千百三十九話 アリスインワンダーランド2
アリスの言う決着とは何なのか、頭上にハテナを浮かべて首を傾げるほど俺は鈍感ではないし、他に思いつくこともない。
恋する乙女の決意とはこれほどのものなのかと驚きはしたが、よくよく考えてみれば俺も『失うモノはないけどなんか嫌だから』というくだらない理由で世界最強になっていたので納得し、気を引き締めて正面に座る強敵を睨みつける。
「ふふっ、良い目ですわ。それでこそ倒し甲斐があるというもの」
「お前はどこのバトルマニアだ。戦いに生き甲斐を見出すな。敵を倒すことに喜びを感じるな。昔のお前はそんなんじゃなかっただろ」
格上の相手を見つけた時のアリシア姉を彷彿とさせる獰猛な笑みを浮かべるアリス。俺は、親友の変貌ぶりと、一世一代の大勝負の早過ぎる再放送に、辟易しながらツッコんだ。
楽しくなかったと言えば嘘になるが、またやりたかったと言うのも嘘になる。
愛する人への告白と同じだ。好きだの、可愛いだの、愛してるだの、2人きりの時にいくら言おうがそいつ等の勝手だが、「付き合ってください!」や「結婚してくれ!」は違う。
一発勝負だからこそ緊張があり、そこから解き放たれた時の幸福と絶望があるのだ。成功するまでチャレンジしたとしても、結果はどうであれ必ずどこかで終わりは来る。
もう終わってんだわ、俺の場合。そりゃ呆れるっての。
「勝手に終わらせないでいただけます? わたくしはまだ何もしてませんわ」
「気にすんな。ただの例え話だ」
「タイミングが最悪過ぎますわね。それと、今、一瞬『未だかつてアリシア姉にその感情を向けてもらったことがないから悔しい』というルークさんのシスコン魂が見え隠れしましたわ。貴方どれだけ空気読めませんの?」
「ハァ~? 身内にライバル視してもらえないことを悲しむとかどこのドMよ? 仲良くするに越したことないだろ。冗談はケモ耳生やしてからにしろ」
「あら。それは失礼いたしました。貴方達は普通ではないので、てっきりそれがお互いにとって最も望ましい姿かと。お姉様思いのルークさんは喜んで相手をするでしょうし、ルークさん思いのアリシアさんは『ようやくわかってくれた』と戦闘意欲溢れる弟に歓喜するでしょうし」
絶対口先だけのやつだ。そんなこと微塵も思ってない……いや、思ってる? 俺の発言を信じて謝罪したように見せかけて自分の思ってることを口に出しただけ、って日本語って難しいな。とにかく皮肉だ。
さらにアリスが読心術を使えるのも確定。いつものように顔に出ていただけかと思ったがこれは俺の心の内を読んでいる。
意図してかどうかや範囲などの詳細は不明だが、もし天下一武闘大会の時の俺と同じ状態だとしたら、知識や経験によっては最強と化す。
(この勝負……油断できない!)
「長きに亘る付き合いとそこでの言動から親友の心持ちを推し量ることを不気味がるのはやめていただけます? 『努力』や『愛情』と言っていただきたいですわ」
「だとしても今のは絶対読んだよな!?」
「それはそうと、ここぞという時がなかっただけで、わたくしは昔からこうでしたわよ」
流された……。
ま、まぁ、力の有無と意志の源、どちらの方が気になるかと言われれば、答えてもらうことでしか判明しない後者なので良いっちゃ良いんだが。
力を持っていることを前提に油断しなければ良いだけの話だ。
――というわけで、
「それは知りませんでした。スイマセン。ほんの10年仲良くしただけですべてを知った気になっていました」
「そこがわたくしとの違いですわね。お知り合いが多いのは結構ですけど、今後も付き合っていこうと思っていらっしゃる方々の中でも特にという数名には、もっと興味を持った方が良いですわよ。『特別』は最強ですから」
力……あるみたいです。
たぶん俺限定の。てか今限定の。
物理法則絶対主義の地球には『人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて死ね』『夫婦喧嘩は犬も食わない』など恋に関することわざは多いが、俺が知らないだけでここには『他人の色恋沙汰に手出しするのは精霊の自由』的なことわざがあるのかもしれない。
(色恋沙汰に限定しませんけどね~)
(神様。それは無秩序と言うんですよ)
(地球では意志の力で何とかなる環境が切望されているとお聞きしたのですが?)
仲間達にバトンを託された主人公然り、友を殺されたダークヒーロー然り、家族のために戦う父親然り、弟子のために命を懸ける師匠然り、恋する少年少女が本気でダイエット&化粧すれば超美形になれるシチュエーション然り。
やる気次第で何とかなる世界は素晴らしい。
夢がある。胸熱展開がある。
(でもそれを理由に遊ぶのは違うと思います)
(精霊と神に人権を~。世界は誰のものでもない~。強要される世界は間違っている~。誰もが自由であるべきだ~)
神様は言いたいだけ言って神託(?)を切った(??)。
今後も、強者や精霊が自由気ままに混沌を生み出し続けるだろうが、俺にはどうしようもない。これが本当の弱肉強食。力のない者は従うしかない世界だ。
「あ、そうそう。わかっているとは思いますが、ピンチになっても誰も助けに来ませんわよ。これはわたくしとルークさんの1対1の真剣勝負。勝者は敗者に1つ何でも命令出来る闇のゲームですわ」
「それは聞いてませんが!?」
思い出したように詳細を語ったアリスは、叫び散らす俺を無視して馬車から降り、目の前の建物へと歩を進めた。
タイマンはともかく罰ゲームは違うと思うんですよ、ぼく。地球なら決闘罪や詐欺罪、賭博罪にあたっちゃいますよ。まぁ異世界なので関係ありませんけど。
「御託を並べてないで5秒以内に降りないと引っ張り出しますわよ」
と思ったら、長引きそうなことを予感したアリス嬢が、踵を返して脅しに入りましたよ、と。
拒否権? ははっ、やだなぁ~。そんなものあるわけないじゃないですか。今だって、人間とは思えない凄まじい腕力で死合会場に引きずられてるんですよ。
「魔道具製作で勝負ですわ!」
4年ほど前に、魔獣の巣窟と化したビルを(ウチより大きい建築物ウゼェというほぼ私情で)破壊したのを覚えているだろうか。
そこに建てられたのがこの公民館だ。
その一室。家庭科室のような理科室のような、作業台がいくつも並べられた部屋に案内……もとい連行された俺は、突きつけられたお嬢様の細く白い指先と周りにある品々を眺めながら語り部をしていた。
それぞれのテーブルの上には分野別の素材。例えば俺の右隣にはマテリアル結晶や鉄鉱石といった各種鉱石が並んでいる。税金を使って常備しているとも考えにくいのでアリスが用意したものだろう。
設備は、プロも唸る最新&一流ではないが、一般家庭ではまず無いであろう機材や魔道具が盛り沢山。
にもかかわらずここには俺とアリスの2人だけ。
この『ここ』とは実験室ではなく公民館すべてを指している。
廊下で誰かとすれ違うことも、別室から声が聞こえてくることも、受付で手続きをすることすらなかった。
(ま、平日の真昼間だしな。貸し切るのも難しくないわな)
建てたけど誰も使ってくれないというネガティブ思考とはグッバイ。魔道具の勉強や実験は人気で、アリスが勝負のために無理矢理貸し切った。そうに違いない。
「あのぉ……聞いていらっしゃいます? 反応なり動くなりしていただかないとこちらと致しましても困るのですが」
「あ、いや、スマン。色んな『何故』が脳内を駆け巡って固まってたわ。公民館の存在は知ってたけど入るの初めてだし」
何故それで勝てると思ったのか。
何故受ける前提で話を進めているのか。
何故この場所なのか。
何故審査員が居ないのか。
何故俺はリニア開発ではなく親友と戦おうとしているのか。
「全力でぶつかってこその決着ですわよ」
「……そうだな」
勝敗を決めるのは自分達。関係ない第三者の意見なんて気にするな。ここで逃げたら一生負け犬だぞ。それでも良いのか。
纏った空気ですべてを物語るアリスのやる気と、相手の得意分野で叩きのめしてこそ真の勝利という彼女の姿勢に、応じない選択肢は存在しなかった。




