千百六十一話 チャレンジその2
錬金術――。
それは古代ギリシャから存在する、等価交換の法則を無視した『力』を求める人類の挑戦。化学の始まりとも言える学問のことだ。
卑金属から貴金属を精錬しようとしたり、自然界に存在しない物質を生み出そうとしたり、老いや死、魂すら意のままに操るこの研究は、科学的に不可能と断定あるいは別の形で実現した今でこそ鼻で笑うような試みだが、当時の人々は世界のすべてを我が物に出来ると信じていた。
神に反逆してでも可能性を追究したのだ。
これを机上の空論だの人生を棒に振る研究だのとバカにすることは出来ない。
何故ならこの研究は成功失敗問わず現代の化学に多大な影響を与えている。
蒸留や火薬などは錬金術によって発見された技術だし、火地風水の四元素や万能薬はファンタジー世界になくてはならない要素。物によっては今も研究が続けられていたりする。
例えば金。原子物理学の進展によって、水銀の同位体に中性子線を照射して原子核崩壊を起こせば金が生まれることが判明した。つまり卑金属から金を生成することは可能だったのだ。知識と技術と資金がなかっただけ。
労力に見合わないだけで、錬金術から生まれた技術達のように、100年後には道端の石ころが金になっていても何らおかしくは……いやまぁ流石におかしいか。良いとこ石油や核に変わるエネルギー源だな。
とにかくこれ等は間違いなく歴代の錬金術師の功績だ。
錬金術に限らず過去はすべて現在に繋がってるしな。
「……で、そんな時代に逆行するような力を何に使うってんだ? そして何が知りたいってんだ? コーネルさんよォ?」
最先端とまでは行かずとも、不老不死を求める人間を失笑することぐらいには知識のある研究者が、何故錬金術を頼ろうとするのか。
同僚の真意を知るべく、俺は午前中の作業の内容と、そこで浮かんだ考えについて尋ねた。
「賢者の石を作りたい」
「じ、じ、人体錬成だとォォ!? それは錬金術を超えた禁忌の力! 腕とか弟とか失うぞ! 命懸けで色々苦しそうだけど何だかんだで幸せな人生を歩むことになるぞ!?」
化学的・魔術的に変化を求めるならともかく、『なんか一緒に煮込んだら金が出来たわ。これ作り放題だわ。つーか世界の法則理解したわ。ヨユーっしょ』などと宣う古代人と同じ思考に行きつくのは如何なものだろう。
たしかに知らない人間からはそう見えるかもしれないが、それは一緒に入れた素材がそういうものだっただけで、無から有が、卑金属から金が生まれたわけではない。
そこにどれだけの労力と費用がつぎ込まれたのかは考えたくもないし、先程も述べたように後世に残る結果は出しているので馬鹿にするつもりもないが、同じ道を歩もうというなら黙ってはいられない。
「貧乏人が言っていることが何一つ理解出来ないが、どうせロクでもないことなので無視させてもらうぞ」
はい、よろこんでぇ~。でも貧乏人呼ばわりしてる内は何も教えねぇ~。
「僕が作りたいのはただの物質だ。それ自体には何の力もない」
「なんだ……卑金属を金に変える時の触媒になったり、人間に永遠の命を与えてくれたりする、等価交換の法則を無視出来る超物質のことじゃないのか……」
「当たり前だ。そんなものが生まれたら世界は間違いなく滅びる」
「え、でもフィーネとか作れそうじゃね? てか持ってそうじゃね?」
「それは……」
俺とコーネルのみならず、その場に居た全員が無言で万能エルフに視線を向ける。
「ふふふ。どうでしょうね」
否定しないんかい……。
ツッコむことは出来た。しかし俺達は微笑するフィーネを眺めるだけだった。だって圧があったから。踏み込んだら負ける空気があったから。
「この1週間、地層を調べていてわかったんだが、ここは他の土地と何も変わらない。地層の縦断面に現れる層理も、そこに埋まっている生物や植物の化石も、普通だ」
そんな空気を払拭するようにコーネルが話を続行した。
「だからこそ気付いた。ここはルークの知るニッポンではないとな」
「まぁ実際違うしな。アルディアだしな。似ている部分はあるけど科学ではどうにもならない法則『魔力』があるしな」
「ああ。そして僕達は法則を変えるだけの力を手に入れた。今の僕達なら卑金属から金を生み出すことも出来るはずだ。夢物語だった賢者の石を作れるはずだ」
「まぁ実際出来るしな。さっき説明したしな」
「……なんのことだ?」
俺のことを理解出来ないコーネルと、俺のことは理解出来ても理屈は理解出来ないヒカリと、どちらも理解しているのに説明する力のないイブ。
結局俺が同じ説明を二度する羽目になるのだが、数式を口頭で説明するのは不可能に近いので、金を作る詳しい過程については割愛させていただく。
わかってるんだ……核分裂の理屈とかわかってるんだよ……でも語りようがないんだ。わかってくれ。この俺の嘆きを。俺だってもっと難しい話したいよ。
賢者の石は知らん。つーか流石に無理だと思う。なんというかメタ的に。
なんやかんやと勉強会を終えた後。
コーネルの計画には千里眼の力が必要になりそうなので、午後の部は全員参加のリレー……もとい錬金術チャレンジとなった。
「それじゃあ行くよ~!」
イブ達、チームエリート(エリートチームではないので注意するように)が作業している洞窟へとやってきた俺は、早速実験の第一段階『複数の物質を分子単位で混ぜる』をおこなうことに。
掛け声と共にヒカリのクリクリとした茶色い目が神々しく輝き始める。
あとは素材のプロフェッショナル、コーネル=ライヤーの指示に従って、鉱石だか土だかを融合し、それに破壊だったり付与だったり変換だったり、各々の得意な方法で加工するだけ。
ぶっちゃけどれだけ物理法則を無視出来るか。
ある意味錬金術と言えるだろう。
「こんな簡単なら最初からやれば良かったんじゃね?」
自分の目で確かめるまではヒカリの能力に懐疑的だったラットだが、いざ新しい物質を生成すると、途端に驚きを通り越して呆れの感情を露わにする。
生まれたのは拳より一回り小さい焦げ茶色の塊。
念のためにフィーネに調べてもらってから作業する予定なので、まだ誰も触れていない。熱いのか冷たいのか堅いのか柔らかいのか。楽しみだ。
「簡単じゃないぞ。悔しいけど俺じゃこうはいかない。昔から真摯に素材と向き合ってきたコーネルだから出来ることだ。もちろんこの土地とも触れ合ってな」
「要するに『1週間努力し続けたから出来るようになった』と」
「そゆこと」
まぁ正確には『専門分野が違う』なので、ベーさんから土について教えてもらった俺もやろうと思えば出来るはずだが、今回必要なのはコーネルの分野っぽいのでそういうことにしておこう。
ちなみに俺は、転生者らしく前世でお世話になった『アマルガム』を作るつもり。わかりやすく言うと銀歯。
アマルガムに含まれる水銀が人体に悪影響を及ぼす可能性があることが認められて、1990年頃から使用頻度は減ってきたらしいが、減少しただけでゼロにはなっていないので心配な人は歯医者で見てもらおう。
作り方は簡単。細かく粉砕した金鉱石を水銀に混ぜるだけ。
実収率が低くて現在はおこなわれていないが、昔は鉱石中に含まれる金や銀を水銀と混ぜてアマルガムにして抽出し、水銀を蒸発させて金や銀を回収する『アマルガム法』なんて製錬法があったぐらいだ。
その方法が他の物質にも通用するかはわからないが、錬金術において金と水銀は切っても切り離せないもの。
偶然どちらの物質も手元にあるので、ヒカリに作ってもらったこの物質に2つとも混ぜるか、どちらか1つで試すか、はたまた物理学に囚われることなく魔力やらなんやらを混ぜるか、悩みどころだ。
「まぁ全部やれって話だろうけどさ……」
「当然だな」
言いながらコーネルは、フィーネチェックを潜り抜けた精鋭の1人を、こちらに差し出してくる。
潜り抜けなかったヤツがどうなったかは気にしてはならない。誰にでも失敗はあるし、取り返しのつかないことになる前に何とかするのが仲間というもの。ビバ強者。
――というわけで、いざ参る!
「出来た」
「こっちもだ」
「俺も一応出来た」
「私も素人なりに頑張ったわ」
「わたしも~」
早っ!! みんな早っ!!
てか全部俺の知らない物質だし……。
やっぱスゲーわ、魔力って。




