千百三十三話 迷宮探索2
セイルーン王城の敷地内にある兵士訓練場は、地上と地下の2ヶ所に分かれており、前者は基礎訓練や模擬戦で、後者は大規模魔術やダンジョン演習のために使用されている。
そのさらに下。地下30mのところに、巨大アリの巣とも鍾乳洞とも炭鉱とも世界最大の迷路とも取れる洞窟は広がっていた。
王都を離れて20分。
ネッシーでも住んでいそうな底の見えない地底湖を背に、俺は土壁を内側からこじ開けて出てきた“それ”に炎を纏った拳を突き立てていた。
「脅かすんじゃねえよッ!! 魔獣かと思っただろうがああああ!!」
「ミミィ!?」
ミミズは、誰に入れ知恵されたのか一発でわかる悲鳴をあげながら、燃え盛る頭の鎮火すべく3mほどの巨体でそこら中をのたうち回る。
もし素だったゴメンだけどたぶん違う。
「ドッキリ大成功~♪」
ユキはそんなミミズを放置して、どこからともなく取り出したプラカードを見せつけてくる。記入されている文字は言うまでもなく『ドッキリ大成功』。
「驚かすって部分以外何もかもが失敗してるよ。てか助けてやれよ。アレ、お前の仕業だろ」
ミミズなら水や土よりも効果的だろうと火を選択したのだが、想像していたよりも長く派手に悶え苦しむ大ミミズの姿に、悪戯の仕返しよりも申し訳ない気持ちが強くなってきた俺は、すべての元凶に助けを求めた。
暴れ回っているせいか制御が効かない。その場のノリでやったは良いが大惨事になったら逃げるような真似はしたくない。
「『~~だニャ』という猫や『~~ッス』という犬、『~~じゃろ』の狐や鬼や『~~じゃなイカ』のイカや『~~だウマ』の羊が居ても良いのなら、ミミズが『ミミズゥ』と言っても良いじゃないですか~」
「話聞いてた!? 後半2つはどうかと思うし!」
人間が勝手につけた名前ならともかく、基本的に世界に溢れている種族名は精霊術師が対話を試みて得た、その種族間で使用されているもの。
羊のクセに語尾に『ウマ』をつけるのは、人間が『ぎょぎょ!』と言うのと同じ。からかっているだけだ。
そしてミミズが喋るのはお門違いも良いところ。
「ルークさんは2つ間違えています」
ピースサインを突き出すだけで良いのに、わざわざ目元に持っていってウィンクと共におこなうユキは、気にしたら負けなのでスルーして。
「何が間違ってるって?」
「まず1つ。これは演技なので助ける必要がありません」
言われた瞬間ミミズの体から炎が消える。
そしてミミズは、何事もなかったかのようにムクリと起き上がって、真顔でこちらを見る。
間違いない。リアクション待ちだ。「ドヒャー!」とか「クソがぁぁ!」とか俺の面白リアクションを待っている。
「2つ目は、一ネタのために生態系変えたわけではなく、彼は偶然この近くに住んでいた『キアイイレタラキョダイカデキチャウミミズ』さんです。その名の通り、気合で体の大きさを変えられるので、私の気まぐれで生態系を変化させたわけじゃありません。仕様です」
やろうと思っていたツッコミを先に指摘されてしまった。
(つまりこのイベントにユキは絡んでない……?)
根底を覆す発言に俺の心は揺れた。
「そして3つ目。キアイイレタラオオキクナレチャウミミズは喋ります」
「2つって言ってただろ。後から増やすな。ニュアンスは似てるけど名前も微妙に違うし。正しいのどっちだよ」
「せやかてユキはん。こない燃えたらワイかて苦しいわ。誘うんならもうちょい手加減できる相手の時にしてや」
一瞬乱れた俺の心は落ち着きを取り戻したが、代わりに新たな動揺が広がった。仕掛け人と仕掛けられた俺の対応を流暢な関西弁で批難するミミズ……もといキアイイレタラなんちゃらミミズのせいだ。
もう色々あれだが、物知り博士のフィーネとルナマリアが驚いていないので、そういう種族なのだろう。そしてノーダメージというわけではなかったらしい。
「こんなん続けられたらかなわんわ。体内で生成しようとおもとった魔石も……ほれ、この通り、メッチャちいそなっとる。これじゃあ商売あがったりでっせ」
「おい、ミミズ、コラ。これ以上動物と魔獣と精霊の定義をゴチャゴチャにするつもりなら容赦しねえぞ」
精霊達によって生成された魔石の力で肉体を維持するのが魔獣で、その力を自ら生み出せるのが生物だ。
二種族どころか精霊の仕事まで担おうとしているこのミミズは、人類が築き上げてきた文明を全否定する存在。こちらが無知なだけならともかく『なんか面白そうだから』で覆そうとするのはいただけない。
「せやかて工藤」
「誰が工藤だ。俺はルークだ」
「せやかてルーク。ミミズっちゅーいきもんは土を食べて、そこに含まれる精霊や微精霊を消化・吸収して糞として排泄するもんやで? そうやって土壌は形成されとるんや。それを否定するのはちゃうやろ」
「じゃあ土壌改良だけしてろよ。魔石なんて厄介なもの生み出さずによ。あと誰も気にしてないみたいだけど声帯がないのにどうやって喋ってんだよ。魔獣だって特別なヤツ以外は魔力を使っての念話だぞ」
「その辺は、ほら、アレやん。人間で言うところの小便と大便みたいなもんやん。ワイ等はそれを自由に選べるっちゅー感じ。たまには大きい方もしたいな~的な」
例えが汚い。
そしてわかりやすいのが腹が立つ。
「あんさん等が立っとるそこもワイの排泄物やし」
これで不快感を抱くのは自然を受け入れてない証拠。俺(というか俺達)は大丈夫です。食べ物はすべて生物の糞尿と死骸です。
やはりこのミミズも地下迷宮づくりに尽力していたようだ。逆かもしれない。拡張時に丁度良い空洞があったので使わせてもらっただけかも。
「言葉もそうや。言語を扱えるんが人間だけやおもたらアカン。300年も生きとったら暇つぶしに覚えてみたりするわ。知らんやろうけど地中って結構生物来るんやで。今の時代コミュニケーションツールはいくらあっても困らんし」
時代に敏感なミミズだった……。
どれだけ暇だろうと何も成さない人類よりよっぽど充実した人生……ではなくミミズ生を送っているようだ。
「さっきからなんや? 嬢ちゃん達、ワイの体に興味津々かいな」
お別れパートに入るかと思いきや、ミミズは黙って自身の体を見つめるニーナとイブに絡み始めた。
巨大化しているのでよくわかるが、地中で生きるための最適フォルムとも言えるミミズの体は、ツルツルしているかと思いきや、人で言うところの脇や股間などの部分には短いながらも頑丈な剛毛がビッシリ生えている。
そして接地している部分から大地エネルギーを吸収している。先程言っていたように魔石を生成しようとしているのだろう。ミミズ界隈では『食べる』は経口摂取以外にも当てはまるということだ。
実は口だけだけど嫌がらせでおこなっている可能性も微レ存。
まぁそれはさて置き、たしかにこんな機会でもないとミミズの体をジックリ見ることがないのは事実だが……。
「そんな興味引くことあったか?」
言っちゃなんだが2人とも他への関心が薄いタイプだ。研究のこととなると明確な熱を持つイブが冷静な時点でそういう対象でもない。
ミミズの何が彼女達をここまで注目させるのか。
疑問に思わずにはいられなかった。
「まぁこんぐらい見れんかったらチン――」
「ファイアーストォォーーーム!!」
「ギャアアアアアア!?」
空気の通り道とか密閉空間とか関係ない。
俺は変態を消し炭にすること、そして純粋無垢な少女達にアレな知識を与えた風精霊を葬り去るために全力を注いだ。
これはもうアワビをアソコと言うどころか、こんなじゃないとホッとしている女性に桜貝や赤貝を例に出すぐらいの蛮行だ。
「やれやれ……色だの形だの大きさだの言ってるようじゃまだまだですね~」
ユキは、鬱陶しそうに降りかかる火の粉を払いながら、普段より若干辛辣な発言をおこなう。最初のミミズとまでは行かずともそれなりの精神的ダメージは入ったのかもしれない。
「全方位殲滅魔法放つのやめろ。フィーネやルナマリアも喰らってんだよ。自分がマイノリティだってことに気付け」
「ハァ!? な、なな、何言ってんのよ! べ、別に気にしてないしそんなこと思ったこともないわよ! ただのキアイイレタラキョダイカデキチャウミミズじゃない! あんなの毎日見てるわよ! あ、いや、もちろん変な意味じゃなくて」
「落ち着けルナマリア。自分が動揺してるってことに気付け」
原因が、自分のことなのか、男性に対してのことなのか、あるいはその両方なのかは知らないし知りたくもないが、墓穴を掘っているのはたしかだった。
美形揃いで有名なエルフにも色々あるのかもしれない。
「おや、これはこれは。貴重な素材ですよ。お詫びのつもりなのでしょう」
ルナマリアとは対照的に落ち着いているフィーネは、逃げ去ったミミズが落としていったこぶし大の金色の塊を2つ手に取り、こちらに差し出して来た。
『それ。おじさんの金の玉だからね』
何故念話なのか、何故標準語なのか、何故このタイミングで言ったのか。
1つたしかなことは、俺があの大ミミズのことを嫌いになったということ。
二度と会いたくない。出来ればこの貴重な素材とやらも使いたくない。
「そ、それより先を急ぎましょうか。コーネルさんとパスカルさんが待っていますよ」
あ、うん、知ってた。無理なんですね。重要アイテムなんですね。今後も登場するかもしれないんですね。大丈夫。俺大人だから。我慢出来るから。
フィーネの頬を垂れる汗を見つめながら俺は誰ともなく心情を伝えた。




