千百五十六話 ミステリアス
パスカルが習得するであろう天属性以外、特殊五行の残る4つ『無』『時』『冥』『雪』の手掛かりを求めて、山と町の両方の名を冠するスノーバースを調べることにした、我等、チーム『落ちこぼれ』だったが……。
「な~んも無かったんだよなぁ」
昼間、2時間掛けて調査した結果、町の伝承やこの土地に存在している精霊にそれらしきものは見つけられなかった。
そう簡単に手に入るとも思っていなかったが、想いは十分にあって、知識もおそらく足りていて、適性者も揃っている状況で違和感すら感じられないのは中々に前途多難。
明日、向かう予定の山の中でも同じ有様なら、長期滞在を覚悟しなければならないだろう。
「へへっ、まいど~」
コップに入った酒を煽ったラットは、太客を見つけた店主のように手をモミモミしながら卑下た笑みを浮かべた。明らかに喧嘩を売っている。
「おい、コラ、テメェ、なんで見つからない前提で話を進めてるんだ? 俺達じゃ無理だってか? おォ?」
経営者にあるまじき言動をとった直後、隣に座っていた幼馴染に肩を軽く殴られたが、そんなものでは俺の怒りは収まらない。謝罪もなかったしな。
「だって俺、お前等の実力も、やろうとしてることの難しさも知らねーし。ここで出来なかったことを別の場所なら出来るとか言われても信じられるわけないだろ」
「説明を聞こうとしなかったのはどこのどいつだッ!」
「興味のない難しい話ほど鬱陶しいもんはねぇだろうが!!」
「微精霊より小さい存在か、大精霊より大きな存在について知りたい、ってののどこが難しい話だッ!!」
ミシリ――。
「お、俺が言ってんのはその先だよ……」
「そ、そうか……ま、まぁ五行とか化学とか普通はわかんないよな……」
売り言葉に買い言葉。とめどなくヒートアップしていく俺達だが、シェリーの拳から肉を潰すような音が聞こえた瞬間、クールダウンした。和解もした。
ん? どもってる? いや~ちょっと飲みすぎたかな。この体では初の飲酒だしペースがわからなかったよ。ははっ。
「ま、実際長引くだろうよ。世の中ってのは全力でバーっとやって出来るかどうかだ。能力不足なら無理で、足りてたら成功する。それだけだ」
(くっ……このガキ、研究者を全否定する正論を……)
研究者とは、それを言葉や数字にして未熟者でも成功出来るようにする存在のことだが、努力しなくなる世界はおかしい、などと言われたら終わりだ。
この男は間違いなく言う。
世界のすべては運じゃない。実力だ。
奇跡なんてものは存在しない。実力で勝ち取るのだ。
「こちとら何百年も昔からこの山で暮らしてるジモティーよ。どこに何があるか、どんな風に違うかなんて知り尽くしてる。だからこそ断言出来る。町も山も変わらん。ここで出来なきゃ山でも出来ねぇよ」
「だとしても微妙な差はあるだろ。俺達に必要なのはそれ。ちょっとした違いなんだよ。もう何でも良いからプリーズって感じよ。この土地にいる魔獣の生態とか調べたら見つかるかもしれないし」
明日の予定すら否定し始めたので流石にそこは訂正させていただく。
精霊に限定した話をしていただけなのか、ラットも「そうかい」とテキトーに流して、空いたコップに酒を注ぎ始めた。
「あ~、話は変わるけどルークは暴力で無理矢理従わせえることをどう思うよ?」
そして当然のように話題転換。俺も生産性のある話だけをしたいわけではないので、そちらはシェリーに任せて乗る。微妙な空気はさっさと消すべきだ。
「暴力を振るったヤツの心持ち次第だ。楽とか面倒とか自分のための気持ちならアウト。相手のことを想ってたらセーフ。可能なら理由を説明して納得させた方が良いけど、恨まれる覚悟でやってるはずだから説明出来なくても問題ないと思ってる。自分の信念に従ってればどれだけ批難されても胸を張ってられるし」
「だよな。俺も同じだ。ちなみにシェリーはどっちだと思う?」
「聞いてみれば? これって本人以外わからない問題だし」
「ルークが聞いてくれよ。俺は怖い」
「俺も怖いから嫌だ」
譲り合いは日本人特有の素晴らしい精神であると同時に責任転嫁の温床でもある。今がまさにそうだ。俺もラットも譲らない……いや、譲り合う。
「もちろん2人のことを想ってるわよ」
普通に考えれば疑問を抱いた方がするべきことだが、残念ながらそれを指摘するより早く照準を向けられてしまった。もう手遅れだ。言い逃れという扱いとなって罪を重くするかもしれない。
例えこの発言が嘘でも見抜く術はない。
俺達には教育という名の暴力を受け入れるしか道はなかった。
「ぷギィ!?」
凄まじい衝撃音と共に俺達の顔面がいびつな形に腫れ上がる。それがシェリーの平手打ちと気付くのに少々時間が掛かった。
「おご……ほごぉぉ……」
ただ、平手打ちにしては威力がおかしい。顔がへしゃげたように歪になり、歯がボロボロとこぼれ落ち、ドポドポと鼻血を垂らしていた。
「……へ?」
パックの惨状に戦慄した俺は、これまでの20年以上の恨み辛みを全部乗せたと言われても納得する超火力の平手打ちについて言及しようとするが、放った本人の反応を見て思いとどまった。
被害者も加害者も何が起きたのかわからないという様子で呆気に取られている。
「精霊王の因子を持つ者が覚醒したのです。当然の結果ですね」
いつの間にやら俺達の後ろに立っていたフィーネが、物知り顔で発言する。
「……どういうことだ?」
彼等か彼等の先祖がユキと繋がっていることはなんとなく予想がついていたが、自覚なく突然覚醒した理由はわからない。
理由は違えど動けない2人に代って尋ねる。
「お察しの通り、彼等の先祖はユキによって雪属性の力を与えられた者。それは長い年月を経て自らの意志では引き出すことの出来ない因子となりましたが、代々受け継がれてきた力がユキの力に反応して目を覚ましたのです」
「まだわからないことが多いな。彼等ってことはラットもなんだろ? なんでシェリーだけなんだ? そしてなんで今なんだ? ユキは何度もここに来てるんじゃないのか? 協力しないって言ってたのに手を貸す理由ってなんだ?」
「どうやら勘違いされているようですね。反応したのは『ユキに』ではなく『ユキの力に』です。ユキはここへは来ていませんし、例え来たとしても影響を出さないよう制御するはずです」
「つまり精霊王の因子を持つ存在が来てるってことか? その影響力を制御出来ないか、する気のないヤツが」
「はい。さらにヒントを出すのであれば防御より攻撃に優れた者ですね。この様子からして防御を捨てていると言っても良いでしょう。その結果加護を受けることの出来なかったラットさんはこのような結末を迎えたのです」
「結末言うな。まだ生きてるよ。たぶん」
おごほご言いながら床で震える知人をチラリと見て、視線を戻すと、フィーネの姿は跡形もなく消えていた。
「し、死ぬかと思った……」
そしてラットが復活していた。
もし治療されたのでないとしたら化物だ。
「だ、大丈夫?」
「ん? ああ、なんともない。調子良いぐらいだ」
シェリーの心配もなんのその。ラットは何事もなかったように酒を飲み始めた。
「それは良かった。その体……隅から隅まで調べさせてもらおうか」
「断る!」
マッドサイエンティストの笑みを浮かべる研究者に拒絶を示す男。
数時間後に時間が飛んで解剖されているというのが定番の展開だが、生憎と俺は平和主義者。皆様のご希望に沿うことは出来ない。
「くくく……後悔するなよ……ロア商会を敵に回して無事だったヤツは居ない。幸せになったヤツもな」
「シェリーはどうなっても良い! 俺は助けてくれ!」
「逆でしょ!?」
真面目な相談をしている時に冗談を言うのは良くないと思う。
誰だよ最初にこの流れ作ったヤツ。マジ許せねえわ。それに反応する方も悪い。どれだけボケられても相手にしなければそこで終わるんだ。
「つまり確実に悪いのはシェリーだな。わかってると思うけどこの『確実』は責任の所在じゃなくて推理に掛かってるから。俺・シェリー・ルークの誰がこの流れを続けた犯人か。ツッコミしたシェリーだ」
バリッ――。
魔力や魔術とは違う空気が震える音がした。
「あ、いや、シェリーさんは良いです。怖いんで。貴方もですけどウチの女性陣が」
俺は、床に身体を投げ出す土下座の最上級『土下寝』で謝罪するラットを助けるべく、関心を引けそうなワードを入れつつ話を元に戻した。
もしラットが倒れたら次は俺だ。
それだけは避けなければならない。
「そ、そう……苦労してるみたいね……」
「まぁほどほどに」
よし……。
「いやいやそんなこと言うなよ。こう見えて結構良い体してるぞ。あと男より女の方が調べやすいぞ。知らんけど。それに見ただろ、あの破壊力。悪いことは言わないからシェリーにしとけって。今なら安くしとくから。何なら宿泊費値引きするから」
「ほじくり返すな。死にたいのか。そしてどんだけ調べられたくないんだよ。変なことはしないぞ。普通の人間とどう違うのか知るために治療と破壊を繰り返すだけだ」
「死ぬことすら許されないだけでは!?」
と、医学や化学の歴史をすべて否定し、犠牲になった尊い命を踏みにじろうとする非人道的なラットは置いておいて。
(絶対調べてわかるようなもんじゃないしなぁ……しゃーない。因子を持つって存在を探すか。なんか知ってるだろ)




