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異世界の魔道具ライフ  作者: 多趣味な平民
五十二章 王女争奪戦

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千百十一話 王女争奪戦XVI

「……ギブアップ」


 試合開始から14分24秒。一瞬たりとも途切れることなく繰り広げられた神獣と元魔王の激闘は、ニーナが敗北を認めたことで終了した。


「何故だ!? 貴様はまだ余力を残しているはず! それなのに何故戦いをやめる!?」


 興奮冷めあらぬ中、誰よりも先に苦言を呈したのは、元魔王ことミスターM。


 男は、何十という隕石でも降ってきたかのようにボコボコになった舞台、そこから一直線に伸びる斬撃・魔術・地割れなど各種痕跡で彩られた場外、コールタールのような粘り気のある真っ黒な液体が付着した結界、あらゆる場所に残る戦跡をニーナに見せつけるように手を広げて前言撤回を促す。


 たしかに彼はニーナとの戦いを楽しんでいた。


 大気中の精霊配列を変え、己の魔力と引き換えに別空間の力を呼び出す、俗にいう『召喚』で連れてきた疑似魔獣を瞬く間になぎ倒されようとも。


 水の上級精霊から教わった、鋼鉄さえ電子の藻屑と化す水系統の最上級魔術を、正面から打ち消されようとも。


 如何なる手段で敵を追い詰めるか思考、そして試行して笑っていた。


 しかしここからが面白くなるというところで取り上げられてしまった。


 それは誕生日プレゼントとして買ってもらったTVゲームを理由なく没収された子供のようなものなのだろう。間違いなく別の理由だが、会場からも続行を望む声が多く見受けられる。


「あなたの言う通りわたしはまだ本気を出してない。でもこれ以上は命の奪い合いになる。それは武闘会じゃないし、わたしの“ぽりしー”に反する。だから倒せなかったわたしの負け」


「な、ならば……」


「後で戦うつもりもない。力は自分を強く見せるためのものじゃなくて誰かを守るためのもの。奪うための戦いはしない。遊びなら考える」


「…………」


 ニーナの主張を聞いた元魔王は、静かに目を伏せてベンチへ引き返していった。おそらく彼等が戦うこと……いや、会うことすら二度とないだろう。


「(ぼそっ)惚れたぜ……いつか俺様のものにして全力を引き出してやる。待っていろ、ロアブラック」


 ないったらない。もし今度俺の前に顔を見せたら全力でボコる。神力でコイツを排除するための魔道具を生み出してもいいレベルだ。記憶操作も可。



「彼の名はマーク。同じ実力を持つ異性と互いに高め合い、しかし負け越しが続く日々が理想。ドMな元魔王、ゆえにミスターM」


 そんな某DBで人類最強だけど宇宙人を含めるとただの噛ませ犬でしかない、娘にビー●ルと名付けそうな英雄と同じ名前をしなくても……あっちなら笑えるのにこっちは全然笑えない。


「求めてもない情報を提供してないでさっさと作業終わらせろ。後がつかえてんだ」


「わかってますよ~。だから急ピッチで進めてるんじゃないですか~」


 ロアレンジャーではなくイチ強者として1人で会場修繕ボランティアをしていたユキは、手にしたコテを掲げて不服そうに仕事してますアピール。


 闘技場が作られてから300年。ケガ人らしいケガ人の出ていない由緒正しき結界が弱体化したことも含め、観客達は当たり前のように受け入れているが、強者のやることをイチイチ気にしても無駄だ。


 あまり好きではないが、こればかりは『そういうもの』で諦めるしかない。


「ただ、物理的にこれ以上速度アップは難しいので、有り余っている力を場繋ぎトークに割いて、皆さんが退屈しないようにしただけですぅ~」


 挙句の果てには『観客を楽しませる催しをしないお前等が悪い』と言わんばかりに、仲間の労をねぎらったり精神統一を試みる俺達を責めてくる。


 どちらが正しいかは言うまでもないだろう。


 ただ100%以上を求めるのも間違っているわけで……。


「ならせめて手を動かせ。お前が思ってる以上に見た目は大切だぞ。あとするならもっとタメになる話をしろ。誰得だよ、その豆知識」


 作業を始めて約3分。既に修繕された箇所を延々何も乗せていないコテで撫で続けるユキの姿は、努力や全力といった言葉とは無縁のものだった。


 話す内容も、ひと目でわかる努力アピールを放棄してまでするものとは思えない。間違いなくツッコミ待ちだ。


「皆さん結構楽しんでますぅ~。ハーレム要員をポッと出の男に取られそうだからって文句言わないでください~」


 くっ……たしかにこの情報で不快になったのはニーナの将来を不安に思った俺だけ。主観が入ったことは認めよう。無関係な連中にとって選手の裏話というのはタメにならずとも嬉しい情報ということもな。


 誰も得しない代わりに誰も損していない。


 加点式ではなく減点式だ。


「ロアレンジャー誕生の秘密とか、こちらのメンバーの詳細とか、話して良いなら全然しますよ~?」


「やめとけ。大会が潰れるから」


「じゃあ文句言わないでくださいよ~。大人しく試合後にあった労いのシーンを語っててください。それが終わる頃にこちらの作業も終わるので」


 これ以上指摘および絡む言葉を持たない俺は、ユキに言われるがまま回想に突入することに。




「おつかれ~。GG。グッドゲーム」


「むねん……勝てると思った……」


 ユキと入れ替わる形で戻ってきたニーナを笑顔で迎えると、彼女は悔しそうな顔……はしていない。いつも通り無表情だ。しかし内心ではとても悔しがりながら俺の隣に腰を下ろした。


「まぁあれは仕方ないって。お前は頑張ったよ。あとは俺達に任せてゆっくり休んでな」


「別に疲れてない」


「……うん。そうだろうけどさ。わかってたけどさ」


 ベルダンなどで彼女の本気を見たことがある上、ケモナーとしてどの程度の疲労度か把握している。俺はただ一仕事終えた後の定番の台詞として出しただけ。


 しかしコミュニケーション能力の低いニーナ相手には悪手でしかなかった。


「そういうことあんま口に出すな。どこでストーカーに聞かれてるかわからんぞ」


「……?」


 エクシードクルセイダーズ側のベンチから何か言い知れぬ妖気が漂ってきているが、気にしたら負けだ。こんな小声聞こえてるわけがない。そうだ。そうに違いない。


 恋愛漫画や某ポケットやチンピラと同じ。目を合わせたら戦いという名の物語が始まる。一刻も早く忘れよう。そして対策を練ろう。


 これは矛盾ではない。取捨選択である。



「んじゃあ次はル……マリアだけど、あるんだろ? 対戦相手の情報。やっぱ元魔王みたいに凄い経歴の持ち主なのか?」


 決勝戦などの個々がピックアップされる話では、対戦相手もそれ相応の活躍をすることが多いので、何かしらルナマリアと因縁のある相手だろうと予想。


「ハーフエルフよ」


「……良いのか?」


 呆気なく答えたルナマリアに俺は慎重に尋ねた。


 他種族と交わったことで生まれるハーフエルフは、その名の通り何もかもがエルフの半分以下、能力や寿命などあらゆる面で劣る存在だ。例外はない。


 唯一勝っている点は肉体のボリュームだが、スレンダーであればあるほど美しいとするエルフの価値観の前では意味のないもの。中にはルナマリアのように、人間社会に長くいた&規格外フィーネが傍に居たお陰で染まったヤツもいるが、それは本当に例外中の例外である。


 そういった違いを『差別』と言うのは無理があるが、それでも互いに配慮しなければならないほど両者の間に様々な問題があるのは事実で、実際人間社会に馴染んでいるハーフエルフのための村を作るなど、棲み分けがなされている。


 人間社会に馴染んでいると言ってもハーフエルフは国に10人居るか居ないかの少数民族であることに加え、冒険者としてダンジョンに潜ったり、護衛として家に引きこもったり、研究者として地下に籠ったり、その戦闘力や知識を活かす仕事に就いていることが多いため普通に生きていて出会うことはまずない。


 彼等の力の源は精霊。


 エルフとハーフエルフで実力差が生まれている理由はこれだ。


 その精霊達からもエルフより下に見られるので、エルフとの戦闘においては人間と同格かそれ以下となってしまうのだ。


 つまりは力が使えない=相手がエルフという方程式が成り立つ。


 もちろん例外はあるが、同族であるハーフエルフならば確認のしようはいくらでもあるので、本気で隠そうとしない限りまずバレる。


 ただでさえ実力的にも社会的にも弱い者イジメになるというのに、それをエルフ族の王女がしたとしたら、それはもう立派な社会問題だ。例えるなら、天皇一族が困窮しているフリーター親子に面と向かって誹謗中傷するようなもの。


 俺の個人的な我がままで両種族のトラブルに発展しかねない状況だ。確認せずにはいられない。むしろ棄権を推奨だ。この後に控えてる2人は絶対負けない。


「ま、上手くやるわよ」


 しかしルナマリアは、いつもより若干穏やかな口調で俺の提案を退け、ロアレンジャーの仮面をつけて舞台に登った。

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