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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
五十四章 プロジェクトZ~研究者達~

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千百五十八話 因子

 集落から山道に分け入り、山の奥深くまでやってきた。木々が生い茂り、日差しを遮って多少薄暗い道を進む。


 そこに生えている草木も、生息している魔獣も、空気も、何もかもがありふれたもの。


 当然だろう。精霊王が『普通』を作ろうとしたのだ。


 世界の支配者気取りで大自然の開拓に乗り出した国や貴族。金だか名誉だか好奇心だかに負けて善悪の判断なく協力する研究者や冒険者。止めようと思ったけどなんやかんやと結局力を貸す精霊術師。


 その他諸々の生物の努力や野望を無する絶対的な『普通』がここにはあった。



「草ァッ! 雪の結晶みたいな草ァァッ!!」


 雪が降り続いているお陰でそこら中が新雪。


 あまり人が訪れない場所ということもあるだろうが、勢いよく飛び込んでも痛みがない……どころか気持ちの良いフワフワに冬ならではの楽しみを見出した俺は、何かにつけてダイヴしていた。


 雪国という人生で初めて経験する気候帯でなければ俺も退屈と挫折のコンボで気が滅入っていただろうが、幸い目に入るすべてが新鮮で、明確な目的もあったので楽しい。違和感がないことが嬉しいまである。


「スノーフラワーね。雪を栄養にしてるから冬が長くないと生えないのよ。だからいくら綺麗でも持ち帰らないように。植物にだって子孫繁栄の願望あるんだから」


「どこからどう見ても草だが!?」


 目の前に生えている草はどれだけ眺めてもやはり草。俺も植物にそこまで詳しいわけではないが、素人目に見てもフラワーの名を冠するには色々足りていない。


「そうね。他の地域ではスノードロップって呼ばれてるわ。実ったものも飴みたいで美味しいし。でもここではスノーフラワーよ」


「何故!?」


「猛毒のスメーフラクーと見分けがつきにくいから。その2つ右にあるのがそれ。ごっちゃにして食べないようにしようって魂胆なんでしょ」


「た、たしかにわからん……」


 這いつくばって凝視するも違いが判別はつかない。『毒』ではなく『猛毒』と言っていることから察するに生死に影響するレベルの代物なのだろう。


 美味か死か。


 悩む余地など無いが、知らずに手を出す可能性はある。それを阻止するための方便というわけだ。子供に「股を弄ったらバイ菌が入る」って言うのと同じだな。


「他の土地と違ってこの山では何故か群生地も同じなのよね。あ、あと、ごく稀にどんな怪我も治る実が生るんだけど、採取しなかったら山の精霊の栄養になるって言い伝えもあるから、それもあるかも。

 まぁそれもこの山で育った人間じゃないと見分けがつかないから、治癒か死か、命懸けの挑戦はするべきじゃないって話なんでしょうね」


「実は特別感前面に押し出してたりします!?」


 それ等の要素のどれか1つでも伝説モノだ。


 にもかかわらず手を加えることを放棄した開拓者。これまで何をしていたんだ。何を見ていたんだ。これで普通は無理があるだろ。


「この山で生きていく術を身に付けるのが雪属性の因子の力なんじゃない?」


「いやまぁそれを言われると……」


 その土地で生きている者には恵みを、その他の者には無を。


 どれだけ調べても原因がわからず、気が付いたらさっきまであった資料やら知識やらが綺麗サッパリ消えていて、永遠に先に進まないから諦めざるを得ない恐怖の山。


 その名はスノーバース。




「あそこだ」


 散策を楽しむこと1時間。


 道草を食い続けたせいで通常の何倍もの時間を使って辿り着いたのは、俺達とラットが出会う切っ掛けとなった、犯行現場。


 暇を持て余したラットがここに来て、俺達の飛行船を見つけて、攻撃を仕掛けて、謝罪に来なければこうはなっていなかった。宿屋を経営しているので出会ってはいただろうが、今ここにこのような関係で立っていることはなかった。


 すべての始まりはここだ。


「んじゃあ早速ここからの2人の行動を振り返って行こうか」


 観光客ルーク=オルブライトから名探偵&研究員ルーク=オルブライトにジョブチェンジした俺は、道中で先輩面していた2人と攻守交替し、話を進めた。


「本当に雪属性の因子を覚醒させた相手と接触してるんだろうなぁ? 接触してたとしてもお前等が来る前って可能性もあるんだぞ?」


「そもそも振り返るって言われてもそんな詳細に覚えてないわよ。コイツをぶっ殺すことしか頭になかったし」


 訝しみながらも言われた通り昨日の行動を思い返そうとするラットと、前向きだが記憶力に自信の無さそうなシェリー。


 スノーフラワーの一件では役立たずで、氷属性と水属性を複合してなんちゃって雪属性を生成しようとして失敗し、これといった面白トークも出来なかったが、魔獣を瞬く間に討伐する強者ヒカリが認める人物ということで待遇が改善された。


 ……うん、ホント、身の丈に合った言動と交友関係って大切だなって思い知りましたよ。ありがとう。そしてありがとう。


「俺の勘を信じろ。お前等が接触したのは昨日だよ。さらに言うなら俺達と出会う前。ここからの帰り道か行き道か」


 根拠はない。あくまでも勘だ。


 バカップルも真っ青な時間傍にいる2人だが、道中でも言っていたように違和感があればどちらかが気付く。町の中でも外でも警戒はしているし見慣れている。


 しかし片や焦燥とワクワク、片や激怒と闘争本能剥き出しという状況ならば、普段気付くようなことも見落とす。


「つまり! ラットはここからの帰り道で“それ”と接触した! シェリーは知らん!」


「そうだとしてももう居なくなってる可能性はあるよね」


 2人考え、1人推理、残った1人は拓けた土地を歩き回って現場を荒らしながら俺の計画に意見する。まぁヒカリだ。


「そこで千里眼よ! 姉御頼んますぜ! 痕跡を追ってくだせえ!」


「そんな力ないよ」


「えぇ~~」


 本来、千里眼とは追跡や調査で役立つもののはず。


 そこまで考えてフィーネはこのチームを編成したのだと思っていた俺は、前提を覆すニャンコの発言に不満と、解決策を求める声をあげた。


「わたしは悪くないよ。知らないものを追えって言う方が悪いんだよ」


「じゃあ見つけたら頼むぞ!」


「それはやるけど……見つけられるの?」


「任せろ! ビリーブ自分! ビリーブフレンド!」


 ………………。


 …………。


 あ、はい、無理でした。


 町と現場を3往復して何にも見つけられませんでした。


 世の中は非情だ。夢も希望もあったもんじゃない。




「クソがぁ……!」


 山の夜は早い。その危険性を知り、己の仕事を全うする地元民の2人が、暗くなる前に帰ると言い出すのは当然のこと。


 そんなことは重々承知している。俺の不満はこの理不尽な世界に向けたものだ。


「そりゃあ、ねぇ?」


「ああ。これが普通だ。お前はこれまでが上手くいきすぎてたんだ。まぁ気にすんな。明日も明後日も付き合ってやるよ。対価はもらうけど」


「お前等も諦めんなよ! 最後の最後まで全力で駆け抜けろよ! 町の入り口で見つかるかもしれないだろ! 食糧とかどうでも良いだろ! つーか本当に探す気あったか!?」


 ラストチャンス……というか帰路についた俺達は、本日の反省と明日からの方針を決めながら食糧を集めていた。


 もはや俺以外因子の捜索はしていない。


「おいおい……山舐めんなよ。いくら冬で食料豊富だからって気を抜いたら食糧難で死ぬぞ。外に出れない日だってあるんだ」


 そういう世界なのは今更言うまでもないが、困難という割にそれを解決する術を手に入れていないのは怠惰と言わざるを得ない。


「あんだけ土地が余ってるんだ。家庭菜園なり町の中に畑を作るなり、吹雪で外に出られない時の対策を講じろよ」


 台風の時の田んぼを見てくるフラグになるのは知らん。頑張れ。


「そんなことしたら“彼等”に迷惑が掛かるだろ」


「彼等……?」


 この半日、知らないことばかりだったが、ここに来てまだ未知が増えるようだ。


 謎の生態を持つ動物か植物でもいるのだろうとラットの指さす方に目を向けると、



 シュシュシュッ――。



 そこにはクネクネと体を動かすスノーフラワー……ではなく、よく似たマンドレイクの姿が。散々不思議な現象を見てきた山で動く植物があっても驚きはしない。


 レイクたんがこんなところまで勢力拡大したのかと一瞬呆れるが、よくよく見ると何かが違う。


「まさか……オクドレイク!?」


 エルフの里で出会った時よりサイズも形も普通の花しているし、言動も大人しい。そもそもヤツだったとしたらこんなところに居る理由が見当もつかない。聖域に引きこもっているはずだ。


 しかしそれは紛れもなくマンドレイクの神『オクドレイク』だった。


(……って俺はなんでそんなことわかるんだ? 精霊のお陰か?)


 わからないことだらけだが1つだけわかる。


 あれが因子だ。

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