千百二十四話 1000年祭2
天下一武闘大会から2日が経った。
各国の研究者達に刺激されたかどうかはさて置き、1日掛けて情報交換をおこなった俺達は、リニアモーターカーの実現に向けて動き出した……いや、動き出そうとした。
王家から婚約の発表をおこないたいと言われてしまってはヨシュアに帰るわけにもいかず、かと言って直近で最も1000年祭を盛り上げた者達が「もう用無しだから」と引き籠れるわけもない。
『堪能しろとは言わない。会見で一言二言触れられるぐらいには知っておいてくれ。ぶっちゃけ宣伝してくれ』
そんな指示を受けた俺達は町に繰り出したのだが――。
「どこも同じなんだよなぁ……」
それが1時間見て回った感想だった。
「多少の地域差はあるけど基本的に人が喜ぶコトやモノって同じで、出店してる店の大半が定番のものでしかないんだよ。小規模の祭りなら特色あるものでも、世界的な祭りにはここぞとばかりにみんなが持ち込むから珍しくなくなってるしさ。
博覧会と一緒。雑多ロードの2つや3つあっても良いけど、どうせなら地域の催しを丸々再現するぐらい一致団結しないと。同じ物や品ばっかり見せられても客は楽しめないって。どこどこのタコ焼きが美味しかったとか、この国のあの調理方法知らなかったとか、そういう感覚を引き出すためにもっとわかりやすく分けた方が良いと思うわけよ」
察しの悪いことに定評のあるイブとニーナの顔を見た瞬間、俺は誰に尋ねられるまでもなく説明を開始した。
察しの良い人と独り言の多い人は紙一重だが、今回の行動は前者で捉えてくれていると信じよう。普段後者なのは否定出来ない。
タコ焼き・焼きそば・フライドポテト・かき氷屋は、王都のどこを歩いていても視界内に1つはある。今、俺達の居る場所から首を動かすだけで、タコ焼きが3店舗見える。
もちろん、天下一武闘大会のように大規模なイベントも開催しているが、入場料が必要だったり最初から見ていないと楽しめなかったり遠くからでも十分だったり、ちょっと寄って行こうという気分にはなれない。あれは半日費やす覚悟で訪れる場所だ。
売っている品々に関しても俺がアイディア提供したものが多く、昔からこういった催しに度々参加してきた人間としては楽しみポイントが皆無……とまでは言わないが探さなければならないほど無かったりする。
砂浜でキレイな貝殻を探すのと一緒。砂粒や石は見向きもしないどころか目的を邪魔する障害でしかない。せいぜい人々が織りなす物語を楽しむぐらいだ。
ぶっちゃけこれならわざわざ足を運ばなくても、学園祭なり遊園地なりイベントなりの体験談を上手いことボカすだけで、小一時間余裕で語れる。
「そんなこと言ってるとまた運営やらされるわよ。このバカ騒ぎ、あと半年以上続けるんでしょ。今から準備しても間に合うじゃない」
「……ヨシュアに帰ったら計画改善案の資料送っとくよ、フィーネが」
「自分でやりなさい。あ、間違えたわ、死になさい」
ルナマリアさ~ん、間違ってないですよ~。
と、おちゃらけたかったが、俺がどういった人間か知らない連中(主に変装中のユキ)が親友を利用するゴミクズでも見るような凄い目をしているので、説明に入らせていただこう。
なんでこういう連中ってその場の雰囲気だけで判断するかねぇ。ツンデレがやたらリアルな反応したからって俺は悪くないよ。冗談じゃんか。部外者の杞憂ほど面倒なことはないぞ。するなら堂々と注意しろ。こそこそせずにさ。
「見ず知らずの人間のために計画書を作るほど俺は暇じゃない。作業の片手間に説明するだけで十分だろ。口頭での説明を文章にするのは手の空いてるヤツがやれば良いんだ。どうせ傍にいるだけで手伝わないし」
是非を問うようにフィーネの顔を見ると、彼女は微笑みながら頷いた。それどころか言われなくてもやるつもりだったとサムズアップを――。
「ユキ。人の手を動かすんじゃありません。事実ですが私なりの反応の仕方というものがあります」
「抵抗しないのは受け入れている証拠~」
自分勝手極まりない台詞を吐くためだけに正体を現した精霊王は、誰かが反応するより早く姿を消した。何がしたいのかサッパリだ。
ただ言っていることは間違っていない。フィーネに無言サムズアップをやってみたいという気持ちがあったことは事実だろう。
そして、以前冗談交じりに引退どうこう言っていたが、この様子からして本気かもしれない。
強者を頼らなくてもやっていけるほどロア商会は成長した。
間違いなく喜ぶべきことだが終わりが近づいているようで寂しくもある。
(……って変化を受け入れられない人間の思考だな。その気がないってだけで携われなくなるわけじゃないし、俺達が成長し続けたら今度は同格としてまた一緒に作業出来るようになる。それまでは後方腕組みされたり裏でクスクス笑われるかもしれないって話じゃん)
彼女は十分過ぎるほどに働いてくれた。自由にさせてあげても罰は当たらない。
断言するがロア商会にフィーネが引退することを反対する人間は1人も居ない。1人1人読心術で心の奥底まで読んでも居ないレベルで居ない。
ま、俺達から距離を置くってんなら話は別だがな!
「なるほど。追ってもダメなら引いてみろですね。しかしそうなるとルーク様とも離れなければならなくなるわけで……将来のための投資とは言え悩ましい限りです。空いた時間で思い出作りをするべきというのが私のシナリオだったのですが、やはりリスクを負った方が……いえ、しかし……」
フィーネさん。本音漏れてる。出しちゃいけない情報も。
「にしても珍しいよな、このメンツ」
俺と違ってイベントごとに慣れていないイブとニーナ、ついでにルナマリアが、祭りのプロによる解説・案内を求めたので、俺は講師役というまったく新しい立場で祭りを楽しむことに。
が、先程も述べたように似たようなものばかりなので、数点触れただけでアッという間に説明することがなくなった。
めぼしいものがない時は雑談に限る。
構成メンバーもさることながらフィーネ以外の3人が人混みに足を運ぶことも珍しい。頼まれても断るような連中だ。一体どのような心境の変化があったというのか。
「来るに決まってるじゃない。なんのために昨日・一昨日と下見したと思ってるのよ」
真っ先に答えたのはツンデレエルフ。
そりゃ祭りの正しい楽しみ方について教えを乞わないわけだよ。俺達がパーティを楽しんでいた時、こっそり王城を抜け出して予行演習してたんだから。
まぁそれはそれとして驚きの意欲だ。
「なんでそんな前向きなんだよ……人間嫌いだった昔のお前はどこへ行ったんだよ……」
「アタシを何だと思ってるのよ。そりゃほとんどの人間は欲望に塗れてて気持ち悪いけど、だからと言って楽しんでるところを邪魔するほど野暮じゃないわよ」
もっともな意見だが彼女は間違いなく変わった。昔なら人混みに行こうとすらしなかった。虫の大群と同じような扱いをしていた。何なら実力で排除していた。
例えフィーネが一緒だったとしてもだ。
「ルーク様。そこは『私のために無理をしている』としておくべきですよ。こちらの担当は我々なのですから」
「そうだったな。スマン。王城でのパーティはユキに譲ったからお祭り観光は自分達。そういう建前がないと参加しづらいもんな。何食わぬ顔してられないもんな」
「~~~~っ! 良いから行くわよ!」
フィーネが発言した直後、持っていたワインを一気に飲み干し、真っ赤な顔をアルコールのせいにしたルナマリアは、俺達を置いて1人でズカズカと歩き出した。
農家として他国の農産物に興味があるのかと思い、産地直送のお手製ワインを購入する光景に何の疑問も抱かなかったが、こういう時のためだったようだ。
もちろん味見は味見でしていたのだろうが。
「2人は?」
「わたしは自分からは行かないだけで誘われたら参加するタイプ。ただしメンバーによる。話せない相手が1人でも居たら断る」
「ルーク君の声以外を遮断するイヤホンをつければ気にならない。必要最低限の情報を仕入れて、それ以外の時間は魔法陣について考えるだけの簡単なお仕事」
どちらもコミュ障で、主体性がなくて、効率厨だが、場の空気に合わせようとするだけニーナの方がマシ……か?
良く言えばプライベートに仕事を持ち込まない。悪く言えばオン時が存在しないニーナとは対照的だが、イブも充実した時間は過ごしている。
俺の話しか聞いていないというのは、裏を返せば俺が凄いと言えば確実に思考をそちらに向けるわけで……中々難しい問題だ。
取り合えずイブからイヤホンを没収して、
「あ……」
「さ、みんなで仲良くお祭りを楽しもうか」




