千百六十五話 チャレンジその6
「おい、ルーク」
「なんだ」
神妙な顔をしたコーネルからの呼びかけに、俺はいつも通り、良く言えばフレンドリー、悪く言えば雑に応えた。
――と、最近どこかで見たことのある始まり方をしたが、今回驚かされたのは俺の方だった。
「ふと思ったんだが、物質を自然では起こりえない形で融合し、生成・錬金・エーテル結晶化することで同位体を生み出したこの実験……世界を構成する精霊のあるべき姿を否定しているのだから、精霊の有無、つまり生死を分ける『冥』なのではないか?」
「た、たしかに!!」
有機物や無機物の時には無く、千里眼の力で無理やり混合物にした時には有る、もっと言えば特定の製法だと安定してそれ以外は原子核が崩壊する事象を、世界の理から外れた『冥属性』と考えるのは極めて自然。
むしろそれ以外の呼び方がないほどだ。
もちろん俺達が導き出した特殊五行の仮説が合っていればの話だが。
「真っ先に気付くのはルークだと思っていたんだがな……」
「俺を何だと思ってやがる!!」
「褒めているのに何故怒鳴る?」
褒めてる……か? 微妙じゃね? 過大評価だし、結局貶してるわけだし。まぁ本人がそう言うならそうなんだろうけど。
「仕方ないじゃん。まさか研究者じゃないヒカリが手に入れる……というか手に入れてるとか思わないじゃん。完全に俺達4人が身に付けるもんだと思ってたわ。1人はほぼ確定だし、俺だってそういう流れ出来てたし」
「進むべき道が見つかって視野が狭まったわけか」
「ああ。目の前にぶら下がってた雪属性にまんまと釣られたわ。そんな餌に俺様が釣られクマーだわ」
言いながら実験器材の1つを釣り竿に見立てて地面をズザザと引きずられてみる。
ちなみに餌はヒカリのケータイ。カワイイ獣人の電話番号とか露骨に釣りじゃん。
「え? なに? つまりわたしが冥属性を扱える人間ってこと? 今後はルーク達の難しい話に参加させられるってこと?」
「コーネルの仮説が合ってるとしたらそうなるな」
誰も相手にしてくれなかったので秒でやめた。全員が俺のノリについて来れるようになっている。ある意味話が早くて助かる。そもそも番号知ってるし。AA再現で口に入れようとしたら没収されて餌無しになってたし。
「正確には素材提供者だな。ヒカリさんが生成・錬金・エーテル結晶化の3種類の製法を身に付けることが出来れば完璧だが、理解が必要になることなので、僕達に頼まれた時に生み出す形がベストだろう」
ヒカリの嫌そうな顔(決して俺の行動のせいではない)を見たコーネルがすかさずフォローを入れる。
姉ほど無知ではないが俺達の話について来れるかと言われたらNO。一般人より少し上の知識しか持たないニャンコには厳しい話だ。
「てかそもそも、このアマルガムが同位体だからってなんだって感じじゃん。使い道も、詳細も、他の特殊五行との関連性も、な~んにもわかってないじゃん」
高校生に道端に落ちている石ころを渡して、その起源を調べろと指示しても、出来るヤツなんてまずいない。例え研究機材があってもだ。
ぶっちゃけ半日掛けて調べてもな~んにもわかりませんでした。
仕方ないじゃん。未知の物質だもん。これまで培った知識も常識も通用しない相手だもん。
「そんなことは百も承知している。僕は可能性の話をしているだけだ。これは世界の理を破壊する『未知』かもしれないとな」
「まぁその辺は慎重にやるしかないな」
無から有を生む力は、出来るか出来ないかではなく、してはならない。
何故ならこの法則は化学でも物理でもなく世界を否定する非自然科学。何億年、何十億年と掛けて形成されたアルディアを滅ぼす、悪魔の学問だ。
ただし有を無にすれば危険はなくなる……と思う。
「融合で危険なのは有が生まれたせい。自然の摂理は『破壊と再生』と『循環』。欠けた部分を補えば支障はない」
「そゆこと」
この半日、試行錯誤したことによって俺達はその危険性に気付いた。
そして思考は、危険だからと手を出すのをやめるのではなく、その力を如何に安全にするかにシフトしていた。
俺達は研究者。
夢のためなら世界の理すら壊す存在だ。
(もちろん自己責任でなんとか出来る範囲でな!)
(よく出来ました~♪)
ほら、神様だって良いって言ってる。結局は自分の力次第よ。未熟者は夢を追う資格すらなくて、熟練者でも安定志向なら邪魔にならない場所に居ろってことよ。
てかこれを止めないとか、もう神自らコーネルの仮説を認めてるようなもんじゃん。完全に冥属性じゃん。
(フッフッフ……問題ナッシング! 理解したところでどうにかなるようなものでもないですからね!)
そこはどうにかしとけ。なんというか物語的に。
「うっし、今日はこの辺で終わっとくか。切り良いし」
そんなこんなと議論(雑談?)すること20分。
俺は洞窟内を見渡して皆に作業終了の合図を出した。
試したいことは山ほど残っているが、俺達が各種実験で利用したアマルガムが当初と同じものかもわからず、ヒカリ達が生み出した放射性同位体はすべて消滅し、新しく生み出す力も残っていない。アマルガムも放置したらどうなるか気になる。
資材不足な現状で出来ることは思考のみだが、それなら宿屋でも出来る。というか宿屋の方が良い。気分転換になる。腹も減った。
ローマは一日にしてならず、だ。
「おっ、やっと終わったか」
「次からは何か暇を潰せる道具を持って来ること決定ね」
こっちは完全に自分達には関係のない話をしていて、しかも長いことを察していて、暇つぶしの粘土遊びも出来なくなってしばらく経つ。
この発言からもおわかりだろうが、洞窟生活に飽きたラットとシェリーが、結構前から『いっせーのーせ』で遊んでいた。合図と共に参加者が立てる両親指の数を宣言し、正解なら片手を引っ込め、外れたら現状維持し、2本先取した方が勝ちの超メジャーアナログゲームだ。少なくとも俺の幼少期はそうだった。
ちなみに最初ヒカリも混ざっていたが勝負にならないので除名処分となった。仕方ないね。身体能力特化の獣人な上に千里眼なんて眼力持ってるんだもん。
退屈な時間から解放されることに歓喜する2人への気遣いもあるだろうが、俺の意見に反対する者は誰もおらず、俺達は暗くなる前に洞窟を後にした。
「親方! 空から女の子が!」
本日の感想やら、アマルガムがオクドレイクにどれだけ効果があるかなど、重要なようなそうでもないようなことをくっちゃべりながら雪山を歩くこと30分。
スノーバースの町が目前に迫った頃、俺達の耳に誰かもわからない声が届いた。
それが誰に向けた言葉で、誰が叫んだものかは不明だが、見上げた先には浮遊するようにゆっくりと下りてくる人影があった。辺りが薄暗くて判別しにくいがおそらくそうだ。つまり内容は正しい。
「…………」
「何故無反応なんだ? さっさと受け止めに行け」
「逆に問おう! 何故俺に言った!?」
コーネルが傍観者その1になろうとした俺を急かす。
俺以外の一行もほぼ似たような反応。暇つぶしになれば何でも構わないスタイルのラットなどは、誘うような顔でこちらを見ている。メインはあくまでも俺のようだ。
「でもあれパスカルちゃんだよ」
「……行きます」
ヒカリの一言が決め手となり俺は落下地点へと駆け出した。
天空の城は距離も高さも離れているし、自由に飛行出来るほど天属性が万能とは思えないし、習得していたとしたら気絶なんてしないだろうし、叫び声がなんかアレだし。
気になることがあり過ぎる。
「何があった!? そしてなんだその恰好!?」
受け止めろと言わんばかりの崖際に落下したパスカルは、何故か全身ボロボロで、しかもミニスカサンタの恰好をしていた。
駆け出した直後より気になることが増えた。
が、両手で抱きかかえた瞬間、忘れていた重力を思い出したように重くなったので(推定46kg)、俺は慌てて魔力を解放。2人して谷底に落ちないようツッコミを忘れて踏ん張った。
羽みたいにフワフワ下りてきたら普通軽いと思うじゃん。そういうもんだって思うじゃん。なんでそこまで原作再現しなきゃならないんだよ。いや原作とかないけど。
「サ、サンダークロスから……頂いた……クロースで戦っていたら……ガクッ」
「本当に何があったんだあああああああああああーーーッ!?」
パスカルが最後の力を振り絞って発した言葉によって、俺は眠れる夜を過ごすことになった。




