千百六十二話 チャレンジその3
我等チーム落ちこぼれがエリアへの立ち入りを禁止している理由は不確定要素をなくしたいからだが、イブ達チームエリートの理由は危険だからだ。
人工雪という名の罠は例え踏み荒らされても仕方ないで済むが、縦穴と言っても過言ではない洞窟は足を踏み外したら最後。坂道を数百m転がり落ちることになる。
地下で作業している時も不在時も入り口は塞いでいる。しかし目と鼻の先でそんな面白そうなことをしていたら群がってくるのが暇人というもの。どうやったら侵入出来るか、結界を破れるか、試すレベルだ。つまり厳重警備は逆効果。
なので、イブ達も俺達と同様、町から離れた目立たない場所で作業しているのだが……。
「お前等さぁ……いくら考える時間があったからって早過ぎだろ……」
事前に説明は受けていたのだから、洞窟まで30分、最下層までさらに5分の道のりで、自分なりのプランを立てておくことは出来る。
ただ、錬金術の提案者であるコーネルや知識の宝庫のイブはともかく、戦闘の役に立たない知識や技術にあまり興味を示さないヒカリや、魔法陣や化学といった素材変化について何も知らないラットとシェリーがあっさり新素材を生み出せるのは違う。
「しかもこの洞窟も初見だろ。フィーネの超技術に感動してたし、説明受けて感心してただろ。実質思考時間半分じゃん。それで作れるってどういうことよ?」
未だに確証はないがここはユキが生まれた山。
人類はおろか強者も手を入ることを禁じられた(?)聖域を汚すのは、フィーネと言えど許されるものではない……はず。
ならこの洞窟はどうやって生み出したのか?
世界の隙間に割って入ったのだ。
布でもチーズでもキノコでも何でも良いが、ハサミや包丁でスパッと両断したものと繊維に沿って割いたものでは食感や感触が異なる。それと同じ。
さながら何百年と掛けて出来上がった天然物ように、世界に無理なく干渉することで原子や分子……要するに精霊達をそのままの形で残しつつ、この洞窟を生み出したのだ。
もちろん一時的なものなので作業が終わったら埋める。
わかりやすく言うと「あ、ちょっとすいません。前通ります」だ。流石に何度もされたら不快だし注意されるだろうが、一度や二度で激怒するヤツは滅多に居ない。居ることは居る。心の狭いヤツが。
とにかく、そんな色々と初めてで時間のない中で、ものの数十秒で自分のプランを形にするなんて、なんというか反則だ。チーターだ。
「お前が言うな」
「それに完成度が低いからセーフ」
普段から大概だが、研究だとさらに気遣いというものを失いがちのイブが、思ったままの言葉を口にする。
セーフということは彼女も思うところがあったのだろう。その直前にあったワードについてはノーコメント。大体キミもそっち側の人間でしょうよ。
「だよな~」
「私のなんてすぐ崩れたし物質として成立してなかったわよね」
辛辣な言葉を向けられた2人だが、お遊びのつもりだったのか気にした様子はない。イブと同じ考えなのかコーネルも触れる気はなさそうだ。
「むぅ……」
ヒカリは若干悔しそうにしている。ホント、向上心の塊のような子だ。まぁ合成と組み換えは違うってことで。
「ところでお前等何をしたんだ?」
「ん? 何をって……これの話か?」
失敗作だろうと参考にはなる。
本題に入る前に触れておこうと生み出した物の詳細を尋ねると、ラットは処女作を指先で弄び、俺が頷くとそのままの流れで回答に入った。
「俺はルークの真似して雪の結晶を作ろうとしたんだ。こんな土地だ。それなりに知識もあるし、この1週間散々手伝ったから経験もある」
「手伝った? 見てたの間違いだろ? 手伝ったのはむしろ俺とヒカリだ」
「まぁ見ての通りいびつな形の白い石になっちまったけどさ。でも粘土細工みたいで面白かったぞ。まだ続けるんなら手伝ってやっても良い。もちろん仕事に支障が出ない程度に」
無視しやがった……というか同じスタンスを続けやがった。別に良いけど。
ラットの作品は、六角形ではないが、これが何かと聞かれたら自然現象に詳しい人間の8割方が『雪』や『氷の結晶』と答えるような出来。
例えるなら中学生の工作。
「私も同じよ」
「……は? 同じ? これで?」
シェリーの作品は焦げ茶色の塊。正確には元塊。現在手の中にあるのは小石と塵。
塊だった頃も何かと聞かれたら各種専門分野の人間の8割が『知らない』と答えるような出来だった。残る2割も語尾に『かも』がつく。
例えるなら初めてクレヨンを握った赤ちゃんの絵。
「ラットと同じって意味じゃないわよ。雪を作るならもっと上手くやるわ。これは卑金属から金を生み出してみたの」
「あ、ああ……俺が言ってたって意味の『同じ』ね」
「そ。まぁ知識も技術も何もかも足りなくて粉々になったけどね」
と、やはり少しも残念がることなく肩を竦めるシェリー。
そのチャレンジ精神は買おう。こんなものは楽しんだ者勝ちだ。本人が納得しているならそれで良い。
余談だが、彼女がもっと上手くやると言った瞬間ラットが「え?」という顔をしていたので帰宅途中に雪細工をさせたら、まぁ中々の画伯だった。もちろん皮肉。『芸術』の一言で片付けられる工作の場合でもそういうのかは知らん。少なくとも俺は大枚をはたいて買いたいとは思わない。
いつか人物も描いていただきたい。そして高額商品や児童展覧会の中に紛らせて、どういう評価を下されるかワクワクしたい。
以上ドッキリ好きな少年の心の声でした~。
「ヒカリは?」
彼女が持っているのは、シェリーの次に小さな、実質最小の黒々とした塊。
辛うじて物質のテイは保っているが、ぎゅうぎゅう詰めにされたカバンを彷彿とさせる、出来損ないの鉄鉱石。そもそも新しくない。
「世界一硬い物質を作ろうと思って」
「そ、そっか……まぁドンマイだ」
ダイヤモンドより硬い物質『立方晶窒化炭素』が、プラズマを用いて生み出せるものだと教えるのは、しばらく後でも良いだろう。
たぶん作れって言われるし。使い道も破壊だし。
想いの力だけで作れたらそれはそれで面白かったが、出来ないというのも貴重なデータだ。
「やっぱり圧縮するだけじゃダメだったか~」
「想像以上に原始的!?」
この子には、小難しい化学の話なんかより、紙を8回折ると限界という話でもしてあげた方が良いかもしれない。ちなみに4kmのトイレットペーパーで13回折ったのが最高記録らしい。42回で月まで届く厚さになるんだとか。
元の紙のサイズどんだけぇ~。
「さて、と……ここからが成功例になるわけだけど……コーネル。お前は何を考えながらこれを作ったんだ?」
色や形はシェリーのものと近いがこちらは崩れる様子がない。しかも見たところ物質と魔力の合成に成功している。
イブのもそうだが化学反応と呼ぶべきかどうかも悩む代物だ。
デンプン調査に使うために芋を掘った場合、それは果たして食品と言えるか否か。それと同じぐらい定義が難しい。イチゴやスイカは野菜か果物かより難しい。
「錬金術だ。この物質……仮に『エレメント』と呼ぶが、生成されて間もないエレメントは構成する精霊・微精霊が不安定だった。だからこそ通常ではあり得ない温度で液化させることも、気化させることも、凝固させることも出来た。まさに新物質を生み出すのに最適な素材だな」
ここまでは俺やイブも着目した点だ。
おそらく成功したのはその隙間を埋めて物質を安定させたから。知識の差だ。
個性が出るのはここから。
「僕が混ぜたのは金だ」
「その心は?」
「錬金術は卑金属から金を生み出す技術。ルークの話では化学反応によって可能になっているらしいが、それ以外の方法では本当に出来ないのか。また卑金属にも貴金属にもなれる状態の物質に金を混ぜて卑金属にしたり、その逆だったり、自然と僕達の力のどちらの法則が上回るのか知りたくなってな。
だから熱・冷・湿・乾の四元素の相互転化を各種試そうと思っていたんだが……エレメントに溶かした金を混ぜた“これ”が当たりだったようだな」
もちろん他も試すが、と続投を表明しながら、熱と湿の力を完全に制御することで『溶け込む』とは似て非なる方法で合成された物質を見せつけてくるコーネル。
「私は地と水の力を付与した。それだけ」
対して、物質を用いず精霊術と魔力のみで加工したイブの作品は、透き通った綺麗な緋色の結晶。宝石と言われても信じるだろう。
ただ――。
(それもアマルガム! これもアマルガム! 色々アマルガム!)
イブが精霊の力で生み出した物質も、コーネルが物質と魔力で生み出した物質も、俺が物理法則のみで生み出す物質も、やり方も混ぜた物も違うのにまさかの3つとも同じ物質だった。
初めて知ったが、どうやらアルディアでは、物理法則を無視する形で混ぜた場合、多少の成分の差は埋まるらしい。
その証拠にイブは土から金属を生み出しているし、それも別の金属なのに銀に水属性を付与したら水銀になっている。コーネルは水ですらない溶けた金でそうだ。
(もしかして名前ってその辺まで考えられて作られてる? 火を2つ混ぜたら炎みたいな? 水が凝固“点”を超えたら氷みたいな?)
水銀などは俺が伝えたものだが、それですら神だか強者だかの思惑通りの可能性がある。ワンチャン精霊による意識操作。プラシーボ効果の最上級的な方法で。
(ピュ~ルルル♪)
正解を示す口笛が俺の脳内に響き渡る。
金属から卑金属を作ったり、世界に何人もいない転移の力で合成したり、やればやるほど損するものばかりなので錬金とは違う気がするが、異世界版の錬金術は一応成功。
早速利用方法を考えて行こう。




