千百四十九話 100億年計画
およそ30分。嫗……もといミナマリアさんとの通話を終えると、俺達はすぐさま手に入れた情報の整理を開始した。
「当時の特殊五行に雪が含まれていなかったのは間違いないな。裏五行の氷と混同されていたのか、降雪という現象そのものが無かったのか、あっても希少で属性として確立されるほどのものではなかったのか。いずれにせよ今の『天属性や時属性の力で空間制御して生み出すもの』とは違う法則で生まれる力だった」
「ルーク君はどれだと思ってるの?」
皆もこの考えに異論はないらしく、議論はそのまま先代精霊王の時代の属性へ。俺はイブからの問いかけに即答する。
「『氷のように温度調整することで生み出す属性だった』だな。理由はユキの性格。アイツの火嫌いは相性の範疇を超えてる」
親友を不幸にされたことや思想の違いも要因の1つではあるだろうが、自身が生まれるために必要な工程に『熱の力』が入っていること……いや違うな。熱によって水蒸気となり、熱を操作することで空気中で氷(雪)になれることが気に食わないのだ。
何故ならそれは完全な上下関係にあるから。
少なくともユキという精霊王を生み出した時は火や熱がブイブイ言わせていて、地球の物理法則に近い形で雪が生まれていた……はず。
例えるなら、両親が国の政策で仕方なく結婚しただけの仮面夫婦だった、もしくは権力者が気紛れで作ったコピーって感じか。
その身に流れる血を憎んでも仕方のないことだ。
「鬼の血を引くこの私を……愛してくれて……ありがとう!!」
何の前触れもなく虚空から現れたユキが俺を抱きしめながら感謝を告げた。
「そうか、認めるんだな」
「それとこれとは話が別ですよ~。火から生まれようが土から生まれようが私は私です。天地万物の理にケチをつけるほど荒んでません。私が火や熱が嫌いなのは単純に今を否定する存在だからです~。奴等がのさばるほど私達は力を失いますからね~」
何もかもをスルーして淡々と進行すると、ユキもそういった扱いに慣れてしまったのか気にした様子もなく発言を否定。
さり気なくミスリードを誘う策士っぷり。これでは俺の説が正しいかどうかもわからない。当時の雪の生まれ方もあやふやなままだ。
「ところで『焔』か『紅』って名前の精霊に心当たりはあるか?」
「私の前でその名前を二度と出さないでくださいッ!!」
ゴゴゴッ、と大気が震えるほどの魔力を噴き出したユキは、普段の消えるようなスマートな転移とは似ても似つかない、空間を力づくで引き裂くやり方で作ったワームホールに入っていった。
直後、腰の低い工事のオジサンを彷彿とさせる態度の精霊達が現れ、ペコペコヘコヘコしながらも高速で穴を埋め、最後に御迷惑をお掛けしましたと言わんばかりに一同揃って深々とお辞儀をして去った。
我がまま姫の世話御苦労様です。
ホント、どこまで本気かわからないヤツだ……。
「さて、問題は属性がどうやって生まれたのかだけど……嫗の話には特殊五行に干渉するほどの力は出てこなかったな。密かに行使された感じもしなかった」
「ですね。むしろ何も成さそうとしないので仕方なく発破をかけたようでした」
得られたのは、予想通りというか期待通りというか、ヒントのみ。
しかしだからこそ考察のし甲斐があるというもの。俺達はニヤケそうになる顔を引き締めながら話し合いに入った。
世界の理を扱えるだけの力があれば、秩序の時代も戦乱の時代も訪れることはない。実力主義の平和、弱肉強食の進歩、活力溢れるニートといった両立が可能になるはずだ。
だが、先代精霊王は争いの種となる資源を与え、先々代の精霊王は衰退していることを知っていながら放置した。
おそらく彼等は失敗したのだ。
(理由は……天才の存在だろうな)
どんな天才にも限度はある。
イブも俺や強者と出会わなければ今ほどの知識は持たなかっただろう。パスカルもそうだ。コーネルに至っては研究者になっていなかったかもしれない。
しかし未知の知識や技術を持っている者が居れば話は変わって来る。
限界を超えるために、新しい風を吹き込むために、異世界の知識を持つ転生者は必要とされるのだ。
以前神様は、この世界にやってくる転生者は1000年ぶりと言っていた。各世界で引っ張りだこなので中々取れないとも。
そんな希少な存在が毎回転生先の世界に足りない知識や技術を持っていて、そこに暮らす精霊王や強者と気が合って、頭の中にあるものを現地の物で再現させられるか、させられたとして世間に受け入れられるかと言ったら、まぁNOだ。
俺だってすべてがウケたわけではない。結構な数のハズレを世に出している。意味がないので語っていないだけ。笑い話に出来るようになったら話すかも。
そのことから2つの推察が出来る。
1つ目は精霊王と転生者の関係性。
精霊王が生まれるのは転生者が存在しない時代。一足早く生まれて転生者の受け入れ態勢を整えるのだ。そしてドヤ顔で世界について教え、手解きをする。
2つ目は俺の転生時期。
神様の「転生者は1000年ぶり」という発言を信じるなら、ユキが先代精霊王と交代した時期に数百年の差がある。その頃にはユキは存在していた。
つまり神様の下を離れてから転生するまでにそれだけの期間があった。簡単な叙述トリックだ。受け入れ準備が間に合わなかったのか、そういうものなのかは不明だが、ユキの年齢から1000年引いた時間俺は魂で漂っていたことになる。
(他にも、フィーネが自分の意志でヨシュアに立ち寄るタイミングとか、オルブライト家が今の形になるタイミングとか、な……)
(ピュルル~♪)
魂が震える美しい口笛が俺の脳内に響き渡る。
閑話休題しろということだろう。
普通に考えれば答えているようなものだが、神様や強者は普通が通用しない存在なので、今は大人しく従っておこう。
とにかく、どういう経緯でそうなったか、あるいはそうならなかったかはわからないが、先代の精霊王は自らの手で時代を変え、先々代の精霊王は衰退を受け入れた。
常に動き続ける天秤システムを破壊しなかった。
恒久的な平和と成長を実現しなかった。
(で、この事実、どうやって伝えるべ……)
「ルーク君みたいな存在が居なかったせい」
「――っ!」
ボソッと呟いたイブの言葉に俺の心臓は止まりかけた。
「当時の人達も精霊術は使えたはず。ミナマリアさんの言い方からは今とは比べものにならない術式やパワーがあるようだった。でも切っ掛けになる人が居なかった。だから想いの力が足りなくて……ううん、別の方向に向けられた」
転生者バレかと思ったが違ったようだ。あくまでも俺のことを発想力豊かなトリガーとして扱ってくれている。
なので俺も自然を装って話に乗る。
形は違うが伝えられたことに変わりはない。
「実はもっと大規模な計画なのかもしれないな。あと嫗な」
「……? どういうこと?」
ま、良いや。本人も気にしてなかったっぽいし。コーネルもパスカルも気付いてて無視してるし。
俺は『やれるだけはやりました! 俺は悪くありません!』と心の中でミナマリアさんに伝えて、会話を続行させた。
「ずっとこういうことを繰り返してるんじゃないかって話。
世界に人類が生まれました。でも戦う力がなくて魔獣に勝てません。魔力を持っている魔族と交わりましょう。魔力誕生!
潮の満ち引きがおかしくて地上の危機です。このままでは世界は海に沈んでしまいます。2つ目の月を作りましょう。白月と青月誕生!
――てな具合に、単純に破壊と再生の時代を繰り返すんじゃなくて、属性の強弱をつけることで色んなものを生み出してるのかもしれないな~って。太陽も大地も魔道具も精霊も、俺達みたいな互いを刺激し合えるような集まりがあった時代に生まれたもので、そこには失敗も成功もなくて、世界が出来てからずっと必要なパーツを揃えてる最中なのかなって」
「もしそうなら気の遠くなる計画ですね」
「しかし夢があるな。後世のための今というわけだ」
「そゆこと。尻ぬぐいさせるんじゃなくて『お前等はお前等で何か成せよ』『時代に適応しろよ』って、その時の精霊や理に合わせたパーツを作るように情報を残しておくのもありかなって」
「……作れるに越したことはない」
ですよね~。
でも試行錯誤するにしても情報が足りなすぎるんですよ。
行くか、精霊王の生まれた雪山へ――。




