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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
五十四章 プロジェクトZ~研究者達~

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千百三十八話 アリスインワンダーランド1

 本人達はもちろんのこと、両家も世間も認めた婚約者を実家に連れていき、しばらく寝泊りすることが決まった翌日。


 人によっては、同棲だの、愛の巣だの、「み、未成年の分際で破廉恥な!」だの、冷やかしから勘違いまで色々と生みそうな状況だが、俺達は修学旅行にも劣る平平凡凡な健全極まりない生活を送っていた。


「夕食後に2人で部屋に籠って、流れで一緒にお風呂に入りそうになって、何とか別々になった後も夜遅くまで語り合っていたのに?」


「これから始まる計画と今後の生活について話し合っていただけです。それは我々の仕事であり趣味です。風呂は私も驚きました。母と共に止めたのは記憶に新しいです」


 疑いの眼を向けてくる母に、出来損ないの翻訳ソフトのような口調で弁解する主人公。つまり俺。


 どうやら健全だと思っていたのは俺達だけだったらしい。当人達は『当たり前』をしているだけなのに周りが勝手に邪推する。典型的な杞憂民だ。


 年頃の男女が2人きりで部屋に居たからなんだって言うんです。友情は成立しなくても仕事仲間は成立するんですよ。商人だって冒険者だって男女で旅するでしょ。2対1だと乱交パーティ扱いですか、この野郎。


 チームだけに!


 …………おっほん。と、とにかく、性欲を持て余して手を出すなんてその場の勢いに任せたバカ野郎のすることですよ。


「それは恋人や婚約者相手には通用しない理屈じゃないかしら?」


「通用します。今はクリスマスや誕生日ではありません。同棲を始めたその日にプレイ開始なんて幻想も良いところです。我々は明日の仕事のためにプライベートを犠牲にする社畜。家族サービスを放り出して早めに寝るのではなく、遅くまで作業してしまうタイプの仕事人です。

 それに、夜遅くとは言え、イブは与えられた部屋に戻りました。シーツを換えたりもしていません。ゴミ箱を調べていただいても結構です」


「今のアンタにとっては証拠隠滅なんて朝飯前じゃない」


「こういう時、精霊は動きません」


「って言えば証拠になると思ったら大間違いよ」


 昨日『本人が違うと言ってるんだから信用しろ』的なことを言ってたのはどこのどいつだ……。


「イブさんが用を足した後に間を置かずに入ってましたよね、トイレ」


 選手交代とばかりに質問をしてきたのは、レオ兄の嫁、シャルロッテさん。


「ニオイを気にするのは素人のすることです。我が家の空調は完璧です。仮に同席しても気になりません。連れションは時短です」


 この言い方からして彼女はその現場を目撃したらしいが、俺は弁解どころか世間一般のトイレと一緒にするなと不服を露わにしてこれに対処。


 難なく追撃を回避する。


「当たり前のように隣に座って朝食を取っているのに苛立ちを感じます~」


「嫉妬乙」


 家族からの尋問はここで終わった。


(やれやれ……なんでこいつ等はこんな恋愛脳なんだ。まさかこれが世間一般の家庭の姿なのか?)


 前世では家族に紹介するところまで行った恋人はおらず、今世でも結婚後のレオ兄とシャルロッテさんの雰囲気しか知らない俺は、小学生男子のような家族の様子に戸惑いを隠せずにいた。


 もし今後も続くようなら早めに家を出た方が良さそうだ。俺はともかくこういった話が苦手(?)なイブがヤバい。


 苦手でなくても置いておくのがヤバい。作業に没頭するあまりダラシナイを通り越してはしたない姿を見せかねない。


 むっつりスケベのレオ兄や老いてなお性欲健在の父さん、独身貴族のマリク、それ等に関係する家族や女性の嫉妬など、色々なところに地雷が埋まっている。


(ま、どの道そのつもりだったけどさ)


 次男は成人したら家を出るもの。ましてや結婚をしたら絶対と言っても良いだろう。あって二世帯住宅。


 その辺りのことを家族と話し合ったことはないが、おそらく誰も反対しないだろう。もしかしたら既に土地の手配をしているかもしれない。


 


「まったく……遅いですわよ」


 一般的な企業ほどキッチリとした出社時刻があるわけではないが、グループで動こうとしている上、集合時刻を指定した人間が遅れるわけにもいかない。


 8時30分。実に普通の時間帯に家を出た俺とイブ(とフィーネとユキ)は、門の前に立っていたアリスと出くわした。


 恰好は見慣れたブレザー。よほど丁寧に使っているのか買い換えたばかりなのか、紺のブラウスも、赤と紺のチェックのスカートも、首元の蝶ネクタイも、胸にあるスイセンの花弁をデザインした金色エンブレムも、真新しい。


 それと同じ色のツインドリルは心なしか普段より輝いて見える。


 腕組みしていたり、足を肩幅に開いたり、武具を装備していたり、仲間を大勢引き連れたり、覇気を出していたり、何かしらの『強さ』を見せているわけでもないのに仁王立ちと感じてしまうのは一体全体……。


(いやまぁ強さはあるんだけどさ)


 彼女の目だ。


 かつてないほどやる気に満ちている。


 思いつく限り一番近いのは天下一武闘大会の決勝の俺。


 アリシア姉のように常日頃から決意ばかりしている人間のものでもなければ、イブのように当たり前を失ったらどうなるかわからない人間のものとも違う。  ここぞという時にだけ見せる何かを決意した人間の目をしていた。


 ただそれだけで普通の学生服も戦闘服と化す。


「何やらのっぴきならない事情がありそうですね。イブさん。我々は先に参りましょう。もしもルーク様が来られない場合は私が代わりを務めさせていただきます」


「おおっ、なんてお買い得なんでしょう~! この機会を逃す手はありませんよ~!」


 不意打ちもあって昔馴染みに威圧されていると、一瞬で事情を察した(最初からすべてを理解していた)フィーネとユキが、俺を置いて出勤した。


 イブが一切抵抗しなかったのは、俺より役立つ人材が居たからだろう。彼女はそういう人間だ。少なくとも今回に限っては、友人とのゴタゴタより仕事を、ただの仕事より効率的な作業を優先した。俺でもそうする。婚約者候補が現れなければ他国の王子と仲良くしようと知ったこっちゃなかった。


 浮気を疑うのは信用してない証拠。束縛するヤツは嫌われるぞ。お互いの関係を良くするための言動にしても、まずは客観的に考えるべきだ。



「どうしたんだ? 今日は平日だぞ?」


 絶対的信頼を置いている盾を失い、心どころか体も震え出しそうになる俺は、なるべく平然を装って尋ねる。


 あの大会を経験していなければ初手土下座だった。良くて犬のように尻尾を垂らして敬語。今のアリスにはそれだけの威圧感がある。


 まぁそんなもしもトークはさて置き、就職している俺達とは違い、彼女は学生。選択式授業でもないのでこの時間だと遅刻確定だ。


「あら? 御存じありませんの? ほとんどの高等学校には、学業より優先すべきことがある場合、授業を免除していただける制度がありますのよ。当然ですわよね。なにせ在校生の多くは貴族。実家の手伝いや急な催し事などを効率よくこなす術を身につけるために通っている者に無理強いする意味がありませんもの」


「だとしてもウチに来る意味がわからないんだが?」


「決着をつけに来ましたわ」


 アリスが自信とやる気に満ちた顔で言うと、どこからともなく歩いてきた馬車が彼女の背後で止まり、荷台の扉がゆっくりと開いた。


 新章の始まりは開発ではなく新たな戦い。


 そう思って間違いないだろう。

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