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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
七章 商店街編
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八十一話 メンチカツと兵士

 俺の名前はマリク。


 オルブライト家の護衛をやってる平民だ。


 でもアランの息子ルーク様が生まれてからは最強の生物が2人も居ついてるお陰でやることがない。俺が何かする前にアイツ等が解決するからな。


 だから最近では若い冒険者や領地を守る兵士達を鍛えることが主な仕事だったりする。


 おっと、もちろん自己鍛錬は欠かさないぞ。


 忙しいアランとは時々だが早朝稽古をしてるし、結婚する前はエリーナとも毎日やってたな。結婚してから全く戦わなくなってるがアイツ実は結構強い。


 そんな凶暴なエリーナの血を受け継いだアリシア様の相手を毎日してるけど彼女はまだまだ弱いな。


 少し前まではニーナやリリとも鍛錬してたんだが食堂で働き始めてからはそんな暇がある訳もなく、今はアリシア様ぐらいしか相手が居ない。


 ってなわけでオルブライト家での自己鍛錬は充実してるとは言い難いが、その分若者を指導する時は一緒に鍛錬している。


 一応雇われの身だし相手は貴族様だから、生まれたときから知っているとはいえルーク達には『様』を付けてる。


 もちろん人前ならちゃんとアランやエリーナだって様を付けてるんだぞ。




 そして今日は指導終わりに飲み会をするから若い奴等と一緒に猫の手食堂に来ている。


「みんな、今日は先輩の奢りだぞー」

「「ゴチんなりまーすっ!」」


「お前ら・・・・」


 『コウ』が俺の奢り発言をすると全員が乗ってきやがった。


 コウとは冒険者をやってた時に知り合った先輩後輩の間柄で、俺が騎士を辞めてヨシュアに帰ってきてから再会した昔馴染みってやつだ。


「まぁここなら高額になる事はないか。いいだろう! 奢ってやるよ!」


「「「あざーっす!」」」


 俺は一応貴族の専属兵士で長年勤めてるから、それなりに貰っている。


 なんと月に金貨2枚だ!


 爵位の低い子爵家の護衛としては破格の給料だぞ、って自慢したらルーク様から「ロア商会では初任給が金貨2枚だけど」って言われた。


 ・・・・なんでだよ。


 まぁたしかに最近オルブライト家は儲かってるから、今度給料アップの交渉でもしてみようと思っている。家計をやり繰りしている鉄壁のエリーナをどうやって攻略するかが鍵だ。



 それはそうと、若人たちを日頃痛めつけてるから今日ぐらい労わってやろう。ってか最初から半分は出すつもりだった。


 俺は兵士の鎧よりも頑丈な扉を押し開けて入店。


 店の扉なんかに使わないで、この素材で兵士や冒険者の防具作ってやれよ・・・・って毎回思う。


「いらっしゃいませ、猫の手食堂へようこそにゃ~。4名様にゃ?」


 出迎えたのはウェイトレスをやってる少女ユチだ。


「おう! 今日も繁盛してんなぁ」


「お陰様で売り上げが右肩上がりで笑いが止まらないにゃ。新メニューを出す度に行列が出来るほど有名な食堂になったにゃ」


 俺達を席まで案内しながら内部事情をバンバン漏らしてるが、俺だから話すだけで他の客には言わないんだろう。


 いくら金好きでも情報売ったりしてないよな?



「獣人パラダイス・・・・デュフ、デュフフフフ。こ、こここ今度、一緒に爪とぎを買いに、いいい、い、いかない? デュフッ」


「いかない。ご来店、ありがとうございました」


「・・・・ニーナたん、萌え~」


 俺達と入れ替わりで店を出る男が会計をしているニーナに話しかけていた。


 どうも獣人好きにはたまらない食堂らしい。


 さっきの客みたいにウェイトレスを誘っても冷たい態度で断られるだけなのだが、その冷たい態度が癖になり同じやり取りをするためにリピーターになると言う。


 ・・・・よくわからんが繁盛するのは良いことだ。容姿端麗なウェイトレスを売りにする店はよくあるしな。


 ルーク様が将来ああならない事を祈るだけだ。




 席に案内された俺達は早速豊富なメニュー表を見て注文をする。


「何度か来たことがありますけど、その時よりメニューが増えてますね」


「ああ、ロア商会で食材や調味料が手に入るたびに新しい料理を作ってるらしいぞ。新作のイチオシは『メンチカツ』だ」


 オルブライト家で試食会をすることも多くて俺の食生活は充実している。


 特に揚げ物は本当に全部美味い。なんで今まで誰も思いつかなかったんだろうな?


「「自分たちは初めてっす」」


「安いだろ? 是非常連になってくれ。まぁ混んでるから待ち時間は必要になるだろうけどな」


 貴族だろうとスラム出身者だろうと誰にでも平等な食堂だから平気で1時間待ちとかあるぞ。時間と空腹には気を付けろ。



 コウ達は俺のオススメ『メンチカツ』と酒を注文した。


 さっくさくの衣とジューシーな肉汁が酒と合うんだこれが。お、早速お出ましたぞ。


「お待たせ」


 最低限のセリフでニーナがメンチカツ定食をテーブルに並べていく。


 お前、働き出しても変わってねぇな~。


 まぁいいや、いただきますか!


ざくっ!

「「「っ!? ・・・・・・こ、これは」」」


 メンチカツを一口食べたコウ達は、目を見開いてフォークを持ったまま固まった。


 俺も食べよう。


さくっ。ごくっごくごくっ。

「おぉ~、相変わらず癖になる触感だな。酒との相性抜群じゃねぇか。お前ら食べないなら貰うぞ」


 まぁ好みってものあるからな。油物が苦手だったか?


「「「いやいやいやいやいやっ!」」」


 俺が皿を貰おうとすると、3人とも一斉に動き出して止めに入った。


 なんだよ、全員が固まってたから温かいうちに食べようと思っただけだろ。そんなに睨むなよ。


「初めて食べましたが、何故ここまでサクサクしてるんですか!? 肉も食べたことのない味に仕上がっています・・・・これは高級な魔獣肉ですか!?」


「詳しくは知らん。サクサクの原因は油で揚げてるからで、肉はガルムとか色々混ぜ合わせてるらしいぞ」


 俺は酒のツマミになれば調理方法なんてどうでもいい。誰かに教えられてもどうせ食材が用意できないから作れないしな。


 男は外で稼いで来れば料理出来なくてもいいと思うぞ。


「「メンチカツ、うまー」」


 気に入ってもらえて何よりだ。




「俺様から金を取ろうってのか!?」



 俺達が料理を堪能していると、遠くの席で大声を上げる男が居た。


「なんだ? 喧嘩か?」


「みたいですね。アイツ・・・・たしか最近Cランクに上がったとかで調子に乗ってる冒険者だったはずです」

「「乱暴者で有名なヤツっす」」


 ほ~、Cランク? まぁ無理だな。


 俺が傍観することに決めると、正義感の強いコウが止めに入ろうとして席から立ち上がった。


「大人しく座ってろよ。ここ以外の場所なら正しい行動だが、この食堂じゃ野暮ってもんだ」


「「「は?」」」


 俺以外の3人は不思議そうに俺を見るが、どうやらコウが前に来たときは騒動がなかったらしいな。


 さて、何秒にするか。




 今にも喧嘩が始まりそうな殺伐とした雰囲気に怯えてるのは初めての客だろう。


 俺を含めた常連客が賭け金と秒数を考えていると、ユチがギャーギャー怒鳴り散らしてる冒険者に近づいていった。


 おっと、早速出てきたな。


「さあさあ! 皆様! 今宵も楽しい楽しい賭けの時間がやってきましたーっ!」


「「「いっいえぇえぇぇぇーーーーいっ!!」」」


 怒ってる男と数秒話したユチは、店内に響く大きな声でゲーム開催を宣言し、それと同時に一部の客から歓声が上がる。


 たぶん「大人しく帰る?」とでも聞いたんだろう。


 ここで引かれても困るけどヤツの怒り具合から言ってまぁ大丈夫だな。


「え? なんですか? 賭け?」


「いいから黙って聞いとけ、今からユチが説明するから」



 ユチ主催の賭けが始まり、特製ボードが運ばれてきて慣れた客は我先にとベットしていく。


「これがこの食堂名物だ。ちなみに見ればわかるだろうが、店員が負けるのに賭けるヤツは馬鹿か、博打好きだけだ」


「「「・・・・はぁ」」」


 ため息ついてないでお前等もさっさと賭けろ。



 勝手に敗北することを決めつけられ、挙句そのタイムを賭けの対象にされた冒険者の男はさらに怒りのボルテージを上げていく。


 どうせ勝てないから俺の賭けた5秒で負けろよ?


「ではスタート!」


「ぐはっ!」


 ユチの宣言と同時に離れた場所で接客をしていたニーナが一瞬で男の背後に移動して一撃。


 結果は1秒で敗北だった。


「チッ、1秒とかふざけんなよ!」

「Cランクどうしたよ?」

「は? こいつCランクなのか? だったら10秒になんて賭けなかったっての! 3秒以下にしたわ!」

「そのガタイ見掛け倒しかよ。Aランクになってから出直せボケ!」


 常連からはブーイングの嵐だ。


 もちろん俺も最初に罵倒してやった。


 最近の冒険者は弱くなったって言われるけど本当だな。


 こんなレベルでCランクとは・・・・明日からもっと鍛えてやったほうが良いな。


「「「なんですか、この食堂・・・・」」」


 食堂初心者のコイツ等は賭けをしないか、賭けても20秒以上だった。


 まぁ中堅冒険者に少女が数秒で勝つなんて思わないよな普通。




「ざっけんな! オラァァアアァッッ!」


 いつもならここで負けたヤツが逃げ帰るんだが、今日のヤツはさらに怒り出す厄介な客だった。


「なんで負けたのに偉そうに叫んでんだよ。まぁ流石に止めるか。

 ・・・・・・そこまでだ。俺達はヨシュア警備の者だが、何を騒いでいるんだ?」


 俺は席から立ちあがり、暴れる男へと近づきつつ身分を明かした。


 どうだ? 守護者の風格出てるだろ?


 実際そのセリフにビビった男は食事代のつもりなのか、俺に財布を投げつけて逃げ出した。


 最近はフィーネが速攻で解決するが昔は強大な魔獣が現れたら駆け付けたもんだ。そんなときはちぎっては投げ、ちぎっては投げ、一騎当千の活躍で・・・・。


ぐいぐいッ!

「マリクさん、マリクさん。あっちあっち」


 おっと。俺が勇敢に戦った時の事を思い出していると、なぜか若干焦ってるユチが袖を引っ張って来た。


 この様子だと助けてもらったお礼ってわけじゃなさそうだな。


 ユチが指さす方を見ると、料理風景が見えるようにフロアと繋がっている厨房からリリが手招きしていた。


 訳は分からないが、呼ばれてるからには行った方がいいんだろうな。




「なんだよ・・・・どうした?」


 俺はユチに男から受け取った財布を渡してリリの元へとやってきた。


「助けに入ってくれたことにはお礼を言うニャ。でも余計なことはしないでもらいたいニャ」


 リリが感謝と共に事情を説明し出す。



 なんでも最近この食堂に迷惑行為をする客が急に増えたらしいのだ。


 大方どこぞの貴族か食堂経営者が裏で手を回してるんだろう。


 そして営業妨害をする客に困ったリリ達が会長のフィーネに相談したところ、ドラゴンスレイヤーの彼女がブチギレた、と。


「だからフィーネ様があの客の後を追いかけて犯人を突き止める計画だったのニャ」


 アイツが大人しく依頼主の下へ帰り「へっへっへ。指示通り評判落としてきましたぜ」って白状すれば良し。


 もしも事前に金を貰っていて、どこにも寄らずに自宅へ帰ってしまえばフィーネの逆鱗により地獄を体験してから全てを白状する事になる。


 どちらにしてもロア商会に喧嘩を売ったバカは滅びる。


「あ~。つまり俺が介入したことでアイツは警戒して逃げるかもしれないって事か」


「ニャ」


 肯定したリリは頷いた。


 ヤベェ・・・・このままだと俺がフィーネから怒られる。頼む! 依頼主に相談しに行くバカであってくれ!




 そんな俺の願いが通じたのか、翌日とある貴族の屋敷が消滅したって話を聞いた。


 たぶんバカな男は食堂潰しの依頼主の家へと直行して、今後の計画を練り直しているところに破壊神がやってきたのだ。


 コウも所属するヨシュア自警団が「屋敷壊滅の原因を頑張って調査してます」と言っていたが、そんなものは一生見つからないと思うぞ。


 調査は諦めて素振りでもして鍛えた方が有意義な時間を過ごせるだろう。



 ちなみに一仕事終えたような清々しい顔をしたフィーネに会ったが、その時に「食堂での行動は人として正しい」と言う事で怒られはしなかった。


 ただその後、「非常時の対処は出来るようにしているので心配無用ですよ。フフフ」って笑ったフィーネを見て恐怖した。


 非常時とは? 対処とは? 最後の笑顔の意味は?


 俺はそれら全ての疑問を呑み込んだ。これが大人の生き方だ。


 『悪は滅せよ、邪魔者も滅せよ、クレーマーも滅せよ、客には感謝しろ』


 たぶんこんな感じの従業員しか知らない経営理念があるんだろう。


 実力主義の武闘派集団『猫の手食堂』は世界一怖い食堂だと思う。

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