外伝35 レギオン連合国3
「ほら、クリアしてきたわよ、腕試し用のダンジョン3つとも。これでレギオン洞窟に入れるようになるのよね」
ここはアリシアの知る中で最も巨大で、賑わっている、冒険者ギルド。
今日も今日とて腕自慢と資産自慢で溢れているが、そんなことはお構いなしにアリシアは手に入れたばかりの各種ダンジョンの最深部からしか採れない素材を、窓口に並べていった。
勇者残した記録を超えるべく、古のダンジョンに挑戦……もとい様子見することにした一行が、ここ『1番街』にやって来て10日。
観光客として金を払い、護衛を山ほど引き連れ、行動を制限された安心安全の冒険(笑)をするか、国の定めた試練をクリアするか、選択を迫られたアリシアは迷うことなく後者を選び、ストレス全振りの艱難辛苦を乗り超えてその資格を手に入れようとしていた。
滞在費、入場料、専用装備のレンタル代、素材保管用魔道具などなど。金を搾り取ることのみに特化した、難しくもなければ楽しくもない3つの試練は、彼女の人生において上位に位置するほど退屈な時間だった。
それももうすぐ終わる。というか終わっている。
あとは受付嬢から許可証を貰い、ダンジョンに行き、今の自分達がどこまで通用するか試すだけ。
「では本物かどうかチェックするので1週間ほどお待ちください」
「ザケんじゃないわよ!!」
「冗談です。お疲れ様でした。早かったですね」
10日前にも世話になった受付嬢は、余裕のある大人の笑みを漏らしつつ、高難易度ダンジョンへの立ち入り許可証を差し出す。
「それさえあればレギオン連合国にあるダンジョンは基本的に自由に出入りできます。有効期限は1年間。無くしても再発行は出来ませんので気を付けてください」
「それならそうと最初から言いなさいよ!!」
条件の後出しは詐欺の典型的手口。
全力で挑みはするが、世界最強と言われた勇者ですら1年もの歳月を掛けて辿り着いた領域に足を踏み入れるどころか踏破するほど、アリシアは自分達の実力を過信していない。
つまり高確率であの苦痛を再び味わわなければならない。
例え知っていても彼女達は様子見することを選んだだろうが、それでも知らずにやるより知った上でやる方がマシ……かどうかは本人にしかわからない。
まぁこの発言が勢い任せでないとしたらマシなのだろう。
「冗談です。そのカードは形だけのもの。実績はアリシアさんのギルドカードに登録されているので無くしても大丈夫ですよ。もちろん有効期限もありません」
「~~~っ!!」
木製トレーの上に乗っているカードを乱暴に奪ったアリシアは、ズシンズシンと周囲を威圧するような足音を奏でながらギルドを出ていった。
店内に居た人々は示し合わせたように道を譲り、普段彼女の肩や頭に乗っているパックとピンキーは自らの力で飛行。無言で後をついていったのは当然と言えた。
この10日間積み上げられたストレスの捌け口は、言うまでもなくレギオン洞窟にいる魔獣達。
彼女の開催する殺戮の宴を見た観光客が、アリシア=オルブライトのことを『金髪の修羅』と呼ぶことになるのは、そう遠くない未来の話である。
レギオン連合国の東部に存在する『レギオン洞窟』は、国名を冠するだけあって住民の誰もが薦める、レギオンを代表するダンジョンだ。
判明しているだけで最高到達地点は48層。
どこまで続いているのか、最深部には何があるのか、誰も知らない真実を解き明かすために世界中の実力者や研究者が集う腕試しの地であり、未来の英雄の姿をひと目見ようと観光客が僅かなスリルを求めて訪れる名所でもある。
その10層。真の実力者しか足を踏み入れることの出来ない領域に、アリシア達は居た。
「これじゃあ、あのお爺ちゃんが『楽になった』って言ってたのも納得ね。10分も歩けば誰かと出会う。悲鳴をあげれば助けが来る。町の近くと変わらないじゃない」
ただそう呼ばれていたのは数年前までの話。
冒険者で溢れている上層は平和と言っても差し支えないエリアで、辿り着いた町は、製作途中だがド田舎よりインフラは整備されており、立派な建物もいくつも見受けられる憩いの空間。
これじゃない感をヒシヒシと感じたアリシアは、ここまでの道のりも含めて落胆の感情を露わにした。今はまだツアーのプランに含まれていないが、この様子だと組まれるのも時間の問題だろう。
「仕方ありませんよ。開拓とはそういうものですし」
「でもまぁここより下は難しいんじゃねーの。魔獣が強かったり自然環境が厳しかったりして。知らんけど」
「そうじゃないと困るわよ。50年後に48層に勇者記念館とか建ってたら破壊するわよ、私」
「グル」
(やめてください)
心待ちにしていた冒険とはかけ離れた道中と巨大休憩所に溜息の止まらないアリシアは、もう1層進んで野宿するか本気で悩みながら、仲間達と町の中を歩く。
「閉まってる店が多いのがせめてもの救いね……」
町で最も大きい道路にもかかわらず営業している店は2割にも満たない。
実際はもう少し多いのだろうが、扉や看板がなかったり、品物が並んでいなかったり、とてもではないが入る気にはならない。
「町も建物も未完成で見るからに住民や利用客が少ないです。まだこの町だけでやりくりしていくのは難しいのでしょう。仕入れで地上に戻っていたり、店主が魔獣に襲われて永遠に営業しなかったり、安全・安定とは程遠い町ですよ、ここは。
そもそもこれ等はすべて儲けるためにやっていること。言ってみれば商人の活動の一環です。きっと目玉が飛び出るほどの価格設定ですよ」
「あの受付嬢がまったく同じことを言ってたぞ」
「せいっ」
「ぎゃああああああああ!?」
「たぶんこのぐらい飛び出ます」
具体的に著述することが憚られるピンキーの攻撃によって、そのシーンを再現させられたパックは置いておくとして……。
費用対効果が悪過ぎる。よほど困窮していなければ誰も利用しようとは思わない。
「しかし利用者は後を絶たないでしょう。何故ならここは『伝説』ですから」
「……なんでアンタここに居るのよ」
まずは道中で手に入れた素材を売り払おうと、地上とは比べものにならないほど質素な、ある意味見慣れた冒険者ギルドの建物へ向かうと、そこには件の受付嬢の姿が。
しかも入店する前のアリシア達の会話を知っていた。
「ここの受付も担当しているからです。アリシアさん達より遅く出発して早く到着した理由は、資材班と最短ルートを通ったから。皆さん結構寄り道されてましたよね?」
「そうだけど……にしたって早過ぎじゃない? アンタたしか5時まで仕事とか言ってたでしょ」
寄り道はしたがひと気が多かったので迷ってはいないし、半日以上の遅れを取り戻せるほど時間も使っていない。
「交代する日は昼までなんです。ひと気の少なくなる夜に移動したくはありませんからね。ちなみに会話は聞いてませんよ。考えることは皆さん一緒ということです」
と、苦笑する受付嬢。
それが自分自身のことなのか、客のことなのか、アリシアにはわからなかったが、彼女が言わんとすることは理解出来た。
「たしかにここなら確実に挑めるものね」
「ええ。勇者の伝説は数多く残っていますが、ドラゴンの群れなど待っていても一生来ないかもしれませんし、来ても自分達だけで対処する機会は無いでしょう。他も同じです。しかしこのダンジョンなら誰でも簡単に挑戦可能。越えるべき数字もあります。金と栄誉が一度に手に入るこの機会を逃す冒険者は居ません」
「片方を奪おうとしてる人間の台詞じゃないわね」
ここは手数料を取られるどころか人によってはマイナスになりかねない土地。
弟の影響もあって、商売は『仕方ない』ではなく『やったー』でやるべきと思っている、アリシアは苦言にも近い様子で肩をすくめて言った。
「そうですか? 物資や素材の奪い合いが起こるよりは良いと思いますけど。悪いのは持ち運びや管理の出来ない弱者ですし」
「……そうね」
もしかしたらここはアリシアが思っている以上に過酷な環境だったのかもしれない。
「それと、話されているかどうかはわかりませんが、我々にはここが限界です。これより先は建築を受け付けない領域。建てた傍からダンジョンに食いつぶされてしまいます」
「どういうこと?」
基本的にこの言葉を口にする人間は確信しているが、情報をくれるというなら大人しく聞く……というより言及してもスルーされることを理解しているアリシアは、気にしないことにして話題に乗った。
「まるで誰かが町をつくらせまいとするように地割れが起きるんです。地割れ以外にも突然炎が噴き出したり、水が氾濫したり、天上が崩れてきたり、建材が朽ちたり、とにかく拒絶されてしまうんです」
「つまり挑戦することはしたのね」
「それはもちろんお金の……じゃなかった、冒険者の皆さんの命が掛かっていますから。国を挙げて取り組みましたよ。ええ」
「ちょっと本性出し過ぎじゃない!? 少なくても人は居るのよ!?」
「ふふふ……大丈夫。彼等は生きて地上に辿り着くことはありませんから」
「ダンジョン内の事故の大半はアンタ等の仕業だったりしないわよね!?」
受付嬢の黒い笑みに冗談を感じることが出来なかったアリシアは、悲鳴に近い声で叫んだ。
「私達は何もしていませんよ」
「その『は』が、一切関わってないのか、第三者に依頼したからなのか、詳しく聞く必要がありそうね……」
「ふふふふふ……」
アリシアの冒険はまだ始まってすらいない――。




