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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
五十四章 プロジェクトZ~研究者達~

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千百四十一話 アリスインワンダーランド4

 木材と石材。それぞれの素材を加工することによって魔力を頼らず物理的に引き合う力を生み出し、旅行に最適『マグネットリバーシ』を作ったアリス。


 それは例えるなら1万円の鉛筆削り。


 費用対効果最悪どころか技術力と発想力と意欲を示す以外何のメリットもない魔道具だが、今ここで必要なのはその3つ。なんと言われようと構わないという絶対的な信念だ。



「んじゃあ次は俺の番な」


「……ええ」


 自身の最高傑作を前にしても余裕を崩さない俺に、アリスは『やっぱり』を滲ませながら、差し出された魔道具に注目する。


「箱……ですわね。水の魔石が埋め込まれた」


「おうよ。その名も『ろ石』!!」


「ろせき?」


 初めて聞く単語に首を捻るアリス。


「わかりやすく言うと『ろ過をする石』だ。魔石ろ過システムとでも言った方が良いか。まぁ語感で選んだだけだから好きにしてくれ」


「なるほど。そういうことでしたらろ石で構いませんわ。ルークさんのことですから、意味もなく新しいワードを生み出したのかと思っただけですので」


「ふっ、まだまだだな。俺のこと全然わかってないわぁ」


(((ア、ハイ……)))


 世界中からツッコまれた気がしたが、どうせ精霊や聞き耳を立てている強者の仕業なのでスルー安定。事実無根が生まれる瞬間に立ち会ってしまった。


 彼等は、その何気ない悪戯でどれだけの人が苦しんでいるか、一度冷静になって考えるべきだ。


「自覚していないのも罪ですけど、自覚した上ではぐらかすのも罪ですわよ」


 何を言っているのかサッパリだ。お前にも非があるから気を付けろ的なことだろうか?


「はぁ……もう良いですわ。触れたわたくしがバカでした。こちらの魔道具はどういったものですの? 水を綺麗にするだけですの?」


「その通り!」


 俺が人生で初めて作った魔道具『貯水ボックス』は、素材や精霊のことを知らないまま作ったせいで調整が効かない、世界のバランスを崩壊させるほどの代物だった。


 当時は前世で身につけたポンプやろ過などの仕組みとフィーネの力を頼っただけだったが、今なら自分1人の力で……魔力も精霊も頼らず己の知識と技術だけで劣化させられるのではないかと考えた俺は、自然界に存在する力を頼れば簡単に出来るろ過を人工的に可能にする魔道具を作った。


「ただしお前の魔道具と違ってこっちは将来に繋がるものだ」


「あらあら。墓穴を掘りましたわね。自らの素晴らしさを語らず他者を貶めるために労力を割くのは愚者のすること。わたくしの話題に出したのはかなりの減点対象ですわよ?」


「好きにしろ。これを聞けばお前は敗北を認めざるを得なくなる」


「……聞きましょう」


 些細な差を気にしている自分が恥ずかしくなったのか、アリスは纏っている雰囲気だけでドシッという音が聞こえてきそうなほど雄大に姿勢を正した。


 では聞くがいい。俺にとっては勝利のファンアーレ。お前にとっての死の宣告を。



「この魔道具には、冒険者御用達の排泄物を処理する神具と同じ仕組みが使われている!」


「な、なんですってーーー!?」


 先程俺がしたものとは比べものにならない迫真の驚愕を露わにするアリス。まぁ普通にガチリアクションだ。宝くじで1億当たった人と同じ。


 というわけで早速説明に入ろう。


 この世界における身分証明書は、商業・冒険者、両ギルドが発行するギルドカードが主となっている。


 場所が違うだけでどちらも同じものなのだが、貴族が冒険者を名乗ったり、冒険者が商人を名乗ったり出来ないよう、それぞれにランクが存在する。


 成果を収めれば収めるほど税金や行動範囲が優遇されるので、どちらか片方だけのランクを上げた方が何かと便利。


 ちなみに俺は商業の方でBランクだったりする。もちろん色々隠しているので実際はSとかあってもおかしくない。まぁそのレベルになると国が口出ししてくるらしいのでお断りだが。いやイブが居るからたぶんもう大丈夫だけどさ。


 冒険者の場合、初心者向けのダンジョンの踏破だったり簡単な魔獣討伐の試験があり、それをこなして初めて各地のダンジョンに入ることが許されるのだが、EランクからDランクに上がる際、神殿から旅行セット一式が贈られる。商人も申請すればもらえる。その身1つで旅する予定のない俺も一応している。


 それが、少量の魔力を籠めるだけで糞尿のみを無限に吸い取ってくれる不思議コップと、血液のみを分解してくれる不思議洗濯板だ。


 いつから存在しているかは不明だが、野営やダンジョンでの排泄事情を改善し、戦闘や生理などで汚れた服を綺麗にしてくれるそれ等の魔道具……もとい神具は、冒険者や商人達の生活を劇的に変えたはずだ。


 そして長年謎とされていたその片方、不思議コップの方の原理を利用したのが、今回俺の作った『ろ石』だ。



「一応言っておくけど完全再現じゃないぞ。あくまでも原理を利用しただけ。ろ過出来るのは一部成分だけだ」


「だ、だとしても大発明ですわよ!?」


 プラスチックの中に活性炭フィルターを作った俺の技術力に愕然とするアリス。褒められて悪い気はしない。


「まぁな。魔石が自然にろ過するから魔力を必要しないって点に関しては勝ってるな。あと若干手間は掛かるけど、ろ過し過ぎないから家庭の水道とかにつけて美味しい水を飲むことも出来る。キャッチコピーは『1ランク上の水をご家庭に!』だ」


「すでに商品化のビジョンまで!?」


「ちな実験で使った神具壊れた。修復依頼も断られた。故意だからって」


「おバカですわ!?」


 神殿もケチ臭いよなぁ。そんなに作るの難しいわけじゃないと思うんだけどな。電子レンジ(俺が作った顕微鏡量産機の方ね)と同じでボタン1つでチンしてポンだろうに……知らんけど。


「まぁその話は置いといて……どうよ? 俺の実力は? アリスはどっち魔道具が上だと思う?」


「…………」


 100均に並ぶ品と世界七大不思議の1つの手掛かりとなる品。


 審美眼を持っているアリスがどちらを選ぶか言うまでもなかった。




 アリスの用意していた勝負は1つではなく、その後も料理勝負・運勝負・化学と物理学の学力勝負・DIY勝負と、俺達の戦いは夕方まで続いた。


 公民館にあるほとんどの施設を使った気がする。


「まったく……フィーネさんに頭を下げて風の大精霊シルフに力を貸していただいたのに、このザマですか……」


 落胆しながら裏事情を明かすアリス。これにてすべての勝負が終わったのだろう。


「間違えるな。お前は『アドバイスをもらった』んだ。今日見せたのは全部お前の力だ。他の誰のものでもない」


 今の彼女が全力を出せば勝てるものばかりだった。ほんの少し他者を頼るだけだ。しかし彼女は絶対に頼らなかった。


 だから俺は全勝した。


「あとわかってるだろうけど、精霊は頼まれたとしても気に入らない相手には力を貸さない。最後まで付き合ってくれたのはお前が魅力的だったからだ。胸を張れ……もとい胸を揺らせ。DIYで丸太を一刀両断した時のように」


「胸を張れで締めておくべきでしたわね。減点ですわ。それに同じことですわ。ルークさんだって自力だったじゃありませんか」


「そりゃ得意分野で勝てないようじゃプロ失格だからな。散々『経験が大切』って言ってた人間が経験してないヤツに負けるわけにはいかないしな」


 内容はどれもこれも俺がアリスに自慢したことのあるものだった。


 彼女は俺が話したことを覚えていたのだ。広めた料理、作った魔道具、行ったことのある土地の名産、そこで得た知識、経験したことを、すべて。


 とても一流とは呼べないものだったが、その道で生きていく気のない貴族のお嬢様がするにはあまりにも高水準だった。一朝一夕には身に付かない。どれほど努力したのか想像に難くない。


 お互い自力で戦った。


 そして経験の差で俺が勝った。


 彼女があと5年修行していたら結果は違っていたかもしれない。


 しかし彼女は“今”戦うことを選んだ。



「アナタのことが好き……でしたわ」


 そして“今”身を引くことを選んだ。


 それがアリス=エドワードの決意だった。



「……ふぅ、なんだか疲れましたわ。また勝負しましょうね。今度は負けませんわよ」


「ああ。次はお前の得意分野で戦ってやるよ」


「ふふっ。言いましたわね。ダンス・社交界での立ち回り・女子トーク・自慢話。一日中付き合っていただきますわよ」


「そ、それはちょっと……」


 変わるものがあれば変わらないものもある。


 “今”の俺達はどちらだろう。


 その答えを出す必要があるのかすら俺にはわからない。

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