千百二十五話 1000年祭3
「あれは? 匂いや形からしてエビのせんべい?」
お祭りのことに詳しくない仲間達に、販売されている品々やイベント概要を説明しているとニーナに袖を引っ張られた。
起源を知っているor忘れているが興味のない彼女のマイペースさに、わたあめトークを中断されたイブ・ルナマリアと共にやれやれと肩を竦め、彼女の指差す場所に目を向けると、そこでは香ばしいニオイを漂わせる1つの屋台が。
「あ~。あれは『エビセン』だな」
「すごく心惹かれる」
猫人族の彼女が魚介類を好物としているのは知っていたが(そもそも好きじゃない食べ物などないが)、まさかその中でもエビが一番好きだったとは。
初出し情報に驚きながらもエビセンの説明に入ろうとすると、
「ずっと魚介のニオイが無かったから感動」
それより早くニーナが心惹かれる理由を述べた。
どうやらエビそのものではなく、ソースと甘いニオイばかりの空間に刺し込んだ一陣の風なだけだったようだ。たしかにタコ焼きのニオイは違うからな。
「ってイカ焼きは? 結構売ってただろ?」
「細かいことを気にしたらイカン。なんちゃって」
「それを言いたいがために話を振ったのだとしたら、俺はお前を許さない」
言いながら俺は拳を振り上げた。
これは暴力ではない。教育だ。
「凶暴そうなイカ、今日暴走ないか?」
「…………」
「今、わたし、干しイカを欲しい顔してる。でも高価なイカは効果ないかも。大王イカは問題多いから気を付けて」
「……………………」
「……………………エビセンってなに?」
所詮はニーナよ。相手にされなければすぐ折れる豆腐メンタルめ。話を広げられないなら最初からやるんじゃない。やるにしても自分で責任もって落とせ。
「そう。もうゲッソリ」
「「「……………………」」」
「ごめんなさい。謝るからみんなして冷めた目をしないで」
わかれば良し。
「エビセンってのは庶民向けのオヤツだ。エビは本来高級品だが、売り物に出来ないような小さいやつを乾燥させたりすり潰したりして、ジャガイモから作られる澱粉と混ぜて焼いたり揚げたりしたものだな」
「デンプンってあのデンプン?」
反応したのはニーナではなくイブ。
研究一筋10数年の彼女の中では、『澱粉』と言えば料理で用いるものではなく、化学および物理で使われる物質なのだろう。
「そ。料理も化学だ。勉強してみると面白いし新しい道が開けるかもしれないぞ」
と、自然な流れで花嫁修業に持っていく俺の話術ね。料理が得意になるデメリットなんて無いし。やっぱ作れた方が嬉しいし。一緒にやったら楽しいし。
まぁ彼女がどう動くかは今後に期待ということで、話を続けよう。
「煎餅には米を用いるけど、エビセンには繋ぎだったり食感の問題で大抵澱粉を用いる。あえて米を使ったり高級店で出せるエビを姿焼きしたりするエビセンも存在するけど、まぁ基本的にエビセンと言えばこれだな」
小エビがそのままの姿で練り込まれている煎餅と、すり身にして跡形もなくなった煎餅。2枚分の金を差し出すとすぐに店主からエビセンが手渡される。
事前に作っておいたものを鉄板の横で保温していたわけではない。タイミングの良く完成直前に来店したようだ。
「ほら。そのまま食べても良いし何かを挟んでも上手いぞ。煎餅だから色や形も結構自由に出来る。しかも簡単で早い。客が自分でオリジナルのエビセン作れる店なんかがあっても面白いかもな」
「な、なるほどっ!!」
唸る店主。アイディア料としてオマケを要求しても良かったが、2つをみんなで分けるぐらいで丁度良かったのでやめておいた。
また1つ祭りの改善案を出してしまった。
「ニーナ、お前、もうちょっと上手く割れよ。しかも当たり前のように極小を差し出すなよ」
ネタだろうとなんだろうと興味を示したのはニーナだ。熱々カリカリのエビセンを渡すと、彼女は期待通り、スナック菓子あるある『割ったら人差し指の形になる』をしてくれやがった。
不器用の化身に三等分など出来るわけがないのだ。
ただ言いたい。
「こういう時こそ魔力で何とかしろよ。何のための力だよ」
「気にしないで」
「いやそれは俺の台詞――っと」
ドンッ……いや違うな、トン、と俺と通行人の肩が軽くぶつかる。
人混みでは日常茶飯事。イブのようにSP(俺達だ)に囲まれていたり、フィーネやルナマリアのように何もしていないのに絶対触れられない天然の磁場発生器でもない限り、どうしようもない。
俺はいつものように『お互い悪かったからノートラブルで行こう』という空気を醸し出しながら軽く会釈し、限りある人生の謳歌を再開。
ニーナは参考にならないのでわざと例題にあげていない。
彼女は見た目が子供なので相手が気を遣って避けてくれるのだ。例えそれによって別の衝突が発生しようとイエスロリータノータッチの精神……とは少し違うかもしれないが間違いなく類似した優しさで幼女との回避を優先する。
見た目で優先順位をつけるのは当然だと思うし仕方のないことだとは思うが、羨ましく思うことも否定は出来ない。美男美女は絶対に得している。これほどまでに『生まれ持った才能』という言葉がピッタリ来るものもない。
(というか両親も兄弟も美形なのに何で俺だけ普通なんだよ……実は血の繋がりがないとか言われても全然納得出来るぞ。まぁフィーネがオルブライト家のメイドになる切っ掛けで全否定されてるんだけどさ)
実家でせっせと働いている血縁者達と今もどこかで暴れているであろう姉の容姿、そして今朝洗顔時に見た自分の顔を思い浮かべると自然と溜息が出てくる。
「おい、テメェ。そこのアホ面のテメェだ」
「……もしかして俺のことか?」
具体的な特徴を何も言っていない上、これで振り向くと自分をアホ面だと認めているようで嫌なのだが、男は明らかに俺のことを指している。というか肩を掴んでいる。
これが電車内で、声を掛けたのが如何にもな悪人面、傍にニタニタしている女が立っていれば痴漢冤罪の始まりだが、残念ながら男は3人組。感情も怒り一辺倒。
思い当たる節もある。
「テメェ以外に誰がいるんだよ」
「はぁ……いきなり声を掛けてきたかと思えば、人のことをテメェだのアホ面だの……随分と失礼なヤツだな。
どうせアレだろ? さっきの接触のこと怒ってんだろ? 難癖つけるにしてももうちょっとやり様ってもんがあるだろうが。そんな態度取られたら謝る気が失せるわ。謝罪しようと思ってた俺の心を返せ。土下座しろ。あ、いや、関わりたくないから誰も居ない場所でしろ。もちろん心を籠めて。精霊は見てるから」
「お前もな!?」
おそらく『失礼なヤツ』か『難癖をつける』という部分に対するツッコミだろう。両方の可能性もある。だとしたら図々しいヤツだ。
「先に仕掛けてきたのはそっちだ。俺には謝る気があった。でもお前のせいでなくなった。俺は謝罪以外何も求めない。だからお前は何も求めるな」
「不平等ォォォーーー!!」
「仕方ないだろ。お前はそれだけのことをしたんだ。声の掛け方を間違えた責任は取らないとな。罰は二度と高慢な態度を取らないこと。神アルディアと精霊に誓うなら許してやる」
「ザケんな。誰がするか」
「よし、高慢な態度を二度としないんだな。なら許してやろう。じゃあな。散れ。破ったら内臓も破れるから気を付けろ」
「都合の良いように解釈すんな! 話はまだ終わってねえよ! てかリスク重ッ! えっ、えっ、ま、まさか呪術とか掛けてないよな?」
俺は男の話を無視して仲間達とお祭り見学を再開した。
「へ、へへ……立場が悪くなったら逃げる。典型的な貴族のやり口だな。見かけねぇツラだな。誰だテメェ」
ひと目でわかる高級メイド服を着用しているフィーネ、明らかな強者感を出しているフードさんことルナマリア、誰が見てもVIP待遇の雰囲気美少女イブ、そんなイブと仲良さそうにしている見た目幼女ニーナ。
そんな4人のどこに貴族要素を見出したかはわからないが、
(極めつけに、全員からのラブビームを一身に受けるハーレムキングこと、ルーク=オルブライトオオオーー!!)
そんな俺達5人のどこに貴族要素を見出したかはわからないが、俺達が金持ち&権力者であることを理解した上で絡んできたようだ。
ならば取るべき行動は1つだ。
「セイルーン王家をはじめ各国の王族と親交を持ち、エルフや魔族とも親密な、天下一武闘大会で優勝しただけの、ただの一般人だけど?」
「…………え、マジで?」
必殺! 一般人アピール! 男のシナリオを根底から覆す!
おそらく何も言わければ、「おい、ビビッて黙りこくってんじゃねぇぞ、コラァ」とでも言うつもりだったのだろうが、生憎と今の俺は相手が不良だろうが権力者だろうが怖気づくことはない。
なにせ、力・知識・権力・金・女・時間・仕事・家族・友人、何もかもを兼ね備えたスーパールークさんだからな!
正直アホ面が一番効いた。そのぐらいしか卑下することがないとも言う。
見た目は……見た目はどうしようもないのだ……。
「ま、ああいう連中も居るから人混み、特に祭りみたいな浮かれたムードの場所では気を付けろって感じだな」
男が自宅で土下座したという求めてもいない報告を、祭りに彩を添える造形物に扮したユキから受けた俺は、祭り解説委員としての仕事を全うし、話題を締めくくった。
俺達の祭りはまだ始まったばかりだ。
でも大体やった気がするのは俺だけではないはず。




