千百二十一話 後手、勝利者
俺が後夜祭に参加した理由の99%は他国の技術力を学ぶこと。
役に立とうが立たまいが関係ない。前夜祭では隠していた部分を教えてもらったお礼に、試合で使用した力とは別の、ある意味それより役立つ『精霊の基本』を教えることにした俺は、集まった研究者達から少し離れた場所に移動。教壇に立った教師のような気持ちで特別授業を開始した。
「まだ色々隠してる」
女(笑)の勘なのか、神獣としての能力なのか、話の内容を理解していないはずなのに核心を突いてくるニーナ。
「シッ、黙ってろ、ニーナ」
すかさず口を塞ぐ。皆に聞こえていないようで何よりだ。
向こうが見せても良いものしか出していないのは百も承知している。しかし隠しているのはお互い様。
いくら高め合う関係だろうと機密や不確定な情報まで開示させるのは違う。後で知って「すげー」と手放しで褒めるなり、「くそぉ」と悔しがるなりすれば良いだけの話だ。もし俺の話を聞いて「そんなことよりレーザーの打ち方を教えろよ」などと文句を言うヤツが居たら即刻関係を切ってやる。
答えだけを求める研究者なんて研究者じゃない。
自らの力で辿り着いた方程式や化学式に歓喜出来ない技術者は技術者じゃない。
「その前に1つ。お前等は『科学者』と『技術者』のどっちだ? というか2つの違いがわかってるか?」
「バカにするな。科学者とは真理を究める者。求めるのは損得や善悪を度外視した論理。対して技術者は世のため人のために暮らしを豊かにするものを作り出す者。目的達成のための方法や手段を工夫してより良い成果をもたらす者だ」
「科学者と技術者のどちらかという問いへの答えは全員決まっている。我々は探求と探究、想像と創造をおこなう『研究者』だ」
学生でも知っているような話でお茶を濁そうとする俺に落胆を隠せない一同だが、自分達も肝心な部分を隠している手前強くは出られず、それでも超ド級の精霊術師として少しはタメになる話をしてくれるかも、と淡い希望を抱いて対話に乗り出した。
そして得られたものは納得の一品。
「そんなんだから精霊と対話出来ないんだよ、お前等……」
「「「熱い手のひら返しだとォ!?」」」
え? 素晴らしいなんて一言も言ってませんけど? 世界の真実はおろか精霊術すらまともに扱えない理由に納得がいっただけですけど?
「それっぽい言葉で両立させれば凄く見える? そんなわけねぇだろ。善悪を抜きにして考える人間がなんで人のために役立とうとしてんだよ。白と黒。相反する2つを混ぜてもどっちにもなれない中途半端なグレーが生まれるだけだぞ。てか何かしら生まれれるならまだ良い。相殺してどっちも成り立たなくなるのがデフォだぞ」
「そ、それは研究者の在り方を否定しているのでは……?」
研究者の1人がおずおずと手を挙げて発言する。
「たしかに研究の基本は混合だよ。でもそれは精霊や微精霊達が確立してくれてる物事に対しておこなうから出来るもの。お前等は安定する段階にすら至れてない」
絵具を混ぜ合わせるためにチューブから捻り出す。しかしチューブも容器も存在しない状態の液体をどうやって混ぜるというのか。
彼等がやっているのは毎回手ですくって見せ付けているだけだ。同じ色は二度と作れないし、混ぜ合わせた絵具を何かに利用することも出来ない。
「もう一度自分達が何をしたいのかよ~く考えるんだな。精霊との対話の第一歩は信念を持つことだぞ」
「「「…………」」」
全員が悩み始めた。
ちなみに、第二歩は人生経験を基に精霊がどういった存在か気付くことなので、おそらく彼等はそこでも詰まる。第三歩『認めてもらう』なんて夢のまた夢だ。
「俺にはあるぞ、信念」
「警備兵。契約を破ったこの変態を国外追放してください。永久に」
研究者達で構築された壁の向こう側。別グループの中心人物からの問いかけに、俺はすぐさま出入口付近に突っ立っていたモンパ達に訴えた。
実は大会の警備を担当していたようだし、カイザーが彼等を警備兵として認識していても不思議ではない。
「やめろ!? 声を掛けていい雰囲気だったので絡んだだけではないか!」
というか認識していた。そしておそらくそのぐらいの権限と実力はある。仮にも王家直属の親衛隊だ。
彼等にあって英雄にないもの……ズバリ権力だ!
「…………」
「事態が思った通りの方向に動くまで話を進めない姿勢は良くない。非常に良くない。それでは駄々っ子と同じだ。だから諦めて精霊トークを続けよう。どうなんだ? 俺は信念を持ち合わせているがルーク=オルブライトほどの精霊術は使えないぞ。他にも要因があるのではないか?」
チッ、民衆を味方につけたか……。
研究者達も知りたがっているし仕方あるまい。
「でも話を終えたら追放してください。俺達に絡んで来ないっていう契約には違反しました」
「敵を排除するお前の言動については許可したが追放は契約内容にない。それも攻防に応じるというだけで一方的に受け入れるとは言っていない。そもそも口約束の契約など無効だ」
「現実世界ではな。精霊界で正式な契約がなされてるから有効だぞ。その場限りとは言え同意する意思を持ったんだ。想いを何よりも重んじる精霊達がお前を追放する。そして世の理から圧力を掛けられた各国も絶対に従う。覚悟しておけ。お前はこの国の大地を二度と踏めなくなる」
と、ちょっとした精霊ジョークでビビらせたところで、精霊トークを続けよう。悔しいがカイザーが絡んできたことで説明しやすくはなった。
「お前はアレだろ、幼女の腕に触ったらおっぱいを触ってると見なすんだろ? すべての物質には精霊が宿っていて、同じ精霊配列で構成された肉体はどこを触っても間接的に繋がってるってことにするんだろ?」
「そうだが?」
恥じらいもなく肯定する皇帝。その辺りの知識を授けたであろうハーフエルフのオネイサンも顔を引きつらせる変態っぷりだ。
訂正したいけど今は関わりたくない。
そんな雰囲気をヒシヒシと感じる。
「残念だったな。それは違うぞ」
「なんだと? まさか空気を触れるだけで触ったことになるのか?」
懐疑心に塗れた表情のまま虚空を揉む変態。
精霊について詳しくない会場の女性陣からヒィッと悲鳴があがる。詳しい連中も大半が汚物でも見るような目でカイザーと、何故か俺を睨みつける。
ちなみに男性陣は、真似したかったがその反応で止めた者が3割、性欲より知識欲を優先してメモを取る者が4割、聞かなかったことにして雑談を続ける者が3割だ。要するにやったのはカイザーだけ。
「なんでさらなる高みを目指しちゃったんだよ……ちげーよ。空気と肉体はもちろん、肉体の中にも細かい差があるんだよ。建築物と一緒。一緒に見えて1つ1つのパーツで構成されてるからまったく別のものなんだよ。しかも結界とは別の壁があるから直接触れない限り……いや直接触れたとしても本当の意味で『触れた』ことにはならない」
「ふむ。つまり胸の中でも乳首・乳輪・乳房、さらには脂肪組織や乳腺といった内容まで、同固体であっても違うものということだな? だからこそ歪みや変化が生じると。そしてそこに宿っている精霊に拒絶される限り『触れられない』と。
だがちょっと待て。それと、俺がお前に負けることと、どう繋がるんだ?」
ナチュラルに自論を展開して話を続ける変態に脱帽だ。しかも合っている。何ならわかりやすいまである。
が、しかし、一刻も早く否定しないと、この話を必死にメモしている研究者達が学会で『精霊とはおっぱいです』などと失笑確実の論文を発表してしまう。
「建築物の話を推せば良いと思いますけどね~」
……せやな。
俺としたことがパイの魅力に目がくらんでしまったようだ。仕方ないよな。男の子だもん。幸福をもたらしてくれるパイには勝てんて。パイは世界を幸せにするよ。皆も言い争いする前に1パイやっとけ。心穏やかになるから。
というわけで改めて――。
「言っただろ。精霊術で大切なのは想いの力だって。お前のは妄想でしかないんだよ。14年近く大切にしてきた自分自身を守ろうとした俺に勝てるわけないだろ。意欲は同格でも経験値が違う。そこから生み出される想いの力もだ。
お前、実際に幼女に触ったことあんのか? 性的な意味じゃなくて握手だけでも経験したことあんのか? ないだろ? 別に幼女を原動力にするのは良いよ。でも経験を伴わない想いなんてタカが知れてるっての」
「さ、さささ、触れと!? 俺にょぅι゛ょに手を出せと言うのか!? イエスロリータノータッチの精神で20年生きてきたこの俺に!?」
6、7歳の頃からその思考だったんかい……というツッコミはさて置き、案の定だ。
「幼女の方から寄ってくるようになったら一人前だ」
「――っ! よ、幼女タンが……話し掛けてくれる、だと……っ!」
「ああ、そうだ。これまでのお前はただの変質者。だから幼女からも精霊からも相手にされなかったんだ。恐れるな。踏み出せよ。男だろ」
「バカな!? 通学時は事故に遭わないよう同行し、生徒への指導は手取り足取り、トイレに間に合わない娘には手を差し伸べ、助けを求める声あらば西へ東へ」
「ちなみに手を差し伸べたのは器にするためだな? オシッコ受け止めてんだろ?」
「当然だ。その後は風と水魔術で綺麗にしてあげた。勿体なかったが手を繋いで帰るのに必要だったからな」
「そこはグッと堪えて携帯トイレを差し出し、防音魔術で用を足せる空間を作るべきだったな」
「天にも昇る至高のひと時を手放せと!?」
「気持ちはわかるがそれが現実だ。このままじゃお前は一生幼女と仲良くすることは出来ない。精霊に認めてもらうことは出来ない。自分を変えろ。そうすれば世界は変わる。それが精霊術の基礎だ」
ふっ……決まったな。




