外伝36 レギオン連合国4
「なんっっ…………なのよ!! ホント!!」
そこら中でシャッター音や土壁を掘る音が響く、屋台が出ていないのが不思議なほど人の往来が激しい1層。
各種魔獣との臨場感たっぷりの戦闘が見られる2~4層。
観光客こそ居ないものの実力・意欲共に腑抜けた冒険者ばかりの5~9層。
極めつけは、現れた魔獣は住民全員でボコす、協力という名の数の暴力で辛うじて成り立つ休息エリアに見せかけたボッタクリの町、10層。
世界最難関ダンジョンの名に恥じる有様に失望していたアリシアだったが、11層で認識を改め、12層で怒りと喜びの悲鳴をあげることとなった。
「敵が急に強くなるのは良いわよ。徐々に強くならなくちゃいけない法律も法則もないんだから、俺TUEEEEしたい魔獣が支配者気取りでのさばってたって構いやしないわ」
「アリシア。どこでそんな言葉覚えたんですか?」
「弟よ。変な言葉ばっかり知ってるのよ。妙に的確だから私も例え話をする時とかに使ったりするけど」
話の腰を折ったピンキーに若干の苛立ちを向けつつ答えたアリシアは、さらに主張を続ける。
「構造が複雑になるのも良いわよ。『難易度』って敵の強さだけじゃないから。こういう入り組んだ場所で戦うのも冒険者に必要なスキルだわ」
「なら一体何が不満なんですか?」
「アンタの『私達は精一杯やりました。負けた事実を認めましょう』ってツラよ!! なにが『オークってくっころの代名詞じゃないですか。キングというぐらいですからさぞかし凄いんでしょうね。私一度やってみたかったんですよ』よ!! ロクでもない好奇心を出して、妙な術を掛けたりしなかったら、こんなことにはなってないのよ!!」
アリシアは、撫でれば崩れるほど脆い土壁をバンバン殴りながら、吠えた。
ここ、レギオン洞窟もそうだが、基本的にダンジョンは決まった階層を境にして地形や性質が変わる。
おそらくその境となる12層にいたキングオークの亜種との戦いに心震えていたアリシアだったが、仲間の悪戯により敵が暴走。地盤の脆かった部分……アリシア達の足下のみが綺麗に崩れ、土と鉱石で構築された薄青色のダンスホールのようなフロアに立っていた一行は、土一色の迷宮のような穴だらけの洞窟へと投げ出された。
「なによ、ここ! 明らかに別のエリアじゃない!」
「仕方ありません。地形を利用する魔獣が居るなんて誰も知らなかったんです。誰が悪いと言えば臨機応変に対処出来なかった私達の未熟さです。過ぎてしまったことは忘れてここから出る方法を考えましょう」
言いながら自分達が落ちてきた穴……いや、元穴を指差して現状の理解を促すピンキー。
よほどイレギュラーなことだったのか、精霊達は彼女達が通った傍から修繕していったのだ。別の道を探すしかない。もちろんあればの話だが。
「完全に事故でしょ!? じゃなくて人為的でしょ!?」
「どっちなんですか」
「『人為的に事態を動かした結果、事故が起きた』が正解だな」
冷静に補足するパック。同郷の友人として慣れているのだろう。
「どうでも良いわよ、そんなこと! 私が言いたいのは、ピンキー、アンタのせいでこうなったってこと!」
「まったく……凶暴になったと喜んでいたのはどこのどなたですか……」
「その『貴重な機会を作ってやった自分に感謝しろ』って顔、今すぐやめなさい。殴りそうになるから。未開拓エリアに連れて来てやったぜ感も合わせて」
落下時間から考えて何十層も下へ来たということはおそらくないが、マッピングされ尽くした38層までにこのような場所があるという情報は持っていない。
構造が変わった可能性はあるが、普通の手段では入ることの出来ない未開拓エリアと考えるのが妥当だろう。
「壁や地面が掘れることから察するにレギオン洞窟じゃない可能性もありますね。それと、私の目には、アリシアがこの状況を喜んでいるように見えますよ」
責任を感じているのかいないのか、はたまた追及されないための話題転換なのか、現状を打開することに誰よりも前向きな犯人。
「たしかにダンジョンから出たとすればあの異常な修繕速度にも納得がいくけど……それはそれ、これはこれよね?」
「ふぎゅ! ぼ、ぼぼ、暴力反対!! それ以上握力を籠めたら淫術掛けますよ!?」
「その前に握りつぶすわよ」
「グルル……」
(そんなことより向こうに誰か居ますよ。行ってみませんか)
両手でガッチリと掴まれてまな板の上の鯉と化したピンキーを他所に、誰よりも冷静なクロが、洞窟の奥に視線を向けながらため息交じりに発言。
誰も聞いていなかったので1人で偵察に向かうことにした。
「ぐ、ぐぐっ……鎮まれ、私の右腕……!」
自らの意志に反して動こうとする手をもう片方の手で抑えながら、第三者に訴えかけるようなセリフを吐くアリシア。
突然中二病に目覚めたわけでもなければ、覚醒しようとしているわけでもない。無防備な背中を晒している最強の冒険者パーティ『エクシードクルセイダーズ』の面々に攻撃を仕掛けたらどのようなワクワクが始まるか、妄想と現実の狭間で悶え苦しんでいるのだ。
落ちた先で出会ったのは、イブ=オラトリオ=セイルーンを賭けてロアレンジャーと死闘を繰り広げた、カイザー一派。
普段なら開戦待ったなしだが、残念ながら今彼女達がいるのは普通……どころか狭めの洞窟。魔法など撃とうものなら、良くて巻き添え、最悪崩落だ。
「なるほど……道理で突然洞窟の性質が変化したわけだ」
自らを鎮めるので精一杯のアリシア以外、クロ・パック・ピンキーから事情を聞いたカイザーは、直前に自分達を襲った異変の正体を知り、納得したように頷く。
「おそらくお前達がレギオン洞窟から追い出されたのは、欠陥ではなく不幸な事故が重なった結果だ。
この洞窟が生まれたこと。ダンジョンを構成する精霊が手抜き工事をしたこと。そこを暴走した魔獣が的確に踏み抜いたこと。そして腕が鈍らないように模擬戦をして外側から衝撃を与えたこと。
すべては偶然の産物。このようなことは二度と起きないだろうな。正直ギルドには報告するか悩むほどだ」
「割とお前等のせいじゃね?」
遠回しですらない『自分達は悪くない』理論に呆れ果ててツッコむパック。アリシアが不在の時は大体彼の仕事だ。クロは万が一のための相方の監視で忙しい。
「ふっ……だとしたら故意に魔獣を暴走させたお前達も同罪だな。そもそも俺達の目的は洞窟を調査。お前達はそれを邪魔をしたとも言えるな」
「お? なんだ、やるか? 生きてここから出られた方が正義ってことで良いか?」
「はぁ? アンタ、妖精の分際でハーフエルフに勝てると思ってんの?」
「くっ……も、もう限界……!!」
と、ここで、ヒートアップしていく場に一筋の清涼剤が。
「まぁまぁ。ここはお互い悪くないということで。ところで皆さんは一体何の調査をされているんですか? このような洞窟があるなんて話、聞いてませんよ?」
もしかしたら対人戦最強かもしれないピンクの悪魔は、この事実を隠蔽する方向で話を進め、同意を得られる前に話を終えた。
カイザーの『二度と起きない』発言を信じたとも言える。
「この国はおろか世界中の誰も知らないだろうな。俺達も洞窟の存在を知ったのは2週間ほど前だ。ここが出来たのはたった今かもしれん」
「そう言えば突然構造が変わったとおっしゃっていましたね」
「ああ。セイルーン王都で開催される大会に出場するために中断したが、俺達は元々レギオン洞窟で修行していてな。帰路がてら調査していたんだ。そろそろ着いただろうと地上を目指していたんだが、まさかドンピシャリで目的地だったとは」
道理で掘れないわけだ、と苦笑するカイザー。
もしかしたらアリシア達が思っている以上に、派手な方法で上を目指していたのかもしれない。そしてそのせいであの事故が起きたのかもしれない。
エクシードクルセイダーズの面々は、アリシア達からもらった位置情報を頼りにレギオン洞窟の外側の柔らかい土壌を探し始めた。
感知能力ならば負けはしないクロも、今回は最強の腕前を拝見するつもりなのか、ノータッチ。
「……お前、ルーク=オルブライトの親族か何かか?」
と、調査に不参加だったカイザーが、軽くアリシアを注視し、なんとなしに尋ねた。
「姉よ。そっちこそ知り合いなの?」
「全力で殺し合って負けた」
「ハァ!?」
自分がどれだけ言っても、やらない・考えない・やる気を見せない、三拍子揃った昼行灯が世界最強と殺し合い。しかも勝利した。
理解を超えた話にアリシアは混乱した。
「あれは強いぞ」
「私も強いわよ」
「いやルークの方が強いな。だからこそ敗北を知った俺達は修行のためにここに戻ってきたんだ」
「……あ、そ」
地上に出たら私とも戦って欲しいんだけど。
それを伝える前に自らが未熟であることを明かしたカイザーに、それでも構わないから戦えと挑むは、流石の戦闘狂でも憚られた。
(例え勝ってもルークと同格になるだけだしね。ここで鍛えて、挑んで、勝てば良いだけの話だわ)
ルーク=オルブライトが姉からライバル視された瞬間である。




