外伝34 レギオン連合国2
レギオン連合国について語る上で避けては通れない話題がある。
卵が先か鶏が先か。
人間が生きていくためには水が必要だ。文明が大河の近くで誕生するのは当然と言える。しかしダンジョンの場合、力を持つ者であれば食材と素材を取り放題な土地だが、そうでない者にとっては自然界で採取するより過酷だ。
いつからそのような諸刃の剣を用いるようになったのだろう。
土地を追われて仕方なく開拓することにしたのか、権力者が財を手に入れるために派遣したのか、争いと栄誉を求める者達が手を出したのか、逆に栄えていた国にある時突然大量発生するようになったのか。
どれだけ歴史を遡ろうと、どれだけ土地を調べようと、まるで世界が隠そうとしているように情報が出てこないその謎を解き明かすことが研究者達の悲願だが、実はレギオンの者達や訪れた冒険者達にとってはどうでもよかったりする。
一説によれば、隣国のバルダルはここで財を成した者達が安全な娯楽を求めて興した国とも、そこで財を成した者達がダンジョンに手を出したとも言われているが、真偽のほどは誰にもわからない。
結局のところ今が良ければそれで良いのだ。
『力がある者は稼げるし、なければ死ぬ。どっちでも良いけど魔力は使おう。そうすればきっと新しいダンジョンが生まれる。人も魔獣も精霊もみんな幸せ。未来にも繋がるハッピーライフ』
セイルーンとバルダルの間を隔てるように広がっているレギオン連合国は、そんな緩くもあり厳しくもある人生観と、武力と、財と、欲望で成り立っている国だ。
ダンジョンに蔓延る魔獣が危険であるのはもちろんのこと、権利や税を気にせず自由気ままに探索している冒険者に喧嘩を売るような真似はどの国も願い下げ、かと言って金銀財宝から未知の素材まで毎日のように発見される土地を無視することも出来ない。
レギオン連合国では今日も様々な思惑が絡んでいる。
そしてここにそんな思惑とは無関係な冒険者が1人――。
「いや~、賑わってますね~。流石はレギオンと言ったところでしょうか」
1番街という情緒もへったくれもない町へとやってきたアリシア一行が真っ先に訪れたのは、中心部から少し離れた場所にある冒険者ギルド。
日焼けでボロボロになったものから新品同然のものまで様々な紙が貼られた掲示板だったり、交流スペースに置かれている木製のテーブルと椅子だったり、血と汗と酒と食品のニオイだったり。
内装や雰囲気は他の地域と同じだが規模が桁違いだった。2階建てではあるが広さはちょっとした百貨店ほどもある。
そして広さに負けない人の数。
「空いている時でこれとか、朝晩は一体どうなるんでしょうね」
14時という時間帯は、ダンジョンにガッツリ潜る予定の者達が帰還するには早過ぎ、ほどほどの者達は昼食を取り終えて潜り始める時刻。
それだけ夢と理想の詰まっている場所ということでもあるのだが、毎回このような待ち時間を与えられては堪ったものではない。
これまで見てきたどの冒険者ギルドより大きく、3倍近い受付があるにも関わらず、それ以上の冒険者の密度によって長く待たされることを確信したアリシアは、溜息をつきながらこの混雑がたまたまであることを願った。
「暇なので淫術使って良いですか?」
「…………ダメよ」
人払いが出来るかも。
人生を無駄にすることを嫌うアリシアが、一瞬、悪魔の囁きに耳を傾けかけたのは仕方のないことなのかもしれない。
「いらっしゃいませ。目的は観光ですか? 冒険ですか?」
「……なによ、その選択肢」
待つこと20分。ようやく自分の番が回ってきたと疲れた様子で数歩前に進んだアリシアは、カウンターの向こうに座っていた女性から投げかけられた質問に、訝しむように眉をひそめた。
「レギオンではよくあるんですよ。ダンジョン観光目当てのお客様がどこへ行けばいいかわからずに冒険者ギルドを訪れることが」
「は~。まぁ名産と言えば名産ですもんね。商売にしてもおかしくはない……いえ、むしろして当然です」
愕然とするアリシアの左肩で納得したように頷くピンキー。
「それはそうかもしんねぇけど、なら看板出すなり定期的にアナウンスするなり間違わない努力しようぜ。第一声で尋ねてる時点で出来てないって言ってるようなもんじゃん」
アリシアほどではないにしろ呆れた様子で、右肩に座っていたパックが身を乗り出してピンキーの方を見ながら指摘する。
もしここが観光課で、看板が無かったせいで人生の貴重な時間を無駄にさせられた冒険者が居たとしたら、暴れ出してもおかしくはない。逆も然り。観光客がクレームを入れるかもしれない。
「それが出来たらとっくの昔にしています。あまり大きな声では言えないんですが、それが『冒険者協会』の目的なんですよ」
「どういうことよ?」
「つまりこの待ち時間も観光の一部ということですよ。なにせ間違えやすいように『冒険者』や『協会』といった名前を入れているぐらいですからね。看板の件もですが、どうしてもと言ってきかないんです。お客様は大手を振って『冒険してきた』と言えますし、他の国では禁止されているような迷惑行為も、間違えたのであれば仕方ない。ここがこの国の雰囲気を最も安全に感じられる場所というのも間違いではありませんし」
「神殿の方とゴッチャになりそうですね。あちらも協会ですし」
「くっだらない……そんなことに名前使わないでもらいたいわね。いい迷惑だわ」
「お陰でこの有様ですよ」
受付嬢はアリシアの背後にチラリと目をやって肩を竦める。
3組後ろには、ラフな服装、筋肉の足りない肉体、やる気のない目、手に持ったカメラでそこら中を撮影している若者が4名。
明らかに冒険者ではない。
「チッ」
「ホントすみません」
パックの予言が実現しそうになるも、その前に受付嬢が謝罪したことで、アリシアの怒りは臨界点ギリギリで止まった。
大昔から続く文化に対して苦言を呈すこの受付嬢は、外からやってきたばかりなのだろう。それ故に何も出来ないとも言える。
そして、世界最難関のダンジョンだろうと、低難易度エリアはもはや観光スポットと化しているようだ。
「ま、良いわ。私の関係ないところで好きにすれば。それより私達、レギオン洞窟に行きたいんだけど、何かルールがあるらしいじゃない。教えなさいよ」
このような小賢しいやり方が好きではないアリシアだが、目的はあくまでもレギオン洞窟の様子見なので、素材の換金や依頼受注でもない限りここへは来ない。
口出しするほどのことでもないとさっさと本題に入ることに。
何故一行がダンジョンではなくギルドを訪れたのか?
理由は、道中で出会った冒険者達にそういうものだと教えられたから。
他の国でも許可を必要とするダンジョンは少ないながらもあるため、アリシア達は違和感を持たず、言われるがままに冒険者ギルドへと足を運んだ。
「簡単です。冒険者協会の定めたダンジョンを3つ踏破するだけですよ」
「なんでここでその名前が出てくるのよ?」
「無謀な挑戦者が現れないように……という建前で自分達の権力維持が目的なのでは?」
「な~る。手っ取り早く入りたければツアーに参加しろ。そうでなければ長期滞在して町に金を落とせ。冒険者の生存率を上げるって目的がある以上ギルドも強くは言えない。完璧だな」
「まぁノーコメントで」
この受付嬢の反応からしてピンキーの説は当たりだろう。
「そのダンジョン。歯ごたえはないのよね?」
「そうですね。あくまでもレギオン洞窟に挑めるだけの実力があるかを判断するための試練ですから。観光スポットで死者が出てもアレですし。5層まで行けるだけの実力があれば楽勝かと。ただ長いです。一流の冒険者でも1つ踏破するのに3日は掛かります」
「鬱陶しい……」
アリシア=オルブライト、およびその仲間達。
将来のための様子見で訪れた冒険者の聖地に長期滞在決定。
「あ、それともう1つ」
滞在手続きや試練のダンジョンへの行き方、クリア後にすべきことなど、受付嬢はギルド職員としての作業をおこないながら新たな話題を振ってきた。
お喋り好きなのかもしれない。
「まだ何かあるわけ……」
ウンザリしながら応じるアリシア。この国にあまりいい印象を抱いていないと見える。まぁ当然と言えば当然なのだが。
「レギオン洞窟ですが、カメラが普及したことで最近は記念にと帰還途中のボロボロの冒険者を撮影する人が増えているので気を付けてください。困るんですよね~。ああいうことされると無理して進もうって気が起きなくなるじゃないですか。必ずと言っていいほど疲労困憊した姿を写されるわけですから」
「禁止しなさいよ。トラベルギルドなり冒険者ギルドなりで」
「言っても聞かないんですよ。『偶然映り込んだだけだ』『ここはダンジョンを撮影することすら禁止するのか』てなもんです」
「……なら魔獣を倒すための戦闘に巻き込んでも仕方ないわね」
間違いない。やる気だ。例え魔獣が居なくても「気配がした」と言って猛威を振るうつもりだ。
「そうやって護衛の人達と喧嘩になることがあるので、最近は10層辺りに町をつくろうって計画が進行してます。言わば中継地点ですね」
すでに多発していたらしい。
「その分物価は高いですし治安も悪いですけど、本気で攻略を目指したり長期滞在する方々には喜んでいただけるはずです」
「その言い方からしてもう住めるようになってるの?」
「一応ですけどね。武具職人も居ますし、向こうにも冒険者ギルドの支部があるので、やはり還元率は低いですけど素材などの売買も可能となっていますよ」
金に無頓着なアリシアの方針は決まった。




