千百五十三話 天空の城と迷える子羊
「むふふ……」
超古代文明とやらが作り出した天空の城に降り立ったパスカルは、かつてないほど大きく、そして気持ちの悪い笑みを溢した。
「やけに嬉しそうだな」
この空間に適性のない俺達は、フィーネに結界を張ってもらい、その後に続く。
上空3万mというトンデモ世界に存在する、フィーネの言い方からしておそらく太古の島に、衣食住などの人間が暮らしていける条件が揃っているか、確認しなければならない。空間への適性があると言っても外敵が来ないとも限らない。
歩く度に、じゃりっ、と小石を踏みしめる音がする。
結界が張られているわけでも無風でもない。暴風の中でも地面を形成する素材ということだが、今の俺達には調べる権利すらない。上陸する前の注意点として、持ち出しても意味がないと言われた。この空間でのみ意味を成す物質だそうだ。
雰囲気はどことなく空島に似ている。
まぁあれはフィーネとユキが作ったものだったようだし、ここにも来たことがある……かどうはか知らないが存在ぐらいは周知しているだろうから、似せて作ったのかもしれない。
荒廃していると言っても差し支えない大地には、天空の城というだけあって王城のような建物や城下町らしき風景が広がっている。ただどれもこれも風化してボロボロになった元建築物だ。
それだけだ。他には何もない。持ち出しと同じく器材や素材を持ち込むことも出来ないらしい。
そんな土地でパスカルは暮らす。力を得るために。
魔術とは別の飛行術を身につけるか、俺達が調査を終えて迎えに来るまで生活することになりそうだが、山籠もりより何もない世界で1人というのは中々に辛い。
あ、これ、地球に再転生した時の経験談ね。イーさんや精霊が居なかったら結構ヤバかった。そしてここにはどちらもない。
そもそも本当に力を得られるという保証はない。
それでもパスカルは滞在を希望した。
「それはもう。世界の真理や神という曖昧模糊な存在を明らかにするための手掛かりを手に入れたのです。必ずや科学的に解析してみせますよ」
「期待せずに待ってるよ」
張り切っている彼女には悪いが、そう簡単に神が自身の領域に足を踏み入れることを許すとは正直思えない。神の理解を超えた天才が現れるとも思えない。その理屈で行くと精霊王はフリーパスだし、強者も結構な人数が出入り可能になる。
それは絶対にあり得ない。
神が神たる由縁は、生と死を司る絶対的存在であること。平等であること。永遠の希望の象徴であること。出会った瞬間、神は神ではなくなる。
未知だからこその神なのだ。
「何を言っているんですか。研究者の使命は未知を未知のままにしないこと。あたしは神に会おうとは思っていません。信仰を否定するつもりもありません。『わからない』を『出来ない』に変えるために努力しているんです。人類がどうやっても辿り着けないことを証明するために力を欲するんです。これはあたしからの挑戦ですよ」
神はやっぱり凄かった。
たしかにそれも1つの真実だ。
理解出来ない存在は信仰の対象になるが、絶対に敵わない存在も信仰の対象となる。むしろ未知でなくなったからこそ強まるかもしれない。弱者はその事実を受け入れるしかない。しかも肝心の部分は未知のままだ。
「でもそこに僅かでも可能性を見出した人類はいつまでも挑戦し続けるぞ? 古代人がチャレンジしたけど出来なかったって言ってもお前は信じないだろ?」
「かもしれませんね。ですが仕方ありません。あたしがやりたいと思ってしまったのですから」
「ハッ、なるほどね。そりゃ仕方ない」
それでこそパスカルだ。
こういう人物だからこそ適性があったのかもしれない。
「何を他人事のようなことを言っているんですか。皆さんにも努力していただきますよ。現状もっとも有力な説は『神界は天属性だけでは辿り着けない領域にある』なのですから。あたし1人ではどうにもなりません。早く残る四属性を手に入れてきてください」
「いやまぁリニアに関係してそうだから神界うんぬんが無くても頑張るけど……どうしたんだ? 理想と現実を目の当たりにして考えが変わったのか? 神界への道探しが現実味を帯びてきたことで方針を変えたのか? 昔のお前は自分1人の力でコツコツ世界の真理を求めてたじゃないか。他人を頼るなんてらしくないぞ」
「あたしは何も変わっていませんよ。ここでの修行を終えたらすぐに追い掛けます。可能であればすべての特殊五行を習得したいですから」
なら、と再度指摘する前にパスカルは言葉を続けた。
「ただ感じるのです。これはそういったものではないと。1つの属性……いいえ、理だけで身に余ります。おそらく当初から議論していた通り、ほんのひと時この身に留めるので精一杯でしょうね。思った通りに出力できるかも怪しいです」
天下一武闘大会の時の俺に近い感覚なのだろう。
リニア計画……本当に一発勝負になりそうだ。
「もちろん力を失っても神や世界を調べることはやめませんよ。知識と経験は残るはずです。力は使えずとも他の人達には負けません」
例え残らなかったとしてもやることは変わりませんしね、と笑みを溢すパスカル。
フィーネが否定しないということはつまりそういうことだ。
「さて……もう良いだろ。そろそろ教えろよ。結局のところパスカルが天属性と相性が良い理由って何なんだ?」
島を散策しながら電離層やオゾン層について一通り教え、予定通りパスカルを1人残して出発した後、俺達は超上空から目的地のユキの生まれた山へと急降下するように高速移動を開始した。
これで上昇に掛かった時間はチャラだ。
話す内容は自分は何属性なのか……ではなく、特殊五行の成り立ちとリニアモーターカーの実現のために必要なこと。
考えるだけ無駄だ。なるようにしかならない。
が、気になるものは気になるので、俺はその日の夜、おおよその推測を持って操舵室にいるフィーネの下を訪ねた。
「化学の知識は俺達と同等。想いの力は入り込む余地がない。残る可能性は魔界で学んだ植物と闇の力。ただどちらも天属性とは無関係のマンドレイクや魔族に教えられたものだ。それが天属性にどう結びつくんだ?」
「難しく考える必要はございませんよ。土を育む木は風と成り、陰の力は破壊と再生を司ります。己の肉体と世界の繋がりを破壊して天に馴染むのは当然のこと。ありふれた五行です」
それは教えても良い問題だったのか、すぐさま答えが返ってきた。
しかし俺の求めている答えではなかった。
「嘘だな。その方法はパスカルが適応した後で試した。表と裏の五行の壁を取り除くのはエーテル結晶を生み出す時にやってるし、体の壁を取り除くのは再転生した時に散々やった」
あれほど長期間、肉体と精神を切り離した者は居ないのではないだろうか。肉体が崩壊しないように精霊界で凍結されていた者もだ。
つまり経験値は俺の方が圧倒的に高い。
「それは高慢な考えですよ。同じ方法で学んだとしても理解力と歩んできた人生経験の差で優劣は生まれます。天に関してはパスカルさんの方が特化していただけの話です」
「日頃から神界に出入りしてる俺が、その道になる天属性に適応出来ないのも?」
「その仮説は立証されていないはずですが?」
ま、フィーネの言う通りだ。ダメ元で確認しただけ。確信なんて無い。今言ったことが答えだと言われたらならそれまでだ。
「一応俺の仮説を言っておくな」
「どうぞ」
フィーネはいつも通り微笑を浮かべて手を差しだして促す。
「本来の適性者である俺を封じてパスカルに身につけさせた理由は、元々は自分とやろうとしていた計画だったからだ。俺が特殊五行を全部身につけて、出力や微調整といったサポートをフィーネがやる予定だったからだ。
でも何かの事情で出来なくなった。俺の実力不足なのか、世界の変化なのか、他の理由なのか。とにかく他者の力を頼らざるを得なくなった。そこで選ばれたのがイブとコーネルとパスカル。四賢者。ただそれだと1人足りない。
なら制限された状態の俺の属性は何なのか? 精霊以外の生き死に……前世で死んだ経験を持つことによる『雪』と、転生時に精霊界への往路で使った『時』だ。
さらに言うなら雪ってのはその時の精霊王の属性だな。転生者が必ず持つ属性だ。世界の理のパーツとして生を受けるって意味でもな」
「神界は現世からも精霊界からも行ける場所で、転生者は必ず精霊界を通ってやってくる……中々面白い考えですね。つまりルーク様は『雪』はこれから向かう雪山で手に入り、『時』は精霊界で手に入るとお考えなのですね?」
「ああ」
俺達の間にそれ以上の会話は無かった。
どうせこの後わかることだ。




