千百三十五話 迷宮探索4
「ったく……なんでもかんでも暴力で解決するのは良くないって、いつになったら理解するんだよ。手を出すより先に話し合おうぜ。俺だってバカじゃないんだ。口で言えばわかるっての」
事件現場の雰囲気を微塵も感じさせないアスレチックのような凸凹エリアで意識を取り戻した俺は、謝罪はおろか覚醒したことにすら触れない一同に苦言を呈した。
「いけしゃあしゃあと……な~にが『意識を取り戻した』『謝罪はおろか』よ。ずっと起きてたじゃない。ニーナに背負ってもらうまで気絶したフリしてただけでしょ。合法的にセクハラ出来るから」
「違いますぅー。この対格差でどうやって運ぶか興味があっただけですぅー」
俺が162cmで中学2年生の男子と、ニーナが128cmで小学3年生の女子とほぼ同じ身長だ。筋力的にはまったく問題ないが物理的には問題しかない。
背負うことで半ば折りたたんだとしてもニーナが使用しているのも上半身だけなので覆いかぶさることになるだろうし、お姫様抱っこも人間がマグロを持つ時のような持て余してる感満載になってしまうだろう。
というわけで両肩で担ぐ俵持ち、あるいは完全に折り畳むお米様抱っこ(嫌がるロリを強引に運ぶ時に片方の肩で担ぐアレ)を予想していたのだが……。
「いつまで経ってもユキが引きずり回すのをやめないから諦めたんだよ! てかいつまで引きずってんだ! さっさとこれ解けよ!」
大なり小なりを済ませてから30分。
ツンデレの塊であるルナマリアや、初めての洞窟探索&手に入れたばかりの精霊術の行使&大ミミズの残していった未知の物質の調査で忙しいイブ以外の面々が動かない俺の運搬に立候補したものの、3連続でユキが勝利するというまさかの事態に。
しかも運び方は、ロープで全身をぐるぐる巻きにして引きずり回すという、拷問まがいのやり方。さらに周りにペースを合わせているので意味もなく駆け回ってやがる。お陰で全身泥だらけだ。
これで起きない方がどうかしている。抗議しない方がどうかしている。
「気絶したフリだったのは認めるわけね……」
「別に悪いことじゃないし。何なら代わるぞ? たぶんパイについて一通り弄ったら足持って引きずり回すけど」
「…………」
どこかに反応するとパイにも触れないといけなくなると一瞬で判断したルナマリアは、「同族嫌悪じゃない!」というツッコミすらせず無言で歩を進めた。
気絶させてみたくなったのは秘密です。
だって気絶してる相手を背負うのは合法で、少女漫画でよくある「お前の寝顔可愛かったぞ」の上位だか下位だかの互換が、不可抗力で出来てしまうのだ。
弄られてナンボの人間にやってみたいと思うのは自然で当然じゃないか。
「ルーク様。私の場合はどうなるのでしょう?」
「このガイドラインはちっぱい専用です。御立派なモノをお持ちの方への対応は臨機応変となっております。推奨もしておりません。不都合がある場合は他社に依頼することもあります」
「…………(チラッ)」
フィーネスキーカンパニーの社長が、好奇心と劣等感と満足感の狭間で揺れ動きながら、名乗りを上げるように一瞬こちらを見た。
他にも、PZ(ポジティブ全振り)の会長や、努力空回り製薬の唯一の社員など、ここには各社の代表が揃っている。
どこに仕事を与えるかは入札で決めよう。
汚職の温床になる公共工事入札と違い、得にはならないどころ面倒で断る者も多い仕事なので、真にその仕事を求めている者がわかる。またどのぐらい想っているかがわかる。
「いえ、ルーク様に背負っていただけないのであれば結構です。心配せずともあと100年は歩き続けられます」
フィーネが断った瞬間、フィーネスキーカンパニーの社長がガックリと肩を落とした。
俺も負けないぐらい肩を落とした。
フィーネが絡んだ時のルナマリアは周りの迷惑も後先も考えない。自分の愛を金額で表せと言われたら絶対に「金貨100億枚よ!」と調子に乗るので、「じゃあ用意しろよ」と返して小学生のようなやり取りをしようと思っていたのだが……あまり横道に逸れるなということだろうか? この思考も読まれてたはずだし。
それと、フィーネは何故か補足を入れたが、俺はもちろん全員が彼女の足腰の心配などしていない。したこともないし、する予定もない。
「……これは喜ぶべきなのでしょうか?」
「それはフィーネさんの心持ち次第ですよ~。コップの水理論と同じ~。半分も残っていると思うのか、半分しか残っていないと思うのか。気に掛けてもらえないことを信頼されている、実力を認められていると捉えるならポジティブさん。相手にされていないと捉えるならネガティブさんです~」
複雑そうな顔で1000年来の親友に質問するフィーネ。
頼られた親友は、答えではなく、そのための道を用意するという素晴らしい行動に出た。これは精霊王だ。
そして過ごした時なら負けていないルナマリアは頼ってもらえなくてしょげる。肩を落とすより酷い有様だ。まぁ「コイツの評価なんて気にしなくて良いわよ」と自分の中にある答えを押し付けようとしていたので仕方ないのだが。
それはそうと――。
「いつになったら俺は解放されるんだ?」
ええ。未だに引きずり回されてますよ。
「こうやって体臭を消すことで自然界に溶け込むことが出来るんですよ~」
『貴方のため』という万能ワードで、詳細説明をおこなわずに片付けようとするユキ。
そのような蛮行を許すわけにはいかない。
俺は噛みついた。
「サバイバルあるあるだな! でも活用する場面じゃないから意味ないな!」
俺達以外の生物が存在していない状況でニオイを消して何になるというのか……。
「フフフ……カイザーを倒したようだな。だがヤツはラスボスの中でも最弱!」
「いや、そこはラストにしておけよ。なんだよラスボスの中って。最後だからラスボスだろうが。あとお前レパートリー少ないぞ。その変装昔見たわ」
「がーん」
自称ラスボス四天王(言うまでもなくユキだ)は、自分でも気が付いていなかったのか、以前どこかで披露したことのあるビッグフット系の変装を解いて地面に突っ伏した。
「シャチホコォォ!」
「たしかに新しいけどそんなことするヤツをラスボスにしたくない。2段階ぐらい進化してから出直せ」
その状態でエビぞりするも、流れと無関係なので一蹴。
「あのぉ~。本当にあの変装見せました? 私、全然記憶にないんですけど」
「……気のせいだったかも」
デジャビュってよくあるよね。
「で、結局、なんで引きずり回してんだよ?」
話しながらなんとかバランスを取ってジェットスキーのような遊びにしようとするも、上手いこと左右に振られてことごとく失敗に終わる。
無駄な抵抗をやめて現状の改善に乗り出すも、ユキは一向に口を開こうとしない。
「やれやれ……ただでさえ高い私の評価が天元突破しちゃうので言いたくなかったんですけど、そこまで必死に頼まれたら仕方ありませんね~」
バカめ! 掛かったな! これが天邪鬼の扱い方だ!
「――とでも言うと思ったかバカめ~」
「くっ……」
「ライヤーゲームしてないでさっさと先に進めなさい!!」
「「は~い」」
進行の鬼が牙をむいたので俺達は大人しく従うことにした。これは暴力に屈したのではない。戦略的撤退だ。
「ただこれだけは言っておく。お前の評価なんて、病気の時に母親が作ってくれる梅干し入りおかゆ&リンゴのすりおろしぐらいのもんだ」
「限界値と言っても過言ではないですね~」
ぶっちゃけ獣人と戦えるレベルです。
「安心しろ。フィーネもイブも同じ領域に居るから」
「……アタシは?」
「イヨたんと同じ」
言った瞬間、ルナマリアの顔が先程のフィーネと同じになったのは、色々思うところがあったからだろう。
「地面を引きずっていたのはルークさんの体を浄化するためです~」
それについて考える前にユキが気になるワードを織り込んだ説明を開始したので、閉塞感を感じる一直線の洞穴に差し掛かっていたこともあり、俺達の興味はルナマリアからユキへと移った。
「その心は?」
「ルークさんはカイザーさんとの戦いで人体には過ぎた力を宿しました。使い切ったと思っているようですけどそれは違います。終わりを実感出来るほど人類も世界も進化していません。細胞の1つ1つに残っているんです。そしてそれは放置していたら毒になってしまう。だからこうやって自然に還しているんです」
「本当は?」
「そういう建前で遊んでました~」
はい死刑。
「お待ちください。ユキの言っていることはどちらも事実ですよ。
現在、王都はイブさんが干渉したことで特殊な磁場が発生しており、決勝戦で発揮された力の一部もそれに起因します。魔力と精霊に呼応するそれは我々でもおいそれと手出し出来ないものでした。しかし放っておけば体を蝕んでいく。
そこで我々は自然界を頼ることにしました。母なる大地はすべてを浄化する力を持っています。地下洞窟をベルフェゴールさんの力の宿っていない自然物に戻すことで、ルーク様の肉体の浄化をおこなうと共に、各国への協力要請を可能としたのです」
はい釈放。
「フィーネさ~ん。言わないでくださいよ~。まぁ実はルークさんがそうならなくても元々そういう計画だったとか、やろうと思えば私1人で治療出来たとか、ベーさんなら怒らないだろうと許可なく作り変えたこととか、大事なところは知られていないので良いですけど~」
なぜ人は罪を重ねるのか……一度で懲りたり反省したりしないのはバカのすることだろうに……。




