千百三十四話 迷宮探索3
ダンジョンというのは誰が考えたものなのだろう?
エリアごとに設けられたテーマによって生息する魔獣や採れる素材が違ったり、統一はさせているが各階層や最奥にはボスが居たり、入り口から離れれば離れるほど強敵が現れるようになったり。
まるで「踏破出来るものならやってみろ。実力に見合った報酬を用意してやる。せいぜい頑張れ」と言わんばかりの親切&心折設計だ。
これは人間に限った話ではない。
魔獣達も棲み家を荒らされて迷惑しているかと思いきや、外敵の襲来を強く立派になるための試練のように捉えている……かどうかはさて置き、実力に見合った階層で縄張り争いをするだけで追いかけてきたりはしない。
効率的だから、暇つぶしになるからと、ドラゴンがダンジョンの入り口で待ち構えていることもない。あったとしても自分専用のダンジョンでだ。これは先程述べた「踏破出来るものなら~」理論と同じ。食物連鎖の頂点として弱者を虐げてまで前に出ることはないのだ。
これは少し前に出会った大ミミズのように、ダンジョンに生息する多くの魔獣が生物を犠牲にしない栄養摂取の方法を確立していることが大きいだろう。
争う理由が、自己顕示欲か成長欲求かのどちらかなのだから、襲撃者はバロメーターであり養分。むしろ歓迎しているまである。
だが何故だ?
そりゃあ強くなれば若人を育てようと思ったり平穏な生活を望むようになったりするかもしれない。でもだからって己を鍛えることを怠る理由にはならない。
若人に譲るにしても平穏を望むにしても自らを犠牲にしてまですることではないはず。上に挑戦してみて敵わなければ修行に励むし、下からの挑戦者に負けないように最低限の努力はするはずだ。
近くに適切な相手が居なければ、他の土地なりダンジョンなりに行ったり、新たな力を求めて技術を持つ連中を襲ったりするのではないだろうか?
しかしダンジョンではそれがない。
里帰りも転職もイジメもない。
ほとんどの魔獣は生まれ育ったダンジョンに骨を埋めるし、生き延びるために他種族の下についたり支配したりすることなく独自路線を突き進む。
逆にダンジョン以外、大自然や文明の下で生きる魔獣はそれがある。多いと言っても良い。しかも大自然のようなダンジョンでは上記のルールが適応される。
今更だがアルディアにおけるダンジョンの定義を語っておこう。
ダンジョンとは『精霊によって意図的に作られた領域』を指す。
そこにどのような想いや力が働いているかは人類永遠の謎だが、同じ魔獣でも自然界とダンジョンでは能力・出現速度・感性など様々なものが異なる。
2つの世界で明確に分かれた魔獣の生き方――。
まるで、そうすることを誰かに定められていて、抗えないシステムのようではないか。
ではそれを定めたのは誰か?
普通に考えれば神だ。
システムを凌駕出来る力を持った者は好きにして良い。他者にチョッカイを掛けて良い。ついて来れないヤツは運命を受け入れろ。絶滅しても文句言うな。
そうやって世界中が自らの意志で成長するよう促しているのだ。
しかし確証はない。
力を持つ者が精霊に干渉してシステム外の魔獣を生み出したらどうなるのか?
生み出さずとも、システムの管轄下に置かれている魔獣に干渉して外へ連れ出したり、対象外の魔獣を連れ込んだり、そもそも争えなくしたりしたら?
生態系が崩壊するのか、無理矢理システムに落とし込むのか、はたまた別の何かが起こるのか。
神ならばそこまで考えて創り上げているだろうが、もしも大昔の強者や転生者の仕業だとしたら話は変わってくる。
試そうと思えば出来てしまう俺としては考えておくべき問題だ。
少なくとも地球には妄想で『ダンジョン』を生み出すを文明があった。
個人的にはどこまでも暗闇が続く洞窟に夢と希望と恐怖を感じた者達が生み出したものだと思っているが、何にしてもここには想いを具現化する精霊が居る。
彼等が「やってみたい」「○○さんに頼まれちゃ仕方ないなぁ」と勝手にやったことだとしたら、もしくはあのグータラ女神が「御自由にどうぞ~」とよく考えもせずに受け入れてしまったことだとしたら、絶対に触れるべきではない。
(――で、まだっスか? まだトイレ終わんない? まだこの目隠しと耳栓と鼻栓と猿轡と縄と結界解いちゃダメ? というか俺の声聞こえてる?)
「「「まだ(です)(よ)」」」
俺は、芋虫のように地面に横たわりながら、おそらく聞こえているであろう仲間達が対応してくれるのを待った。
………………。
…………。
10秒待って変化がなかったので再び思考の海に沈んでいった。
ヨシュアは王都から馬車で半日ほどの距離にある。
徒歩なら2日は掛かる。
当然、食べる物は食べるし、出すものは出す。
冒険者にとっては日常茶飯事な上に命の危険があるので受け入れざるを得ないことだが、そうでない者にとって排泄欲を知られることすら嫌悪の対象。『見られる』『聞かれる』『嗅がれる』など言語道断だ。
――というのが一般的な価値観だが、ウチの婚約者さん、恥ずかしがることなく「用足してくる」と公言しちゃったりなんかして。
その昔、エルフの里から帰る時に数日そういった生活をしたことがあるので、野性的な感性はそこで身につけたのだろうと思ったのも束の間。他の女性陣の手によってアッという間に拘束された俺は、排泄に関する思考すら禁止されてしまい、長々とダンジョンについて考えていたと。
(イブさんだけならここまではしなかったと思うんですけどね~。精霊さん達が一致団結してエルフや神獣の力を上回る排泄欲を与えてしまったので仕方ないですね~)
なるほど。日頃から『トイレなんか行かない。食べた物は魔力で還元される。それも全部花の香り』と豪語している連中にとっては禁忌だな。
時間が掛かっているように感じるのは、五感を奪われたことで感覚が狂ったわけじゃなくて、全員が順番待ちしているからだと。
そうしないとユキが暴走した時に対処出来ないから。
(半分正解です~。残り半分はルークさんが痴態見たさに予想外の力を発揮するかもしれないから~。よっ! 性の権化! 憎いね!)
たしかに、絶対に手に入らないと思っていたものを手に入れた時や見れないものを見れた時に感動したり興奮する的なことを言ったことはある。
今でもそうだ。
(でも、交友関係を断絶してまで、人生を掛けてまで覗きたいとは思わない!!)
(訴えかける相手を間違えてますよ~。それは私じゃなくて拘束が解かれた後に皆さんに向かってしてくださ~い)
(……それ、しばかれない? その話題に触れるなって怒られない?)
(それが話し合いというものです~。誤解を与えるかもしれない。気分を害すかもしれない。でも理解してもらいたい。主張したい。だからこそ人は争い、怖気づき、前に進めるんです~。まぁ後ろに下がることも多いですけど~)
(俺の場合、前後じゃなくて上下だと思います! 天国・地獄的な意味で! ぶっちゃけ死しか待ってません!!)
(ならば不当な扱いを受け入れなさ~い)
不当って……今、完全に不当な扱いって言いましたよ、この精霊王……。わかってて何もしないのは違くない? 援護射撃ぐらいしてくれてもよくなくなくない?
「絶対に許さない」
「くっ、こんなことになるなら手なんか貸さなきゃ良かったわ……」
「フフフ……人々がロア商会の恐ろしさを忘れているように、精霊達も私の恐ろしさを忘れてしまったようですね……無知は罪ですよ。生まれたてだろうと容赦しません。フフフフフ」
ロア商会と精霊界の戦争は近い。
(――って、精霊さ~ん。聞こえてますよ~。防音ちゃんとして~。これ以上罪を重ねないで~)
(安心してくださ~い。わざとで~す)
あ、精霊達もまた哀れな被害者だった。でも犯人であることに変わりはないわけで。
ロア商会vs精霊界vs精霊王。
どこが勝っても俺は被害を受ける。
(――で、いつになったら解放されんの? 掛かり過ぎじゃない? 大? 全員大の方してんの?)
「「「ダ~イ」」」
ははっ、なんだよ、聞こえてたんじゃん。しかも答えてくれんじゃん。もう話すネタ無くなってたから困ってたんだよ。
さ、出すもん出してスッキリしたところで、先を急ごうぜ。どれだけ希少価値だろうと知り合いの排泄で興奮するほど変態じゃないからこんなとこ長く居たくないし。
それが俺の抱いた最後の想いだった――。
【die】死ぬ、消える、滅びる、かすかになる。
魔法陣では引や陰の力が発生するワードだぞ。世間では『闇属性』と呼ばれているぞ。古代魔道言語を知っている連中は相手への威嚇としても使用するぞ。




