千百十九話 早めの再会
食物連鎖や国のために仕方なくではなく、自己満足のために人間と命の奪い合いをしたことで、自分には腕力より話力の方が向いていると知ることが出来た。
やはり何事も経験が大切だ。
二度とやりたくないし、この経験が何の役に立つと聞かれても困るが、やらなければ『当たり前』を証明することは出来なかっただろう。いや、間違いなく出来なかった。
世の中には口先だけのヤツが溢れている。
自分は動こうとすらしないのに努力している者を見下したり、物事の是非を他者に委ねて言われるがまま否定したり、自分なりの正義を持っていても弱い者いじめにしか使わなかったり、苦楽や損得を生む『経験』をしない連中ばかりだ。
バカにしてもいい。批難してもいい。でも“何か”はしろ。口より先に手を動かせとは言わない。口と一緒に手を動かせ。足を動かせ。人生に価値を与えろ。
そのお陰で俺は『トラブル解決には腕力より話力』っていうわかり切っていた自分の道を再認識出来たぞ。『思考』なんて何の根拠にもならないものじゃなくてな。
最強を知ってしまったせいで今後どんな戦いを見ても興奮出来ないかもしれない。あのすべてを自在に操れる感覚を味わった後だとまるで水中にいるような身動きのしづらさがあるし、世界から彩りが失われた感じがある。あの力でヌルゲーと化した冒険者生活を送ってみたくないかと聞かれれば即答出来る。イエスだ。
しかし後悔はしていない。
俺は知力と話力で生きていく。今後、アリシア姉やヒカリから「戦うの楽しいわよ?」と薦められても余裕で突っぱねられる。「ああ、うん、あれね。知ってる知ってる」とドヤ顔で答えられる。もう部外者でも第三者でもない。当事者だ。実体験として俺だけの物語を紡ぎだせる。
ニートが親に言われて仕方なく就職して、やっぱり向いてないと思い知って再びニートになったようなもの。どちらが上かと言えば間違いなく一歩踏み出した方だ。
俺達はみんな心のニート。
一生行動し続けるなんて不可能だ。どこかで必ず立ち止まる。妥協したくなる。諦めざるを得なくなる。人生の謳歌という神に与えられた仕事をしなくなる時期が来る。
でも少し休んだらまた動き出せ。損失を恐れるな。それ以上のものを得ろ。働けニート。
ハッキリ言おう。
力を失えて良かった――。
「イブ=オラトリオ=セイルーンよ。お初にお目にかかる。もうご存知だろうが一応自己紹介しておく。俺はカイザー。貴方の灰色の人生に彩りを与えるためにやってきた勇者だ。さあ、未知が待っている。今すぐ俺達と共に冒険の旅に出よう」
「くたばれぇええええええええええッ!!!」
「ぶるぅぁぁ~~!?」
手持無沙汰になった門番達に案内されて後夜祭会場へとやってきた俺の目に飛び込んで来たのは、手の内を隠す必要がなくなったことで全力でイブにアピールする研究者達を押しのけて愛の告白をするクソ野郎の姿。
俺は音速を置き去りにする婚約者パンチで悪即斬を決めた。
抱き合っていた理由がコケないように支えていたとか、仲睦まじくデートしていた相手が親戚の兄ちゃんだったとか、勘違いする展開はいくらでもあるがこれは無理だ。見知らぬ男が夫婦の寝室で妻と裸で抱き合っていたぐらい決定的だ。
「おいテメェ、何やってんだ、オォ? お前言ったよな? 負けたら身を引くって。俺言ったよな? 仲良くするのは勝手だけど俺達の面白おかしい人生の邪魔はすんなって」
「お……が……ぁ……」
「な~にドラゴンに轢き逃げされたみたいなリアクションしてんだよ。さっさと立て。そして説明だけして立ち去れ。2年は俺達の前に顔出すな。大人な女性になったイブの姿に絶望しろ」
2mほど吹き飛び、受け身も取らずに床に崩れ落ちた元最強は、焦点の定まらない目で理解不能な言葉を発する。
煽っているようにしか見えない。もしくは同情票集め。
「無理ですよ~。ドラゴンはドラゴンでもブラックドラゴン。しかも轢かれた方は魔力の使えない子供なんですから~」
「……何言ってんだ? バリバリ防御してたぞ?」
昼間の激闘による疲労でロクに体も動かせない状態というならわかるが、俺もカイザーも全快だった。
ワザと喰らったように見えたがそれもノーダメージと知ってのこと。強靭な冒険者が素人のちょっと激しめのツッコミを受けて致命傷を負うわけがない。
「ふむふむ。ルーク殿の力は失われていなかったと……メモメモ」
「感情が昂ればいつでも発揮可能と……メモメモ」
まだ俺の実力を調査することを諦めていなかったモンパとディアンは、どこからともなく取り出したメモ帳に偏見に満ちた情報を書き連ねる。
「お前等、今すぐそのメモを焼き払え。ユキの反応からしてその仮説は合ってるんだろうけど俺は被害者だ。精霊達が『面白い宿主見つけた。時々フルパワーにしたろ』って勝手に出力装置にしてるだけだ。自分の意志ではこれぽっちも使えない」
ボッ――。
「「ぬわああっ!?」」
注意した瞬間、空気を侵食するような荒々しい炎が2人の手にあった紙を、紙だけを綺麗に燃やし尽くした。チリ1つ残っていない。
火力と技術と速度を併せ持った、激闘時と比較しても遜色のない完璧な精霊術だ。
(だからそういうとこよ、精霊達……)
精霊王直々に戒厳令を発令してもらい、穏やかな心を持ちながら激しい怒りに目覚めてもスーパーアルディア人にならないよう改善し、改めて交流スタート。
「なんでお前……というかお前等が居るんだよ。別にお前等の技術なんて知りたくもないし、こっちの技術を教える気もないし、会いたくもないんだが?」
まずは仲間の介護でなんとか復活したカイザー。そして当然のような顔で食事をしているエクシードクルセイダーズの面々。
大会に参加した研究者達とは今後の付き合い方などを話し合うつもりだったが、彼等はその技能をすべて武力に繋げた根っからの戦士。ぶっちゃけ強者で間に合っている。
しかもカイザーは恋敵と呼ぶことすらおこがましい変態。嫁を堂々と寝取ろうとする相手に優しくする義理など無い。
極めつけはタイミング。お遊びの大会ならともかく死闘の後に顔を合わせるなんて非常識も良いところだ。敗者は大人しく立ち去るのみ。
「む? 昨日の敵は今日の友という言葉を知らないのか?」
「限度ってもんがあるだろうが……」
一般常識のことわざすら知らないバカと言わんばかりの声と顔で見下してくるロリコン。相手をするのも面倒なので俺は溜息で返す。
するとカイザーは一切悪びれた様子もなく、
「ふん。まだわかっていないようだな。それはルーク=オルブライトの考え方であって、我々冒険者にとってはこの程度の殺伐とした空気など日常茶飯事だ」
「そりゃ悪かったな。でも嫌なものは嫌だ。お帰り下さい。ゴートゥヘル」
「随分嫌われたものだ。お前が負けていたら同じことをすると思っていたが?」
「立場が違うだろ。その未来があったとしても俺は試合に負けて勝負に勝った婚約者で、お前は試合に勝って勝負に負けた敗北者。嫁にロリ要素を見出して迫る変態から守ろうとして何が悪い」
「力なき者が何を言っても無駄だぞ。俺が勝ったのだから再び武力にものを言わせて奪い取るだけだ。俺と世界を巡ることでこれまでの人生が間違っていたことを思い知り、視野の狭さがなくなることで新たな道が開けるに違いない。ハッピーライフだ」
「なにがハッピーライフだ。暴力では何も解決しないぞ。俺は何度でも挑んでやる。お前を倒す魔道具を開発してやる。
てか俺が負けた前提で話を広げんな。勝ってんだよ。実力も技術も想いもお前より上なんだよ。あと『視野の狭さ』にロリ要素を見出して興奮するな。キモいんだよ」
「なんだと!? バカな女はゴミ以外の何物でもないが、おバカな幼女は愛おしいだろう!? 賢い幼女など解釈不一致だろう!? 世間の目を気にせず無邪気に遊ぶ幼女ほど尊いものはない、そうだろう!? 視野の狭さはロリの証拠だッ!!」
叫ぶなロリコン。
そして同意を求めるな。
否定出来ないから答えづらいじゃないか。
「――ですって~」
「「「…………」」」
ユキのエキサイト通訳を信じたパーティ出席者達の冷たい視線が向けられる。
やれやれ……いつから世の中はこんなに生きづらくなってしまったのか。ちょっとしたジョークじゃないか。ネタを本気で受け止めるなんて人生損してるぞ。
それと冒頭でも言ったが安易に他人の言葉を信じるな。今回はたまたま合っていただけでいつもこうなるとは限らないぞ。間違った方向に進んでる可能性もあるってことを忘れるなよ。お兄さんからのアドバイスだ。
「私はロリじゃない」
「いや、イブよ。その言い分は無理があるぞ。見た目と技術力以外はロリだ。年齢も、精神年齢も、見ず知らずの人間と会った時に人の後ろに隠れるところや、生活を家族に丸投げしてるところも、何もかもが大人とは言い難い」
「そうだとも。もっと自分に自信を持つんだ。ロリは悪いことではない。魅力の1つだ。大抵の者が大きくなるにつれて失う中、キミだけは持っている。それは素晴らしいことだぞ。これからも大切にしなさい」
いやまぁ俺はロリコンじゃないけどね。そういう部分もイブの魅力の1つってだけで。やっぱカイザーとは相容れないわぁ~。このままだとまた戦争だわ~。




