千百四十七話 先代精霊王
ここ、ロア研究所は画面向こうに居る1人以外……5人中4人の職場で、集まっている場所はその4人の内の1人の研究室のはずなのだが、大樹の一部として存在する荘厳な玉座に深く腰を掛けた正体不明の古参エルフ≪嫗≫は、誰よりも主っぽい雰囲気を醸し出していた。
顔を隠していてもわかる美しい容姿や見るからに高級そうな深緑のドレスもさることながら、俺達が教えを乞う立場だからとか、嫗が語り部だからとか、そういった部分を除いても上位者であることを示すかのような圧倒的な存在感がある。
ぶっちゃけ圧が凄い。
組んだ足に両手を乗せてるところなんか、完全に下々の者を見下す権力者のそれだ。あの細く白い指が横に動いたら誰かの首が刎ねられるに違いない。
そんな女王の前に出頭した俺ことルーク=オルブライトは、同志達と共に正座する勢いで画面の前に整列し、僅かの緊張と共に背筋を伸ばす。
『昔話が始まるのをただ待ってるだけのクセして偉っそうに……』
ギャップに萌えるわけでも、温度差で風邪をひきそうになるわけでもなく、目の前にあるエネルギーを淡々と横に逸らす嫗。
「さっさと始めない方が悪いんでしょ。こっちは聞く準備万端なんですよ。そして圧については何も言わないんですね。自覚してるんですね。反省はしていないんですね」
『反省なんてするわけないでしょ。悪いことじゃないんだから。むしろこれは年齢・立場・実力・指導する側される側、ありとあらゆる“上”の生物の義務よ』
「そんなことやってるからいつまで経ってもサディスティック女王への憧れが無くならないんですよ。世の童貞とドM共の妄想が捗るんですよ」
『それはどうやったって無くならないでしょ』
「…………」
………………。
……………………。
どう言い返してやろうかタップリ十数秒ほど考えあぐねたものの、自分もそろそろ分別のある年頃だと言い聞かせ、声を大きくする代わりに1つ溜息をついた。
「そろそろ聞かせてもらえますか。1000年前のこと」
俺としては時間の許す限り語り合いたい議題ではあるが、これ以上続けると無表情系王女や丁寧語系研究者を巻き込んでしまうので、涙を呑んで切り上げることに。
『約1000年前ね。私だって正確な年月までは覚えてないわよ。今、老化のせいとか失礼なことを考えたヤツは風精霊に腹パンさせたし、今後もさせるから』
俺は、ズキズキと痛む腹を撫でながら、嫗の話に耳を傾けた。
『ユキが精霊王になる前は戦乱の時代だったわね』
歴史で語られてるでしょうけど、と前置きをした嫗は、黒板の内容をノートに書き写するだけの勉強をしている人間以外なら誰でも知っている話を始めた。
これが当事者なら説得力もあっただろうが、残念ながら彼女は陰の者。里から出たことなんて数えるぐらいしかないし、見るにしたって食事や作業の片手間にチラッと覗く程度。又聞きしただけで関わった気になっている妄想大好き女だ。
『いい加減にしないとぶっ飛ばすわよ』
「良いですよ。ただし今の指摘の正誤を出してからにしてください」
『……貴方みたいな白黒ハッキリさせたい正論大好き論者が居るから、世の中は生きにくいって言われるのよ。面倒臭がられるのよ。他人を批判する前に褒めなさいよ。もっとポジティブになりなさいよ。そんなんで人生楽しいわけ?』
「メチャ楽しいです」
『そう。でも私は今楽しくないわ。他人の楽しみを奪ってまで自分を貫くのは愚者のすることよ。やめなさい』
「最初に始めたのはそっちでしょうに……口でとやかく言うより行動で示せば良いじゃないですか。痛いところを突かれたからってイチイチ激昂してたら持ちませんよ。それが上の人間のすることなんですか?」
『……貴方、よく生意気って言われない?』
「言われますけど何か?」
答えながら精霊パンチが来ると思い腹をガードするも、今度はふくらはぎが痛み出した。つる感じの痛みだ。無駄に芸が細かい。何ならちょっと怖い。心臓とかでやられたらアウトな気がする。
そして仲間達は当然のように助けない。
俺が悟られないようにしているせいもあるが、それにしたってちょっとした違和感に気付いて大丈夫の一言ぐらいあっても良いと思う。
ほら、痙攣とかしてるよ?
『良くも悪くも活気に溢れてたわ。「死んでたまるか」「敵を滅ぼしてやる」「世界は俺のモノだ」と誰も彼もが力を振るっていた。多くの命が失われて、多くの技術が生まれる、破壊と創造の時代よ』
あ、そういう感じ? おちゃらけた空気必要ない? 場違い?
俺は、昨日までの弱い自分にさよならして、真剣な顔で尋ねた。
「つまり属性は火ですか?」
『さぁ? 私も先代……じゃなくて当時のエルフ族の女王から、生物を活気づけて破壊と創造を繰り返している精霊王が居るって聞いただけだし。属性までは知らないわ。火の系列なのは間違いないでしょうけど』
彼女の言っていることが本当なのか嘘なのかを確かめる術は持っていないのでどうしようもないが、俺達が求めているのは真実ではなくヒント。問題はない。
『貴方達は、万のために千を犠牲にし、千以上の英知を得ることを悪だと思う?』
「…………いえ」
突然の質問。
皆が正しい答えを導き出そうと悩む中、真っ先に答えたのは俺だった。
ただ、それがオリバーが死にかけた原因だと知っている俺には否定も肯定も出来ず、『正義とは思わないが悪とも思わない』というなんとも卑怯な回答になってしまった。
すべてを救うなんて夢物語でしかない。
が、取捨選択が必要になった時、多い方を犠牲にするのは愚者だ。しかも、ただ犠牲にするのではなく、犠牲に見合うだけの成果や結果を残している。弱者でも努力すれば生き残れるシステムを構築している。
求められるのは実力。それも単なる武力ではなく、助力を求める話術や知力、サポート力、殺すには惜しいと思ってもらえる人材になるか否か。
努力を怠った生物は淘汰され、残るのは才気と意欲溢れる者達。
それは理想的な世界と言えるのではないだろうか?
『3人とも悩むのはそのくらいにしておきなさい。この質問に答えなんて無いんだから。そもそも過去のことだし。ルーク=オルブライトぐらい大雑把で良いのよ』
「誰が柔軟な発想が出来る天才だ。起きてしまったことにあれこれ悩むより改善するために動く、ともすれば笑って流すポジティブさんなんて言うなよ」
『一言も言ってないし思ってもないわよ、そんなこと』
「わかってますよ。ただ3人とも俺みたいに切り替えが早くないんです。クソ真面目なんです。もう良いよって言われてるのにいつまでも考え続けちゃうタイプなんです。そんな仲間のために時間稼ぎすることの何が悪いって言うんですか」
『だから一言も言ってないって言ってるでしょ。さっきから被害妄想と自己肯定妄想甚だしいわよ』
自分を認めてやれないヤツに世界なんて変えられるわけないだろ!
――と、カッコよく決めたところで順次切り替えが終了したようなので、話を元に戻そうと思う。
「ちょっと良いですか? 争いの種は何だったんですか? 人間と魔獣というならわかりますが、同族で殺し合うほどの事情は皆目見当もつきません」
悩みから解放されたのも束の間。全員の頭の中に新たな疑問が浮かんだらしく、一斉に手を挙げる。
採用されたのは誰よりも早く口を開いたパスカル。
『資源よ。特定の地域に強力な素材やダンジョンを生み出して優劣を生み出したの。当然人も金も技術も流れていくし、使えば使うほど世界は活性化していく。魔力溢れる世界に生まれる魔獣は強大。弱り切った国が太刀打ち出来るはずもなく滅びる。それを見た他の国は否が応にも力を求める』
「侵略と偽りの協定。内も外も敵だらけ。地獄のような世界ですね」
『それでも今とは比べ物にならないほど冒険者は強く、貴方達にも負けずとも劣らないほど知に溢れ、様々な魔道具が作り出されたのは事実よ。
言ったでしょ。過去を批難したり考えても意味がないって。今を生きる貴方達からしたら地獄でも、当時の生物からすればやればやるだけ成長出来る素晴らしい世界だったのよ。
私達が知らないだけで、世界が誕生してからずっと混沌と秩序の時代が繰り返されていたのかもしれないわね。実際、人の歴史において大きな変革が起きた時、そこには必ず大きな争いがあったし』
「倫理を捨てた思考が新しい力を生み出し、それによって豊かな生活になっていく……皮肉なもんだな」
まぁ、転生者を頼るなんて反則技を使えなかった当時の精霊王が捻り出した、唯一の手段だったのかもしれないけどさ。
とにもかくにも、一世代前の精霊王は『世界発展のためには争いが必要だ』と考える、熱意溢れる者だったと。
(そりゃ平和主義者のユキは嫌うわな)
彼女が火属性嫌いな理由を垣間見た気がする。
というか確信か。




