千百四十三話 エーテル結晶
とうとうリニアモーターカーを実現するために動き出した。
控えめに言って核兵器、極めれば太陽を生み出すほどの化学反応を引き起こせるようになったイブ。
物質という世界の定めた存在そのものを否定する術を手に入れたコーネル。
コーネルよりミクロな次元で世界の理に干渉出来るようになったパスカル。
3人とも俺に負けないぐらい精霊・微精霊のことを学んでいる。お兄さんは嬉しいです。それぞれの知識と技術を存分に活かして良いものを作りましょう。
「なんだ、その生暖かい目は」
突然、コーネルがセクハラ上司でも前にしたように顔をしかめて突っかかって来た。
言いがかりだ。
「お前等が暑苦しいのは嫌だって言うから和やかな感じにしたんだろうが。『ファイ! オー!』から『みんな仲良しランララン』にしたんだろうが。文句言うなよ。てか気色悪くねえよ。父性溢れる優しい瞳だろうが」
俺は即座に否定する。
「他者を見下し、やれやれと言いながらも手を貸す自分の優しさに酔いしれ、利益を独り占めしないことを誇ろうとする目だったが?」
「被害妄想もほどほどにしろ。これは見下してるんじゃなくて導こうとしてるだけだ。尖りに尖ったお前等の潤滑剤になろうとしてるだけだ。やれやれは決してネガティブな言葉じゃない。やる気に満ちたツンデレが口にするものだ。そんな自分に酔いしれてもいない。利益の独占? 誰に向かって言ってるんだ。これまで魔道具開発に携わったことすら隠して来たわ。ドヤったのは身内にだけだわ。酔いしれてるのもこっちだ」
「大体あってますね」
「おいおいパスカル……『大体』と『完全』は別物だぞ。99%正しい術式でも1%足りなければ不完全だ。発動しない。真逆の事象が起こることもある。
俺は昔から口を酸っぱくして言ってきたぞ。試験は100%理解してこそ意味があると。コミュニケーションも同じ。僅かな認識の差が致命的な溝になることはままある。パズルのピースをハメ間違えたら偉い目に遭うんだ。取り返しびつかないことになるんだ」
要するに何が言いたいかというと、
「大体あってるからって批難するの良くない」
「それを決めるのはお前の今後の言動を見た僕達だ。現状、『大体』を正解と受け取られているのは、これまでお前が築き上げてきた信頼によるものだ。否定したければ口ではなく行動で示せ。さっさと作業に入れ」
「そ、そんな……俺が……俺が何をしたって言うんだ!?」
「何かした結果と何もしなかった結果がこれだと言っている」
「え~、そこんとこ教えてくれないと改善しようがないんですけどぉ~」
「二度は言わん。ここで動けなければお前は一生貧乏人だ。心が貧しい負け犬だ」
ふっ……いつから世の中はこんなにも他力本願な若者に厳しくなっちまったんだろうな。良いじゃないかゆとり。きっと良い上司になるぜ。作業に詳しい人間の捜索と付きっ切りの説明、何度説明されても覚えようとせず、イレギュラー時でなくても以下リピート、それと責任のたらいまわしで半日が過ぎる最高な職場だ。
自分で考えて動いたは良いものの『教えてもらってないから失敗した』とか責任転嫁してくるヤツも良い上司になること間違いなしだ。自らの非を認めろバカ。責任の所在より何故失敗したかを考えろ。
ただ俺は職場にネガティブな思想を持ち込むのを良しとしない人間だ。求む、楽しい職場。
「まさか一切のボケを挟まずに仕事しろなんて言うつもりじゃないよな?」
「コミュニケーションは取れているんだ。どこに挟む必要がある」
「悪魔め!! ユキなら発狂してるぞ! 俺でも1年ぶりに食べたミカンが酸っぱかった時ぐらい辛い!」
「「「…………」」」
あー、はいはい、真面目にやりますよ。3人とも普段は天然ボケのクセに、研究のこととなったら真面目一辺倒だから、ボケ甲斐なくてつまんねぇし。
なんとなくユキが居ない理由がわかった。あの人生おちゃらけ精霊王が、手を貸せない上に楽しむことも出来ない空間に寄りつくわけがない。
「と思ったら大間違いですよ~!」
「「「…………」」」
その場に居た全員から驚くほど冷たい目を向けられたユキは、俺が知る限り初めてネガティブに押し負けて、苦笑いを浮かべて姿を消した。
寒さや冷たさは栄養源だと豪語していたのだが……限度があったらしい。
それだけ俺達が強くなったということかもしれない。精霊王の吸収力を上回る攻撃力を手に入れたみたいな。想いを力に変えて精神攻撃出来るようになったみたいな。
(ま、どうせそのうち対応策を手に入れて普通に顔出すようになるんだろうけどさ)
俺達の作業が終わるのが先か、ユキがパワーアップするのが先か、はたまた作業を進めることでさらなる攻撃力を手に入れて立場が逆転するのか。
密かな楽しみにしておくとしよう。
余談だが、トイレ休憩で研究室を出ると、1ヶ月ほど山籠もりでもしてきたようにボロボロの服を着ているユキが自信満々な顔で廊下のど真ん中に仁王立ちしていたので、丁重にスルーさせていただいた。
ハンターが完結してから漫画というものに触れなくなった俺にはわからないが、最近のバトル漫画も袖やズボンの一部が破けた格好をしているんだろうか?
明らかに自らの意志で破いている世紀末に蔓延るヒャッハーとまでは行かずとも、エネルギー波や衝撃で吹き飛んだり千切れたりしているんだろうか?
ハチマキや帯は時代劇系でしか見かけなくなっていた。もし服が破けなくなっているとしたら戦闘シーンはどう描かれるんだ? 服は無事だけど体は傷付く不思議世界か? 季節感関係なく半袖とか?
まぁ、1万年と2千年前から服や体や町や人間関係をボロボロにしながら魔獣と戦い続けているアルディアには関係のない話だが、ちょっと気になったので。
「んじゃあ早速、固体・液体・気体に次ぐ第四の物質状態『プラズマ』の顕現に取り掛かろうか。まずは土台となるエーテル結晶について話そう」
皆が聞く姿勢に入る。
もう1人の仲間について誰も触れないのは、彼女の視野に入れた無機物を強制転移させる『心眼』の力は、まだ必要ないと理解しているからだろう。
今はどんな物質を作れば良いかすらわかってない。どうやればそれが作れるのかもわかっていない。
その辺も合わせて研究していくのが俺達の仕事だ。
ちなみにヒカリは、風の噂でニーナに負けたと聞いたので、おそらく今頃どこかのダンジョンで暴れてるはず。ストレス発散には虐殺が一番だからな。それはどの世界でも変わらない。生物の宿命だ。レベルオブバイオレンス。
「知っての通り、俺が手に入れた力はお前等の寄せ集めだ。ここに優劣は存在しない。それぞれの方法で世界の真理に辿り着く……いや辿り着こうと努力するだけ。
破壊と再生を繰り返すことで強引に物質を作り変えるという常人では思いつかない道を発見したパスカルも、物質を物質たらしめる原理を発見したコーネルも、精霊達が用意したやり方で大精霊とのコンタクトに成功したイブも、自分の信じた道を突き進めば良い。俺は俺のやり方で行かせてもらう。
俺の中にはお前等とは違う、原子(精霊)と分子(微精霊)の理が存在する。人によっては俺のやり方が正しいと言ったり間違っていると批難したりもするだろう。だがそこを擦り合って成功に導くのが研究者だ。
違うからこそ生み出せるものもある。大切なのは組み合わせ。必要なのは相乗効果。世界への反逆はそこまでしてやっと成し得るものだ。過程がどうだの、結果がどうだの、言いたいヤツには好きに言わせておけば良い」
熱弁に共感するように頷く一同。
それによって俺の口調はさらに熱を帯びていく。
「エーテル結晶は、世界に存在する基本属性……木・火・土・金・水の『表五行』と、風・炎・地・鋼・氷の『裏五行』をマテリアル結晶の内部で反応させることで生まれるものだ。
物質の壁を取り除いているからこそ固体・液体・気体の状態を自由に変えられるんだが、さっきパスカルが言ったように、今は精霊と微精霊の活動を制限することで辛うじて状態を維持しているに過ぎない。
これを安定させるためには、天・無・時・冥・雪の『特殊五行』が必要になる。俺達はこれからそれをおこなう。それぞれが手に入れた力でな」
「すでに答えが出ているだと!?」
「ほっほっほっ。伊達に見下していませんよ」
コーネルらしからぬ派手派手リアクションに自然と機嫌も良くなる。
「ち、ちなみにその方法までわかっていたりします?」
コーネルほどではないが、知らない間に数十歩のリードを許していることに驚きと悔しさと羨望の感情を抱くパスカルが、なんとも言えない顔で尋ねてくる。
「いんや。流石にそこまではまだだ。絶対に手掛かりを持ってるユキが何も言わないし、他にも知ってそうな連中はだんまりを決め込んでるからな。特殊って言うだけあって手掛かりすらない。ただ俺達だけで可能な作業ではあるのは間違いない」
「その根拠は?」
ミスノーリアクションさんは平常運転。
王都からの道中でそれっぽいこと言ってたし当然っちゃ当然か。何なら特殊五行の手掛かりを持っていてもおかしくない。
天才や天使の『天』に、無表情や無限の『無』に、時間や時代の『時』に、冥界や晦冥の『冥』に、白さや冷たさの象徴『雪』。
どれこれも彼女を表すのにふさわしい一文字だ。
自力で精霊界への道を見つけた彼女なら、1つや2つや3つや4つ手に入れていても不思議ではない。5つ目は俺が良いので却下。
主人公の仕事を取るヒロイン、ダメ、絶対。
「根拠は、ここが想いが届く世界だから。例え間違ってても理に近づこうと努力さえすれば、神なり精霊なりが認めてくれて現実になる、いやする。
だって研究者の究極の目標って想いを超える力を作り出すことだろ? 願いを絶対に叶えると言っても良いな」
というわけで、特殊五行、調べちゃいましょう。




