千百八話 王女争奪戦XIII
「ウ、ウソや……このワイが手も足も出ぇへんなんて……」
火と風。火力と速度。猛虎のような荒々しい特攻と亀のような鉄壁の守り。
関西弁とルナマリアの間には相性の悪さもあったが、それ以上に実力差があった。
気絶した関西弁はチームメイトに引きずられて自軍ベンチへ。司会が勝利チームを称え、解説による試合内容の説明がおこなわれている最中、目を覚ました男は呆然自失でそんなことを呟き始めた。
「って、なに戦闘したみたいな空気出してんだよ! 手も足もどころか何一つ出来てないだろ! 瞬殺だっただろ!」
「やかましいわ、ボケェ! 文句言いたいんはこっちの方じゃ! 開始早々、魔力を高める間もなく攻撃なんちゅー実践みたいなことしくさりおって……大会っちゅーことわかっとんのか、ワレェ!」
互いの陣地は30m以上離れているが大声さえ出せばそんなことは関係ない。
もしかしたらヤツも精霊術に精通していたのかもしれない。隠し玉を出す前に負けたので真相は不明だが、言葉のドッジボールは問題なくおこなわれている。
ちなみに相性うんぬんは共に観戦していたフィーネからもたらされた情報だ。解説者の話は考察混じり。どちらに耳を傾けるかは言うまでもない。
「これまでも3試合目からはガチだっただろうが! それ言って良いのアピール要員の前半2人だけだからな! 百歩譲って開始前に交渉しとけよ! 打ち合せしとけよ!」
「やったわ! せやけどハーフエルフの姉ちゃんが『人間と話すことなんてない』っちゅーて断ったんや!」
「それは速攻されるの覚悟しとけ!?」
「あんなレベルやとは思わんかったんやああああああああーーーッ!!!」
「ハーフエルフの時点でヤバいのわかるだろうがあああああーーーッ!!!」
育った土地柄などは無関係に純粋に関西弁のノリが良いからだろうが、競い合うようにヒートアップする口調と音量。
相性が良いわけではないと思う。
どちらも相手を負かそうと必死なだけだ。自分は正しく相手は間違っている。そんな関係を望むのは仲が良いとは言えない。
「あれはワイの知っとるハーフエルフの強さちゃうッッ!!!」
それは関西弁も同じらしく、譲歩する様子を一切見せないどころか、さらに口調を強めて主張を続ける。
まぁエルフですし。というかハイエルフですし。50レベル固定&配信中に捕まえたポ●モン限定大会に80レべルで参加してる6Vポ●モンみたいなもんですし。
ただ真実を明かすわけにもいかないので、
「その辺のチョーシに乗ってる連中と一緒にすんな。コイツは種族値の上に胡坐をかくことなく努力してるんだ。強さと知識とバストを求めてな」
「それは……うん……まぁワイが悪かったわ。頑張ってや。希望を捨てたらアカンで。研究を続けとればきっと胸を大きくする方法も見つかるはずや」
はい、万事解決!!
そしてすぐさま撤退!!
『いやー、いい試合の連続でしたね! 特にアノ試合のアレなんて鳥肌が立ちました!』
『あー、アレですね。アレは、アノ後のアレを見切ってたから出来たんですよ。実はアソコでああしてなければアレはソウなっていたんです』
『アノ後のアレを読んでいた!? ということは、ソノ前のアレも……』
『ソノ前のアレも、あちらがああ来ると気付いたので、ソレならアレをああしてやろうと思ってこう動いたんです』
『なるほどー! ソレで、アレが、あんな風に決まったんですね!』
『アレは気持ち良かったですねー』
『ジャンさん。素晴らしい解説ありがとうございました!』
お前等も少しは選手同士の会話に耳を傾けろよ! 戦闘後のインタビュー代わりのことしてやってんだろうが!
そして主語ッ!! 誰だ、こいつ等に司会と解説を任せたヤツは! 世が世なら全カット&二度と呼ばれないコンボ待ったなしだぞ!
「ったく、これだから人間はイヤなのよ……」
「そう言えばそんな人間嫌い設定あったな」
「設定言うな。そして何事もなかったように立ち上がるな。あれだけやって平気な顔されると自信無くすのよ」
あの後。ルナマリアの猛攻をすべて受け切り、辛うじて致命傷で済んだ俺は、持ち前の回復力で即復活。ルナマリアはまるで化け物でも見るような目と声で溜息を漏らす。
「自分に自信がないのは良くないぞ。実力・性格・スタイル。変えたいと思うのは勝手だけど今を否定するな。せめて向上心に換えろ。やる気の炎を心に宿せ」
「殺意という名の情熱は燃え滾ってるわよ」
ここからは激闘間違いなし。
チームメイトがそんな調子では困るので、奮い立たせる言葉を贈ると、ルナマリアはバカにするなと言わんばかりに全身から魔力をほとばしらせた。
「ふっ……お前さえやる気を出してくれたら俺は満足だよ。もう思い残すことはない。好きにしな」
「そうさせてもらうわ」
「ちょっと待ったァ! こんなナイスガイを手に掛けようとするなんて、世間が許しても私が許しませんよー!」
と、いつも通り展開しやすいネタで即興の茶番を繰り広げて遊んでいた俺は、チームメイト達と選手控室でまったり昼食中。
今更だが天下一武闘大会の日程を説明しておこう。
初日に第1回戦の全16試合、本日は第2回戦の8試合と第3回戦の4試合を合わせた全12試合、明日は第4回戦の全2試合。そして最終日が決勝戦となっている。
つまり俺達はこの後も試合が控えているのだが……。
「俺はロリコンではない」
大会参加者に絡まれてしまった。
ほどほどの肉付きをした体を覆うのは、傷一つないミスリルの鎧と複雑極まりないアクセサリーの数々。背負っている剣にはどこぞの王国の紋章が入っているのがチラチラ見える。
露骨に戦士だ。
ここに居るということは間違いなくベスト8に残った精鋭。何を言っているかわからないが邪険にすることは出来ない。
「そんなの知ったことか。話し掛けてくんな。こっちは仲間と楽しく食事してるんだ。迷惑なんだよ。見た感じお前も選手なんだろ? ならチームメイトと大人しく食ってろ。孤独ならトイレ飯してろ。友達や恋人が欲しいならもっと良い場所でやれ。頭悪すぎ」
「これで邪険じゃないとかどんなブラック企業で育ったんですかね~。パワハラ・セクハラ・モラハラが乱立する中で生活していたに違いありませんよ~」
割と日常でした。
接客業マジ怖えぞ。クレーマーは従業員を悪に仕立て上げる連中のこと。奴等は金さえ払えば従業員をストレス発散の道具にして良いと思い込んでいる。そして上司は手柄を奪い責任を押し付ける。その繰り返しだ。
これが、肉体的暴力を悪とし、言葉の暴力を良しとする社会の実態だ。
ちなみに労働組合に伝えたら何故か社内での評価が下がるぞ。昇給・ボーナス・仕事の進行度に影響するぞ。接客は個人技ではなく団体技だからな。もちろんその責任は押し付けられるぞ。
「話を続けるが良いか?」
「良くねえよ。どこに良いと思う要素があったんだよ。完全にこのままフェードアウトさせる流れだっただろうが」
「俺は、お前達の反対グループでベスト8まで残ったチーム『エクシードクルセイダーズ』のリーダー。名前は《カイザー》という」
無視しやがった……確認を取った意味よ……。
しかも『超越』『社会活動家』『皇帝』『当たるのは決勝』『数試合前に裏で接触される』とメッセージ性のオンパレードだ。
「今年24になる」
「初対面の野郎の歳なんて知りたくねえよ。というかお前試合は? 別ブロックってことは最中じゃないのか? こんなところに居て良いのか?」
「チームメイトが優秀だからな。俺の出番は決勝まで来ない」
「つまり決勝ではあると」
順調に勝ち進めば当たるのは俺達だ。
男の様子からこれは慢心ではなく絶対的な自信であることを悟った俺は、用件が挑発および挨拶だと判断し、身構えた。
「俺の用件はただ1つ。宣戦布告だ。ルーク=オルブライト。俺と戦え。貴様だけはこの手で葬り去ってくれる」
「は? イヤですけど?」
「……なに?」
「なんで戦士と真っ向から戦わなきゃいけないんだよ。得意分野が違うだろうが。不公平だろうが。戦いたいならこっちに合わせろよ。戦闘力じゃなくて研究成果を見せ合おうぜ。それなら勝負してやるよ」
予想通りの展開に、俺は用意していた言葉を紡ぎ出して男……カイザーを撃退する。
「ならそれで行こう」
「…………え?」
秘技『戸惑い返し』。使った者は不利になる。というか不利な時に使う。
「いやいやいや違うじゃん。そこは大人しく引くところじゃん。お互い棲み分けをキッチリしていこうねって言うところじゃん。んでもってこっちの戦闘要員にボコられるところじゃん」
まさかの展開に、俺は慌ててカイザーの発言の訂正を求め、さらに前言撤回の方向に持っていく。
「貴様の戦いをすべて見させてもらったが俺には文武両道のように見えた。俺もそうだ。ならば問題あるまい。どちらの術式が優れているか。どちらの武力が上か。真っ向からぶつかり合って決めようではないか」
「その勝負乗ったァ!」
「乗るな! 勝手に決めるな! こんなこと言っておきながらコイツ絶対さっきのルナマリアみたいなことするんだぞ! 術式の展開が遅いのが悪いぃ~とか言うんだぞ!」
「いや~、これで決勝戦らしくなりましたよ~。やっぱり最後はドバーンと派手に行きたいですからね~。力と力、技と技、想いと想い、漢と漢の真剣勝負! 堪りませんねー!」
本人そっちのけで話を進めるユキを咎めるも徒労に終わる。
俺とニーナ以外の全員が乗り気だ。何ならニーナも理解出来ていないだけあちら側かもしれない。
数の暴力。多数決で敗北することほど納得のいかないものはない。せめて議論しろ。お互いの言い分を出させろ。
「ところでカイザーさんが最初に話していたロリコンどうこうというのは何だったんですか~?」
時代の敗北者となった俺を放置して、決勝戦の編成を敵チームのはずのカイザーと共に決めると、用件を終えて去ろうとしていたカイザーにユキが尋ねた。
決勝戦までノンストップの特急列車になったことぐらいしか安心出来る要素がない俺も、気になって耳を傾けてしまう。
「なぁに。今となっては他愛のない話だ。ルーク=オルブライトが幼女趣味だと聞いていたのでな。少し揺さぶりをかけてやろうと話を振ったまでのこと。怒った相手ほど乗せやすいものはないからな」
「誰がロリコンだ。ロクに考えもせずに他人の性癖を批難する連中に説教したことがあるってだけだぞ」
「つまりお前は一桁女子のマイクロビキニランドセルに興奮しないと?」
興味のない人間では絶対に出て来ない発想。俺を挑発するためだけの虚言かと思いきや、まごうことなきロリコンだった。
「興奮しないと?」
「……シチュエーションによるとだけ言っておこう」
「俺もだ」
同志よ……。




