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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
五十四章 プロジェクトZ~研究者達~

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閑話 サンタクロース

 上空3万m――。


 生物はもちろんのこと、万物を構成する微精霊すら姿形を変えなければ生きていけない別世界に、彼女は居た。


『コホー……コホー……』


 顔面の9割以上を埋め尽くす頑丈なマスクとゴーグル。他人からどう思われようと気にしないと言わんばかりのボサボサの髪。日頃から運動していないことがひと目でわかる細い体。それを包む白衣は当然のようにボロボロ。


 研究一筋16年。魔道都市ゼファールの首席にしてリニア計画の主要メンバーの1人、パスカルである。


 普通の人間ならば息をすることすらままならない空間なので、この重装備も納得なのだが、首から上とそれ以外に差があり過ぎた。


 それもそのはず。


 適性者である彼女には、酸素ボンベも、防塵マスクも、気密服も必要ない。例え全裸になろうと生きていける。というか自分以外誰も居ないのを良いことに、3日前に丸一日全裸で過ごしている。


 まぁ研究のためなら泥水すら啜るという自己犠牲(?)の塊なので、身も心もすべてを曝け出したゼンラーマン姿を誰かに見られても気にしないのだが、咎められたり不快な思いをさせるので、ひと目のないところでするように心掛けている。


 彼女の兄、ルークより2年早くロア研究所に勤め始めたジョージなどは、空間や巨大物質を変化させる際に、万が一の可能性に掛けて生まれたままの姿で作業する彼女の姿を度々目撃しているとかしていないとか。


(……変化なし)


 彼女がこんなところで暮らしてる理由は、何故自分だけそんなことが出来るのか、そしてその力はどうやったら手に入るのか、調べるためだ。


 最も集中出来る恰好になったり、可能な限りこの空間と触れ合う恰好をしてみたものの、残念ながら本日も手掛かりは掴めそうになかった。


 彼女がここに来て1週間が過ぎようとしていた。




 パスカルは、根城にしている廃墟の1つに無言で近づき、ぶら下がるように存在している木だか石だかもわからない素材で出来た扉に手を掛ける。


 ギィ――。


 見た目通り、軽く、軋んだ音と反応で扉が開く。


 彼女しか居ない世界だ。防犯も防音も防臭も防虫も気にする必要はない。扉はおろか壁すら無くても構わない状況だが、廃墟の中でも比較的風通しが悪い物件に住むことを決めたのは、彼女の中にある人間としての尊厳が大きいだろう。


「そこで一番じゃないのがパスカルさんらしいですけどね~。ある程度密閉空間じゃなきゃイヤだ。でも少しはこの空間を感じたい。そんな複雑な乙女心のなせるワザです~」


「…………」


 1人暮らしの人間は、陽気であろうと陰気であろうと、帰宅の挨拶をしないことが多い。反応してくれる相手が居ないのだから仕方がない。しーんとした部屋に響く自分の声は寂しさを助長するだけだ。


 例え相手が居ようと会釈しかしないタイプのパスカルは、どちらにしても無言で帰宅&入室するのだが、今回は珍しく動揺のせいで反応出来なかった。


「あ、どうも、はじめまして。《サンダークロス》と申します」


 部屋の中に居たのは、白のトリミングのある赤い服と赤いナイトキャップを身に着け、白ヒゲを生やした太りぎみの老人。


 肩に白い大きな袋を担いでいる男(かどうかは定かではないが)は、聞かれる前に名乗りをあげた。


「サンダークロス? ユキさんではないのですか?」


 見た目や声はともかく雰囲気は知り合いの精霊王にそっくりだった。


 何よりこんなところに来れる生物が他に思いつかない。


「ふぉっふぉっふぉっ。全然違います。私はクリスマスの夜に、奴隷のトナカイを馬車馬のようにこき使って世界中を駆け巡り、不特定多数の住居に不法侵入し、子供の枕元に立って欲している品、時々違う品を置いて感謝を求めるナイスガイ」


「迷惑極まりないですね。そこは欲している品をあげてください。あとトナカイを大切にしてあげてください。そんなことを続けていたらいつか反逆されますよ」


「ゴチャゴチャうるさいです~。文句があるなら対価を払え~。トナカイは年に1度しか働かないクセに俺立派みたいな顔で自堕落な生活を送ってるから良いんです。年収だろうと日給だろうと金貨2枚には変わりありません。パパっと稼ぎたいって言うからこの仕事を紹介してあげたんです~。

 彼等も納得しています。その証拠に今も外で私の帰りを大人しく待ってますよ」


「誰もいませんでしたよ」


「なんですと!?」


 外に飛び出て、辺りを見渡し、複雑そうな顔をしながら戻って来るサンダークロス。


「あ~……思い出しました。ここへは私1人で来たんでした。なにせトナカイ達は年に1度しか働かない連中ですからね。今は魔界でバカンス中です」


「置いていかれたんですね」


「少し早いですけどメリークリスマース♪」


 と、パスカルのツッコミを無視して、背負っていた……もとい飛び出した時に床に置いた袋から綺麗に包装された50cmほどの箱を取り出し、手渡してくる。


「少し……?」


 6月に入ったばかりだ。クリスマスまで半年近くある。


 クリスマスにサンダークロスなる者が現れる情報も初耳だ。


 が、しかし、本人がそういうのだから受け入れるしかない。


 パスカルにはそんなことより気になることが山ほどあった。



「その『サンダー』という単語。たしかルークさんが天下一武道大会の決勝戦で使っていましたね。何か関係があるんですか?」


 超高速&高度な戦闘でも、時間を掛けて情報を集めれば、明らかになることもある。


 ほとばしる雷光の精霊術にその名前が、以前読んだ雑誌に書かれていたのを思い出したパスカルは、偶然の一致にしては出来過ぎている関係性を問う。


「ルークさんはノリで生きてる人ですからね~。関係あるかどうかわかりませんよ。なんとなくカッコいいからとかありそうじゃないですか」


「……やっぱりユキさんですよね」


「ノゥ! アイムサンダークロス!」


 自身の名に含まれているクロスと掛けたつもりらしく、両手で大きくバッテンを作ってドヤ顔をするサンダークロス。


「では貴方の名前の由来を教えてください」


「なんとなくカッコいいからです!」


 世の中には意味があることとないことがある。


 どちらか判明するのはその者が死ぬ時だ。


 そしておそらくこれは『ない』方。


 未知を解き明かすことをモットーとしているパスカルは、珍しく謎を謎のままにして、プレゼント開封の儀に取り掛かった。




「……貴方は何がさせたいんですか? あたしのような貧相な体で喜ぶ精霊が居るとは思えませんし、見る人も居ません。見せたいとも思いません」


 入っていたのはミニスカサンタ……もといサンダークロスの衣装。


 股下10cmのマイクロサイズ。上も、へそ出し・谷間出し・わき出しと贅沢三種盛り。


 万が一の可能性に掛けて着替えたものの、着心地・心持ち共に悪く、案の定何も起こらず、パスカルは若干鬱陶しそうに不満を呈した。


 これなら全裸の方がマシです、と今にも言いそうな雰囲気だ。


「暇かな~って」


「忙しくはありませんが暇でもありません」


 ここは暴風と激しい寒暖のせいで、地上からの持ち込みはおろか、現地で生成することすら出来ない世界。


 己が肉体のみで調査する以外にやることがないのは事実だ。


 実っている果実を食べ、排泄し、運動がてらそれを埋め、調べ、寝る。


 日が沈むことのない上空では同じ光景、同じ時間が流れており、射角の違いで日時計も役に立たないので、パスカルは自我と時間の感覚を失わないようルーチンワークを心掛けていた。


「パスカルさんがここへ来てから10日が経とうとしていますが、いかがお過ごしでしょうか」


「1週間です」


「えぇ~? それだけの期間過ごして術の1つも使えないとか、あり得なくなくな~い? 山籠もりした無能だってビッグベアの1匹や10匹倒してるって~」


 突然ギャル口調になって罵るサンダークロス。


 ただそれは同時にパスカルの求めた話題への転換でもあった。


「どれだけ魔法陣を刻んでも発動を拒まれてしまうんです。ここの精霊達に」


「そりゃあそうでしょう~。地上と上空では性質が違いますし。異国語で話し掛けられても何が何やらサッパリです。せめてジェスチャーで伝えてください」


「わかっています。しかしそれすらもおこなえない状況なのです。古代言語も魔族言語もあたしの知っている言葉はすべて試しました。想いも籠めました。ですが交渉の場にすら立てていません」


 やり甲斐こそあるが手詰まり感も否めなかった。


「やれやれ……アナタは何のために破壊と創造の力を手に入れたんですか。伝わらないなら伝わるようにすれば良いじゃないですか、その力で」


「ここにいる精霊と交渉ではなく支配しろと?」


「微妙に違います。支配するのは空間そのものですよ」


 言いながら3本の指を立てるサンダークロス。


「この世には支配するための術が3つあります。

 1つ目は欲望。自らの望みが叶うなら大抵の存在は喜んで従います。

 2つ目は損得。逆らうより従う方がメリットがあると思えば言うことを聞きます。

 3つ目は武力。逆らうことを許さない絶対的な力の前には服従せざるを得ません」


「あたしは研究者で戦闘するための力は皆無なのですが……」


 すぐに彼女の言いたいことを理解したパスカルは、自分が持っている力と今必要とされている力の方向性の違いを言及する。


 使えなくはないが通用するほどでもないことは地上・上空共に確認済みだ。


「その見た目で~?」


「そ、それは……」


 が、しかし、今のパスカルは誰がどう見てもサンタクロース。もしかしたら『風俗』や『エロ』など卑猥な枕詞がつくかもしれない。


 ただ無力、あるいは別の意味で力の漲るそれ等の単語とは裏腹に、彼女が身につけている装備には武が宿っていた。


「人類を舐め腐った上層の連中をぶっ飛ばせ~♪ 1人1人に地上の素晴らしさを叩き込め~♪ 負けたら一生脱げない呪いが掛けられるぞ~♪ 勝っても対話することを前向きに検討するだけだけど~♪」


「……頑張ります」


 パスカルは世界で最も高い場所で戦ったサンタクロースとして、後世に語り継がれることに……はならないが、穏便に交渉するために争うという本末転倒な世界に身を投じることにはなる。

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