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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
五十三章 勝ち取った日常

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閑話 アリスインワンダーランド00

「お、おはようアリス……きょ、今日も良い天気だな」


「エ、エリオット。わかっていると思いますけど、春は一年で最もおかしな者達が溢れる季節ですわ。進級したばかりで浮かれている学生ならなおのことです」


「は、はい! お、お、お任せください!」


「…………ハァ」


 ルーク達が王都を出発した翌日。


 というかルークとイブが婚約発表した翌日。


 アリス=エドワードは、自宅の食卓テーブルの上に“それとなく”置かれた新聞と、そこをチラチラ見ながらも平静を装って朝の挨拶をして来る家族達に呆れながら、自分の椅子に腰かけた。


 自分の目で確かめる大切さを教えているエドワード家では、朝の忙しい時間帯でも世間の出来事を知ることが出来るように新聞が食卓に常備されているため、それ自体に違和感はない。


 もし彼女が食卓に一番乗りしていたら、コンビニに売られているコミックのような使用済み感満載の新聞に違和感を抱いていただろうが、今日は最遅の来訪者。間違いなく誰かは読んでいるので向きや置き方を気にすることもない。


 しかし例の記事が一切見えないようにされている。


 偶然そうなった可能性はもちろんある。


 ただ家族の様子がそれを否定していた。


「ア、アリス? ど、ど、どうかしましたの?」


「いいえ、お母様。なんでもありませんわ」


 アリスは、全員の探るような視線を受け流しつつ、目の前に並べられた味と栄養を両立させた朝食に注目した。


 黒胡椒とハーブでスパイシーに味付けされたソーセージエッグに、乾燥や冷凍技術の発達で年中食べられるようになったトウモロコシを用いたコーンポタージュ。サッパリした塩味で食べても良し、他の料理と合わせても良しのフランスパン。


 領主一族の朝食としては貧相と言えるレベルだが、自慢すべきところを弁えている彼等の中に不満を感じる者は居ない。金粉を乗せたキャビアやクラーケンの刺身は見栄を張る時だけで十分だ。



「「「いただきます」」」


 いつも通り、生産者や料理を作ってくれたメイド達、自分達のために命を差し出してくれた動植物、汗水たらして稼いでくれた家族、それ等を育んでくれた神アルディア、世界のすべてに感謝を伝えて一日の活力を補充し始めた。


 が、場の空気が和んだのはその一瞬だけ。


 感謝の合掌はどのような状況下であっても自然とおこなえるが、それが終われば再びドキドキハラハラタイムの始まり……いや、死刑執行が始まったと言うべきか。


 食事というのは、出された料理を楽しむのはもちろんのこと、その空間や時間そのものを楽しむもの。自分以外の者が居れば、楽しさを共有しようとしたり、有意義な時間にしようと話をしたりする。


 エドワード家の場合は流れが決まっている。


「本日の予定ですが、わたくしとエリオットは特に何もありませんわ。いつも通り学校へ行って、帰宅して、各種習い事をするだけですわ」


「あ、ぼくは帰宅してから兄と商業ギルド主催の執事勉強会に行きます。あこそは新人執事の指導をする場ですけど、ぼくみたいな青二才でも参加は許可されているので。執事ならではの悩み事をする場でもありますし」


「……まるでワタクシに対して不満があるような言い方ですわね」


「い、いえそんなことは……」


 まず最初は本日の予定。


 急ぎの用件があれば予定を変更したり第三者への報連相が必要となる。なければ家族の動向を知れる。何かあった時にすぐ見つけられる。重要な話題だ。


「パーティで思い出しましたけど、先日、パズズ家の奥様が――」


 次に雑談。


 他愛のない話でも情報共有することで誰かの役に立つことがある。ここに居るのは1つの町を統治する領主の関係者。井戸端会議だろうと世間に目を向けることは大切なことだ。


 そしてその中に含まれるのが世情に通じる新聞。


「新聞よろしいでしょうか?」


 母の知人の自慢話を片耳に聞きながら読む。


 それは父の知人(時々自身)の仕事の苦労話を聞くのと同じぐらいエドワード家ではよくある光景なのだが……。


「「「…………」」」


 今日に限っては誰も動かなかった。


 父バッツは難しい顔をしながら腕組みをして仕事で困っている空気を醸し出し、母エリザベスは誰も聞いていない話を延々続け、従者エリオットは突然給仕係と料理について熱く語り出す。


(ハァ……まったく……)


 そんな一同の反応に心の中で再び溜息をついたアリスは、席を立って自ら新聞の下へ。


「「「――っ!!!」」」


 食卓に緊張が走る。


「さて、と……昨日はどのようなことがあったのかしら」


 何食わぬ顔で戻ってきて新聞を広げるアリスと、その様子をさながら断頭台へ向かう罪人の家族のような面持ちで成り行きを見守るその他大勢。


 ペラ……ペラ……。


 生殺しの時間が一同の精神を蝕む。


「あ、言っておきますけどわたくし、ルークさんとイブさんが婚約発表したことは知っていますわよ。1000年祭に行っているお友達から通話がありましたわ。王都では1時間後に手刷りの号外が出たそうですわよ」


「「「ナ、ナンダッテー」」」


 白々しい反応。どうやらエリオット達はそれすらも知っていたようだ。その上で『改めて文字や絵で見せられるとブチギレるかも……』という恐怖心で怯えていたのだろう。


「それと現在ルークさんはイブさんを連れてこちらへ向かっているそうですわ。到着予定は明日の昼頃とのことです」


「あのぉ……何故それを口に出されたのでしょうか?」


 十数年共に暮らしてきた自分の娘だろうと、下手に出るべき時は出る。世渡り上手でなければ領主などやっていられないのだ。


「ウフフ。お父様。それを言う必要あります?」


 おずおずと手を挙げて尋ねた父に、自慢のツインドリルを揺らしながら優しい笑みを浮かべて問い返すアリス。


 当たり前のことだがそれ以上追及する者は居なかった。




 その日の昼休憩。ヨシュア高校の屋上で2人の少女が密会していた。


 片方は如何にもお嬢様な金髪ツインドリル。もう片方は黒に近い茶色の髪のクールビューティ。


「……なるほど。つまりアリスは『浮気者を成敗したいけど1対1でないと難しいからルークの周りの連中を排除しろ』と」


 クールビューティことシィは、胸元まで垂れ下がっている学年を表す赤いリボンを指で弄りながら、親友からの無謀すぎる依頼に呆れた。


 親友の復讐のためなら戦うこともやぶさかではないが、いくらなんでも相手が悪い。


「まったく違いますわ。わたくしはそんなこと一言も言ってませんわ」


 自分が間違うことなどあるはずもないが、と自信に満ちた表情で依頼内容を再確認するシィの間違いを何のためらいも持たず正すアリス。


 これでシィがしょげれば、基礎学校に入学した当初から続く友人関係に亀裂の1つでも入ったと思われても仕方のない状況だが、彼女達の間では日常茶飯事。


 彼女達のクラスメイトが、一瞬のシリアスシーンだけ見たとしても、おそらく何も思わない。2人はそういう次元の仲の良さだ。


 むしろシィの方がアリスをからかっていたりする。


「……? なら決闘する意味とはなんですの? 勝敗を決める意味がないどころかアリスが傷付くだけですの。あんな男を見返しても良いことありませんの。ボコれる算段があるなら協力しますの」


 まぁ今回は本気だったようだが。


 愛だの恋だのに疎いのか精通しているのかわかりづらいサキュバスっ子は、ラブウォーを起こそうとしている親友の言動および動機に、ただただ首を傾げる。


「ありますわよ。わたくしの決意とルークさんの決意。お互いの想いをぶつけ合うというとても大事な意味が。

 もう一度言いますわよ? 勝ったらイブさんから1位の座を奪い、負けたら身を引く。しかし普通にやったらあの腐れニート思考は絶対に勝負を受けません。そこでシィさんに勝負を受けざるを得ない状況を作っていただきたいのです。そして邪魔が入らないようにしていただきたいのです。もちろんわたくしも協力しますわ」


「賭けが成立するまでのシナリオ作りだの、恋の駆け引きだの、専門外ですの。殴る蹴るの暴行で片付く依頼に変更してもらいたいですの」


「……ま、まぁ多少野蛮でも目を瞑りますわよ。とにかくデートですわ!」


 正義は我にあり。我に秘策あり。


 シィは、どちらとも取れる雄々しいガッツポーズを向けてくる親友の姿にやれやれとため息をついて、作戦会議に取り掛かった。



 アリス=エドワードの一世一代の戦いはこうした始まった――。 

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