千百二十八話 婚約発表
王都に暮らしている者達はおろか、地下道の存在を知っていた俺達にすら気付かれることなく生まれた巨大迷宮が、どこまで続いているのか、またどのような存在なのかは、犯人と神のみぞ知ること。
ただ、いくら尋ねてもユキは「それを調べるのがワクワクドキドキなんじゃないですか~。未知を楽しんでくださ~い」の一点張り。
一応言っておくと質問したのは開拓事業を担う大臣達だけ。ユキがどういう人間か知っている連中は最初から諦めている。この迷宮が自然発生したもので、ダンジョンのような危険があるか否かを知れただけで十分だ。
そして結果はNO。
同じなのは精霊が生成したという部分だけで、ダンジョンとは根本的な構造が異なるので魔獣や素材が生まれることはないらしい。見つかる素材はすべてその土地に存在するもの。自動修復機能もなし。
つまり人工的に掘った穴と変わらない。
地下鉄以外の利用方法を考えていた者達は内心ガッカリしていたが、そんな打算的な考えを王や同僚に知られるわけにもいかず、危険がないことに安堵するリアクションに留めた。流石だ。もちろん悪ではないので俺達も触れない。
「それじゃあ後は任せましたよ。俺は明日の婚約発表会見が終わったらすぐ帰るんで。たぶんですけど整地が終わるまでには必要な情報全部出せると思うんで」
「え、ええ……よろしくお願いします」
レールや磁場生成などの『整備』には俺達研究者も携わるが、洞窟の『整地』は国の仕事だ。
リニアモーターカーが形になるまで洞窟の拡張・縮小はおこなえないが、穴埋めや道の生成など最低限の作業は可能だし、駅づくりなどの事業も進められる。
俺達に出来ることはもうここにはない。工事計画を立て始めた一同に挨拶をして、俺は仲間達と共に地上へと引き返していった。
「クックック……我はNEW地底王。地上人よ。何やら面白いことをしているじゃないか。誰に断ってこの土地を作り変えようしているのかね」
見た目はゴーレムだが、実際は茶色く染めただけの雪を纏った精霊王を置いて、引き返していった。
「おっと、逃げようとしたってそうはいかな……むむっ、まさか貴様、深層に足を踏み入れた人間か? 我にはわかるぞ、貴様の全身から発せられる地のオーラがな。だというのになんだその体たらくは。ふん、まぁ良い。我が地と雪の素晴らしさについてミッチリ教えてやろう」
「絡んで来るな。こちとら明日のために色々段取り決めなきゃならないんだよ。忙しいんだよ」
と、歩み寄られただけ遠ざかる。
会見の進行についてはセイルーン王家の方から色々指示されたのだが、俺なりにやりたいことがあったのでほぼほぼ却下させてもらった。
当然その皺寄せはこちらに来る。
その猶予としてもらったのがこの3日だった。
――というわけではなく、普通なら大会後におこなうべきものだが、あの闘技場は怪我をしないだけで精神は疲労するため、あらかじめ激戦となることが予想されていたので休息期間として3日与えられていたに過ぎない。
何にしても助かったのは事実だ。
「地底王が雪に精通している。つまり地底世界にも天候がある? これは驚愕の事実」
「ニーナ。お前も相手にするな。あるわけないだろ。百歩譲って浸透してきた雨水、水属性だ。雪はあり得ない」
「気になっているようだから教えてやろう。我のNEWの由来をな」
「黙れ。何もかもが違う。てか置いてったら他の人の迷惑になるな。やっぱ連れて帰るわ」
「あ~~れ~~」
ゴーレムの腹に腕を突っ込んで本体を引っ張り出し、そのままズルズルと引きずって地上へ帰還した。
翌日、午前10時。
数十の記者達が集まる会場に足を踏み入れた俺とイブは、無言で歩みを進め、舞台中央に設置された椅子に腰を下ろした。
『それではただいまより、セイルーン王国第4王女イブ=オラトリオ=セイルーン様と、オルブライト家次男ルーク=オルブライト様の、婚約会見を始めさせていただきます』
「その前に1つよろしいでしょうか。何故お2人ともそのようなラフな恰好なのでしょうか?」
真正面に座っていた記者が手を挙げて質問を投げかけてきた。全員が同じことを思っていたようで一同は固唾を呑んで回答を待つ。
俺はベージュのスラックスに青のオックスフォードシャツ。ボタンを留めていないのでチラチラ見えるのはワンポイント入ったカジュアルシャツ。
俺ほどではないがイブも薄い青のワンピースとジャケットという、ドレスコードに引っ掛からないギリギリの恰好。とても記者会見の場に出る服装ではない。
予想通りの反応だ。
司会から確認するような視線を向けられた俺は、ここから先は任せろと力強く頷き、説明を開始した。
「この会見がどういうものか理解してもらうためです」
「というと?」
「俺達は研究者です。俺は結婚してもセイルーン王家には入りませんし、イブも王位継承しません。子供にも任せません。血縁関係は大事にしますが俺達はやりたいようにやらさせてもらうつもりです。
第4王女が結婚して一般人になる。これはそういう声明をおこなう場です」
前代未聞の発表に会場がざわつく。
「そ、それではもしものことがあった際に……」
「もしものことなんてありませんよ。突然戦乱の世になったとしてもセイルーン王家は誰かしら生き残ります。だから俺達が相続争いに関わることはありません」
言葉を濁しながら戸惑う記者に言い放つ。
戦争の起こりなんて大抵は思想の違いか物資か金持ちの気紛れ。
今の世で相手の主張が気に入らないからと争うバカはいない……わけではないが、国や組織を巻き込んだりせずに自分達でやり合って解決する。
物が足りなくて困ることもない。俺の勝手な予想だが、あと20年は「よっしゃ。そろそろ独占したろ」などという荒んだ考えを持つ死の商人は現れない。現れたとしても戦争の引き金になるほど活躍(?)はしない。命なんて賭けなくても発展していく。少なくとも未知が溢れている現在は調べれば調べるほど成果が出る。
金持ちの気紛れは言わずもがな。
「この国はそういう国です。聖なる魔法で守られているからセイルーン。他者を思いやる心を無くさない限り平和が約束されているんですよ」
(((思いやりの心を無くしたらアウトじゃん……)))
会場に居る何割かがそんなツッコミを抱いたが、王家の者が何人もの居る中で口に出すような人間は居なかった。
「思いやりの心を無くしたらどうするんですか~?」
「そこの記者モドキを反逆罪で捕まえてくれ」
グラサン、アロハシャツ、100均で売っていそうな安っぽい手帳、マヨッキー(チョコの代わりにマヨネーズでコーティングしたマヨラー御用達の菓子。またの名をパッキーマヨネーズ味)を咥え、ダルそうに椅子にもたれかかりながら発言した記者を指差す。
関係者と思われたくないので名前は伏せさせていただく。
「はぐらかさないでちゃんと質問に答えてくださいよぉ~。論点をズラすのは痛いところを突かれた時だって、ばっちゃが言ってましたよぉ~」
記者達以上に戸惑いながら歩みよる警備兵達を、札束でビンタしたり、箱に残っていたマヨッキーを宙に貼り付けて結界にして防いだり、まったく意に介さず対処していく記者。
(ツッコんだら負けだ……ツッコんだら負けだ……ツッコんだら負けだ……)
通貨はすべて硬貨なので札束である意味がわからないし、菓子にあるまじき力だし、こっちが迷惑掛けてるみたいになってるし、ばっちゃって誰よって感じだが動揺してはいけない。向こうの思うツボだ。
「そうならないように頑張るんです。もし精霊の加護がなくなっても幸せに暮らせるように努力するんです。
そもそも国に必要なのは統治者じゃない。王家が見放されようと国民がしっかりしていれば国は成り立つ。セイルーン王家はそのことを理解しているから強いんだ。国民の手本になろうとしているから。
今、国民投票で統治者を決めたとしても、ガウェインさんが圧倒的大差で勝つだろうよ。何なら出馬すらしないんじゃないか。負けた時のデメリットとか考慮しなくてもさ」
と、記者達を納得させたところで俺達の話に入ってもよろしいか?
あ、その記者モドキは追い出せよ。ヤラセと思われても仕方ないぐらい今後も絡んできそうだから。依頼とかしてないんだけどな。
まぁ後でマヨネーズ贈るけど。
その後、現在の気持ちや将来の夢、周囲との関わり方など、つつがなく会見は進んでいった。
「ロア商会は魔獣と繋がっている! 人類を脅かす存在だ!」
記者の1人が立ち上がって叫ぶまでは――。




