの外側に居る存在だからね」
「た、たしかに! 申し訳ない! そしてありがとう!」
一瞬呆れたものの、直後に飛び出したイーさんの言葉に考えを改めた俺は、危うく冗談で殺しかけたことへの謝罪と、ヒントをくれたことへの感謝を伝えた。
精霊とは想いを力にする存在。
想いとは伝えるべき対象があって初めて効果を発揮するものだ。意識外の、例えば空気に何かを伝えようとする人間なんて居ないし、居たとしても空気を構成するものを理解していないと無意味だとしたらやはり効果はない。
だが俺は違う。
イーさんのことも精霊のことも理解している。伝える意志を持っている。よく『悪意のある言葉は人を傷つける』と言うが、それと同じことが(もちろん悪意なんてないが)意図せず起きてしまう。
そして大事なのはここから。
(そうだよ。イーさんがこの世界に存在出来るわけがないんだ。だって世界は精霊と微精霊が構成してるんだから。存在してる時点で隔絶されてないじゃん)
彼女の話が本当なら、彼女が着ている服も、立ってる大地も、視ている世界も、すべて接触不可能なもので出来ている。
これは大いなる矛盾だ。
「イーさんが自分から触れようとしていないもの……つまり自然と触れてしまうものは精霊ではない! それすなわち属性のない存在! 特殊五行!」
「ミチコさんや、朝ご飯はまだかいのぉ?」
「お婆ちゃん。朝ご飯は昨日食べたでしょ……ってそうじゃねえよ。ネットで有名なブラックジョークやらせんな。急にボケんな。正解か不正解かで答えろ」
彼女の年齢を考えると間違いなく老人だが明らかにボケている。ボケてはいないがボケている。
数秒前まで強者感たっぷりで立っていたのに、突然腰を曲げたり、しゃがれた声を出している辺り、確信犯だ。当然俺の態度も相応のものになる。
「ふっ、正解だ」
「……イエスかノーで答えろ」
「ノエス」
「…………是か非で答えろ」
「是非よろしくお願いいたします」
パンッ――。
社会人的な礼節を重んじる態度で差し出されたイーさんの手を、俺は無言で振り払った。
割と悪意を籠めて荒々しく払ったが怪我も崩壊もしなかったことをここに記す。
「え? シェリーって昔っからラットと一緒に住んでるわけじゃねえの?」
イーさんが姿を消してしばし。
ヒントを貰ったのは良いが、イーさんの話題を出さずに隔絶された存在の矛盾を証明することなど、まず不可能。
一応試みたがやはり伝えられず、1人で色々やってみたもののことごとく失敗。暗くなる前に本日の作業を終了することにした俺達は、予定通り、オクドレイク用の餌を設置し、帰路についていた。
ただ、そこで得られた情報は、俺達を驚かせるものだった。
なんと2人は家を貸す側、貸してもらう側の関係だったのだ。
「当たり前でしょ。誰がこんなヤツのところになんて転がり込むもんですか。姉さんが出産間近じゃなかったら今も実家でゴロゴロしてたわよ」
しかも今だけ限定。
2人とも二十歳という結婚適齢期。結婚を前提としたお付き合いをしていてもおかしくはないし、夫婦と言われても誰もが納得する雰囲気がある。百歩譲って同僚とのシェアハウスであるべきだ。
「その目、その顔、その空気! これが嫌だから言いたくなかったのよ!」
「睨むなよ。最初に話を出したのシェリーだろ」
「広げる必要はなかったでしょ!」
たしかに、明日は姉の様子を見に行くので同行しないと言い出したのはシェリーだが、そこから今だけ宿泊してると暴露したのはラットだ。
どちらが切っ掛けかと言われたら微妙なライン。
この飽き飽きを通り越して怒りすら感じるシェリーの態度からして、町の人々からも同じような扱いを受けているのかもしれない。
「安心しろ。俺達は近所のオバちゃんみたいに『あんたいつ結婚するの? 良い人いないなら知り合い紹介してあげようか?』とか言わないから」
「そんなこと言われないわよ。ただ今のアンタ達みたいに『まだなの?』って空気を醸し出すだけ」
……ご苦労様です。いや、ご愁傷様です、か。
態度はどうしようもないよ。まぁ町の将来に関わることだから仕方ないんだけどさ。周りに無関心になったら終わる環境ではあるし。
「それが嫌ならさっさとくっ付け。というかくっ付け」
「なんか負けた気になるのよねぇ~」
天邪鬼め……そんなところまでアリシア姉そっくりかよ。絶対人生損するぞ。
――って、アリシア姉で思い出したわ。
「話を戻すけど実家に居てもゴロゴロはすんな。親兄妹に甘えんな。家事手伝いは無職。ちゃんと家のことはするニートって言え」
「突然なに!? なんでそんなに家事手伝いを敵対視するの!?」
自分は仕事してるから違うけど、と前置きしそうな勢いでシェリーが吠えた。
例えしていても家事はやれ。子育てと一緒で家族全員でやるもんだぞ。花嫁修業は働いてても出来るだろ。やらない理由を求めるんじゃない。
「それも女の社会進出を阻んでる理由かなって。仕事してなくても技能がなくても結婚すればチャラみたいな風潮が嫌いなだけだ。寿退社前提のヤツも」
「あ、それはわかる。将来の夢がお嫁さんって言う人達は何に充実感を覚えてるんだろうね。そんな他人任せの人生に価値なんてあるのかな?」
意識高い系代表さんが何か言っておられる。
俺も流石にそこまでは思いま……す。
結婚・出産・子育てって結局自分は何がしたいのさ。何を成したいのさ。好きなことを語ってみろよ。やりたいことを言ってみろよ。自分ってもんを持てよ。
(……って女側が居ねえ)
反対意見も聞こうと一同を見渡してみるも、全員が結婚相手に主婦or主夫になってくれと頼む側の人間だった。まぁ家事するヤツは少ないんですけど。
「とにかく! 姉が妊娠中だろうと仲良くない義兄が居ようと戦力になるヤツは残る! お前は役立たずと自覚しているから親兄弟に任せて家を出た負け犬だ!」
「ひいいいいッ!!」
反論する術を持たないシェリーは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「ちなみにコイツが家に来てから毎月大量の栄養ドリンクがポストに届くようになった。あと周りの家の連中が夜早く寝るようになった」
……もしかしてシェリーの親御さん、そこまで見越して家を追い出してません? 実はそこそこ家事出来るけど無能の烙印押したりしてません? 町ぐるみで既成事実作らせようとしてません?
田舎怖いわ~。




