千百五十九話 敵対
生物が寒い時期に活動しなくなる理由は、気候に負けたか、充電期間を必要とするかのどちらか。
そんな考えは地球しか知らない者が持つものだ。
この世界の生物は、進化してそれ等を乗り超える術を手に入れれば普通に活動しているし、そこまで行かずとも魔力を代償に耐えることは出来る。
自らの力で何とかなってしまうので技術力が進歩しなかったのも事実ではあるが、とにもかくにも寒暖逆転、ともすれば寒ければ寒いほど活発に活動する生物もいる。
ここ、スノーバースに生きる者達がそれだ。
『必要なのは太陽光より吹雪』
『栄養は水ではなく氷からとるもの』
『一晩氷漬けにならないと実らない』
『冬最高。雪解けなんて永遠にしなくて良い。というかしたら出て行く』
春アンチと言わないであげてくれ。彼等には彼等の生き方がある。好みがある。そうしなければ生きられないのだ。
他の生き方を強いるのは、日本人に『全裸で過ごせ』『転勤先は北極』『今後、夕食は全部パイナップル入り酢豚。もちろん大量に』と言うようなもの。
多くの者は絶望するだろう。
そのことを理解している地元の者達は、雪国独自の進化を遂げた生物にも優しく接し、他の地域での“異常”を“普通”として受け入れた。
――と、ここまでは良いとして。
「そこで踊り狂ってるオクドレイクも普通なのか?」
俺は、5mほど前方で胸騒ぎの腰つきを披露している知り合いらしき植物を注視しながら尋ねた。
話の流れやラットの口調からはありふれた存在のように感じられたが、その正体を知っている俺からすれば異常も異常。特異点だ。
「オクドレイク? いや、あれは『雪草草』だぞ。人の手が加わっていない雪国に生息する植物だ。
どうも草の世話をするのが好きらしくてな。どうやってるのかは知らないが、草から草へ、植物から植物へ、雪の中を移動して、そこかしこに現れてはああやってせっせと手入れしてるんだ」
名称はチーム分けジャンケンの掛け声と同じぐらい地方の差が出るものだし、二連草もちゃんとした意味があるようだし、俺が理解出来ないだけで踊りながら世話しているらしいので気にしないことにして。
「それと町の中で作物を育てない話がどう繋がるんだ? 別にそっちはそっちでやれば良いだろ?」
「たしかにルークの言う通り土地は余ってるけど、それをすると山で採取しなくなるじゃない? そうなったら人間に奪われても大丈夫なように大量の実や種をつけてた植物は大繁殖するし、生存競争に負けた者達は淘汰されてしまう。動物も同じ。そうなるように努力してた雪草草は責任を感じて出て行く。そもそも村に外敵から身を守る壁がある限り彼等は入って来れない。生態系のバランスが崩れて、結果的に私達も今のままではいられなくなるのよ」
「ま、要するに、誰かが楽を選んだら全部が崩壊するから、みんなで苦労を楽しもうってわけだ」
「ふむ……」
それらしいことを言うジモティー達。
オクドレイクが出て行くうんぬんの話はともかく、生態系のバランスが崩れるというのは納得……出来るかッ!
「間引けば良いだろ! 管理する人間……じゃなくて植物がいるからってしちゃダメな理由にはならない! 余るんなら麓の町に売りに行け!」
「そうだよ。果実に魔力が宿ってれば魔獣はそっちを食べるから人を襲わなくなるし、あの子だって手塩にかけて育てたものを食べられたくないと思ってるかもしれないよ」
「むしろ勝手に採られて怒ってるんじゃないか?」
それらしいことは所詮それらしいことでしかない。
昔ながらの生き方を否定するつもりはないが改善はしていくべきだと考える俺とヒカリは、この世の悪の代表格『思考停止』に囚われているラット達に意見する。
彼等がオクドレイクの何を知っていて、オクドレイクが何を知っているのか、俺達にはわからないが、共存していくための努力を怠ってはならない。
「…………」
シャッ――。
すると、こちらの話に耳を傾けていたオクドレイクが踊りを中断し、以前どこかで見た木の板を差し出してきた。正確には氷のように硬くなった雪の上を滑らせてきた。
そこにはこう彫られていた。
『お前の方こそ人の考えを代弁するな』
「うがああああああああああッ!!」
全力で砕いた。
目を離した隙に、自分はただの草だと主張するように静かに佇んだのも合わせて、腹立たしいことこの上ない。
この人をおちょくったような態度……間違いない。コイツはエルフの里に居たオクドレイクだ。
「捕まえるぞ! あれが俺達の探してる因子だ!」
『違います』
「だまれええええええええええええええーーーーッ!!!」
かつてない超加速で大地を駆け、一流のラグビー選手も真っ青な豪快かつ完璧なタッチダウンを決めた俺だが、あと数cmのところで逃げられてしまった。
残っていたのは『え? 一言も喋ってませんけど?』というクソ生意気な小学生ばりの挑発文。さっきまで木の板だったのに雪に書いている。じゃあ最初からそれでやれよ。腹立たしい。
「ヒカリ! アイツどこ行った!?」
未知でなくなれば千里眼の力で行方がわかるはず。
一刻も早くあの調子に乗った若造……もとい特殊五行の手掛かりを追うべく、ラット達と共に呆気に取られていたニャンコに指示を飛ばすと、
「わかんない」
「何故!?」
「存在を捉えきれてなかったんだから行方を追うも何もないよ。凄いね。なにあれ。そこにあるのにないみたいな不思議な感覚だったよ」
「それが雪草草って植物だ。この山そのものと言っても良い。誰も正体を知らないんだよ。なんとなく昔から居るからみんな当たり前のように接してるだけで。たまに調べようと思うヤツがいても今みたいに何も出来ずに終わるし」
「おのれ、オクドレイク!!」
ラットの補足によって謎は深まり、苛立ちは募り、やる気は漲る。
「ルークの方が私達より知ってそうだったわね。何なの、オクドレイクって?」
「あ~……」
もうすぐ夜になる。
俺は行方知れずの逃走者を探すより仲間達との情報共有を優先することにした。
『雪属性のことなんて知りません』
例え手を伸ばせば届く距離に現れて、その手(?)にそんなことが書かれた氷の看板が握られていたとしても、俺の選択が変わることはない。
『実はちょっとだけ知ってます』
……上等だ。
「ルーク君、どうしたの?」
「気にしないで。自分の思うようにならなくて不貞腐れてるだけだから。ちゃんと成果はあったし」
夜。宿屋に戻ってきたイブ達が……いや違うな。イブが真っ先に気にしたのは、リビングのソファーでふて寝する俺。
絶対事情を知っているフィーネは平然とスルーし、コーネルはヒカリの返答を聞くまでもなく同じ答えに辿り着いて自分語りの姿勢に入っていた。
「なぁ、コーネル」
「なんだ」
「そっちに変な植物って現れた?」
寝転んだまま首だけ向けて尋ねる。
「現れていない。フィーネさんに掘ってもらった穴で地層を調べていたが、変わったことは何も起こらなかった。つまり何の成果もなかった。明日はもっと深い場所を調べるつもりだ」
こっちはこっちでやる気が漲っている。この勢いだと山1つ崩しかねないが、フィーネが居なければ無問題。
しかも今回彼女はあちら側の人間だ。邪魔もしないが助言もしない。言われたことだけを淡々とおこなう有能機械。成果も責任もすべて2人のものとなる。
その点でもこのチーム分けは最適と言えた。
「あえて言うなら若干懐かしい感じがしたな。やはり雪国はコユキちゃんの力が溢れているようだ。声は聞こえなかったがな」
雪の大精霊のコユキちゃん。
その昔、ユキからレンタルしてもらったアシスタントで、1年ほど前にその役目を終えて自然界に還った子だ。コーネルは彼女が宿っていた人形を今でも大切にしている。
「まぁ昨日散々調べて何もなかったんだから雪属性とは関係ないんだろうな」
そんな手掛かりになりそうな存在をスルーするわけもなく、飛行船を降りた直後に調べたが、それらしい情報は何も得られなかった。
「未練はないと何度言えばわかる」
「何も言ってないだろ……」
本当に気にしていない人間はそんなことは言わない。絶対チャンスがあればまた会いたいと思っている。何ならそればかり気にしていてコーネルしか気付けない情報を見逃した可能性まである。
「俺達はユキが力を授けたマンドレイクに遭遇した。名前はオクドレイク。万より上って意味らしい。その名の通りマンドレイク界の神だ。雪属性について何か知ってるっぽかった。というか絶対知ってる。捕まえたら力得られるレベル」
「それは重要な情報だろう!? 何故他愛のない話のような空気で流そうとするんだ!?」
「だろ? だろ? 今回ばかりはヒカリが間違ってるよな?」
「間違ってないよ。あれを捕まえるのはルークの仕事なんだから」
すべてを見通す千里眼の力に自信があるが故に、それを超える力を持つ存在に誰よりも絶望を感じたヒカリは、決定事項のように言う。
誰かー。雪属性の力を手に入れたい人いませんかー。今なら格安でお売りしまーす。コーネルとか適性ありそうですけどどうですかー。
(……ってだったら最初からコーネルの前に現れるか)
やはりオクドレイクを捕まえるのは俺の役目のようだ。
正しくは、俺とヒカリとラットとシェリーの、かな。
(ククク……覚悟しておけ、オクドレイク。貴様の知らない科学の力を見せてやる)




