千百五十五話 ジモティー
世界でも有数の、風属性で言えば世界一かもしれない強者の力を借りた結果、俺達の船は飛行船を超えた飛行船『高速飛行船』と呼ぶべき代物と化した。
そんな乗り物で実質最短距離で移動して1週間掛かる場所に存在するスノーバースは、はたして遠いのか近いのか……。
「遠いに決まっている。ヨシュアから何千km離れていると思っているんだ。しかも浮力という高速移動に相反する自然エネルギーと共生しながらだ。操縦士と動力源がフィーネさんでなければ今の倍は掛かっていたぞ」
「ふっ……これだから世界を知らないガキは困る。この程度を遠いと思っていたら神界や精霊界には一生辿り着けないぞ。あそこは近くて遠い存在。距離も物理的なものじゃなくて心だ。想いだ。まずは時間や空間に疑問を抱くことから始めような」
俺は、語りに口出ししてきた同僚に同情的な視線を向けつつ、たくましくもなければ細くもない肩をポンッと叩い……叩……。
「叩かせろや!!」
触れようとするたびに体を捻って躱すコーネル。三度目の正直が失敗した直後、我慢出来なくなって怒鳴った。
非がこちらにあるならともかく、やっているのはただのコミュニケーション。何も言わずに2回も避けるなどあり得ない。嫌なら嫌とハッキリと自分の意志を口にするべきだ。さらに言うならその理由を説明するべきだ。
そんなことをされて許すのは仏か俺ぐらいのものだろう。
そしてこういう時にビシッと注意してやるのが友達というもの。
肯定しているでは成長しないし改善しない。怒られても反省しないヤツは社会不適合者だ。反省してもいつまでも出来なければ無能扱い待ったなし。
俺はコーネルのために心を鬼にして叱りつけたのだ。
これは教育である。
「こんなことは二度としないように。わかりましたね」
叱った後は理解したかどうか確認する。
大事なことだ。
「では明日からは予定通り2チームに別れて行動するということで。集合は朝10時。このロビーに」
「わかった」
「オッケー」
俺を存在していないものとして扱う一同は、別のチームであるはずのヒカリも混ぜて明日の予定を立て、次々に去って行く。
「ヘイヘイ、どうしたフレンズ。俺を無視するなんてらしくないじゃないか。結構重要なアドバイスしてたよ? 話の途中だったのに、物理的な話と勘違いしてツッコミを入れてしまったことを知って、恥ずかしくなっちゃったのかい?」
「「「…………」」」
話し掛けてもすべて無視。試しに立ちふさがってみたがスルリと横を抜けていってしまう。
「で、俺達はどうするよ?」
1人取り残された俺は、約2時間、町を案内してもらって親しくなったラットとシェリーに何食わぬ顔で話し掛けた。2人はちゃんと話を聞いてくれていた。薄情者とは違う。
「アンタ、本当にラットと似てるわね……言動から周りの人間の対応まで何もかもが」
ただし返ってきたのは俺の期待とは裏腹に呆れの感情。纏っている空気がバカ野郎の珍行動を見るそれだ。予定を立てようとする意志も一切感じない。
「おいおいシェリー。こんな自称優秀と文武両道のナイスガイを一緒にしないでくれよ」
「そうだぞ。俺は技術力も武力も世界に認められた強者。対してコイツは大海を知らない井の中の蛙。村で一番だからって調子に乗ってるだけの可哀想な雑魚だ」
切り替えの早さを褒めているのだろうが、それにしたってあんまりだ。
「あァん? やんのかコラ。実力を見せる機会がないだけだっつーの。超頭良いし超つえぇっての」
「喧嘩を売ってきたのはそっちだろ。あと根拠のない自信は自分を小さく見せるだけだからやめておいた方が良いぞ」
「人の話は最後まで聞けよ。喧嘩なんて売ってねえよ。だって俺大人だし。本気出したら弱い者イジメになるし。何が『世界に認められた』だよ。過去の栄光に縋りついてんじゃねえよ。今の自分で語ってみせろよ。Bランクの魔獣すら倒せない雑魚じゃねえか。
対して俺は絶対的な自信にちゃんと根拠がある。俺自身が自分の力を信じてるからな。だけど俺はそれを見せびらかすつもりはないし、不満に思ったこともない。自分の力を示すより、苦楽を共にしてきた連中とこのスノーバースって最高の土地で生きていきたいからだ。
ま、地元を愛し、友人を愛し、充実した日々を送ってる俺の気持ちなんて、金と権力と他人の力にものをいわせて遊び回ってる坊ちゃんにはわからないだろうけどな」
「ボケが。そういうことは世界を見てから言え。比較対象がないのにな~にが『最高の土地』だよ。頭腐ってるんじゃないのか。地元贔屓も大概にしろよ。
そして何も知らないクセに他人の人生を語るな。自分の幸せを押し付けるな。それ以外を不幸と呼ぶな。充実してるわ。我が人生に一遍の悔いなしだわ。力もそうだ。失ったから無意味なんて言うな。その時には大事だったんだ。必要な時に必要な力を出せる人間をバカにするヤツはゴミだぞ。つまりお前はゴミ」
「おーおー、精霊を通じて知ることも出来ない雑魚がなんか言ってるなー。自分の足で現地に行かないと未知とか言っちゃうなんちゃって文明人がよー」
「精霊術師なのは出会った時から知ってたし、そこそこの実力を持ってるのはこの2時間で理解したけど、ちょっと買いかぶってたわ。まさか精霊から見聞きしただけじゃ経験値が入らないことも知らないなんてな」
「はい出た、立場が悪くなった途端に話逸らすやつ。他の土地のことを知ってるかどうかの話をしてるのに、なんで経験値の話するんだよ。そもそも地元で鍛えてるだけじゃ強くなれないって誰が決めたんだよ。自分がそうやって力を手に入れたからって押し付けてんじゃねえよ、効率厨がよ」
「だから話の途中で入ってくんなっての。好きだっていうならここの魅力を語れよ。他国から仕入れた技術で成り立ってるこの町の魅力をよ。経験値が足りてるここの人達はどんな凄いことが出来るんですかー。過疎化が進んでるみたいですけどなんでですかー。会話の内容が外部のことばかりでしたけどなんでですかー。最初なにもないところとか卑下してませんでしたかー」
「ハァ……どっちもどっちよ。会話のドッヂボールしてんじゃないわよ。話題の混線が酷いし生産性ゼロだし」
「「あ、邪魔しないでもらえますか。今良いところなので」」
「…………」
ゴッ――。
何故か頭を殴られた。
「理解させる気のない教育はただの暴力だぞ。口でも手でも」
「おっ、お前もそう思うか? コイツは昔からこうなんだ。面倒臭いからって説明を放棄して道を正そうって気がまるで感じられない。しかも力ばっか強くなる。まるですべてを捻じ伏せようとしてるみたいだろ」
「わかるわかる。実はウチにも似たような人居るんだ。てか実姉。まぁ他にも何人かいるけど主にあの人だな。すぐ手を出す」
「なんなんだろうなぁ~。ああいう連中って理的生命体の自覚ないのか?」
「コミュニケーションツールが少ないんだろ。不器用なんだよ」
「あ~」
心当たりがあるのか、口をポカンと空けて同意する雰囲気を醸し出すラット。
「んでちょっと聞きたいんだけどシェリーって武力以外の仕事とか恋愛とかどうよ? あ、勘違いすんなよ。告白ろうとかそんなんじゃないから。こういうタイプってその辺も苦手な印象があるんだ。脳筋だからさ」
「ははっ、わかるわ~」
「てことは……」
「ああ。下手も下手。ド下手クソ。ほら、コイツ、見た目はそこそこ良いじゃん? だから告白されることもそれなりにあるわけよ。だけどビックリするほど動揺する。いつ告白されたか丸わかり。100人も居ない町でみんな家族みたいなもんなのにな。仕事も似たようなもんだ。不器用過ぎて家事と教育と工場には立ち入るなってなもんよ。ぶっちゃけ狩りと警備以外すんなって感じ」
「…………」
ドゴッ――。
「がふっ!?」
相手の膝上を踏み台にして顔面へ膝蹴りを繰り出す、素人は絶対に真似してはならないプロレス技『シャイニングウィザード』が、俺のこめかみに。
ズンム――。
「はうあっ!?」
その勢いを利用した回転回し蹴りがラットの股間に突き刺さった。
「そのままくたばれ……」
それが意識を手放す前に聞いたシェリーの最後の言葉だった。
「いやぁ~、お前の友達スゲーわ。こんな話も最後までちゃんと聞いてくれるとか。羨ま。これは裏山。誰も居ないところに呼び出してボコるわ。嫉妬するわ」
「たまたまだよ。普段はスルーして終わりよ。そっちこそなんだよ、あの超豪華バラエティパック。いつどこで何しても相手にされんじゃん。ボケ放題じゃん。欲しい時に欲しいツッコミくれんじゃん。意志疎通も完璧だった。全員一斉に無視とか俺じゃあり得ないぞ」
その夜。暖房機能をすべて部屋に向けたせいですっかり冷え切った木の床で目覚めた俺とラットは、体を温める目的で容認されている未成年の飲酒(ウォッカ的な何か)を飲みながら語り合っていた。
喧嘩した後は仲直り。認め合って、自分の非を受け入れて、ガッチリ握手。
ラブ&ピースの絶対条件だ。
「……チッ、生きてたのね」
しかも安否を気遣ってくれるツンデレ幼馴染付き。
温かそうなグレーのカーディガンを羽織ったシェリーが階段から降りてきた。宴を開いている俺達を見て舌打ちしたかと思うと、当たり前のような顔で相席。
まだ倒れてたらあのカーディガンをソッと毛布代わりに掛けてくれていたに違いない。
「恋愛脳はほどほどにしておきなさい。戸締りをしたか不安になったから確認しにきただけよ」
「ヒュー♪ 流石は泊まり込みの従業員」
「何が!?」
不器用なので仕事はないらしいですが……まぁ同棲ですよね。一緒に食材を調達しに行くとか古より伝わる夫婦のそれです。
「ハァ……そんなことより明日からの計画立てるわよ。仕事で必要なんでしょ」
「「任せます」」
「~~~っ!」
顔を真っ赤にして震えながらもクズを見放さないツンデレの鏡。
その名はシェリー。




