千百五十四話 スノーバース
「よく来たな。ここは冬が生まれる国【サウィス】。町の名はこの山と同じ【スノーバース】。何もないところだがゆっくりしていってくれ」
パスカルと別れて5日が過ぎた。
名も無き小国……もといサウィスに到着した俺は、村の入り口に立っていたNPCさながらの台詞を口にする男に、感謝するべきかツッコむべきか無視するべきか、悩むこととなった。
取り合えず、サウスなのかウィンターなのかハッキリしろよ、と心の中で個人的なツッコミは入れさせていただく。
「何か用ですか?」
そんな俺の代わりに、初対面用の態度で尋ねるコーネル。
イブはあり得ないし、ヒカリはこういうことを気にしないタイプだし、フィーネも今回は基本後方腕組みスタイルなので、仕方なく名乗りを上げたのだろう。
友好的な関係を築くために必要なものが色々抜けているが、それは俺も知りたかったことなので勇気のスルーを選ぶとしよう。
飛行船が下りてくるのを見かけたから珍しがって来ただけなら、知人になろうと馴れ馴れしくするか、来訪理由をあれこれ尋ねるはず。にもかかわらず男は中途半端な、ともすれば今後の関わりを断つような雰囲気だ。
「村人たるもの人生に1回ぐらいやっておきたいじゃん。地元の説明ってさ」
と、男は何ともなしに言う。
「あ~、あるあ……ねえよ。どんだけ地元愛してんだよ。お前みたいなヤツがいるからコミュ障が外に出れなくなるんだろうが。突然知らないヤツから声を掛けられる恐怖って知ってるか? 奴等はその土地を楽しむために旅行してんだよ。現地の人との関わりなんて期待してねえんだよ。してたらこっちから接触しにいく。もちろん通行人じゃなくて話し掛けられることに慣れてる店の人にな。だからそういうのやめろ。迷惑だ」
「いらっしゃいませぇ~。お客様本日はどういった服をお探しですかぁ~。ただ今一番人気はこちらとなっておりま~す。ですが客様にはあちらのような落ち着いた雰囲気のものが似合っているのではないかとぉ~。合わせるものと致しましてはぁ~」
「残念だったな。俺はコミュ障じゃない。ただの代理だ」
突然陽キャ店員トークを始めた男にも冷静に対応。こういう時に派手なリアクションを取ったら負けだ。相手の思い通りに動くのは友人になってからで良い。
「チッ……貧乏人がよ」
「服屋の店員への風評被害やめろ!! 舌打ちするなら素に戻ってからにしろ!! じゃなくてすんな!!」
周囲からやっちまったなという顔をされるがこれは仕方ない。不可抗力だ。
「ったく……そんなに村の説明やりたきゃ門番か宿屋の店主でもやってろよ」
「ふっ、残念だったな。もう――」
「ごぉおおおおおおるぁあああああああああああーーーッ!!!」
ニヒルな笑みを浮かべた男が続きの言葉を口にしようとした瞬間、遥か彼方から獣の威嚇ような声が聞こえた。
耳を澄ますと、ドドドッ、という地鳴りが。
凄まじい勢いで近づいて来ているのがわかる。その標的も。
「じゃあな」
それに合わせて顔色がドンドン悪くなっていく男に別れを告げ、俺は町の奥へと歩みを進め……られなかった。
「ええいっ、放せ! しがみついてくんな! あれ絶対お前の知り合いだろ! お前の仕業だろ! 俺達には何にも関係ない! 1人で地獄見てろ!」
「ハッ、残念だったな!! お前等にも関係あることだ!!」
「は……?」
敵(?)の威嚇を上塗りするように大声で叫ぶ男。その理由はともかく内容は到底無視出来るものではなかった。
「ついさっき宿屋をやってるって言っただろ」
「言ってない」
「言おうと思ったんだよ。ただ観光客の少ない土地だ。寒空の下でせっせと働く連中を、温かい室内に引き籠って見下して生きていくのは無理だ」
「全宇宙の宿屋に謝れ。周りの人間にもだ。労働意欲を見せろ。自分の仕事に誇りを持て。どんだけ説明下手クソなんだよ」
叫び疲れたのか、この後のために力を温存しているのか、獣の雄叫びが聞こえなくなったタイミングで男は畳みかけるように説明をおこなった。
が、なんかもう色々アレだ。
「だから仕方なく副業で警備主任してるんだが、巡回の時間まで暇だったから山で遠距離魔術ぶっ放してたんだ」
何もかもがおかしいが、イチイチ指摘していては話が進みそうにないので、そろそろスルースキルを発動させていただこう。
「普段は木とか魔獣とかを狙ってるんだが、今日は丁度良い的が現れた。お前等の飛行船だ」
「ええ度胸してるやないけ、ゴラァ!」
「ちょ、待て待て、落ち着け! 的って言ってもアレだ! 志し的なやつだ! 届けば良いなだ。夢・希望・挫折だ」
「願ってる時点でアウトだ、ボケが」
男は、ヤクザにでも絡まれたかのように怯えながら弁解するも、それは言い訳ですらない自白だった。
失敬なヤツだ。ちょっと首を絞めただけじゃないか。腕を掴まれてるんだから攻撃手段がそのぐらいしかない。あと悪いことしたのは相手だから首絞めがきつくなるのも当然のこと。
「そしたら今まで成功したことないのに上級魔術の通当てに成功した」
まぁ村の人間の中でも最上位の実力者には効果がなかったが……そろそろ精霊術を頼っても良いのではないだろうか。フィーネやヒカリに選手交代も可。
てかホント、なにやってんだ、コイツ。
「そしたらなんか下りてくるじゃん? ヤバいと思って急いで村に戻って来て、謝ろうと思ったらこれがまたメッチャ面白い連中。しかも全然気にしてない。てか気付いてない。
こっちだってそんなことになるなんて思わないわけよ。だから一緒に巡回する予定だったヤツに悪戯で、『フフフ、お前の勝負下着(笑)は預かった。同僚に失笑されたくなれけば急いだ方が良いぞ。俺はいつもの場所で待っている』って書き置きを残したり、その約束をすっぽかしたりしても仕方ないよな」
「100%お前が悪くて、1000%俺達関係ないな」
「なっ……お、お前、まさか、公共の場で下着を見せた女は悪くないっていうタイプの人間か!? 興奮した男だけが悪だと!?」
「――っ!!」
それはあまりにも痛過ぎる例え話だった。
「どれだけ欲しいものでもお店のものを盗んだら犯罪だし、また見えないかな~ってつけ回したり盗撮するのは犯罪だよ」
無慈悲に言い放ったヒカリはもちろんこと、他の面々もこの場から動くことが出来ない俺を置いて、村の中へ。
「……一緒に謝ってくれるよな?」
「ザケんな」
男女平等・喧嘩両成敗・連帯責任という、ありとあらゆるものをなぎ倒す正義の使者(笑)の上、男の口から出まかせをアッサリ信じてしまう残念な災厄さんが、俺の腹に拳を突き立てるまで、残り3分。
「いやぁ~申し訳ない。コイツが『自分と同族だ。な、マイフレンド』なんて言うからてっきりロクデナシかと思って」
当然の流れというかなんというか、男の経営する宿屋にやってきた……もとい運ばれた俺は、犯人からの謝罪を受けていた。
二十歳前後の女性だ。
もしかしたら照れ笑いがカワイイという者もいるかもしれない。俺は無理だ。一度彼女の背中に鬼を見てしまっている。拳を振り上げられたら無条件で身を竦めることだろう。
「私シェリー。あっちはラット」
元獣にして現ハンターは、こちらが反応するより早く謝罪を終えて、自分と獲物を順番に指さして名乗った。切り替えの早さが俺より上だ。反省していないとも言う。
「コーネルです」
「フィーネです」
「イブ」
「被害者です」
「よろしく。ここには雪を見に来たってことだけど具体的に何か目的があるの? 滞在期間は? 腕に自信ある?」
当然無視。
俺が復活するまでに旅の目的はなんとなく聞いていたらしく、今後もガッツリ関わるつもりのようだ。
「まぁまぁ被害者もそんな嫌そうな顔しないで。これも何かの縁じゃない。力貸すし力貸してよ」
「……ルークだ。力は貸してもらうが貸しはしない。トラブルは御免だ」
「厚かましい人間は嫌われるわよ。自然の厳しい土地では支え合って生きていくべきだと思わない? 思うわよね? 思いなさい。殴るわよ」
未だかつてここまで強引な説得があっただろうか。
(アリシア姉だってここまでじゃな……)
最後の『い』がどうしても出て来なかった。
「提案があります。本日は一日町の案内をしていただき、明日からは、私フィーネとイブさんとコーネルさんのチームと、ルーク様とヒカリさんとラットさんとシェリーさんのチームで別れるというのはどうでしょう」
「……それってつまり一軍と二軍ってことじゃね?」
「とんでもございません。人見知りするイブさんとお2人のノリについていけないコーネルさんを組ませるのは酷というもの。その点ルーク様やヒカリさんであれば問題ありません。それに戦力的にも最もバランスのとれたメンバー構成だと思いますが?」
せんせー、俺だけ特殊五行が身につけられません。クラスのみんなにおいてけぼりにされてます。絶対そうなります。『何やってんだよ……』と呆れられるか、『ルーク君が頑張っています。みんなで応援しましょう。最後まで頑張ってください』と羞恥プレイになるかの、二つに一つです。
異議は聞き入れてもらえませんでしたけどね!!
「チーム名も決めておきましょうか。そうですね……『エリート』と『落ちこぼれ』はいかがでしょう」
「名前ッ!!」




